#39 パーティー活動 1
宿を同じくしたレンとユリーシアは、パーティーでの活動を順調に続けた。
ユリーシアの錬金術師としての活動を軸とし、レンがその護衛や手伝いをする。特に錬金術の材料となる薬草の採取においてスタンピートの兆候は如実に影響を及ぼしており、レンは護衛として大きな役割を果たしていた。
「以前はいてもゴブリンくらいだったんだけどね」
「でも、新しく出没するようになった魔物もレッサーボアとかレッドウルフ程度ですから。そう脅威ではないですね」
「とてもレベル4の台詞とは思えないわね」
レッサーボアはレベル7相当の魔物で、レッドウルフはレベル8相当の魔物である。このレベル帯となると非戦闘職のユリーシアは倒せないというほどではないが、対処に多少苦労する強さとなる。ユリーシア一人であったなら、決して好んで戦いたいとは思わない。
だが、レンはそんなレベル帯の魔物を相手にしても軽快に倒していた。
おかげでユリーシアは薬草採取に専念でき、冒険者ギルドへの一日6本の下級ポーションの納品を滞りなく行えている。さらに余った薬草までギルドに買い取ってもらっており、収入的には大変なものとなっていた。
下級ポーション6本で銀貨2枚である。一ヶ月当たりに換算すると銀貨60枚もの収入を得ることになる。実際には毎日欠かさず納品できるわけではないので銀貨40枚程度の収入であったが、それでも以前に比べれば倍である。
ただし、この収入は全てユリーシアのものになるわけではない。現在はレンとパーティーを組んでいるのだから二人で折半しなければならない。
「レン君への報酬は、月当たり銀貨5枚でどうかしら?」
「え、そんなに頂けるんですか!?」
「……」
収入の分配についてユリーシアは当初そのようにレンに吹っ掛けたのだが、交渉というものを知らない少年は素直に喜んだ。
その喜びようがあまりにも純粋だったのでユリーシアは心を痛めてしまった。対等なパーティーではないにしても、レンの貢献を考えればそれは余りにも不公平と思われた。
「ごめん。やっぱり月当たり銀貨15枚にしましょう」
「え!? そんなに良いんですか、本当に!?」
それでもユリーシアの収入は以前よりも全然増えている。
そしてより何より、レン少年と一緒に活動するのは楽しいことであった。ユリーシアがストラーラの街に来てから二年ほど。その間ずっと一人で草莽派錬金術師として活動してきた身としては、誰かと一緒にいることは心温まることであった。
しかしながら、ユリーシアが手放しで喜んでいたかと言えば、必ずしもそうばかりではない。
――レン君は間違いなく将来S級冒険者になるような逸材。
――私なんかと一緒にいて良いのかしら?
そんな疑問がユリーシアの中にあった。
レンは異世界から転生してきた才能ある少年である。レベル4でレッサーボアやレッドウルフを平然と倒していく彼の姿に、その認識が間違いないものと日々再認識させられた。
それほど才能豊かな将来有望な少年であるのに、この日もレンは薬草がいっぱいに入った籠を背負い、甲斐甲斐しくユリーシアの護衛兼荷物運びの役割を担ってくれる。
「ユリーシアさん、薬草はここに置いておけば良いですか?」
「そこでお願い」
「あと、手伝うことありませんか?」
「大丈夫よ。あとは私の仕事だから。今日はもう自由にしてて良いよ」
「はーい! それじゃ、また夕食のときに!」
〈東の木漏れ日亭〉のユリーシアの部屋に薬草を運び終えたレンは、宿から飛び出していった。
――元気だなあ。
ステータス的にはユリーシアのほうが体力がある筈だが、レン少年からは何か活力のようなものを感じる。
