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#52 コッピア村防衛戦 3

 レンはコッピア村の入り口とは反対の端にいた。

 コッピア村は山の尾根に築かれた細長い村である。入り口からは遠く、ユリーシアたちが現在どのようになっているか(うかが)い知ることはできない。


 レンは崖の先を見つめる。

 櫛の歯を逆さまに立てたような尾根道である。

 朝靄の中、その尾根道を一頭の赤い狼が伝ってくるのが見えた。


――やはり、来たか。


 想定どおりであった。驚きはない。


 その巨体が徐々に大きくなっていく。

 と、レンは違和感を覚えた。

 レッドウルフ・リーダーは巨体である。だが、その狼はそれどころではない大きさであった。

 やがて、ゆっくりと岩山の先を足場に、赤い狼がコッピア村へと進入した。


――隙は見出せなかった。村に入れてしまった。


 本当はレンはこの赤い狼を崖の下に叩き落してやるつもりだった。足場の悪い尾根から村へと進入する瞬間を狙って、崖下へと突き落とす。

 だが、人間ならばジャンプして進まなければならない崖を、あまりにも巨体なこの狼は歩幅が非常に大きく、一歩一歩ゆっくりと進んできたのである。

 襲いかかれる隙など見出せず、レンとしても村への侵入を黙って見過ごすしかなかった。


 そして、現れたレッドウルフの大きさに驚く。

 通常のレッドウルフなどより遥かに大きい。レッドウルフ・リーダーをも凌ぐその体躯。象やサイすらも超えるような巨体であった。


――グレーター・レッドウルフ!!


 その魔物の出現にレンは衝撃を受けた。

 レッドウルフ・リーダーよりもさらに上位種。レベル20相当の魔物である。本来なら中級以上の冒険者が相手にしなければならない魔物で、その迫力はレッドウルフ・リーダーをも遥かに凌駕していた。




◇◇◇◇◇




 完全な想定外であった。


――レッドウルフ・リーダーが相手なら十分に勝算はあったが。


 だが、違った。


 そのグレーター・レッドウルフは体長3メートルを超えるだろうか。それでいて狼らしい、しなやかな体躯を荒々しい毛皮で覆っていた。大きな口からは巨大な牙が見える。足の爪も恐ろしいほどに大きい。

 そんな巨大な狼がコッピア村の大地を踏みしめていた。


 誇り高き狼がレンを一瞥する。たった一人の守備要員を見て、鼻で笑ったように感じられた。(あなど)られたとは思ったが、実際それだけの差が両者の間にはある。

 だが、このグレーター・レッドウルフはレンという少年の異常性を知らない。この小柄な少年には驚くほど高い戦闘力が宿っている。


 しかし、そのレンもまた、この巨大な狼の存在感に圧倒されていた。

 レンは村が狼に包囲された時、逃げ出すのではなく安易に村の防衛を提案してしまった。自分の意見がユリーシアたちを危険にさらしたことを自覚する。ユリーシアだけではない。ここはゲームの世界ではない。ウラカ一家をも巻き込んだ。

