#58 頭角 1
ストラーラ冒険者ギルドの買取受付。
中央ホールに面したこの受付には常に多くの冒険者が素材を売りにくる。売る物はさまざまで、未開拓域の魔草化した植物や、希少な鉱物などもあるが、やはり一番多いのは魔物の素材である。
魔物の素材には有用な物が多い。毛皮からは丈夫で長持ちする皮製品が作られるし、骨や爪、牙は非常に硬いので武器や魔道具の材料となる。内臓は薬の原料となり、場合によっては眼球や血液といったものまで利用される。
いずれも魔力を豊富に含んでおり、強い魔物の素材ほど価値が高い。
そんな冒険者の生活を支える買い取り受付であるが、日中はそれほど混雑していない。訪れる冒険者もギルド職員もどことなく余裕がある。
そんなゆったりとした時間の流れる買取受付に、受付嬢ミルフィアは訪れた。
「ルミニコさん、お帰りなさい」
「ああ、ミルフィアさんか。ただいま」
ミルフィアが話しかけたのは、先日とある少年が出した素材回収の依頼を受けた冒険者であった。レッドウルフの群れを討伐した残骸から素材を回収する依頼である。
ただのレッドウルフであればそれほど旨味はないが、一部レッドウルフ・リーダーやグレーター・レッドウルフといった上位種が混じっているという。そこでEランク冒険者を中心に十数人もの素材回収隊が結成され、コッピア村なるところまで遠征してきたのだった。
そして、ルミニコはそんな回収隊の中で唯一の中級冒険者。低ランク冒険者たちを護衛する役割を担ってくれた人物であった。
「依頼は滞りなく?」
「ああ、怪我人もなく無事に。いつもこうありたいものだね」
Eランク冒険者を中心としたこうした依頼で事故やトラブルは割とある。だが、今回は無事に依頼を終えたようだ。
そして、ミルフィアは気になっていたことを尋ねた。
「コッピア村の様子はいかがでしたか?」
「コッピア村か。そうだねえ。放棄するには勿体ないが、維持するのは難しい。悩ましい村だったよ。上手く行けば良い村になったんだろうな、とは思ったけどね」
ミルフィアが以前からその村のことを気にかけていたことを、ルミニコは知っていた。なので、言葉を選んで丁寧に話す。
だが、既に村の将来について結論が出ていることも知っている。
「でも、放棄するんだって?」
「村の方には悪いとは思いましたが、決断していただきました」
「まあ、でも、遅かれ早かれそうなったと思うよ」
悪くない村であった。だが、開拓には失敗した。この世界では珍しい話ではない。だが、やはり寂しいものを感じるのは人として当然であろう。
悲しいことであるが人的被害が出る前である。賢明な決断であったとも思う。
そしてまた、ミルフィアがコッピア村について気にしていたことは、もう一つあった。
「素材のほうを見せてもらっても?」
「見ますか? ちょうどいま全部奥に運び終えたところで」
そして、二人は買取受付の奥の解体場へと向かった。
そこは狭いストラーラには珍しく開けた土地となっている。周囲を建物に囲まれたその場所に、沢山の買い取られた魔物とそれを解体するギルド職員の姿があった。
「ミルフィアさんが気にしていたのはコレだろう?」
そこには巨大なグレーター・レッドウルフの素材が広げられていた。
回収隊はコッピア村で解体を行い、売り物になる素材のみを運んできている。置かれていたのは巨大な毛皮と、牙や爪。それが標本のように地面に広げられていた。既に肉はないが、生前の迫力を想起させるに十分な代物である。
「なかなか壮絶だろう?」
ルミニコが言ったとおり、毛皮は傷だらけとなっていた。いかに激しい戦闘が行われたかが想像できる。
「必死だったんだろうね。残された死体は滅茶苦茶な状態になっていたよ」
そして、ルミニコが尋ねる。
「これ、Eランク冒険者が倒したんだって?」
ミルフィアは一瞬答えを躊躇った。が、すぐに隠しようもないことと諦める。
「ええ、そうなんです」
「グレーター・レッドウルフをEランク冒険者がねえ。今回は幸運な結果に終わったけど、こういう事態は避けるようにギルドとしては動いて欲しいものだね」
「ええ、申し訳なく思っています。ギルドとしても大変に反省しています」
ルミニコの良識的な非難は当然のものであるが、それが一般論であることは、発言したルミニコも承知している。
ギルドもリスクの管理は行っているが、冒険者の仕事というものはどうしてもリスクがゼロにはならない。今回は不幸中の幸いであった。
だが、そうした一般論とは別に、ルミニコの目が興味深く光る。
「Eランクでグレーター・レッドウルフを倒せるってことは、かなりの逸材だよね?」
「気になります?」
「それはもう。ストラーラにも将来有望な冒険者が現れたのかな、ってね。うちのパーティーはもう人を入れ替える気はないけど。まあ、でも、気にはなるよね」
「うーん、有望とは思っているんですけど。危なっかしい子で」
