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#41 パーティー活動 3

 レンとユリーシアは薬草採取や錬金術師としての活動の合間に、魔物討伐の依頼(クエスト)を受けるようになった。

 依頼(クエスト)を受ける頻度はそれほど多くはない。収入としては依然ユリーシアの錬金術のほうが全然多いため、週に一回程度である。


「僕のレベル上げに付き合っていただいてすみません」

「そこは気にしなくて良いよ。パーティーですもの。レン君のお陰で私も錬金術師としての活動を続けられているんだから」


 ユリーシアはそう言ったものの、実のところレンが無茶な戦いを行わないか、ユリーシアの監視下で戦わせたいという裏の理由がある。決してレン本人に伝えることはなかったが。

 そして、実際にレンと魔物退治のクエストを受けて、ユリーシアが感じたことがあった。


――やっぱりレン君は強い。


 それはもう馬鹿みたいに強い。

 現在のレンはレベル4である。だというのに適正レベルが7のレッサー・ボアの群れに突入して、無双してしまう。


 もちろん適正レベルではないため対等に戦えているわけではない。

 レッサー・ボアはいのししのような小型の魔物で、突進力に優れている。レベル14のユリーシアですら正面から突進を受ければダメージを負ってしまうような魔物で、当然レンが正面から受け止めることはできない。

 そんなレッサー・ボアの突進をレンはひらりひらりとかわし、すれ違いざまに剣を斬りつける。生産職のユリーシアから見れば曲芸とも思えるような戦いっぷりであった。


 レン少年があまりにも鮮やかにレッサー・ボアを倒すものだから、ユリーシアも少し真似をしてみようと思った。簡単そうに見えたのである。が、実際にやってみるととても無理だった。レッサー・ボアの突進を見事に喰らい、ユリーシアは空中で一回転してしまった。

 レベル差があるので大したダメージは受けなかったが、馬鹿なことをしてしまったと反省する。そして、自分の戦闘の才能のなさを改めて痛感した。


――もう、見てるだけで良いか。


 今回受けたクエストは主にレッサー・ボアの討伐である。

 他にもゴブリンやワイルド・ラットといった魔物も一緒に出没していたが、そのいずれもレンは苦も無く倒していた。

 ユリーシアは当初こそ危なくなったら助けようと準備していたのだが、魔物と見るや嬉々として突入していくレン少年に危なげな様子は全く見られない。

 ユリーシアとしても魔物を倒したとて旨味はない。既にレベル14のユリーシアがレッサー・ボア程度の魔物を倒したとしても経験値ポイントは全く得られない。であれば、もはやユリーシアはレン少年を見守るだけが仕事のようだった。


 などと思っていたら、魔物を倒し終えたレンが足から血を流しながら戻ってきた。


「ちょっと、レン君! 血が出てるじゃないの!」

「レッサー・ボアの牙に引っ掛けられちゃいました」

「動かないで! ポーション出すから!」


 ユリーシアが気を抜きかけた頃に、そんな事が起こった。

 レンはレベル4でしかない。レッサー・ボアは単体での適正レベル7なのだから、群れに対して単身で挑むなら本来はレベル10以上は欲しいところである。ユリーシアはレベル14でもレッサー・ボアの群れを相手に一人で挑みたいとは思わない。


――やっぱり危ないことをしているんだわ。

――簡単に倒しているように見えるけど、一歩間違えば死んでしまいかねないような戦い方をしている。

――いつでも助けられるように気を抜かないようにしないと。


 結局、ユリーシアはレンが戦う様子をハラハラしながら見守るのだった。




◇◇◇◇◇




 レンとクエスト依頼を受けるようになり、ユリーシアがいま一つ感じたことがあった。


――レン君は意外とものを知らない。


 ということである。

 戦闘に関しては抜群のセンスを見せるレンであったが、それ以外のところでは妙に抜けているというか、冒険者としての基本的な常識に欠けることが多かった。


――異世界から来たのだから致し方ないところはあるのでしょうけど。


 時にはユリーシアが知らないような知識を披露することもあるのだが、逆にそんなことも知らないのかと感じる時もある。一緒に行動していて少々不安になるほどレン少年は知識はいびつに感じられた。


 レッサー・ボアを倒すまでは良かったのだが、倒した後の処理でそれは起こった。


「本当なら解体して肉と毛皮を持って帰ればそれなりに換金できるんでしょうけどね。この量となると魔石だけ抜いて帰りましょう」


 ユリーシアがそう言って、二人で手分けしてレッサー・ボアの死体から魔石を取り出すこととなった。といっても数にして100体以上もある。魔石を抜くだけでも大変な作業であった。

