#47 コッピア村 1
ストラーラの街にもようやく秋が訪れようとしていた。
長かった夏も終わり、雲は薄く、乾いた風が流れていく。
そんな秋の気配の中、レンとユリーシアはストラーラの街から少し離れた荒地を歩いていた。
「この辺りは、木々が少ないんですね」
レンが周囲を見回しながら呟いた。
周囲にはごつごつとした岩が点在し、近くには細い川が流れていた。左右に岩山がそびえ立ち、おそらく長い年月をかけて浸食したであろう谷底を、二人は進んでいた。
「私もこの辺りに来るのは初めてだけど、ちょっと物寂しいところね」
ユリーシアも頷きながら、辺りを見渡す。錬金術の素材になりそうな植物もほとんど見当たらない。とくに訪れる用もないので、ユリーシアにとっても未踏の地であった。
しかし、物寂しいと感じていたのは景色の為か、それともユリーシアの気持ちの問題か。
先日ユリーシアは受付嬢ミルフィアより、レンが〈白い翼〉より勧誘を受けたことを聞かされていた。
「その場では話は流れたんだけど、いきなり〈白い翼〉の人がレン君をクランに勧誘し始めたから、驚いちゃって」
という話であった。
――まだレベル4なのにS級クランから誘いを受けるなんて。
――転生者だってことはあるにしても、私なんかとは才能が違い過ぎる。
レベル14になっても未だ草莽派の錬金術師として何とか生計を立てている自分などとは、あまりにも才能が違うと改めて思い知らされた。
――最近はレン君とのパーティーも板についてきたけど、一緒にいられるのもそう長くはないのかな。
そんな思いがユリーシアの中にあった。
一方でレンは〈白い翼〉と話があったことをユリーシアには告げていない。
現在のレンはS級クランからの誘いがあったことなど気にする素振りもなく、今回の依頼に集中していた。
初めて来た場所の景色を珍しそうにキョロキョロと眺めていた。
「こんな荒れ果てた場所に、本当に村があるんでしょうか?」
「ギルドがあると言っているのだから、あるのは間違いないでしょう?」
「コッピア村、ですか?」
「たぶん、山の上のほうにあるわ」
ユリーシアが視線を岩山の上に向けた。
そこに、わずかに緑が見えていた。
◇◇◇◇◇
ことの発端は、二日前に遡る。
レンとユリーシアはいつものように冒険者ギルドを訪れた。
二人がパーティーを組むようになって早二ヶ月。週の殆どは薬草採取と錬金に費やし、最後の一日二日をクエストに当てる。そのような周期での活動が定着していた。
そしてこの日、いつものようにギルドの受付を訪れたところ、少々珍しい依頼を勧められたのである。
薦めてきたのは例によって受付嬢のミルフィアであった。
「伝言の依頼、ですか?」
「そう。東にあるコッピア村ってところに伝言を届けて欲しいの。ストラーラからだと徒歩で二日くらいかな。ついでに説得も試みて欲しいのだけど、たぶん難しいだろうからそれは成功しなくても問題ないわ」
ミルフィアは、少し申し訳なさそうに肩をすくめた。
なんとも複雑そうな依頼であったが、ミルフィアからの頼みとあれば無碍にはできない。
「とりあえず、詳しい話を聞いても?」
レンが促すと、ミルフィアは一つ頷き、説明を始めた。
ストラーラの東には、東方未開拓領域と呼ばれる広大な地域が広がっている。ストラーラの東というより、ストラーラが所属するエルファード王国の東側一帯がそのような領域となっている。
東方未開拓領域は魔素が濃く、魔物も多く、人間が住むには非常に危険な土地である。そのため、この地域はどこの国家にも所属していない。
また、この領域の深部は人類にとって未踏の地であり、この東の奥にどれだけ魔物が溢れる地域が広がっているかも不明であった。ただ、海上で南洋から大きく迂回し東方諸国と交易で繋がっているので、この未開拓領域に限りがあることはわかっている。
だが限りがあることはいえ、それは途方もなく広大なものであった。
