#51 コッピア村防衛戦 2
その夜、警戒しつつも交代で仮眠を取った。
レンとユリーシアは冒険者としての経験もあり、気持ちを切り替えて睡眠を取った。ウラカとその子供ウテリロとサナナは寝苦しそうであったが、それでも十分に仮眠は取れたであろう。
そして、東の空が白み始めたころ。
村の周囲から狼たちの咆哮が鳴り響いた。村を取り囲むようにいくつもの方向から不気味な遠吠えが聞こえる。狼たちが気勢を上げているのだろう。
それは明らかに大規模な襲撃の予兆であった。
「本当に来た」
ウラカ一家が不安そうに寄り添う。
妹のサナナが槍の柄を過剰なほど握りしてめていた。この中では彼女のみ通常のレッドウルフよりもレベルが低い。幼少でもある。不安なのは当然であろう。
「それでは、皆さん手筈どおりに」
だが、全体としては皆冷静であった。
そもそも、この時間にレッドウルフの群れが襲って来やすいように、村の入り口にある魔導灯を消している。襲ってくるのように誘ったのである。
対策についても事前に話し合った。主導したのはやはりレンである。
「今回の敵はこちらがやられると嫌なことをしっかりとしてきています。おそらく攻めてくるときに一番嫌な手を使ってくると思います」
こちらがやられて一番嫌なこととは何か。
レンは前日、村を見回っている時に気になった場所が一つあった。
村の入り口となっている尾根とは反対側の尾根。そこは急峻な岩の尖塔がいくつも連なったような尾根で、とても生物が歩けるようなところではなかった。
だが、それでもレンはこう思った。
――あの尖った岩の先端を跳躍すれば、来れないことはないな。
もしレンが村を攻める側であれば、運動神経の良い者を選りすぐって、ここから急襲するであろう。
あの誘いに乗ってこなかった賢いレッドウルフ・リーダーである。この場所を見逃すとは思えない。
「おそらく一番強い個体が反対側から攻めてくると思います。僕がそちらに回ります。入口のほうはユリーシアさんを中心にして、皆さんで守ってください。レッドウルフも通常の個体であればレベル8ですから耐えられるはずです」
そのような手筈となっていた。
実はこの中ではレンのレベルが一番下なのだが、当然のように一番大変な場所へと向かうレン。
幼少の子供たち二人は建物の中に隠れている。
村の狭い入口の中心でユリーシアは短剣を構える。ユリーシアは薬草採取士であるが、レベル14とステータスが最も高い。防御力も高いため盾役を期待される。
その右手には急峻な崖があるので襲われる心配はない。左手の斜面側にウラカと、その子供たちウテリロとサナナがそれぞれ槍をもって待ち構えた。
そして、不気味な獣の足音と共に、村の入り口にレッドウルフの群れが姿を現した。
坂道を登ってくるレッドウルフの群れ。
遠くに姿が見えたかと思うと、すぐに駆け上がってきた。
「負けない!」
ユリーシアが短剣を握る手に力を込めた。
戦いが始まった。
◇◇◇◇◇
レッドウルフがユリーシアの左腕に嚙みついてきた。それを左手を差し出し、噛みつかせるに任せる。
この戦いが始まるにあたって、ユリーシアはレンから対狼戦の秘策を与えられていた。
「狼系の魔物を相手にするなら定番の対策があります」
ユリーシアの左腕には寝具用の布を切ったものがぐるぐるに巻かれていた。これならば狼に噛みつかれても牙が皮膚に到達することはない。
そして、レンは戦い方についてもアドバイスを与えていた。
「左腕に噛みつかせたら押し込むようにしてください。決して引っ張り合わないように」
狼の牙は内側に曲がっており、引っ張ったところで容易に外れない。下手に引っ張っても外れることはなく、その隙に他の狼から攻撃される。そうこうしているうちに複数の狼から噛みつかれ、どうにもならなくなる。これが狼の戦い方である。
だが、逆に押し込まれると狼の牙は外れやすい。また、狼のほうでも慣れない対応をされると驚くことが多い。
ぐっ、と噛みつかれた左腕をレッドウルフのほうに押し込む。そして、一歩踏み込んで短剣を脳天に突き立てた。
すると、レッドウルフは抵抗らしい抵抗もできず、倒されてしまった。
斃れた狼は急斜面を転がり落ちていった。
――たしかに、これは楽だ。
戦闘が苦手なユリーシアである。それなのに簡単にレッドウルフを倒せてしまった。
その後、二匹ほど飛び掛かってきたレッドウルフを同じ要領で倒した。
ユリーシアの横では槍を構えたウラカ一家が牽制してくれている。