 と、レンが魔石を取り出す様を見てユリーシアは驚いた。

 レンがぶすりぶすりとレッサー・ボアに剣を突き立てていたのである。何度も剣を突き入れて、当てずっぽうで魔石を探しているらしい。


「いやいやいや、違うでしょう?」


 ユリーシアが思わずそう言ってしまうほど、レンの行動はつたないものであった。

 もっとも、これに関してはレンとしても言い分はある。ゲームの世界では魔物を倒したら解体など必要なく、勝手にアイテムに姿を変えてくれた。不慣れなのは致し方ない。

 しかし、それをユリーシアに理解してもらうのは難しい。


「レン君、魔石は心臓の近くにあるのよ?」


 そして、ユリーシアはレッサー・ボアに短剣を差し込み、そこから腕を入れて一発で魔石を取り出してみせた。


「ギルドで魔物解体の講習を受けていなかったっけ?」

「一角兎の解体はできるようになったんですけど、こんな大きな魔物の扱いなんて教えて貰ってなかったもので」

「大きさが変わっても基本は違わないんだけどね」


 ともあれ、ユリーシアが教えればレン少年の勘は悪くない。

 すぐに魔石を取り出せるようになった。


 他にもこんなことがあった。

 魔物討伐を終え、日暮れまでにストラーラには戻れそうにないということで、野営しようとした時のことである。この時、レンには焚火に使う薪を集めてもらった。夕餉の支度をするにも、魔除けの意味でも野営に焚火は付き物である。

 ところがレンが集めてきた薪は、湿った木だったり、煙が出そうな木ばかりであった。


「レン君、これで火は付くかもしれなけどさ。これで夕食作りたい?」


 と言っても伝わらなかったらしく、実際にそうした悪い木材で火を焚いたてみせたところ、ようやく理解できたらしい。焚火から大量の煙が発生し、嫌な臭いが辺りに漂った。これでは夕餉の準備どころではない。


「良い薪と悪い薪の区別くらい普通つかない? レン君は貴族とかじゃなかったのよね? 家事の手伝いとかしなかった?」

「うちは田舎でしたけど、さすがにガスはあったんで」

「???」


 詳しく聞いてみるとレンの家では火の魔道具のようなもので料理をしてたのだとか。


――それで貴族の家じゃなかったって言い張るのよね。

――というか、レン君のいた世界って魔法も魔道具もないという話だったはずでは?


 ユリーシアとしては疑問に思うこともあったが、ともあれ実際に火を使った経験が殆どないというのだから致し方ない。

 しかし、やはり物覚えは悪くなく、実際にいくつか燃やしてみて、どのような薪が良いのか学んだようであった。


「薪の良し悪しなんて考えたこともなかったです」

「こっちの世界でも街中に住んでいれば薪は買うものだけどね」


 クエスト依頼を受けるようになって、そんなレン少年の不思議な一面を見る機会が増えた。

 思い返せば出会った当初のレン少年の言動も不可思議なものであった。それに比べれば、まだしも彼はこの世界に適応したのだろう。

 そんな昔のことを思い返し、ユリーシアは少しだけ笑みをこぼした。




◇◇◇◇◇




 レッサーボアを討伐した日の夜、二人は焚火を囲んで夜を過ごした。


 未開拓領域内の草原には、冒険者たちが踏み固めてできた街道のようなものが各所にある。そうした街道の脇には、冒険者が頻繁に使っている野営地があることが多い。

 そのような野営地では、大抵の場合「魔除けの香」が頻繁に使われているので魔物が寄り付き難くなっている。またかまどの跡が残されていたり、土地が整地されていたりと、何かと都合が良い。 


 そんな野営地にてレンとユリーシアは夜を明かすと決めた。

 簡単な携行食を湯で戻し、解体した魔物肉を焼いて食べる。その後、交代で見張りをして交互に睡眠を取る。

 この日、先に寝るのはユリーシアのほうであった。


 夏の夜。昼間の熱気はまだ残っており、敷布に包まる必要もなくユリーシアはごろんと地面に寝転んだ。修業時代には何度も野営を経験していたが、ストラーラに移ってからはひょっとすると初めての野営だったかもしれない。