ルミニコからの軽い探りを躱しつつ、ミルフィアは改めてグレーター・レッドウルフの素材を見つめる。
巨大な狼の魔物である。残された毛皮や爪に残る魔力から生前の強さを推し量ることができる。これをEランク冒険者どころか、レベル4でしかない少年が倒したとはルミニコも思っていないだろう。
本来は中級冒険者が相手にするような巨大な魔物の素材を前に、ミルフィアはレン少年の将来性を改めて感じたのだった。
◇◇◇◇◇
ミルフィアは素材回収隊の成果を一通り確認し終えると、冒険者ギルドの最上階へと向かった。
そこにはギルドマスタールームがある。
「失礼します。コッピア村から回収隊が戻ってきましたので、回収物を確認してきました」
「お疲れ様。少し待ってくれる? ……はい、聞きましょう」
ギルドマスターのアネマリエは、執務の手を止め、ミルフィアからの報告に耳を傾けた。
回収隊の成果は、レッドウルフが32頭。レッドウルフ・リーダーが2頭。そして、グレーター・レッドウルフが1頭。ギルドの買取品としてはそれほど珍しいものではない。
だが、それを倒したのがレベル4の少年というところに得意性がある。
「レッドウルフは状態の良い物のみを持って帰ってきたということで、レン君が倒したレッドウルフはその倍以上が確実にあったと思われます」
「一緒にいた錬金術師の子はレベル14だったかしら?」
「はい。ただ、彼女からも話を聞きましたが、彼女が倒したレッドウルフは一桁程度だったということです。レッドウルフ・リーダーも一頭倒したそうですが、トドメを刺しただけで、『殆どレン君が倒したようなもの』だったそうです」
「まったく、とんでもないレベル4がいたものね」
報告を聞きつつアネマリエは眉間を指で撫でた。
この異世界からやってきた少年については、何度か驚かされている。レベル4で〈青石のダンジョン〉を攻略した時も驚いたものである。だが、それはまだ理解の範疇であった。
〈青石のダンジョン〉のボス、レッドサジタリーの適正レベルは7。ゴブリンの群れを率いていることも考慮すると、ソロならばレベル10前後が適正レベルとなる。それをレベル4で倒すというのは滅多にはないものの、才能のある冒険者であれば稀にある程度の出来事でもあった。
だが、今回は違う。
グレーター・レッドウルフの適正レベルは20。常識的に考えてレベル4では傷をつけることすら苦労する相手である。
まして、倒してしまうなど想像の埒外であった。
――思っていたより頭角を現すのが早い。
アネマリエの正直な感想である。
才能のある冒険者であろうとは思っていた。異世界からやってきたのだから、将来的にはSランク冒険者になるような可能性もあるだろうとも思っていた。
だが、少年の才能はアネマリエの想像を超えているようであった。
――Sランク冒険者か。
アネマリエは現役冒険者時代はAランクまで上り詰めた。
Aランク冒険者と言えば、冒険者としては最高峰。その実力と名声は確固たるもので、冒険者としてAランクまでたどりつくものは1パーセントにも満たない。
そんなアネマリエですら嫉妬を抱く相手というのは確かにいた。もとい、嫉妬の対象ですらあったかどうか。
――Sランク冒険者ってのは、こういう理解できないことをするのよね。
Aランク冒険者の多くは鍛錬を積み、常に的確な判断を行い、堅実に冒険者としての成果を上げるような者が殆どであった。
だが、その上にあるSランク冒険者というのは違う。Aランク冒険者から見れば理解できないような成果を叩き出すのである。Sランク冒険者などアネマリエから見ればお化けのような存在であった。
そして、レン少年にもそうした資質があるように感じられる。
――ひょっとすると本当にS級冒険者が誕生するところを目にしようとしているのかもしれない。
――私の手には余るわ。
アネマリエは現役時代も今も堅実さを信条としている。才能ある少年に期待する気持ちもある一方で、どのように取り扱うべきか悩んでしまう。
そして、ふと思い出す。
ちょうど、その正真正銘の現役Sランク冒険者が複数人、ストラーラに滞在しているのだった。
新進気鋭のS級クラン〈白い翼〉である。
――そう言えば、ちょうどあのお化けたちがストラーラに戻ってきているのだったか。
――僅か三ヵ月でダンジョンを3つ攻略か。こっちはこっちで理解できない成果を上げている。有難いのだけれどもね。
そして、思う。
――お化けのことはお化けに相談したら良いのかしら。
――でも、どうだろう? 性格的には正反対ね。
方や自信に溢れた現役Sランク冒険者たち。そして、もう一方は自信のなさそうな将来のSランク冒険者候補。
両者の姿を想像したアネマリエであったが、やがて頭を振って考えることを止めた。それでなくともギルドマスターが抱えている仕事は多い。彼女が考えるべきことは多いのである。




