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パンツと部活④

「メンバー集めは手伝うからさ、ね?」


 これでなんとか手を打ってくれと、達也が言いかけた時だった。きららが突然声を上げた。


「きゃっ!」


 窓から急に突風が教室内に入ってきた。そしてその風がきららのスカートの裾を華麗に舞い上げる。視界から入ってきたその光景が達也の脳内を支配する。


(水色、水色、水色、水色、水色、水色)


 次の瞬間、それは見てはいけないものだと頭が判断し、達也は顔を逸らした。


 突風はどこかへと過ぎ去り、静寂の中、じじじじと蝉の鳴き声が再び響き渡った。


「……えへへ……見えたよね」


「あ、いや……その……うん、ごめん。あ、でも一瞬だったから、あんまりわかんなかったっていうか……うん、ごめん」


 正直に言うべきだと思ったし、フォローもするべきだと思った。しかし、達也の経験値ではそれを上手く実行することができず、ぎこちない返事になってしまう。


「いや、田中君が謝ることじゃないよ! あはは、恥ずかし!」


 きららが手を顔のところにもっていき、小さくうちわのようにパタパタと動かす、その顔は恥ずかしさから赤らんでいる。


「え、ええっと……話戻すけど、どうしてもだめ?」


 スカートの裾をぱんぱんとはたきながら、再び上目遣いで言ってくる。しかし達也の意志は固い。


「うん、ごめんね……申し訳ないんだけど……」


 ふときららを見ると、その目はまっすぐ達也を見つめていた。まるで捨てられた子猫のようで、思わず意志が揺らいでしまいそうになる。


 その目から逃げるように窓の外に視線を逸らすと、白球を追っている同級生の姿があった。遠くの山まで見通せそうな晴れ晴れとしたとても良い天気だ。そんな外の快晴ぶりとは裏腹に達也の心はどんよりと曇っている。別に達也が悪いわけではない。しかし、人の頼みを断るというのはすごく気が重くなる。ましてやきららは真剣そのものだ。でもこればかりはどうしようもない。贖罪という言い方は悪いことをしたわけではないため、違うかもしれないが、せめてメンバー集めなど、自分にできることは精一杯やろうと達也が考えていたときだ。


「……見たじゃん……」


「え?」


 きららが何かをつぶやいた。蝉の声に消されてしまい、何を言ってるのか聞き取れない。


「……見たじゃん」


「え、何を?」


「……パンツ見たじゃん!」


 きららが大声で言ってくる。


「ええ!」


「言いふらしちゃうよ! 田中君がわたしのパンツを見たって!」


 ここにきて強硬手段を取ったきららに、達也は戸惑いを隠せない。だがパンツを見たのはまぎれもない事実だ。もしそんな話がクラスに知れ渡ったら、女子からの非難と男子からの嫉妬の嵐に襲われることは確実だった。何せ達也ときららの発言力、クラスでの立ち位置には大いなる差があり、一度広まってしまえばその汚名を返上することは難しいだろう。


(まさか、そんな手段に出るなんて……)


 困りはてた達也はきららを見る。その目は既に潤んでいるどころではなく、半泣き状態だった。目の回りが赤くなっており、ますます子猫のようだ。


「いや、それはちょっと……」


「だったら付き合って! 本当にどうしても無理ってなったらそんとき考えるから! 文化祭まででいいから!」


 他の人が聞いたら勘違いしそうな言い方と勢いできららが言い寄ってくる。


「ていうか、どうしてそんなに僕を誘ってくれるの? 鈴木さんだったら他にもいっぱい協力してくれる人いると思うよ」


「……だって……」


 きららが目からあふれ出そうな涙を必死にこらえながら言う。


「ラップ好きって言ってたし、それに初めて仲間ができるって考えたら……嬉しくて……でも誰でもいいってわけじゃなくて……田中君とならきっと楽しいって思っちゃったから、それで……あぁもうごめん……迷惑なのわかってるんだけど……」


「あ、いや……」


 ふと昨日のきららを思い出す。


 サイファーに交じりたい、仲間が欲しいと言っていたときの寂しそうな顔や、達也がラップやクリームピーナッツを好きだといったときの笑顔が心の中に浮かび上がってくる。それに部活の提案をしたときもすごく嬉しそうな顔をしていた。


 まさか自分が誘われるとは予想外だった。でもこの状況を作ったのは自分だ。彼女はきっと足掻いているのだ。孤独の中で一人戦っていたところに飛び込んできた一筋の光明を逃さまいと今、必死なのだ。それに昨日、確かに達也はきららにラップを好きと言ってしまった。


(自分の発言に責任は取らなきゃいけないか……)


 思わずため息が漏れる。決して後ろ向きな意味ではなく、決意を固め、覚悟を決めた後の不安をかき消すためのため息だったのだが、きららにはそう見えず、なりふりかまわず勧誘を続けてきた。


「もしかして足りなかった? もう一回、見せるから……」


 きららが顔を真っ赤にし、スカートの裾に手をかける。


「いやいやいやいや! そういうことじゃない! やるから!」


「……ほんと⁉」


 きららの顔がぱぁと晴れた。身から出た錆とは言え、完全に達也の負けだった。きららは全身で喜びを表すかのようにぴょんぴょんとその場で跳ねる。


「やった! やったー!」


「でも文化祭までだからね」


「えー……ま、それでもいいや! きっと田中君もラップの楽しさにどっぷりはまるから! とにかく仲間になってくれたんだもんね。えへへ!」


 そんな未来がくるのかはわからないし、正直、自分にできるのかという不安は消えていない。でもその笑顔を見てるとこれでよかったのだと思えた。あとは自分の頑張り次第だ。何をどう頑張ればよいのか正直全くわからないけど。


「田中君!」


 呼ばれた方を見ると、きららの拳がまっすぐこちらに向かって伸びていた。気恥ずかしさを感じながら、達也はその拳に応じる。拳と拳がぶつかり、こつんと小さい音を立てた。


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