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#36 思わぬ提案

 ストラーラの冒険者ギルドがスタンピードの警戒を呼びかけてから、二日が経った。

 既に白い翼(アリス・アルビス)が発生源となっているダンジョンの攻略に乗り出していたが、それほどすぐに結果が出るものではない。


 そんな中、この日も冒険者ギルドを訪れたレンは、中央ホールにある魔物発生状況の巨大な地図を前に、腕を組んだまま固まっていた。


――うーん、困った。


 スタンピード発生中は魔物の発生分布が通常と異なる。

 普段はゴブリンしか出ないような場所であっても全然強い魔物が出没したりする。そのような場違いの魔物と遭遇してもゲームの頃であれば死に戻りするだけのことであったが、現実世界では本当の死がそこに待っている。

 低レベルで紙装甲のレンとしては、とてもではないが怖くて活動できない、というのが現状であった。


――それでもギルドの対応は早いな。

――ストラーラ周辺の魔物発生状況が凄い勢いで塗り替えられている。


 中央ホールの地図はスタンピード発生後、調査済みの地域が青、未調査の地域が赤で色分けされる特別仕様となった。そして、僅か二日でその青の部分がどんどんと増殖している様子が見て取れた。

 だが、それでもまだレンが活動できる範囲は狭い。


――森の中の調査は後回しか。時間がかかるだろうし当然だろうな。

――草原は大丈夫、といってもスタンピードの兆候の所為せいで一角兎は姿を消しているというし。草原に行く意味がない。

――だからと言って〈青石のダンジョン〉までに行くにも、そこに行くまでの地域がまだ未調査。


 レンとしては活動しようにも、にっちもさっちも行かない状況となっていた。

 困ったことがあればレンには相談先がある。受付嬢ミルフィアの相談受付へと向かったが、さすがに今回は順番待ちの列ができていた。いまの時勢、他の冒険者たちもギルドに相談したいだろう。

 レンも大人しくその列へと並んだ。




◇◇◇◇◇




 長い順番待ちの末、ようやくレンの順番となった。

 かなりの数の冒険者からの相談を受けていた受付嬢ミルフィアであったが、レンの顔を見るとそのような疲れなど微塵も見せず、笑顔を見せてくれた。

 それどころかミルフィアはレンが来ることを待っていたようであった。


「来たわね」

「来ました。スタンピードで困ってしまっていて」

「どこに突撃しようと悩んでいるわけではないでしょうね? いくらレン君でもスタンピード中は大人しくして欲しいんだけど?」

「しませんって。危ない真似はしません。本当に困っているんです」


 傍から見て危険な行動を繰り返しているように見えるレンであったが、本人はこれでも可能な限り安全を確保して行動しているつもりである。事前にどのような魔物が発生するかを把握し、しっかりと対策と準備を行い、確実に勝てるという確信をもって挑んでいる。

 今回はスタンピードの影響により、その最初の「どのような魔物が発生するか」という部分が不透明であるため、レンとしては危なくて行動できたものではない。

 というようなことを真摯にミルフィアに訴えると、ようやくこの受付嬢のほうでもレンのことを信じてくれたようであった。


「なるほどね。それなら問題なさそうかな。で、そんなレン君にはちょうど良い案件があるのよ。少し待っててくれる?」


 と、ミルフィアはレンを置いてどこかに行ってしまった。

 なんだろう、と首を傾げていたレンであったが、しばらくしてミルフィアは一人の女性を連れて戻ってきた。連れてきたのはレンも良く知る女性、ユリーシアであった。

 彼女はレンの顔を見ると苦笑して挨拶してきた。


「最近良く会うね」

「あ、どうも」

「で、二人とも知り合いだし、ちょうど良いかなって思って」

「ちょうど良い、って。え、レン君ですか!? だって、彼、まだレベル低いですよ!?」

「レベルが低くても単独で〈青石のダンジョン〉をクリアできてしまう冒険者です。元から二人は知り合いなこともあるし、ちょうど良いでしょう?」


 などとミルフィアとユリーシアが勝手に話を進めていたが、レンとしては事情が飲み込めない。


「あの、なんの話で?」

「ごめん、ごめん。レン君には全然説明していかったものね。レン君とシアちゃんでパーティーを組んでみない、って考えていて」

「パーティーですか? ユリーシアさんと?」


 レンとしては思ってもみなかった提案であった。




◇◇◇◇◇




 ユリーシアはスタンピードの影響により錬金術師としての活動に支障をきたしていた。

 彼女の主な収入源であるポーションの原料となる薬草において、鮮度が効用に大きく影響するものがいくつかある。もちろん鮮度が関係ないどころか、乾燥させたり加工したりしたほうが良いような薬草もあるのだが、そのような材料だけでやり繰りするにしても限界があった。


