#44 白い翼 1
〈白い翼〉の付与魔術師エイムアルは、スタンピードの発生源となっているダンジョン近くに築かれたベースキャンプにいた。
周囲が開けた荒野に大小いくつものテントが建てられ、周囲には柵まで設けられた本格的な拠点である。
クランメンバー30余名がそのベースキャンプにやってきたのはつい先日のことであった。ストラーラの街にも宿を一つ借り上げており、そこからの輸送ルートも確保した。そういった手配を全て済ませたエイムアルは、肩の荷が降りたような気分となっていた。
「これでようやく本格的に活動できますね」
エイムアルはつい最近まで〈白い翼〉の一軍パーティーの一員であったが、現在は一軍落ちしており、こうしてサポートの役割に回っていた。だが、それは自分の性に合っているとも感じていた。
もとより一軍メンバーの中では唯一のB級冒険者で、他のS級、A級のメンバーに付いていけないとの思いを日々強くしていた。一方でこうして大勢の人を使ってサポート体制を構築するような仕事は、貴族出身である自分の経験が活かせる。
成長を続ける他の一軍メンバーとの実力差は限界となっており、良いタイミングで身を引くことができたと思っていた。
「リーダーたちが帰ってきたみたいです。なんだか凄く大きな魔物の素材を運んでいるのが見えました」
「ダンジョンボスを倒したという知らせを受けています。大変でしょうから皆で運ぶのを手伝ってやりましょう。他の人にも呼びかけて応援に行ってあげてください」
「はい!」
若いクランメンバーはそう言うと、周囲に声をかけながら飛ぶようにダンジョンのほうへ向かっていった。
――それにしても、依頼を受けて一ヶ月と少し。クランメンバーの到着を待たずにダンジョンを一つ攻略ですか。
――さすがというべきか。いやはや、なんとも。
しかも、ダンジョンの規模からボスはS級であろうと予想されていた。
それをこの短期間で撃破したのだから、一軍メンバーはやはり化け物揃いと改めて認識させられた。そんなところに自分など居て良いはずはなく、エイムアルは身を引いた自分の判断は間違っていなかったと改めて思った。
◇◇◇◇◇
クランリーダーであるアクアリート率いる一軍パーティーが、小山のように巨大なダンジョンボスの素材を運んでベースキャンプへと戻ってきた。
運ばれてきた素材を見るに、テントウムシのような昆虫型のダンジョンボスであったようだが、その大きさが桁外れだった。全部合わせると小さな家屋一つくらいの大きさがある。いくつかに分解して持って帰ってきたようだが、良く運んできたものだと思わせるような巨大さだった。
「こんなもの良く倒しましたね」
「防御力に優れたタイプのボスだった。相性が悪かった。持久戦になってしまったが、だけど危険はなかったよ。ただ丸一日戦いっぱなしだった上に、アレを持って帰ってきたからな。疲れた」
エイムアルに話しかけられたアクアリートは表情こそ平静であっが、その言葉には疲労が滲み出ていた。
他のメンバーはその素材の横でくたばっている。普段は化け物のような強さを誇る彼らが音を上げているのだから、さぞ大変だったのだろう。
「おつかれさまでした」
「ほんとだよ! みんなが来ているって知っていたら絶対にいったん引き返して、みんなで運んだのに。私たちだけで運んできて大変だったんだから!」
「正直、ボス戦よりきつかった」
――文句をいうほど元気なら大丈夫でしょ。
そんな女性騎士や巫術士の男性の様子に、エイムアルはそう思った。
だが、彼の隣にいるアクアリートも一緒に運んできたはずである。にもかかわらず、彼は平気な顔をしていた。
「アクアリートも疲れているでしょう?」
「疲れている。だが、クランメンバーの手前弱音を吐くわけにはいかないだろう? それに折角ベースキャンプにクランメンバーが来てくれたのだから、久々に彼らの顔を見ておきたいしな」
「無理して後でぶっ倒れないでくださいね」
「もし、ぶっ倒れたらエイムアルのほうで何とかしてくれ」
「やれやれ」
アクアリートは真面目な顔で言うものだから冗談ともつかないのだが、おそらくユーモアでもなく純粋に思ったままを話しているのだろう。そういった彼の気質も長年の付き合いからエイムアルは理解している。
ともあれ、ダンジョンボスと激闘を繰り広げたであろう一軍メンバーは文句を言ったり、強がったりしているようであったが、やはりまだ余力はある。
ただ、一人を除いては。
「彼はどうでした?」
と、エイムアルが一人地面に伏したままピクリとも動かない若い魔剣士の少年に視線を送った。彼は別に死んでいるわけではない。極度の疲労で動けないのだろう。
ベースキャンプにいたクランメンバーたちが慌てて彼の救護に走っている様子が見えた。
「まだまだだな。現時点ではとてもエイムアルの代わりは務まっていない」
「私と彼では求められている役割が違うでしょう? それに彼はまだレベル24ですよ」
「このボス戦で25になった」
「おや、さっそくレベルアップしましたか。まあ、ですが長い目で見ていきましょう」
〈白い翼〉の一軍パーティーメンバーは現在六人いる。
クランリーダーにて〈守護者〉であるアクアリート。
副リーダーにて〈重騎士〉の女性騎士フィオーリエル
エルフ女性の〈水魔法使い〉イルヴェーラ。
〈双剣士〉のメリッサ。
〈巫術士〉のシュトラ。
それに、最近入った若い見習いの〈魔法剣士〉ヴィレアス。
これが現在の〈白い翼〉の一軍メンバーである。
リーダーのアクアリートがそもそも守備寄りの職業なわけだが、他のメンバーも比較的に守備や補助寄りの職業が多い。これについては〈白い翼〉のかねてよりの懸案事項であった。
その問題を解決するため、今回若手の魔法剣士ヴィレアスを抜擢した。時期尚早という意見もあったが、エイムアルがかねてより限界と感じていたこともあり良い機会と思われた。
だが、まだまだ彼には荷が重いようである。何しろ一軍の他のメンバーのレベルは殆どがレベル50台なのだから。
「ヴィレアスに期待はしているが、他にも有望な者がいるならスカウトするという手もあるだろう?」
「そうそう良い冒険者がそこからに転がっているわけではありませんよ?」
「それはわかっている。一軍でなくても良い。二軍、三軍パーティーを務められるだけでもクランとしての層が厚くなる」
と、アクアリートがそこまで話したところで、エイムアルはかねてより気になっていた人物のことを思い出した。
このストラーラに来たばかりの頃に見かけた少年である。確か転生者と言っていた。
それについてはアクアリートも覚えていたらしい。一軍メンバーの〈双剣士〉メリッサが少し怒っていたので印象に残っていた。だが、アクアリートの中ではあまり肯定的な印象ではなかったようだ。
「あの転生者の少年か? 覚えてはいるが、確かまだレベルが低いのではなかったか?」
「レベルが低いのに我々の問題点を見事に指摘したということが面白いんですよ。少し話してみて見どころがあるようなら我々のクランに勧誘してみようと思いますが、いかがです?」
「エイムアルの判断なら間違いないだろう。任せるよ」
「承りました。まあ、仮にクランに入れたとしても育成枠ですね」
と、エイムアルは地面にへばっている魔法剣士ヴィレアスを見て苦笑した。
「少なくとも、彼よりは長い目で見る必要があるでしょう」
「それは、なんとも気の長い話だな」




