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#48 コッピア村 2

 レンとユリーシアは、コッピア村の入口で出迎えられ、村の中へと案内された。


 実際に村に入ってみると、山の下から想像していたよりもずっと広い平坦な土地が広がっていた。田畑や貯水池、そしていくつかの家屋が点在している。だが、そうした家屋のいくつかは放置され、かなり傷んでいる様子だった。


 案内されたのは、そんな村で唯一まだ使われている家である。


「ウラカと申します」


 中年の女性は改めてそう名乗った。

 顔に刻まれた皺の深さがこの村での苦労を物語る。だが同時に、しっかりとした口調で話す姿が、この村での厳しい生活に負けない強さを感じさせた。

 彼女の背後には四人の子供がいる。先ほど村の入り口で出迎えてくれた二人はレンと同じくらいの年頃で、もう二人はかなり幼い。


「ユリーシアです。冒険者ギルドから手紙を預かってきました。まずはこれを」


 ユリーシアはウラカに手紙を渡した。

 この世界における識字率は決して高くないはずであったが、ウラカはそれを受け取り、普通に目を通していた。

 そして、ため息をつく。


「冒険者ギルドの方には心配をかけてしまって心苦しいのですが、私どもはこの村を離れる気はないのです」

「私も手紙の内容は伺っております。ですが、ギルドとしてはこれ以上の条件を提示するのは難しいそうです」

「条件に不満があるわけではないのです。この村は、亡き夫と共に一から開拓してきた村です。森を切り開き、畑を耕し、家を建て、この村を築いて参りました。それを捨てる気にはどうしてもなれません」


 冒険者ギルドが提示している条件は、120万ディルの保証金に加え、就労の紹介も含まれていた。だが、そのような問題ではないのだろう。

 と、ウラカの子の中で一番大きな少年が声を上げた。


「俺たちはこの村を捨てない! 父ちゃんが作った村なんだ! 冒険者ギルドが何を言ったって、ここから動かないからな!」

「こらっ、ウテリロ! 冒険者さんに失礼なことを言わない!」


 ウラカが少年を叱り飛ばしたが、少年はユリーシアとレンのほうを睨みつけていた。


「条件の問題ではないんですね」

「ギルドが良い条件を提示してくださっているのは理解しております。それにわざわざ冒険者を派遣して下さっているのに、こちらの我儘を通すのは心苦しいのですが」

「いえ、誰しも譲れないものはあると思います。そのあたりが冒険者ギルドのほうに良く伝わっていないようなので、戻ったら私からもう一度伝えるようにしますね」


 と、ユリーシアが少年に向かって微笑んで見せると、睨みつけていた少年が驚いたような戸惑ったような表情となっていた。


「では、冒険者ギルドからの手紙は確かに渡しましたので。これで我々の用事は済みました」

「遠いところ済みませんでした。今日はもう遅いですから村に泊まっていってください。もてなしできるものはありませんが、幸いというか泊まれる空き家はいくつもありますので」


 と、一気に弛緩した雰囲気となった。

 そして、ユリーシアは別の話を切り出す。


「ところで、ギルドからの依頼とは別に、私は錬金術師なのですけど、薬をいくつか持ってきています。必要なものとかありませんか?」

「ありがたい話ですが、そんな錬金薬のような高価なものを買える蓄えはありません」

「いえ、私はまだ半人前ですのでそれほど高価な薬は作れません。それにギルドから報酬を頂いていますし、今回はその()()()です。お金をいただくつもりもありません。だから、逆にそんなに効果の高いものはないんですけど」


