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#37 東の木漏れ日亭 1

 新たにパーティーを組んだレンとユリーシアは、早速ストラーラ近郊の森へとやってきた。ギルドから〈東の森137番〉という名を付けられた森である。そこにユリーシアの錬金素材となる薬草の採取に訪れた。


「この季節は本来、薬草も多いんだけどね。でも、それ以上に雑草のほうが多くってね」


 現在ストラーラの冒険者ギルドでは上級、中級冒険者によって周辺の調査が進められており、凄い勢いで新しい魔物の分布図が作成されていた。この〈東の森137番〉はその新しい分布図において、ゴブリン程度しか出没しないことが確認されており比較的に安全な森である。

 だが、現状ゴブリンだけでも相当な数となっており、決して容易な状況ではない。


「といっても、〈青石のダンジョン〉よりも全然少ないですけどね」

「ほんと頼もしいわね。とてもレベル4とは思えないわ」


 ユリーシアは苦笑しつつ、薬草採取に勤しんだ。

 いつかレン少年に荷物持ちとして手伝ってもらったことがあったが、今回は完全に護衛に徹してもらっている。

 季節的な問題もある。八月ということで森の植物は最盛期を迎えていた。森の中には人間や魔物が作った獣道のようなものがあるが、この季節は植物の勢いが凄く、そうした道の殆どが森に飲み込まれてしまう。そんな状態なので森の中では見通しが効かず、かなり注意して周囲の警戒に当たらねばならなかった。

 しかし、そのような環境下でもレン少年は護衛役として安定した力量を発揮していた。


「レン君はこういうのも手慣れているのね」

「森の中ではさんざん対人戦《PvP》しましたからね。奇襲をかけ易いから重課金プレイヤー相手でも勝てるパターンが結構あったので」

「良くわからないけど、たくさん訓練していたのね」


 実際ユリーシアが感心してしまうほど、レンは森の中で手堅い戦闘を繰り返していた。

 まず、魔物を見つけるのが上手い。


「ここ、たぶん出ますね」


 少し森を進んでいると、レンがユリーシアを制す。

 「出ます」というのは「魔物が出る」という意味であろう。

 そして、二人で音を立てないように慎重に進んでいくと、果たしてゴブリンの群れがそこにいた。


――どうやって気づいたのかしら?


 ユリーシアは不思議に思ったが、後でレンに尋ねると「地形で判断している」とのことであった。不意打ちに適したところや、隠れるのにちょうど良い場所に魔物が潜んでいる確率が高いという。

 確率が高い程度のことなので空振りに終わることもあるのだが、この日はその殆どでゴブリンと遭遇した。スタンピードの兆候が如実に表れていることを実感する。


「今回も僕が先に行きます。ユリーシアさんも参加できそうなら援護をお願いします」

「わかった」


 草むらの陰でひそひそと相談したあと、レンがゴブリンの群れへと突入した。

 最初の不意打ちでゴブリン一匹を確実に減らすと、そのまま流れるのような動きで二匹目のゴブリンを倒した。

 残るは最後のゴブリン一匹であったが、レンが牽制しているうちに背後からユリーシアが短剣による刺突で仕留めた。

 時間にして数十秒の出来事である。

 ユリーシアもレベル14なのでゴブリンの群れ程度であれば一人でも対処はできるのだが、こうも鮮やかには行かないであろう。全くもって呆れるほどの手際の良さであった。


「レン君、ひょっとしていつも最後の一匹、私に譲ってくれてる?」

「譲るというほどではないですけど、せっかく二対一になったなら数の理を活かしたい、程度のことですが」

「そういうことなら良いわ」


 いざ、魔物との戦闘となるとユリーシアも戦闘に参加する。ユリーシアの感想としては、どう考えてもレンだけで十分なように思えたのだが、参加させてもらっていた。


――私は薬草採取だけで良いんだけど。

――この辺りの魔物を倒したところで、私のレベルアップには繋がらないだろうし。


 かつてはユリーシアも修行時代にはレッドウルフやゴブリンのような魔物と何度も戦闘を繰り返した。

 だが、現在のユリーシアはレベル14である。レベル15の壁に阻まれた状態で、これ以上のレベルアップは諦めていた。レベル14ともなるとゴブリンなどを倒したところで得られる経験値ポイントは皆無である。

 そんなことよりも、現在のユリーシアは錬金術師として生計を立てているのだから、その原料である薬草のほうが全然重要である。


「それにしても、夏とはいえ、薬草取り放題ね」

「人が少ないですからね」


 ユリーシアはポーションの材料となる植物を手早く採取していく。既に籠には薬草が満載されていた。

 紫水葉、月光リリウムの茎、赤ヴァインの蔓といったものだが、傍から見ているレンとしては他の植物と見分けなど全く付かない。そこは錬金術師として修業を積み、そして職業クラスが薬草採取士であるユリーシアだからこその技が光る。


 そうして森で薬草を採取すること小一時間ほど。ユリーシアは籠いっぱいに薬草を取ることができた。

 ちなみにその間、ゴブリンの群れに3回ほど遭遇したが、いずれも殆どをレンが倒し、最後の一匹だけをユリーシアが倒した。




◇◇◇◇◇




「暑いですね」

「暑いわね」


 帰路、森の木陰から草原へと出ると、八月の強い日差しが二人を照り付けた。

 この暑さから涼が取れるという〈青石のダンジョン〉が人気になってしまうのも理解できる。スタンピードの影響もあり現在〈青石のダンジョン〉には低級冒険者が殺到しており、殆ど旨味がないという。