 特に困ったのが廉価ポーションの精製で、これはそもそもが新鮮な薬草を絞っただけの代物である。季節ごとに使用する薬草を変え、鮮度の高い薬草を確保していたが、その肝心の採取ができなければ生成も覚束おぼつかない。

 廉価ポーションはとくに経済的に貧しい者たちが必要としている物なので、草莽(そうもう)派を自認するユリーシアとしては重大な問題であった。


 現在ストラーラ周辺の森は凄い勢いで調査が進んでいるが、魔物の勢力図はやはりいくらか変化している。

 従来はゴブリンが群れている程度であった場所に、今はホブ・ゴブリン、レッサー・ボア、レッドウルフといった、少し強めの魔物がうろついているという。そういった魔物もいずれ冒険者によって駆逐されるであろうが、落ち着くまでに半年とか一年はかかるであろう。

 ユリーシアとしては悠長に待っているわけにはいかなかった。


 という状況で、ユリーシアのほうも早々にミルフィアに相談していた。

 そして、提示された対応策はギルドとしては定番のものであった。


「シアちゃんもパーティーを組んでみない?」


 というのである。

 単純であるが、複数人で行動したほうが安全性は飛躍的に高くなる。

 だが、問題も多い。役割分担をどうするか。分け前をどうするか。人間同士なのだから少なからずいさかいは起こり得る。だが、そうした細々とした問題よりもっと大きな問題として、「そもそもパーティーを組んでくれる相手が見つかるか?」というものがあった。


「私の職業(クラス)〈薬草採取士〉ですよ? 組んでくれる人、いますか?」

「心当たりがあるわ。少し待っていて」


 というミルフィア嬢との相談を経て、ユリーシアは現在に至っていた。


 ユリーシアを紹介されたレンは驚いた。

 レンを紹介されたユリーシアは戸惑った。

 そんな二人に構わず、ミルフィアはこの二人を引き合わせたことを自賛した。


「シアちゃんはレベルが高いから本来は一人で活動できるはずだけど、戦闘職じゃないから不安がある。レン君のほうはレベルが低いけど戦闘には強い。お互いの長所と短所を上手く補える良い組み合わせだと思うわ」

「えーっと、ユリーシアさんってレベルは?」

「私? 私はレベル14」

「あ、高いですね。確かに」


 現在のレンはレベル4なのだから10もの差がある。普通はそれだけレベル差がある者同士でパーティーを組むと支障をきたすのだが、今回の場合は戦闘職と非戦闘職の極端な例が組み合わさっているので、確かにつり合いが取れているように思えた。


「それにシアちゃんならレン君が転生者という事情を改めて説明する必要もないし、それに放っておくと何をするかわからないレン君にシアちゃんが付いていてくれるのは安心だわ」

「「ああ」」


 ミルフィアの発言にレンとユリーシアが同時に声を上げた。

 おそらく発言の最後の部分がミルフィアの本音のように思われた。


「そういうわけで、とりあえず試しにパーティー組んでみたらどうかしら? 駄目だったら解散すれば良いし、まずは軽い気持ちで試してみるのが良いと思うわ」


 そして、ミルフィアの言葉に二人は顔を見合わせた。


「どうする?」

「うーんと、ユリーシアさんが良ければ、僕は全然良いんですけど」

「私も良いと思う」

「それじゃ、決まりね!」


 最後にミルフィアが宣言して、二人のパーティー結成が決まった。

 その後、すぐにレンとユリーシアは相談受付から追い出された。まだまだ相談受付への冒険者たちの列は長く続いている。ミルフィアはいつまでも二人に構っていられないのである。


「ミルフィアさん、大変そうですね」

「そうね。いまは誰も彼も大変だけど」


 ミルフィアも確かに大変そうであったが、レンとユリーシアも大変である。

 魔物の生息分布が変化してしまった状態で冒険者活動を続けなければならない上に、新しいパーティーで連携していかねばならない。


「あ、そうだ。ユリーシアさん、これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね」


 ぺこりと頭を下げたレンに、ユリーシアもまた深々とおじぎを返した。


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