ともあれ、そのような未開拓領域であるが、未開拓ということは「開拓」する人々が存在するということである。
そのような開拓民が築いた村の一つにコッピア村があった。
「ストラーラの東にも村があるんですね」
「結構あるのよ。コッピア村もそうした村の一つなんだけど、ちょっと開拓が上手くいかなかった村でね。ほとんどの人が村を諦めてストラーラに戻ってきている。だけど、最後に一軒だけコッピア村に残っている家族がいてね。それで、このスタンピードの騒動でしょう? いつまでも一軒だけで残っているのは危ないから、ストラーラへ移住させたいんだけど、説得が難航していて」
そう説明するミルフィアの表情はどこか苦しげだった。
「つまり、今回の依頼ってのは?」
「うん、ギルドから新しい移住条件を提示した手紙をその村の人に届けて欲しい。それと、できれば説得もお願いしたいけど、そこは『もし可能だったら』という程度ね」
という、なんとも背景の難しそうな依頼であった。
ただ、やること事体は単純である。手紙をとある村に持っていって、冒険者ギルドの立場に立って村の人と少し話す程度のことであろう。
「僕としては受けて良いと思いますけど、ユリーシアさんはどうでしょうか?」
「私は構わないけど、レン君のほうこそいいの? この依頼、魔物と全然戦わないよ?」
と、ユリーシアの言葉にミルフィアも微妙な表情となっていた。目下レベル上げに邁進しているレンがこのような依頼を嫌がると考えてのことだろう。
「こういう依頼ばかりになるのは困りますけど、冒険者ギルドとの関係も大事だと思うので。僕は全然良いと思います」
「あ、そうなんだ」
と、レンの返答にミルフィア嬢が、ぱっと明るい表情を見せた。
どうやらレンは魔物討伐以外の依頼も行けるらしい。そうと判明したことは彼女としては朗報であったようだ。
「いまね、依頼を受けてくれる冒険者が少なくなっていて、それなのに依頼は増えるばかりで本当に困っているのよ。これからこういう依頼も少しお願いして良いかな? もちろん危険な依頼は回さないようにするから」
などとミルフィアが言っていたので、意外と切実なのかもしれない。
もちろんレンもユリーシアもそのような事情であれば依頼を受けることに吝かではない。
「それにしても、スタンピードの影響ってまだ収束しないんですか? 〈白い翼〉の人たちが対処しているという話だったと思うんですけど」
先日レンは〈白い翼〉の付与術士エイムアルと話をする機会があったが、そのような話題は一切出なかった。ただ、〈白い翼〉のメンバーである彼がレンのような者に構う余裕があるのなら順調であろうとは思う。
「〈白い翼〉の方々には凄く頑張っていただいています。既に見つかっているダンジョンを二つ攻略しています。ただ、また新たに見つかったダンジョンもあったりして、まだまだこの状況は続きそうなんです」
「進んではいるんですね。てか、そんなに新しいダンジョンが見つかっているって、〈白い翼〉がいなかったら大変なことになっていたのでは?」
「本当にね」
ミルフィアがやけに実感のこもった相槌を打っていたのが印象的であった。
案外本当に危なかったのかもしれないとレンは思った。
◇◇◇◇◇
ということで、二人は早速コッピア村へと向かった。
「歩いて二日の距離だから、往路と復路で二日ずつ。合計で三泊四日の長丁場ですね。少しストラーラから離れる期間が長いですけど大丈夫ですか?」
「必要なところにポーションは卸しているから大丈夫よ」
今回は無理な戦闘を避けるために森を迂回し、なるべく視界の開けた街道を進み、コッピア村を目指す。
それでも幾度か魔物との遭遇はあって、ゴブリンやレッサー・ボアなどと戦闘が行われた。やはりスタンピードの影響は小さくないと実感する。
そして、二人はいままで来たことも無かったような地域へと足を踏み入れた。
そこはごつごつとした岩ばかりが多く、草木がとても少ない場所であった。上を見上げれば、奇岩を積み上げたような山々があちらこちらに連なっていた。