 転生前は普通の高校生でしかなかったレンは身震いした。


 レンが一人混乱するなか、グレーター・レッドウルフはレンにゆっくりと近づき、前足を振るった。

 警戒も威嚇もない。

 小柄なレンを見て、道端に落ちている小石程度の感覚で蹴散らそうとしたのだろう。


 だが、この小柄な少年は小石などとはわけが違う。

 戸惑いつつも、攻撃を受けたことで瞬時にレンは戦闘態勢へと移行する。

 レンの心と身体に染み付いた武術。それは彼自身の心の拠り所でもある。 


――表、()ぎ。


 (かなめ)流の基本中の基本技。狼の前足を避けつつ、剣を水平に振る。

 獣を相手に細かい技量など不要。とにかく剣を力一杯振ることこそが最良の選択である。


 そして、工夫もしている。

 獣は厚い毛皮で覆われており、容易に刃が体表に届かない。

 だが、弱点はある。その毛流れに沿って斬り付けたならば、少なくとも膨大で分厚い毛を無視して直接体表を斬り付けることができる。

 さらにレンが手にするは、先日大枚を叩いて購入した中級冒険者が持つような業物の剣である。


 鈍い音が響いた。

 レンは確かな手ごたえを感じた。


「うおおぉぉぉんんん!!」


 グレーター・レッドウルフが怒りとも何ともつかない咆哮を上げた。

 レンは確かにこの巨大な狼の脇腹に傷をつけた。だが、その傷はその巨体に対してあまりにも小さい。


「ぐるるるぅ!!」


 グレーター・レッドウルフが威嚇をする。

 賢い獣である。この僅かな攻撃で、レンを危険な敵と認めたのだろう。巨大な牙を剥き出しに、睨みつけていた。

 一方でレンもこの巨大な敵の強大さにおののいていた。それなりに手応えを感じた攻撃にも関わらず、グレーター・レッドウルフの動きに支障は全くない。蚊に刺された程度のダメージしか与えられていないように思われた。


――どうする?


 あまりにもステータス差が過ぎる。

 有効打が有効打とならない。

 悩むレン。だがそんな間を当たられるはずもなく、グレーター・レッドウルフが動いた。


 グレーター・レッドウルフの巨体が宙に舞う。

 象のような巨体にも関わらず、狼らしいしなやかな動きであった。おそらく魔法による身体強化があってこその流れるような動作。

 そして、宙に舞った狼は身体を捻る。巨大な身体を回転させながら、レンのほうへと落下してきた。


「げっ!」


 錐揉みのように急襲してくる巨大な狼。

 これでは毛流れに沿って剣を斬り付けることなどできない。

 慌てて地面を転がり回避するレン。

 その直後、グレーター・レッドウルフがそのまま地面へと激突した。地震のような振動。結果、地面が(えぐ)れていた。


「くっ!」


 想定外の攻撃。想定外の威力。

 僅か一度だけ見せたレンの攻撃に対し、完璧な対策を講じてきたグレーター・レッドウルフに驚愕する。

 咄嗟のことにレンとしても言葉が出ない。


 戸惑っているレンにグレーター・レッドウルフは容赦なく攻撃を続ける。

 宙に飛び、回転しながらレンへと突撃する。それを何度も繰り返す。まるで爆撃であった。地面には無数のクレーターのような跡が残った。

 辛うじてレンは避け続けるものの、彼我の戦闘力の差は圧倒的であった。

 

――くそっ!


 僅か数分で土まみれとなったレンであったが、黙ってやられ続けるわけにはいかない。

 剣の構えを解き、仁王立ちする。

 そこに、再びグレーター・レッドウルフが襲いかかってきた。


――(かなめ)流柔術、天地投げ。


 剣を持ったまま、両手を上下に大きく開く。体を転換しながら、グレーター・レッドウルフの巨体を宙へと放り投げた。

 本来は柔術など四つ足の動物に使うものではない。

 だが、そんなことは関係ないとばかりに、レンは巨大な狼を宙へと放った。 


 巨大な狼が地面へと叩きつけられる。

 だが、レンの攻撃はそこで終わらない。掴んだ反撃の糸口。終わらせるわけにはいかない。


――裏、車斬り。


 レンは地面を蹴って飛んだ。身体を横に回転させ、その遠心力と重力を剣に、地面でもがくグレーター・レッドウルフへと叩きつける。


――組太刀、太刀落とし。


 地に足を付けたレンは一転、剣を小さく振る。

 肩越しから袈裟に剣を走らす。地味ではあるが、本来は敵の剣を斬り落とす技である。剣筋の鋭さは(かなめ)流でも随一。凶悪な斬撃を浴びせる。


――表、唐竹割。


 さらに、レンは剣を振りかぶった。両足で四股(しこ)を踏むように、人体における大きな筋肉の最上位三つ、広背筋、大殿筋、大腿四頭筋を連動させ、真っすぐに全力で剣を叩き込んだ。


 レンが身に着けている中で、もっとも威力のある技を三連発。


――どうだ!