この日も仕事が終わった彼は、冒険者ギルドに赴き、ミルフィアと相談したり、訓練場で身体を動かしたりするのだろう。また、最近はギルドの図書室に通い始めたという。ユリーシアとのパーティーで収入が増えたので、保証金を払えるようになったと喜んでいた。
――戦闘にばかり特化した冒険者と思いきや、読書もするのね。
――確かにこの世界のことを知りたいなら読書は有効かもしれないけど。
冒険者など読書とは無縁で無教養な者は珍しくない。だが、レン少年は図書室に入り浸れるほど知的教養があるらしい。あれほどの剣術を身に着けているというのに、さらに知識まで身に着けようというのだから恐れ入る。
ともあれ、そういった行動力のある人が身近にいるのはユリーシアとしても刺激になる。
――私も頑張らないとね。
八月の自室はうだるような暑さで、ともすれば何もかもやる気を失ってしまいそうになる。北向きの部屋なので陽は当たらないが、窓を全開にしても通り抜ける風は温い。その上、一部の錬金作業では火を使う。
いつものように蒸留作業を始めると、ただでさえ暑い部屋がさらに熱気に包まれた。致し方ないことであるが辛いものである。
――レン君が来て唯一困ったのは、だらしない恰好を見せれないことかしら。
作業を始めてしばらく、ユリーシアは汗でじっとりと全身を濡らしていた。
この日は既にレンが去った後なのでユリーシアは下着一枚となっていたが、それでもまだ暑い。下着が汗で肌にしっとりと張り付いていた。
――こんな恰好、レン君にはとても見せられないわね。
苦笑しつつ、ユリーシアは地道な錬金作業に励むのであった。
◇◇◇◇◇
「ふぅ、今日も良く働いた」
そんな錬金作業がひと段落したところで、ユリーシアは一階の食堂へと降りた。もちろん汗に濡れた下着は着替え、それなりの恰好となっている。
日中はストラーラの街全体がうだるような暑さに包まれるが、夕刻ともなればそれも少しは和らぐ。これから日が暮れるとともに冒険者たちも屋外へと繰り出すであろう。夏はこのくらいの時間からのほうが街に活気が出る。
ユリーシアも〈東の木漏れ日亭〉の食堂で生活魔法使いの人に〈洗浄〉をかけてもらい、冷たい飲み物でも飲んで夕食までの時間を過ごそうかと考えていた。
と、そんなユリーシアが食堂に降りて驚いた。
「レン君、何しているの?」
見れば、レン少年が女将のエリザと一緒に食堂のテーブルの上で何やら作業を行っていた。
「挽き肉を作ってます」
「挽き肉?」
テーブルの上にはミンチ機が設置されており、レンがそのハンドルをひたすら回していた。その隣でエリザがミンチ機に魔物肉を次から次へと投入しており、大量の挽き肉が生成されていた。
ミンチ機のハンドルを回す作業は単調だが、それなりに力のいる作業である。なので女将のエリザに代わってレンが手伝っているのだろう。
「これを手伝うと夕食のハンバーグを一つ多く頂けるというので」
「こういうのは地味に大変な仕事だからねえ。冒険者の人はやっぱり力が強くて良いわね」
「ええぇ……」
どうやらハンバーグを餌に女将のエリザがレン少年に手伝わせているらしい。
そして、レンのほうでも嬉々として手伝っているようだ。
――エリザさん、その子、将来のS級冒険者ですよ!
ユリーシアは内心でそう思ったのだが、レンが転生者であることはギルドから口留めされている。それほど厳密な緘口令ではないのだが、幸か不幸かエリザは噂話好きな女性なので絶対に言えない。
また、将来S級冒険者というのもユリーシアの主観でしかないが、その将来のS級冒険者本人が嬉しそうにミンチ機のハンドルを回していた。ハンバーグ一つで良く働く。
――本当にこれで良いのかしら?
ユリーシアはそう思ったが、本人たちが良いのだから良いのだろう。この場で損をしている者など誰もいない。どことなく納得し難いものはあったが、この場では無理やりに受け入れることにした。