「なんだか凄い景色ですね」
「この辺りは魔物が多いから戦闘系の冒険者は良く訪れているみたいなんだけど、私みたいな生産職には縁のないところね」
「ちょっと街からも離れてますしねえ」
そんな会話を交わしつつ、二人は荒地を進んだ。
やがて、いくつもの岩山の一つ、その上に大きく緑が広がっているのが見えた。
「コッピア村はあの高台の上でしょうか?」
「そうみたいね」
ユリーシアがギルドから渡された地図を確認しつつ、そう答えた。
そして、山の上を見上げつつ、レンは素朴な疑問を口にする。
「山の上って不便じゃないですか?」
「あれっ、レン君知らないの? 開拓村って高台に築かれることが多いのよ?」
「どうしてですか?」
「異世界人だとそういうことも知らないのねえ」
妙に感心したようなユリーシアであったが、説明してくれた。
未開拓領域の開拓村はまず高台に築かれる。これはこの世界の常識である。
というのも魔物は高地には出現し難いという法則があるためである。
「高いところだと魔物が出ないんですか?」
「魔素が薄いからね」
魔物は魔素が濃い場所に発生する。それも魔素が濃ければ濃いほど強い魔物が発生する。
そして魔素は下に溜まる性質を持っている。ダンジョンの地下深くに行けば行くほど魔物が強くなるのは、これが大きな要因と考えられている。
逆に地上から30メートルほども上がると魔素は半減するという。魔素が半減すると魔物の発生率はぐっと下がる。たとえ魔物が発生したとしても、弱い魔物となるので対処がし易い。
そのため開拓村はまず高台に築かれるのだという。
「それなら人類が全部標高の高いところに住めば良いのでは?」
「そうしたら魔法が使えなくなって凄く不便だと思うよ? 高いところは魔素が薄いから」
「ああ、そうなるのか」
魔法が使えなくても良いじゃない、などと魔法がない世界からやってきたレンは思うのだが、魔法文明世界で生きている者からするとそうは行かないらしい。
そして、魔物による被害を避けつつ、魔法文明の恩恵も得られる。そのギリギリのラインを見極め、村を築いているのだという。
「結構高いですね」
「この辺りは魔素が濃いからね。結構登ることになりそうね」
ということで、山登りとなった。
◇◇◇◇◇
二人は険しい山道を登る。
途中、道の傍らに棘だらけの奇妙な木がいくつも植えられているのを見て、ユリーシアが声を上げた。
「見て、モイーリシュの樹が植えられている」
「モイーリシュ?」
「魔物を寄せ付けない効果がある木なのよ。気を付けてね。魔物だけじゃなくて、人間にも有害な毒があるから」
ユリーシアの説明にレンは納得しながら、険しい山道をさらに進む。
やがて標高がかなり高くなったところで、木製の柱が目に入った。その柱の上部にさ何やら奇妙な器具が取り付けられていた。
「これは?」
「魔道具の一種ね。侵入の検知と、ある程度は魔物を追い払う効果もあると思う」
「村がこんな危険なところにあるなんて、無防備かと思ってたけど、意外と対策してるんですね」
「それは当然でしょう。さすがに無策でこんな場所には住んではいないでしょう?」
村にはたった一つの家族しか残っていないと聞いていたが、この厳重な対策を目にすると、無謀というほどでもないのかもしれない。
そしてついに山頂にたどり着いた時、レンは目を見張った。そこには意外にもかなりの面積の平らな土地が広がっていた。
だが、そんな土地の前に立っていたのは、警戒心を露わにした村人の姿であった。槍を手にした中年女性が一人。そして、おそらく彼女の子供と思しき少年と少女が、同じく槍を手に緊張の面持ちをしていた。
そんな警戒する村人に、ユリーシアは冷静に、そして穏やかな口調で告げた。
「ストラーラの冒険者ギルドのほうから来ました。ウラカさん、で間違いありませんか?」
それで女性は警戒を解いてくれた。
「ああ、またギルドの方ですか。またこんなところまで来ていただいて、すみません」