 そんなユリーシアの言葉にウラカはしばらく考えたようであったが、やがてぽつりぽつりと口を開いた。


「そういうことなら……。実は末の子が一年くらい前から変な咳をすることがあって、なにか病気じゃないかって心配していて」

「見せてください」


 と、ユリーシアはあっという間にウラカ一家と親しげな雰囲気を作り出していた。


――初めて会った家族にこうも簡単に打ち解けられるって、すごいな。


 そんなユリーシアの様子を、レンは背後から見つめていた。




◇◇◇◇◇




 夕暮れ時。

 ユリーシアとレンは、コッピア村の空き家に泊まることとなった。野宿に慣れている二人である。特に準備の必要もなく、二人は何となく村の様子を眺めていた。

 レンが素朴な疑問を口にする。


「村には魔物への警戒は多少あるようですが、でもやっぱりスタンピードで魔物が増えている中、一家族だけでこの村にいるのって、危なくないですか?」


 コッピア村に来る途中、ある程度の防備があることは見ている。

 だが、いざ魔物から襲われた時、頼りになるのはやはり人の数である。レンの目には、守るべき村の面積に比べ、あまりにも人の数が少ないと感じられた。


「危ないでしょうね」


 そんな疑問に対して、ユリーシアは思いのほか率直に同意を示してくれた。

 そんな予想外の回答にレンは驚いた。


「それなら、もっとウラカさんを強く説得した方がよかったんじゃないですか? それも依頼の一つですよね?」

「そういうわけにもいかないでしょう? それに、説得するのはギルドの役目。説得はあくまで『できれば』程度でいいのよ」


 ユリーシアの軽い返答に、レンは少し納得しきれない様子だった。

 山頂に広がるコッピア村は、小さな畑と数軒の家で成り立っている。溜池や、魔物に対する警戒設備を見るに、この村を築くのにどれほどの労力が必要だっただろうか。ウラカ一家が村を簡単に手放したくない気持ちは、レンとしてもよく理解できる。

 しかし、間違いなくこの村に残っていることはリスクが高い。レンとユリーシアはこの村に来るまでに何度か魔物と遭遇していた。それによりスタンピードの影響を実感していた。


 村が夕日に照らされる中、畑では子供たちがいくつかの野菜を収穫していた。その中のいくつかを手に、ウラカがこちらにやってきた。


「どうぞ、召し上がってください」


 ウラカが差し出したのは、新鮮で見るからに美味しそうな野菜だった。この秋の収穫を得るまでにどれほどの苦労があったのだろう。


「良い村ですね」


 ユリーシアが微笑んで言う。


「昔はもっと賑やかだったんですが、今では私たちだけになってしまいました。寂しくなりました」

「これだけの家や畑、それに周囲の魔物対策。相当な苦労をされたのでは?」

「ええ。この村は何人かの人たちが力を合わせて築いたんです。夫がその中心でした」

「失礼ですが、ご主人は?」

「数年前に亡くなりました」

「魔物に?」

「いいえ、病気です」


 そして、ユリーシアは少しだけウラカから村の話を聞いた。

 コッピア村において、彼女の夫はとても重要な存在だったらしい。彼が亡くなった後、村は少しずつ勢いを失っていったのだという。


「もう行き詰っているということは理解しているのです。でも、どうしても私はこの村を離れることはできないのです」


 理屈ではないのだろう。

 ユリーシアとウラカがそのような会話を交わしているの聞き、レンは何も言えなくなってしまった。




◇◇◇◇◇




 すっかり日も暮れ、夜の帳が降りた。


 ユリーシアとレンは結局、ウラカ一家と共に夕餉を囲むこととなった。持参した保存食と交換に、村で採れた新鮮な野菜を頂く。

 外部の人と触れる機会は少ないのだろう。ウラカ一家との食事中の会話は自然と弾んだ。


 しかし、その穏やかな時間は突然、大きな音にかき消された。


 ぶおん、ぶおん。


「この音、何ですか?」

「侵入者です。おそらく魔物」


 ウラカの言葉に、場の空気が一気に緊張に包まれた。

 一同は慌てて建物の外へと飛び出した。ウラカが真っ先に村の入口へと向かったので、皆それに続く。コッピア村は周囲を険しい崖に囲まれているため、人にせよ魔物にせよ、侵入してくるならばまず村唯一の入り口からになるという。

 だが、その入り口に魔物の姿は無かった。


「結界に触れただけで、戻っていったのかな?」


 ユリーシアが楽観的な予測を述べたが、ウラカが厳しい表情のままであった。


「いえ、まだいると思います」


 山の下に向かってウラカが魔導灯を向けた。すると、わかり難いものの、いくつかの光が動いているのが見えた。


「あれ、目の光ですね」


 レンが指摘する。

 二つ対になった光がいくつも見られた。魔物の目に光に反射しているのだろう。

 かなりの数であった。


「10や20じゃないですね。下手したら100はいそうです」

「えっ、ちょっと」


 レンの言葉に、ユリーシアとウラカは焦った様子を見せた。

 ウラカの子供たちに至っては震え上がっていた。


 そんな中、山の下から狼の咆哮のような声が響いた。

 一頭が大きく吠える。

 それに続くように、いくつもの咆哮が村を包むように鳴り響いた。


「囲まれてる?」


 レンが鋭い視線で山の下へと送る。

 対して、ユリーシアとウラカ一家は蒼ざめた表情となっていた。


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