 そんな八月の陽光の下、二人は草原を歩いた。

 日よけのマントを頭から被り、薬草を詰め込んだ籠にも日除けの布を被せていたが、二人ともマントの下は汗でぐっしょりとなっていた。

 魔物だって酷暑は嫌なものである。魔物への警戒も殆ど必要なく、単調なストラーラへの帰路となった。


「帰ったらユリーシアさんは錬金作業ですか?」

「そうね。いくつかの薬草は新鮮なうちに処理したほうが良いから」

「大変ですね」

「レン君のおかげでそんなに疲れなかったから全然平気よ。やっぱり採取にだけ集中できると楽で良いわ」

「お役に立ててたなら何よりです」


 実際のところユリーシアは非常に楽をしていると感じていた。

 本来であればユリーシア一人で薬草の採取と周囲の警戒を同時に担う必要があった。そして、いざ魔物と遭遇したならば戦闘も行わなければならない。しかも、戦闘行為から離れて久しいユリーシアとしては、レベル差のあるゴブリンですら負担に感じる。

 それがレンと一緒であれば、ユリーシアより先に魔物を発見してくれ、さらにその殆どをこの少年は瞬く間に倒してしまう。これに慣れてしまったら堕落してしまうと逆にユリーシアが不安になるほどであった。


 現在はスタンピードの影響もあって、ギルドはユリーシアからの下級ポーション買取を増やしてくれている。以前は毎日三本を買い取ってくれたところを、現在は六本も買い取ってくれる。そのため一時的なことではあるが、ユリーシアの収入は以前のほぼ倍となっていた。

 収入の一部はレンと折半していたが、それでも以前に比べれば多い。

 だが、いずれ買取量は元に戻るであろう。そうすればレン少年とのパーティーも維持できなくなる。ユリーシアとしてはこの楽に慣れてしまうわけにはいかない。


「レン君は帰ったら休むの?」

「そうですねえ。休むには早いので、冒険者ギルドの資料室に行こうかと。最近になって僕はこの世界のことを全然知らないなって痛感していて」

「レン君は勉強熱心なのね」


 レンの旺盛な学習意欲にユリーシアは感心させられた。

 もっとも、レンとしては未だにゲーム感覚が抜けきらないので、自分の知らない攻略情報がないか確認したいという程度のものであったのだが。


「そういえば、レン君はどこの宿に泊まっているの?」

「冒険者ギルド宿泊所二号棟ってとこですけど」

「えっ、あそこ泊まっているの!?」


 何気なく振った話題であったが、レンの回答にユリーシアは驚いた。というのも冒険者ギルド宿泊所という場所は、冒険者たちの間ではあまり評判の良い施設ではなかったからである。

 冒険者ギルド宿泊所というのは初級冒険者の救済という意味合いの強い施設で、収入の少ない低レベルの冒険者であっても、ストラーラの外壁の中で安全に、しかも低価格で宿泊できる施設となっていた。ギルドとしては非常に頑張って作った施設である。

 しかしながらこの施設、あまり低料金で快適にし過ぎると貧困者が居付いてしまう、という問題があった。そのため補助金などは一切出さず、料金内でも実現可能な最低限のサービスのみを提供する宿となっていた。

 当然、居心地はそれなりのものとなる。


「あの宿はミルフィアさんに紹介されて。この世界に来てからずっとあそこに泊まっていますけど」

「それは冒険者ギルドとしては勧めるでしょうけど。辛くない?」

「辛くないと言えば嘘になりますけど。でも、安いので」


 レンとしても冒険者ギルド宿泊所二号棟での生活が気に入っているわけではない。

 大部屋しかなくプライベートというものがない。居合わせる冒険者たちの中には万年低級冒険者という輩もいて、そういった人物はやはり何某か問題のある者が多く、宿の雰囲気は決して良いものではなかった。さらには稀に酔っ払いの冒険者がやってきて、レンが寝ている隣で大きないびきと歯ぎしりをする始末である。

 だが、そういったデメリットを補って有り余る利点があった。安価やすいのである。これは「異世界転生者 支援金」で細々と生活しているレンにとって非常に重要なことであった。なにしろレンは「宿の質を上げる金があるくらいなら装備を整えたい」というタイプの人種である。


「いつまでも初心者装備というわけにもいかないですし」

「それはそうかもしれないけど、レベル4なら今の装備で十分と思うけどね」


 この世界では装備品に魔法が付与されていることが多く、レベル不相応の装備を身に着けても十分に効果が発揮されないことがある。また重量がステータスによる筋力強化を前提としている装備品もあるので、低レベルで身に着けられる装備品は意外と限られる。


「それに宿だって重要よ。冒険者ギルドのあの宿だと疲れが取れないこともあるんじゃない? 疲労の蓄積も冒険者には大敵よ?」

「そう言われるとそうなんですが。でも、宿を探すって言っても。どこから手を付けたものか」

「ああ、そうか。レン君は転生者だものね。伝手がないと厳しいかもね」


 もっと言うと、レンの転生前は高校生になったばかりの16歳であった。この世界では16歳と言えば立派な成人扱いであるが、日本においては未成年である。異世界の街で自分一人で宿を見つけるとなると、それなりにハードルの高い。

 なまじゲームの世界で魔物と戦うことだけは手慣れていたものだから、そちらのほうにかまけていたということもある。魔物を倒すことにばかり夢中となって、宿をグレードアップすることなどずっと後回しにしていた。


 そんなレンの様子に、ユリーシアは少し考えた。

 そして、こんなことを言ってみた。


「もし良かったら、私が泊っている〈東の木漏れ日亭〉に泊まってみない? 確か部屋も空いていたはずだったから」


 それは、レンが思ってもみなかった提案であった。


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