 レンは肩で息をしつつ、距離を取る。

 剣を構え、叩き伏せた魔物の様子を見守る。


 だが、グレーター・レッドウルフはゆっくりとその身を起こした。

 全くの無傷とはいかないものの、その動きに支障はない。

 レンが与えた傷は、その巨体に比して余りにも小さかった。




◇◇◇◇◇




――っく……。


 理由は言うまでもない。

 レベル差が、ステータス差が違い過ぎる。レンはレベル4。グレーター・レッドウルフはレベル20相当。

 どだい戦える相手ではない。


 それでもレンは思った。


――(かなめ)流が通じない、だと。


 祖父の下で育んできた(かなめ)流。レンはそれに(こだわ)りを持っていた。

 祖父との思い出の詰まったこの武術はレンの人生そのものと言っても良い。転生前、この武術を存分に発揮できるゲームと出会い、狂喜した。やがてレンはゲームの仮想世界から異世界へ。だが、その精神は未だに変わっていない。

 レンは自分の武術に強烈な想い入れを抱いていた。

 だが、その武術が通じないとあっては、自分の全てを否定されたような気持ちにさせられる。


「……!!」


 と、遠くから僅かな声が聞こえた。

 村の反対側の入り口から悲鳴のような声が。

 それがレンの内へと向かっていた意識を外へと引き戻した。


――違う!

――いまはそんなことを気にしている場合じゃない!


 ユリーシアやウラカ一家が村の入り口を固めていることを思い出した。

 彼女たちのところには大量のレッドウルフが向かっているはずであった。それどころか、こちら側にレッドウルフ・リーダーがいないのだから、それも彼女たちが引き受けているはずであった。

 明らかに彼女たちには荷が重い。


――ユリーシアさん!


 ユリーシアたちの身が危険に晒されている。それがレンの思考を殴りつけるように目の前の現実へと引き戻した。

 早く救援に向かわねばならない。だが、グレーター・レッドウルフはそれを許さないだろう。

 レンは焦燥感に包まれた。


 ふと、レンは祖父の言葉を思い出す。


――武術とは、ただの技だ。技に囚われることはない。

――レン、お前は自由に生きなさい。


 祖父は合理的な人だった。


 だが、目の前にはグレーター・レッドウルフが。

 先ほどの強力な三連撃によりレンを正しく敵と見做(みな)したこの巨大な赤い狼は、姿勢を低くして、低い唸り声を上げてレンの前に立ちはだかっていた。

 この強敵をどうにかしなければならない。


――どうすれば……。


 レンは窮地に立たされた。

 ユリーシアと薬草採取を行った日々。祖父との幼少から思い出。ウラカ一家がこの村にかけてきたであろう人生。(かなめ)流という古い武術にかけてきた自分の想い。

 そういったものがレンの脳裏を一気に駆け抜け、ぐしゃぐしゃと思考をかき乱した。


 だが、目の前にいるグレーター・レッドウルフの存在がそれらを叩き潰そうとしている。

 冷静な怒りがレンの中に沸き起こった。


――とにかく、こいつを殺せ!


 レンが素早く周囲に視線を走らせる。

 村にある古びた廃屋。崖の際に並ぶ結界柱。畑の脇にある溜池。自分が手にするは業物の剣。いつかレッドサジタリーと対峙するために手に入れた鉢金(はちがね)と、僅かに残っている身代わりの石。

 どうにかしてグレーター・レッドウルフを倒す手がかりを探す。


――何を使っても良い。とにかく、早くこいつを倒せ!


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