#59 頭角 2
新進気鋭のS級クラン〈白い翼〉。
総勢五十余名ものメンバーを抱える大手クランであるが、その殆どが現在ストラーラの街へと戻っていた。
彼らは冒険者ギルドからの依頼を引き受け、ここ三ヶ月ほどスタンピードの原因となっているダンジョンの攻略に勤しんでいた。
街から東に数日の場所にベースキャンプを築き、そこを拠点とし、既にダンジョン三つを攻略。また新たなダンジョンを二つ発見していた。
「残るダンジョンはあと二つ。いままで他のダンジョンが溢れるのを抑えつつ、一つずつ攻略してたが、ようやく戦力を集中できるようになった。これから攻略は加速するだろう」
「まだ終わったわけじゃないけど、一段落ってとこかしらね」
「いったん街に戻って補給しましょう。物理的な意味でも、精神的な意味でもね」
ということで、一部の要員のみをベースキャンプに残し、殆どのクランメンバーがストラーラの街へと戻ってきていた。
彼らが滞在しているのは冒険者ギルドが運営する宿で、冒険者ギルド宿泊所1号棟と呼ばれる建物である。
当初低レベル冒険者向けに造られた施設であったが、あまりにも安価で快適過ぎる宿に、低ランク冒険者が安住してしまう現象が問題視され、現在では使われなくなった施設である。
ギルドとしては使い道に困っていた施設でもあったこともあり、〈白い翼〉の街側の拠点として一棟まるごと貸し出されていた。
拠点といっても、普段は後方支援担当の付与術士エイムアルほか数名が滞在するのみで、その用途はほぼ物資倉庫である。
だが、現在の冒険者ギルド宿泊所1号棟にはベースキャンプから帰ってきたクランメンバーで溢れ、賑やかな雰囲気となっていた。
「やっぱり街は良いよねえ」
「キャンプだとどうしても気を張らないといけないからな」
「見張り番の時間も気にしなくて良いから、今日は気持ちよく飲めるぞ」
宿の一階フロアには戻ってきたクランメンバーたちが集まり、ワイワイと笑い声が響いていた。久々の街ということで、彼らの表情は一様に明るい。
おそらく、今夜は街の各所で酒場が売上を伸ばすことであろう。
建物全体が浮ついた雰囲気となっている中、クランリーダーのアクアリートと後方支援役の付与術士エイムアルは、上階の一室にて真面目な表情で語り合っていた。
もっとも彼らも表情そのものは明るい。
「これで残るダンジョンはあと二つですか」
「新しいダンジョンが見つからなければな」
「周辺の魔素は順調に減ってきているようですが、アクアリートが気にしているのはスタンピードの二段階発生ですか?」
「まあな。いずれにせよ、二段階で発生したとしてもそれも潰してしまえば良いだけのことだ。気を抜かなければ良い」
過去のスタンピードでは、最後に死力を尽くして対処を終えたタイミングで、新たなスタンピードが発生したという記録もある。その記録では、最後の死闘を終えた後でさらに魔物が大量発生したということで、大惨事となったという。
S級クランともなれば忠告や助言をしてくれる人には困らない。この世界における過去の歴史を踏まえ、どのような状況に陥ろうとも対処できるように〈白い翼〉は対応を進めていた。
今回一気に全てのダンジョンを攻略せず、いったん街に戻って補給をしているのは、そういったことも想定してのことである。
「まあ、ゆっくりやって行きましょう。幸いなことにストラーラのご領主は定期的な報告を求めてくるくらいで、文句は言ってきていませんから」
「ああ、あの小男か。警戒していたわりには煩くなかったな」
アクアリートはこの街に来た当初に面会した領主のことを思い返した。
雰囲気としてはもっと急かされるものかと思っていたが、いまのところ〈白い翼〉のペースでやっていて問題はないようだ。
と、落ち着いていたところで、エイムアルがアクアリートの目の前に分厚い書類の束を、どさりと置いた。
「で、アクアリートはこちらの書類に目を通してください」
「容赦ないな。俺も羽を伸ばしたい」
「クランリーダーの義務だと思ってください。それに殆どのことは私のほうでやった上で、必要最低限のものだけですよ?」
「感謝はしているよ」
そして、〈白い翼〉のリーダーであるアクアリートは渋々と書類に目を通し始めた。戦闘においては泣く子も黙るS級冒険者と言えど、人間の組織を運営しているからにはこうした事務仕事は避けられない。
大きな身体で大人しく小さな紙と向き合っていたアクアリートであったが、そんな彼を置いてエイムアルが席を立とうとしていた。
「おいおい、どこに行くんだ?」
「皆さんが持ち帰ってきた素材の買取状況を冒険者ギルドで確認してきます。皆さんが帰ってくると私も忙しいのですよ」
「夜は飲めるんだろう?」
「心配しなくても良い店を予約していますよ。高価いですけど。フィオーリエルとメリッサ、それにシュトラあたりは誘えば来るでしょう? 積もる話はそこで」
そう言い残しエイムアルは宿から出ていった。
◇◇◇◇◇
実際のところ、エイムアルは忙しい。
〈白い翼〉は総勢で50余名となる大所帯である。それが街に戻ってきたなら武器や防具の破損の修理や交換、今後の食料の手配、魔法薬の補充など、やることはいくらでもある。
