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#53 コッピア村防衛戦 4

 コッピア村、入り口付近。

 ユリーシアが魔法薬によりステータスを劇的に向上させたことをレッドウルフ・リーダーは理解し、彼らは戦い方を変えた。

 強引な攻撃を止め、じっくりと時間をかけて仕留めようと、長期戦の様相を呈してきた。

 襲ってきそうで襲ってこない。だが、一瞬でも気を抜くと飛び出して牙を剥く。付かず離れずの距離を保ち、そんな曖昧な攻撃を繰り返す。


――これなら凌げるけど。


 レッドウルフ・リーダーの攻撃が油断できないことに変わりはないが、だがユリーシアがそう感じたのも確かであった。消耗を狙っているのは間違いないが、しかしこちらもレンの救援を待っている。

 一瞬安堵しそうになったが、それはまだ早かった。


 レッドウルフ・リーダーが戦い方を変えたのを見て、その背後に控えていたレッドウルフたちが行動を起こす。

 リーダーの左手からじりじりとレッドウルフの群れが横へと展開する。村の入り口は狭い。にもかかわらず、急峻な斜面にしがみつくようにして村の入り口へとにじり寄ってきた。

 そして、ユリーシアの左手を守るウラカ一家に対して、同じように付かず離れずの攻撃をする開始した。地の利があるとはいえ、彼女たちには荷が重い。


 狼たちが細かく、小さな攻撃を繰り返す。

 ウラカたちが一歩前に出れば下がる。一歩引けば詰めてくる。しかし、一瞬でも目を離せば襲いかかってくる。そんなじりじりとした攻撃が繰り返された。

 狼種が得意とする集団戦法である。

 レッドウルフの群れの本当の恐ろしさはここから始まる。


――この戦い方は良くない。


 ユリーシアは事態が悪化したことを悟った。

 狼たちはこの地味な戦い方をいつまでも繰り返すだろう。数の利はレッドウルフの側にある。彼らは入れ代わり立ち代わり交代でユリーシアたちを消耗させるに違いない。

 対してユリーシアたちには交代する余裕がない。


「がるるるるぅぅ」

「がうっ! がうっ!」


 レッドウルフたちが威嚇しながら、地味な攻撃を繰り返す。

 それに対処するユリーシアたち。


「レン君、早く来て!!」


 金切り声のような助けを叫ぶものの、いつまで経っても救援は来ない。

 いつまでも続くレッドウルフの攻撃にユリーシアたちは耐えた。耐えていたのは数分であったか、あるいは一時間を超えただろうか。時間の感覚するら麻痺していく。


 ユリーシアはまだ冷静さを保っていたが、その脇を固めるウラカ一家、特に子供二人はステータス的に厳しい。それでも一家は柵と斜面を使い、槍での牽制を繰り返した。魔物を村に侵入させないように懸命に戦う。

 彼女たちのことも心配であったが、ユリーシアはユリーシアで目の前にレッドウルフ・リーダーがいる。それも二匹。彼女もまた余裕がない。魔法薬の効果には限界がある。いつまで続くかわからない効果が不安にさせる。


