パンツと部活⑥
最寄り駅である北山駅を降り、田んぼ道を通ると閑静な住宅街に入る。この中の一角に達也の住んでる家がある。父親が三十五年ローンを組んでいる家で、まだ返済途中なことを、何かの折に聞いたことがあった。
「ただいまー」
玄関のドアを開け、帰ったことを告げると達也の母である優子が出迎えてくれた。
「おかえりー。夕飯できてるよ」
「ありがと、すぐ食べるよ」
「お兄ちゃん、お帰り!」
リビングに入ると、主人が返ってきた犬のようにぴょんぴょんと跳ねながら、女の子が達也の元に駆け寄ってきた。達也の妹の翔子だ。
肩で綺麗に切りそろえられた髪の毛がさらさらと動きに合わせて揺れる。達也より二歳年下の中学二年生だが、その雰囲気とあどけない仕草は知らない人が見たら小学生と間違えるだろう。
達也に非常に懐いており、事あるごとに引っ付いてくる。好かれているのは嬉しいが、いまだにすり寄ってくる妹に対して、そろそろ兄離れをした方が良いんじゃないかと、時折心配になることがある。
「ただいま」
鞄を二階の自室へ置き、すぐにリビングに戻る。既に白米が茶碗に盛られており、湯気がほかほかと立ち上っている。その横には、ハンバーグがあり、付け合わせにはにんじんとほうれん草のソテーが添えられている。空腹で帰ってきた達也にとって、非常に食欲をそそられる内容だった。
「えへへ、私もハンバーグ手伝ったんだよ」
翔子が椅子に座りながら胸を張る。
「へーすごいな」
「なんかリアクション薄くない?」
「そんなことないよ。父さんは?」
「今日は遅番だって」
「そっか」
達也の父親は京都市内のドラッグストアチェーンで店長職についている。シフト制のため、帰宅時間にはばらつきがあった。早番のときは一緒に夕飯を食べられるが、遅番だと帰宅が深夜になることも多い。
「ま、だから先食べちゃいましょ。いただきます」
優子の一声に二人も「いただきます」と声を揃えた。
ハンバーグを口に運ぶと肉汁が口の中にじゅわっと広がった。ホロッと崩れる柔らかさがあり、冷凍食品ではこの味は出せない。
「えへ、おいしいでしょ」
翔子が笑顔で尋ねてくる。あまり褒めると調子に乗るが、嘘をいうわけにはいかない。
「おいしいよ。さすがだな、翔子」
「味付けはお母さんだけどねー。ま、味わって食べてください!」
その返事に満足したのか、翔子はにこにこと自分のハンバーグに手をつける。一口ずつ口に運ぶたびに、いちいち幸せそうな反応を見せる。その感情豊かな様子に、兄妹でこうも性格が違うかと達也は思った。
「今日は遅かったわね」
優子が達也に声をかける。高校に入ってからは部活もアルバイトもしていないこともあり、放課後はすぐ帰宅することが多かった。中学で吹奏楽部に入っている翔子より遅く帰ることはここ数カ月ではほとんどなかった。
「うん、ちょっと人と約束があって。明日もこのくらいになりそう」
「もしかして彼女?」
「え、嘘⁉ お兄ちゃん彼女いるの⁉」
優子の何気ない発言に翔子が過剰に反応する。達也が女子を苦手にしていることは母も妹も知っている。気兼ねなく話せる女性は家族ぐらいしかいないはずの達也に彼女ができたとなれば、妹の立場として黙ってはいられない。悪い女でないか見極めないといけないという義務感からか、翔子の声のボリュームが上がった。
「いや、そういうのじゃないよ」
「じゃぁどういうの⁉」
翔子の勢いに負け、達也は昨日と今日あった出来事を説明した。
昨日ひょんなことからラップのイベントに行ったこと。そこで同級生の女の子に出会ったこと。その女の子に部活作りに協力してくれと頼まれ、文化祭でそれを披露することになりそうだということを簡潔に話した。
女の子という単語に敏感に反応した翔子をよそ目に、話を聞き終わった優子は非常に優しい眼差しをしていた。
「だから明日からそれの練習で帰るのが遅い日ができるかも……って母さんどうしたの?」
「あ、いや、ラップって私あんまり詳しくないけど……でも、達也がまた歌うのが少し嬉しくて……あ、でも無理しちゃだめよ」
「はは。うん、まぁそうだね。無理はしないよ」
「で、どんな女の子なの⁉」
同級生の女の子の詳細をしつこく聞きたがる翔子をあしらいながら、達也はハンバーグをたいらげ、再び自室に戻った。