そういった諸々も、全て先立つものが前提となる。
というわけで、その金策においてとても重要な部分を担う冒険者ギルドの買取受付を訪れた。既に何度か訪れているエイムアルは慣れた足取りで奥の解体場へと向かう。
そこには既にクランメンバーたちが持ち込んだ大量の素材が運び込まれていた。それらをギルド職員たちがひとつひとつ鑑定している。
エイムアルは面識のある鑑定官を見つけると、声をかけた。
「お疲れ様です。素材の具合はいかがでしょうか?」
「エイムアルさんか。〈白い翼〉さんが持ち込んできてくれる素材はどれも一級品だから嬉しいんだが、こう一気に持ち込まれると時間がかかってな」
「ご苦労おかけします。鑑定はどれくらいかかりそうでしょうか?」
「あと三日と言いたいところだが、最終的には四日、五日はかかるかもしれん」
今回のスタンピードは虫系の魔物が多い。虫系の魔物は甲殻などが主な素材となるが、一部には薬品の材料となるような特殊な器官を持っている魔物もいる。そういった鑑定には専門性が求められるので、どうしても時間がかかるのだという。
そして、エイムアルは作業場を回って鑑定状況を確かめていった。
今回のスタンピードではエイムアルは後方支援に専念しており、実際には魔物を殆ど見ていない。そのためこうした戦果から前線の状況を確認したかったという側面もある。
魔物の素材を見て回りながら、ギルド職員と世間話を交わす。
と、そんな中、とある狼の毛皮がエイムアルの目に留まった。
「これは酷い」
その狼の毛皮は各所がズタズタに切り裂かれており、全く真面な値が付くような代物ではなかった。
今回のスタンピードにおいて〈白い翼〉は大量の魔物を倒しており、状態の良い素材などいくらでもある。わざわざこのようなものを街まで持ち帰ってきたのは、いらぬ労力としとか思えなかった。
と、疑問に思うエイムアルにギルドの鑑定官が声をかける。
「それは〈白い翼〉さんとは別口の買取品だよ」
「ああ、それで。どうしてこんなものを運んできたんだと思ってしまいましたよ」
「ははは、〈白い翼〉さんは高値の付くものだけ厳選してきているからな。だけど、一般の冒険者にはそれでも高価な戦利品なんだよ」
ギルド職員が言ったとおり、グレーター・レッドウルフはCランクの魔物。一般的な冒険者から見れば十分に高価な買取品である。
毛皮こそズタズタであるが、牙や爪、骨といった部位は十分に使えるだろう。むしろ、低ランク冒険者であれば誇らしげに持ち込んでくる姿が容易に想像できるくらいである。
そして、この鑑定官もまたこの狼の魔物の素材に思うところがあるらしい。
「〈白い翼〉さんから見れば状態の悪いものかもしれないが、これだって使える部分は少なくない。頑張って倒してきたんだから高値で買い取ってやりたいんだがな。特にこれはレベル4の冒険者が倒したって話でね」
「レベル4で?」
エイムアルは少し驚いた。グレーター・レッドウルフをレベル4で倒すとなれば、相当に将来有望な若者である。
自分が所属しているクランのリーダーも低レベルの頃に似たようなことをしでかしていたようにも思ったが、それにしても珍しい話である。
――ストラーラにこれほどまでに将来性のある冒険者がいたのか?
などと考えたところで、エイムアルにはピンとくるものがあった。
「それはひょっとして異世界出身の少年だったりしますか?」
「異世界出身? さあ、それは知らないなあ。ただ、レベル4が一人で大立ち回りして倒したって話だ。そんな話を聞いちまったら素材の状態に文句を言えなくなってな。むしろ、使える部分は小さなところまで全部買い取ってやりたいって思っちまってよ。あ、いや、〈白い翼〉さんのものもちゃんと鑑定しているぞ」
「ははは、そこはもちろん信用していますよ」
そもそも〈白い翼〉が持ち込んだ素材は状態が良いので、ほぼ全てが使える部位である。逆に鑑定についてもあまり悩むことはないだろう。
それよりも、この巨大な狼を倒したというレベル4の冒険者のほうがエイムアルとしては気になる。
その後、他のギルド職員にもそれとなく話を聞いて回り、確定的な情報こそ得られなかったものの、ほぼ確信を得るに至った。
――あの少年の成果ということで、ほぼ間違いないでしょう。
以前少しだけ会話した異世界出身の少年を思い出す。おどおどとした自信のなさそうな少年であったが、一度スイッチが入ると突然饒舌になった面白い少年であった。
その彼がレベル4にも関わらず、ランクCの魔物を独力で倒したという。
――これは、買いでしょう。
〈白い翼〉は新進気鋭のクランと周囲から見られているが、他の大手クランに比べれば人材不足は否めない。
冒険者の実力はレベルに寄るところが大きいが、真に実力のある冒険者はレベルに関係なく結果を出すものである。
その少年については一度話した時に〈白い翼〉に勧誘していた。しかし、クランメンバーの一人メリッサと確執があったこともあり、その話は流れた。エイムアルとしても軽い気持ちだったので、その話はそのまま放置されていた。
だが、これをそのままにしておく手はない。
〈白い翼〉の付与術士は足早に冒険者ギルドを後にした。