「きゃぁぁっ!!」


 と、最初に崩れたのはウラカの子供二人の内、幼いほう。サナナであった。

 ほんの僅かな隙を見せた瞬間、槍を持つ手首をレッドウルフに噛まれた。


「このっ!」


 兄ウテリロがすぐさま槍で追い払うが、今度は彼の足にレッドウルフが噛みつく。

 それを母ウラカが助けようとすると、今度はそれに目ざとくレッドウルフ・リーダーが襲いかかろうとする。

 それをユリーシアが短剣を斬りつけて牽制した。

 連鎖的に狂っていく防衛線。

 だが、ユリーシアのところで何とか耐えた。


「頑張って!」

「は、はい!」


 サナナは気丈にも再び槍を構えたが、一度攻撃を受けた恐怖は容易には消えない。槍を持つ手が震えていた。

 そんな恐怖がウテリロやウラカにも伝播する。そもそも彼女たちは生粋の戦闘要員ではない。

 対してレッドウルフ側は俄然動きが良くなった。威嚇の声も大きくなり、狼たちに躍動感のようなものが加わる。


――拙い。


 ユリーシアは思ったものの、どうにもならない。彼女は彼女でレッドウルフ・リーダー二頭に手一杯であった。

 そうこうしているうちに、サナナとウテリロの負傷が加速度的に増えていった。


「まだ、頑張れる!」

「はあ、はあ、はあ……」


 それでも兄妹は耐える姿勢を見せてくれた。

 ウラカ一家にも事前にユリーシアが持ち歩いているポーションを分け与えていたので、多少の負傷であればすぐに回復する。

 だが、精神的な疲労は回復しない。


「きゃああっ!!」

「離れろ! くそぉっ! 離れろ!」


 明らかにウラカ一家の兄妹が狙われていた。

 母ウラカが援護に回るも限界がある。さらにウラカ一家の援護にユリーシアが無理をしなくてはならない。

 ユリーシアも限界に感じていた。

 そして、決断する。


「引きましょう! 村の中へ!」

「で、でも……」

「このままでは、ここでいきなり()られかねないです。奥に行けばレン君と合流できます」


 ユリーシアの希みは一縷、レンの武力にあった。

 それはウカラたちとて同じである。


「わかりました」

「くっ……」

「すみません! すみません!」


 ユリーシアの号令とともに、四人は村の奥へと撤退を開始した。

 それを追うように、レッドウルフの群れがコッピア村の中へと雪崩込む。

 村の入り口の防衛線が突破された。


「建物には小さい子たちが隠れている。近づいちゃダメ!」


 ユリーシアを先頭に建物を大きく迂回し、入り口の反対側、レンのいる方へと四人は駆ける。

 だが、レッドウルフの足は速い。容易に先回りされてしまった。


「こっちです!」


 村の地形に詳しいウラカが先導するも、レッドウルフたちもユリーシアたちの動向を察知している。村の反対側に行けないように、徐々に包囲網が形成されていく。

 既に放棄されて久しい畑をレッドウルフたちが踏み荒らす。

 気が付けばユリーシアたちは、村の畑の端にある溜池のほとりへと追い詰められていた。溜池を背に半円形となり、槍を並べて狼たちを牽制する。


――ここまで来ればレン君だって気づかないはずがない!

――どうしてレン君は来ない!?

――まさか!?


 レッドウルフの攻撃を凌ぎつつも、ユリーシアの脳裏に最悪の事態が浮かぶ。

 だが、狼たちはそんな思考すら許さない。


「きゃあっ!!」


 急造の半円形の防衛陣。その一番幼く、レベルの低いサナナを狼たちは執拗に狙った。

 飛びついては離れ、離れては飛びつき。

 ユリーシアが短剣で助けるも、レッドウルフたちの集団戦法は厄介極まりない。最初の頃のように噛みついてきてくれるなら倒せるが、まともに噛みついてすら来ない。


「まだ来るのか! いつまで続くんだ!」

「はあっ! はぁ!」


 ウテリロとサナナの消耗が激しい。

 と、そんなところに最悪の敵が姿を現す。

 レッドウルフ・リーダーの二匹がこの半包囲網へと加わってきた。当然ユリーシアが対処するが、ウラカ一家の援護はできなくなる。

 と、レッドウルフ・リーダーが左右に分かれた。


――駄目! どうしたら!!


 いままで半円形の防衛陣の中央にユリーシアとウラカ、左右にウテリロとサナナを配していた。

 だが、レッドウルフ・リーダーが左右に分かれるなら、どうしてもユリーシアは中央には残れない。ユリーシアは左に対処するべく位置を変える。反対側のレッドウルフ・リーダーにはウラカが対処しようとするが、明らかに分が悪い。