「結構いけそうです!」
その後、レッドウルフのほうでも警戒するようになったが、結局は攻撃は同じである。
何匹も同じ方法で倒されてしまう。
――こんな対応方法があったなんて。
レンの知識に舌を巻く。
――これなら。
そう思った矢先であった。
それまで複数頭で警戒しながら襲ってきたレッドウルフたちが一斉に引く。
と、入れ替わるように一際大きな個体が姿を現した。
「レッドウルフ・リーダー!」
レンの予想ではレッドウルフ・リーダーは裏側から攻めてくるはずだった。
が、裏をかかれたか、こちらが読み過ぎたか。
と、レッドウルフ・リーダーの背後からもう一頭、同じような巨体の赤い狼が姿を現す。
「二体も!」
レッドウルフ・リーダーは、今回コッピア村に襲来してきたレッドウルフの群れのボス的な存在と目されていた。だが、それが二体もいるとは把握していなかった。
レッドウルフ・リーダーはレベル15相当。ユリーシアと同レベルどころか上となる。しかも、ユリーシアは生産職。戦闘は不得手である。ただでさえユリーシアの手に余る相手な上に、二頭もいるとなると困難を極める。
そのレッドウルフ・リーダーが威嚇の咆哮を上げた。その巨体から放たれる咆哮が大きく空気を揺らす。
そして、空気だけでなく、相対する者たちの心をも揺らす。
「群れのリーダーじゃないですか!?」
「話が違う!」
ウテリロとサナナの兄妹に動揺が走った。
「泣きごと言わない! 村を守るのよ!」
それでも母親のウラカは気丈にも戦う姿勢を見せていたが、彼女とて動揺は隠せない。
「皆で大きな声を上げてください! 村の反対にいるレン君に知らせないと! レン君!」
狼狽えたいのはユリーシアも同じであったが、レンならばなんとかしてくれるという期待がある。とにかく大きな声をあげてこちらの異変を知らせようと試みる。
と同時にレンが到着するまでの間、このレッドウルフ・リーダー二頭の相手をしなければならない。
「あの二頭は私が相手します! ウラカさんたちは他のレッドウルフを近づけないようにお願いします!」
と、レッドウルフ・リーダーが襲いかかってきた。
ユリーシアが布で巻かれた左腕を差し出し、その牙を受け止める。レッドウルフと同様に噛みつかせたが、力強さが段違いであった。
思わず引っ張り合いをしたくなるところを、本能に逆らってグイっと押し込む。と、もう一頭のレッドウルフ・リーダーが踏み出してくるも、右手の短剣で牽制。
左腕のレッドウルフ・リーダーは離れず、結局引っ張り合いとなってしまう。
――力が強い!
再度ユリーシアは左腕を押し込む。体当たりするように全身で押し込み、同時に短剣で切りつける。
だが、もう一方のレッドウルフ・リーダーが黙っていない。
左腕が離れた瞬間、ユリーシアは右手から襲ってきたもう一頭のレッドウルフ・リーダーを短剣の柄で殴りつけた。
それで、なんとか二頭と距離を取ることに成功。
ステータス的には負けているものの、なんとか戦えそうではある。が、勝てる気は全くしない。それどころか、二対一では長く持ちそうにない。
いつレンが救援に駆けつけてくれるかも不明であった。
ユリーシアは腹を据えた。
「生産職だからって甘く見ないでよね!」
ユリーシアは腰のポーチから薬を取り出した。
小さなガラス瓶に入った魔法薬。
――ルミエステルの秘薬。
もしもの時のためにユリーシアが持ち歩いている非常事態用の取って置きの秘薬であった。
一時的であるが、全てのステータスを飛躍的に高めることができる。ただし、劇薬でもある。普段から魔法薬に接し、耐性のあるユリーシアだからこそ服用できる薬である。
それを一気に喉の奥に流し込む。
その効果は劇的であった。
再びレッドウルフ・リーダーが噛みついてくる。
左腕に噛ませ、再び引っ張り合いを演じる。が、今度のユリーシアは違う。レッドウルフ・リーダーに力負けしなかった。四肢に力を込め、ぐっと踏ん張って耐える。
そして、短剣を振るうとレッドウルフ・リーダーは自ら距離を取った。
――これなら戦える!
戦闘技術こそ拙いものの、魔法薬によるステータス向上でそれを補える。
もとよりユリーシアのステータスは防御寄りである。
だが、それでも決め手には欠ける。
「レン君、早く来て!」
ユリーシアは頼りとなるレンが異変に気付いてくれるように、何度も大声を出した。
だが、返事はない。
しかし、それでも今は叫び続けるしかなかった。喉がカラカラに乾いていた。




