#49 コッピア村 3
その晩、結局魔物がコッピア村を襲ってくることはなかった。
そして、翌朝。
朝日が昇り、辺りの様子が見えるようになると、魔物の姿をはっきりと確認できた。
村の周囲には、狼型の魔物が何匹も取り囲んでいた。
「レッドウルフですね」
レンが崖の下を眺めながら報告する。
村の周囲には、レッドウルフの群れが何グループかに分かれ、村を包囲するように展開していた。
逃がすつもりはない、とでも言わんばかりであった。
「大きい個体がいる。おそらく、レッドウルフの亜種。レッドウルフ・リーダーだと思います」
レッドウルフはレベル8相当。だが、レッドウルフ・リーダーともなればレベル15相当と言われる。それが推定100頭以上ものレッドウルフを引き連れ襲ってくるならば、大変な事態となろう。
「いままでこの村が魔物に襲われることなんてなかったのですが」
と、ウラカが震える声で呟く。
「いままではそうだったのでしょう。ただ、現在はスタンピードの影響があります。低地で餌が足りなくなれば、高地にも魔物が来る可能性は十分にあります。それに、私たちがこの村を訪れたことで、匂いを辿られた可能性もあります」
「そんな……」
ユリーシアの言葉に、ウラカは衝撃を受けているようであった。
おそらく彼女はいままでスタンピードの話を聞いても、どこか実感がなかったのだろう。それをいまようやく認識したのかもしれない。
幸いなことにユリーシアたちが魔物を引き連れてきた可能性について非難してくることはなかった。
ともあれ、このような事態になったからには、レッドウルフの群れをどうにかしなくてはならない。
ユリーシアがウラカに尋ねる。
「ウラカさんはレベルは?」
「レベル9ですが、クラスは農夫です。子供たちは一番上の子がレベル8ですが、二番目の子はレベル6で、下の子二人はまだ魔物と戦うには」
――あの子たち、僕よりレベルが上なのか。
ウラカの回答に、レンは彼女の子供二人を見た。
レンよりも少しだけ年下のように見えるが、このような環境で育ったからであろう。槍を手にしている姿はそれなりに堂に入っていた。
ただ、大量のレッドウルフを目にし、あからさまに緊張している様子も見て取れた。戦力としてどの程度期待できるか、一抹の不安がある。
ともあれ、現状の戦力となるのは五人しかいない。
ユリーシア、〈薬草採取士〉レベル14。
ウラカ、〈農夫〉レベル9。
ウテリロ、〈村人〉レベル8。
サナナ、〈農夫〉レベル6。
レン、〈剣士〉レベル4。
「この戦力でレッドウルフの包囲網を突破して、ストラーラまで退却します。なし崩し的に村を放棄することになってしまいますが。ウラカさん、そこはご了承いただけますか?」
もはや村の放棄云々ではなく、どうやって生き延びるか。そのような事態となったとユリーシアは判断した。非情なようであるが、状況は逼迫している。厳しい口調でウラカたちに告げた。
ユリーシアの問いに、ウラカは蒼白な表情のまま、黙って頷いた。子供二人も悔しそうな表情を浮かべていたが、反論の余地はないようであった。
大量のレッドウルフもさることながら、レッドウルフ・リーダーの存在が大きい。とても太刀打ちできないことは彼女たちにも理解できる。
「夫さえ生きていれば……」
ウラカが悔しそうに呟く。
「ですが、ストラーラに退却するにしても容易ではありません。なにより小さいお子さん二人を連れなければならないので。なんとかレッドウルフの目を胡麻化さないといけないのですが。レッドウルフは鼻が利きます。そこをどうにかしないと……」
だが、村を捨てにしても、難事であることに変わりはない。
ユリーシアが指摘したとおり、レッドウルフの目を逃れ、ストラーラに行くのは簡単ではない。
ウラカの幼いほうの子供二人はただただ不安そうに身を寄せ合っていた。この幼子たちを遠くストラーラの街まで歩かせるだけでも大変な負担を強いることになるだろう。