 まだ早い時間である。すぐには寝付けない。

 ふと空を見上げれば、そこには星空が広がっていた。

 焚火がパチパチと音を立てている。


 そんな中、レンが焚火の側から離れた。

 夜番の見張りと言ってもこの野営地ではそれほど魔物の心配はない。ただ起きていれば良いという程度の見張りである。

 何をするのだろうとユリーシアが見ていると、レンは少し離れたところで剣を振り始めた。剣の訓練であろう。びゅんびゅんと剣が凄い音を立てていた。


――綺麗だな。


 そんな少年の姿を、ユリーシアは横になったまま、何となく眺めた。

 そして、レンが一息ついたところで、つい声をかけてしまった。


「いまのは?」


 ユリーシアがまだ寝ていなかったことにレンは驚いたようであったが、少しはにかむんだような笑顔で答えてくれた。


かなめ流の『型』です。えっと、僕が前の世界で習っていた剣術です」


――そういえば、そんなことを言っていたか。


 ユリーシアはレンの剣術の来歴を少し聞いている。


――たしか、レン君の家は代々剣術を教えている家で、お祖父さんから剣術を教わったという話だったか。

――きっと、これが彼の家に伝わっている訓練方法なのだろう。


 やがて、型を再開したレンの姿に、ユリーシアは見惚れる。

 夜空の下、レンは無心で剣を振っていた。

 そもそも剣術など習ったことのないユリーシアは、「型」などというものがあることすら知らない。だが、レンが剣を振る姿はとても美しいものだと感じた。


――レン君はお祖父さんから習った剣術とは別に、学校に通って学問を学びつつ、正当な剣術も習っていたんだっけ?

――それだけの経歴があるのに、本人は一般庶民だったって言うのよね?


 ちなみにユリーシアが「正当な剣術」と解釈していたのは、中学校の部活の剣道のことであった。日本における剣術の主流は現代剣道なのだから、あながち間違った解釈でもない。

 レンの中には古流剣術と現代剣道の二流派が混在している。だが、どちらかいえばレンの剣術のベースは古流のほうにある。


 レンは転生後もなるべく、このかなめ流の「型」を繰り返していた。

 それは転生前から続いていた習慣でもある。


 やがて、流れるように型を披露し終えると、レンは立ち尽くした。

 ユリーシアがまだ起きているのを見たレンは、ふと呟くように話かけてきた。


「これをすると、祖父が元気だったころを思い出します」


 レンは星空を見上げていた。

 転生してくる前のことを思いだしているのだろうか。


「お祖父さんは亡くなったの?」

「はい。歳でしたので」


 レンの昔の話を聞くと、その祖父の話ばかりが出る。

 よほど懐いていたのだろう。


「お父さんも剣術を?」

「いえ、両親は幼少の頃に亡くしていたので。よく覚えていないんです」


 何気なく聞いたユリーシアであったが、その返答にはっとした。祖父の話ばかり出るのは両親がいなかったからなのだと、今更ながら気づいた。


――悪いことを聞いた。


 ユリーシアが申し訳なさそうな表情となったが、それと気づいたレンが努めて明るい表情となった。


「前の世界で、僕の家族はもう全部いなくなっていました。でも、だからこっちの世界に来れたというか。たぶん、僕は向こうの世界ではもういらない存在だったんです。だから、お試しで転生みたいなことになんたんだと思います。でも、そのお陰でこちらの世界では楽しくできています」


 なんとも返答のしようがない。


「ユリーシアさんはもう寝てください。うるさくしてすみませんでした」


 そして、レンは焚火のそばに腰を下ろした。日課の訓練を終え、あとは静かに夜番するつもりのようだった。

 そんなレンの傍らで、眠りにつこうと目を閉じたユリーシアは思う。


――レン君も苦労している。


 当初ユリーシアにとってはレンは、転生者という珍奇な存在であった。そして、その希少性もさることながら、その才能の高さを目の当たりにして驚かされもした。

 しかし、一緒にパーティーを組んでみて、徐々にその認識が変わりつつあった。

 剣の才能は間違いない。努力もしている。その才能だけで将来のS級冒険者になれるほどの潜在能力がある。

 その一方で、それ以外のところでは、このレンという少年は実に普通の少年であった。


――転生者って、もっと特別な人なんだと思っていた。


 S級冒険者などというものはユリーシアにとって雲の上の存在である。

 それどころか、A級やB級冒険者ですらユリーシアにとっては十分に高みの存在であった。地に這う自分には伺い知れない人々。きっと自分にはわからない才能と苦労と経験をしているに違いない人たち。


 だが、レンという将来S級冒険者になるであろう少年と実際に出会い、行動を共にするようになり、そんな存在の筈の少年が思っていたより自分にも理解できる存在と知った。

 ひょっとするとレン少年は特殊なのかもしれない。

 だが、それでもこの少年はユリーシアにとって、とても共感できる存在であった。


――支えてあげないと。


 それまでもユリーシアはレンのことを助けてあげなければ思い、実際に助けていた。

 だが、最近になって、心からそう思うようになっていた。


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