#6 冒険者ギルド 1
レンが〈アビサス〉の世界に転生して数日が経っていた。
正確に言うと転生というより転移であろうか。ただ、女神様曰く、「肉体を再構築しているから厳密には転生になるわね」とのこと。
ステータスに表示される名前も「要蓮」ではなく、「レン」となっていた。
そんなレンは異世界の街にいた。
ストラーラの街というらしい。
転生直後は危険な森の中に放り込まれてしまったが、そこから薬草取りの女性と出会い、このストラーラの街へと案内された。その後とんとん拍子で冒険者ギルドに登録し、以来レンはこの街を拠点に冒険者としての活動を始めている。
――この街にもようやく慣れてきたかな?
ストラーラは活気溢れる冒険者の街であった。
俗に「始まりの街」と呼ばれる街で、多くの初心者冒険者がこの街から活動を始める。異世界に転生したばかりでレベル1のレンが活動を始めるに相応しい街であった。
街の中央を貫く表通りを歩くと、左右には露店が並び、威勢の良い客引きの声が響く。行き交う人々を見れば、いかにも冒険者という風体の者が多かった。彼らの容姿はさまざまで、耳が尖がっていたり、極端に背が低かったり、動物のような耳が付いていたりと、いかにも異世界である。
視線を上げると、通りの左右には四、五階建てくらいの石造りの建物が並んでいた。建物の窓にことごとく鉄格子が付けられているのは、空から襲ってくる魔物への対策であるのだとか。かと思えば、屋上に緑が見える建物も多く、なんとも独特な街の風景であった。
――異世界だ。異世界だよなあ。
最近ようやく慣れてきたとは言え、未だにふと感慨に耽ってしまうことがある。
大きな武器を剥き出しで歩いている冒険者や、何やら良くわからない物を売っている露天商。牛に似た謎の家畜に馬車を引かせている人など、転生前の世界では絶対に見ることのできなかった光景が広がっていた。
おそらくこの世界の人々にとっては何ということのない日常の風景であろう。だが、転生してきたレンにとってはとても興奮させられる光景であった。
――異世界に転生した。
転生して数日。何をするにもそれを実感させられる日々。
そんなレンであったが、さすがにいつまでも異世界情緒に浸ってばかりではいられない。
――そろそろ本格的に攻略を始めないとな。
この世界に転生するに当たって女神様から依頼されたことを忘れてはいない。この世界でなるべく多くの魔物を倒す。それが、レンがこの世界に転生してきた目的であった。
◇◇◇◇◇
レンはストラーラの街で一際大きな存在感を放つ巨大な建物へとやってきた。
冒険者ギルドである。
ゲームの頃にもあったこの冒険者ギルドと呼ばれる組織は、この世界〈アビサス〉にも変わらず存在していた。冒険者に対する様々なサービスが提供されており、冒険者にとってはこの上もなく有り難い存在である。
――それにしてもデカい建物だなあ。
冒険者ギルドの前でレンは建物を見上げ、思わず呟いてしまった。初めてここを訪れた時もそう思ったが、改めて見てもやはり巨大な建物である。
そんなぼやっと立ち止まっているレンの横を多くの冒険者たちが通り過ぎ、その巨大な建物へと吸い込まれていく。
入り口の上には「ストラーラ冒険者ギルド」と看板に大書されてた。その看板の文字が読めるのはレンが保有するスキル〈異世界言語〉のお陰であろう。
レンが建物の中に入ると、まずギリシャ神殿のように柱が林立しているホールへと出た。
その正面奥にはクエストの依頼や受注を取り扱う受付カウンターが並んでいる。その受付の数だけでも数十はあるだろうか。左手には魔物素材の買取受付や、ポーションなどのアイテムの販売所が、右手には酒場も兼ねた食事を取れるスペースがあった。
さらに、中央ホールの吹き抜けから二階、三階が見える。そこにも受付やら何やらが見えるので、何かあるのだろう。
とにかく大きな建物、巨大な組織、というのがレンの印象であった。
――何度見ても凄いな。
ゲーム〈エレメンタムアビサス〉では冒険者ギルドはここまで巨大なものではなかった。建物の中に入ってしまえが有能な受付NPCが一人であらゆる対応をしてくれたからである。そこはゲームなので広い建物を歩き回るなどという無駄は省かれていた。
だが、現実世界においては沢山の冒険者に対応するのに沢山の受付カウンターと職員が必要なのは当然であろう。ぱっと見ただけでも建物内にいる冒険者は数百を下らない。それに対応する職員も相応の数である。
ホールの高い天井には冒険者と職員たちの賑やかな声が響いていた。
そんな冒険者ギルド様子をレンが中央ホールで眺めていると、すぐ隣で冒険者のグループが気勢を上げ始めた。
「ようし! これから火竜を狩りに行くぞー!」
「「「おおぉー!」」」
威勢の良い声を上げていたのはパーティーを組んでいるらしき数人の男女であった。火竜を狩りに行くというだけあって装備が充実しており、いかにも強そうな面々であった。
その一方でホール内を見渡せば、レンと大して変わらないような初心者装備に身を包んだ若者たちのパーティーも見受けられる。
「これから俺たちの冒険が始まるんだ!」
「大丈夫かなあ、私たち」
「大丈夫さ。俺らはようやくあの退屈な村から抜け出せたんだ」
「たぎるぜぇ!」
そんな少年少女たちの様子を微笑ましく見ていたレンであったが、奥の酒場から怒号が聞こえ、思わず振り返る。
「なんだてめえ! やろうってのか!」
「やってやろうじゃねえか!」
酒場のほうで喧嘩が始まったらしい。怒鳴り声と共にテーブルがひっくり返り、皿の割れる音が響く。そこに無責任に囃し立てる周囲の声が沸き起こり、ギルドの職員が慌てて駆け寄る姿が見えた。
「うおおぉぉぉぉぉーーーーー!」
そして、別のところでは何やら雄叫びを上げている者が。
――混沌だな。
レンの前世である日本ではあまり見なかったような無秩序な光景であった。だが、ある意味では活気があると言って良いだろう。レンのような田舎育ちの少年からすると少し気圧されるほどの活気であった。
だが、そんなレンが混沌と感じたようなことはここでは日常であるらしく、訪れている冒険者たちは平気な顔をして各々の用事を済ませていた。
――なんとなく初期ポータルの雰囲気に似ている。
そんな冒険者ギルドの雰囲気は、レンにゲーム〈エレメンタムアビサス〉の最初期地点のことを想起させた。
そこはゲームを始めたばかりの初心者が放り出される地点で、また上位プレーヤーであっても死に戻りで頻繁に訪れる場所であった。それだけでなく、パーティー募集や待ち合わせなど、何かとプレイヤーが集まってくる。
そこでは、やる気だけはあるものの何をしたら良いかわからない初心者が無意味に徘徊していたり、パーティー募集や売買などでシャウトしている者がいて、何かと騒がしい場所であった。だが、実社会ではありえないような活気に満ちた場所でもあった。
それと同じような光景が、いま現実のものとしてレンの目の前に広がっていた。
――良いね。楽しい。
そんなゲームのことを思い出しつつ、レンは自分の目的の場所へと向かった。
冒険者ギルドの相談カウンターである。