どうしたものかと皆が考える中、レンが口を開いた。
「これだけの戦力があるんです。むしろ村に留まって迎撃したほうが良いのでは?」
その発言にユリーシアが難しい表情となった。
「レン君だけなら戦えるかもしれないけど、小さい子もいるのよ? それにレッドウルフ・リーダーもいるとなると、今までの魔物とは難易度が全然違うのよ?」
「レッドウルフ・リーダーは僕が対処します。それ以外も村の入り口で迎撃できるなら、対処はできるかと。殲滅してしまったほうが、あと腐れなくて良いと思います」
「殲滅って……」
レンの余りにも強い言葉にユリーシアは驚いたが、反論しようとして、しかし口を閉じる。
言われてみるとそれも一つの対処方法に思えた。ユリーシアなどはレッドウルフ・リーダーと聞いてすぐに逃げることを考えてしまったが、レンはレベル15相当のホブ・ゴブリンと戦って勝った経験がある。現在はさらにレベルが上がっていることもあり、確かに対処できそうな気はする。
だが、懸念はある。
「でも、レン君。本当にレッドウルフ・リーダーに勝てるの? しかも、レッドウルフ・リーダーは単体ではないのよ。大量のレッドウルフを率いている」
「ま、なんとかなるかと……」
ぼんやりと答えるレンにユリーシアやウラカは不安になってしまったが、それを見たレンが力強く言い直した。
「あ、いえ、勝てます。まず、勝てます」
「本当に大丈夫なの?」
「あの、失礼ですが、レンさんはお強いんですか? レベルはいくつで?」
ウラカの問いは当然のものであっただろう。
レンは正直に答える。
「僕はレベル4です」
その回答にウラカは唖然とした。
それにはさすがにユリーシアも補足が必要と感じ、横から説明を付け足した。
「レン君はレベル4ですけど強いんですよ。レベル14の私よりも全然強いです」
「……そうなんですか?」
「彼、異世界からの転生者なんです」
「異世界の……」
全く想像もしていなかったであろう言葉に、ウラカ一家もさすがに驚いていた。
◇◇◇◇◇
「いずれ逃げることになるにしても、まずは村の防備を固めましょう」
意見はいろいろと出たものの、結論としてはレンから出た村の防衛を行う方針が暫定採用された。
というのも、ストラーラに逃げるにしても100頭を超えるレッドウルフ群れの目を逃れる方法が思い浮かばなかったからである。
コッピア村の周囲は切り立った崖で囲まれている。
魔物とて容易には上って来れないような崖で、村への侵入ルートは通常の入り口である尾根道一つしかない。左右が切り立った尾根道であるため、大量のレッドウルフが一気に侵入してくるということはない。要はその入り口を確実に防衛していれば、村に魔物を侵入させることはない。
その入り口をレンとユリーシアのペア、それにウラカとその子供たち三人が交代で見張ることとなった。もちろん襲撃があれば、全員がすぐに駆け付けられるようにしている。
ウラカの子供の幼いほうの二人は家屋の中に隠れることとなった。このような事態を想定し、隠れるための地下室が設けられているという。仮にレッドウルフが村の中に侵入したとしても、容易に見つかることはないだろう。
「さて、ここからどうするか、ですね」
レンが崖の下でウロついているレッドウルフの群れを眺めつつ、腕を組んだ。
現状村の入り口を固めていれば負けることはないように思える。村には食料や水もある。長期籠城すら可能である。
周囲に何もない場所なので、どちらかと言えばレッドウルフの群れのほうが包囲を続けるのが苦しいように思うが、魔物たちがどれくらい包囲を続けるのか現状では全く読めない。
レンたちとしてもいつまでもコッピア村に留まっているのは困るし、仮に包囲が解けたとしてもレンたちが去った後で、その後また襲われるのも上手くない。
「まずは、戦ってみないことには始まらないか」
レンは気軽な様子で立ち上がった。