 だが、ユリーシアとてレッドウルフ・リーダーを前に背後を気にする余裕もない。


 もはや、最悪の事態は目の前に迫っていた。

 リーダーに率いられるレッドウルフたちの動きも躍動していた。


「なんとか頑張って!」

「このっ! このっ!」

「うがああぁぁぁ!」

「はっ、はっ、はぁっ……」


 ユリーシア、ウラカ、ウテリロ、サナナが懸命に対処するも、もはや時間の問題と思われた。

 そして、それまで曖昧な攻撃に終始していたレッドウルフ・リーダーが機と見て、牙を剥く。


「があああああぁぁ!!」


 巨大な狼が、巨大な口を開けてユリーシアへと襲いかかってきた。

 狼の群れが仕上げに入った。

 圧倒的な不利。

 対処方法が思い浮かばない。

 迫る巨大な牙を前に、ユリーシアは全身を強張らせた。


 と、そのレッドウルフ・リーダーの首が突然、落ちた。


 レッドウルフ・リーダーの首が切断されたのである。斬り口から大量の血が溢れ、サナナとウラカが悲鳴を上げた。

 ユリーシアもその飛び散る血飛沫(ちしぶき)を肌に感じつつ、だがすぐに何が起こったかを理解した。


「すみません。遅くなりました」

「レン君、遅い!」


 レッドウルフ・リーダーの首を斬り落としたのはレンであった。

 ユリーシアは参戦が遅れたレンを叱り飛ばしたものの、その姿を見てぎょっとする。

 ユリーシアの前に立ちはだかるように立った少年。その装備が大きく破損していた。だが破損した隙間から見える身体に異常はない。彼にも特製の即効性ポーションを渡している。それで直したのだろうが、いったいどれほどの傷を負ったのか。

 一番大きく破損していたのは背中の装備。だが、よくよく見れば、それ以外にも頭部、腹部、脚部と、至るところの装備が破損していた。もはや半裸に近い。

 だが、今はそんなことを問い質す余裕はない。


「お叱りは後で。倒します」


 レンはそう言うと、剣を振り払い、レッドウルフ・リーダーの血を振り落とした。

 そして、怯むレッドウルフの群れに向かって突入した。


 そこから形勢は一気に逆転した。




◇◇◇◇◇




 コッピア村の夜が明けようとしていた。


 レンが村中を縦横無人に駆け回っていた。

 少年が剣を振る度にレッドウルフが一頭、また一頭と倒れていく。

 これを見て誰が彼をレベル4と信じるだろう。実際その様を目の当たりにしたウラカ一家は唖然としていた。


 新調した剣の具合はとても良い。

 レッドウルフの毛皮は決して簡単に斬れるものではない。単に業物の剣を使ったとて容易ではないはずだが、レンは何事もないように平然と斬り裂いていく。

 尋常な太刀筋ではなかった。


 数十頭も倒したであろうか。

 レッドウルフの群れも不利を悟って及び腰となっていた。

 と、最後まで抵抗を続けていた個体がいた。レッドウルフ・リーダーである。


 その最後のレッドウルフ・リーダーに向かってレンが剣を振って牽制する。そのままユリーシアたちがいる溜池のほとりまで追い込んできた。


――これは、あれか。


 そのレンの意図をユリーシアは了解した。

 以前からレンと一緒に戦うと、最後の一頭のトドメをユリーシアに刺させようとする。「数の利を活かしたい程度のことですが」などと言っていたが、どこまで本気か。

 だが、今回に限って言えば有難い話である。さんざん苦労させられたレッドウルフ・リーダーにユリーシアとしても仕返ししたい気持ちはあった。


 既にレンから何度も斬り付けられ満身創痍となっていたレッドウルフ・リーダーが、あからさまに剣を振って陽動するレンに釘付けとなっていた。

 その背後からユリーシアはそっと忍び寄り、前足の付け根、心臓に向かって短剣をぶすりと突き入れる。そして、短剣を引き抜き、素早く離れた。

 すると、その傷口からどぼどぼと濃厚な血が流れ始めた。


 巨大な狼だけに流れ出る血も大変な量であった。

 それでもレッドウルフ・リーダーはしばし立っていたが、やがてよろめいたかと思うと、その巨体が崩れ落ちた。

 それを見た残りのレッドウルフが算を乱して逃げ出していく。


「追いますか?」

「いえ、とてもとても」


 そんなレッドウルフの様子を見てレンが問うが、ユリーシアは苦笑して否定した。もはや精も魂も尽き果てる寸前であった。

 レンも逃げる狼たちを黙って眺めていたので、本気で追うつもりはなかったのだろう。

 これで、コッピア村の襲撃は終わった。


 と、気が抜けたユリーシアが地面にへたり込んでいると、その全身が、ふわりと光に包まれた。

 一瞬何が起こったのかわからなくなるユリーシア。

 だが、次の瞬間にはそれを理解した。


「レベルアップだ……」


 それは、ユリーシアにとって実に三年ぶりのレベルアップであった。


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