#35 ギルドマスタールームでの会談 2
「儂がエベリア伯メザレーゲだ!」
ギルドマスタールームにて、レンは領主メザレーゲと面会した。
レンの隣にはミルフィアが付き添っている。
メザレーゲの隣にはアネマリエが付き従っていた。
レンはギルドマスターであるアネマリエとも面識がある。ギルドにて一番偉いギルドマスターが付き従っている姿を見て、レンはより一層緊張を拍車させた。
だが、その一方でメザレーゲと相対して思ったことがあった。
――随分と小柄な人だな。
メザレーゲは精一杯ふんぞり返っていたが、男性としては比較的に小柄なレンよりも更に背が低い。女性としては平均的ながらも男性と比して小柄なアネマリエよりも更に低い。かなりの小男であった。
その小男がレンに向かって尋ねる。
「転生者だそうだな。名は?」
「レンと申します。レベル4です」
「レベル4か。そうか。まあ、頑張れ」
それだけでメザレーゲはレンに対する興味を失ったようで、踵を返してしまった。
これにて面会は終了である。
あまりにも早く終わってしまった面会に、レンは付き添ってくれたミルフィアに確認したほどであった。
「えっ、終わりですか?」
「終わりです。お疲れ様でした」
「あ、良かったです。ほんとに」
緊張から解き放たれたレンは少しギルドマスタールームを見渡す。調度品が飾られたりしていかにも高級そうな部屋であった。この世界に来てからこのように高級な場所に来たことがなかったので、少し新鮮に感じる。
と、その部屋の奥に〈白い翼〉がいることに気づいた。
そして、そのうちの一人、双剣士の女性に睨まれていることにも。
――あ、ヤバい、ヤバい。
ユリーシアは「顔を覚えられたりはしていないだろう」と言っていたが、しっかりと覚えられていたらしい。
レンはそそくさとギルドマスタールームから退散した。
なるべく早く顔を忘れてくれるように願いながら。
◇◇◇◇◇
レンとの会談を早々に終えたメザレーゲはアネマリエに不満たっぷりに文句をぶつけていた。
「なんだ、まだ子供ではないか!」
メザレーゲが〈白い翼〉との会談を中座してまで挨拶をしたのは、それだけ転生者というものに期待があってのことであった。エベリア伯領内にも転生者は幾人かいるが、いずれも活躍らしい活躍はできていない。メザレーゲとしても新たな転生者に少なからず期待を抱いていた。
ところがいざ会ってみると、その転生者はまだ年若く、レベル的にもまだ初心者冒険者の域を出ていなかった。
「しかもまだレベル4とは! それではなんの役にも立たんわ!」
「それなりに才能がある少年のようです。彼については5年、10年という長い期間で見守っていただければと思います」
「そんな先のことを考える余裕なんぞあるか! 今回のスタンピードで役に立たんのなら役立たずだ!」
メザレーゲは放言しつつ〈白い翼〉たちのほうへと戻ってきたが、彼らを前にするとそのような態度も改まった。さすがにS級クランを前にぞんざいな態度を取るような勇気はない。
「時間が切迫している中、席を外して済まなかった。野暮用であった」
「いえ。では、今後の予定について詳細を詰めていきましょう」
そうして会談は進められ、〈白い翼〉の今後の方針は決められた。
◇◇◇◇◇
会談を終え、〈白い翼〉は早々にギルドマスタールームを辞した。
この会談において、彼らは明日にもスタンピードの恐れがあるダンジョンの攻略へと向かうことが決められた。また、それとは別に周辺のダンジョンの調査も並行して進めなければならない。他のクランメンバーをストラーラに呼び寄せる準備も必要で、それなりに大変なスケジュールとなっていた。
だが、そのような困難にも関わらず彼らの表情は明るい。S級クランである彼らとってこのような難事は珍しいことではなく、今更どうということはない。
それよりも今回は、領主であるエベリア伯から大きな資金援助というサプライズを得られた。
「評判の悪い領主だったので警戒していましたが、8億4000万ディラとは思い切りましたね。これで資金面を気にせず消費アイテムを使えますよ」
「クランメンバーに経験を積ませる良い機会にもなるだろう。悪くない依頼だったんじゃないか? 評判の悪い領主どころか気前が良いくらいに思えたがな」
「見た目でかなり損をしている御仁なのでしょうね。それに今回のことは必要経費と割り切っているだけで、金に煩さそうなのは確かです」
「確かに。それはそうかもな」
ギルドマスタールームを出て、彼らはそんなことを話しながらギルド内を足早に移動する。
会談の場では殆ど声を発しなかったクランリーダーのアクアリートであったが、クランメンバーだけとなればそれなり話す。特に交渉役のエイムアルとは長年の付き合いで、気安い間柄であった。
また、他のメンバーたちも思わぬ臨時収入に興奮を隠せないでいた。
「これで新しい符術の研究ができそうかな?」
「止めなさい。貴方はすぐにそうやって無駄使いをしたがる。クランメンバー全員を呼び寄せて活動したら、この程度の資金なんて、あっという間に消えてなくなるわよ?」
そんな会話をしていたのは巫術士の男性とエルフの女性であったが、その隣で双剣士の女性が浮かない表情を浮かべていた。
それを目ざとく見つけた付与魔法使いのエイムアルが、彼女に声をかけた。
「メリッサ、どうしました? そういえば会談の途中で入ってきた少年をなんだか酷く睨んでいたようでしたが。彼に何かあったのですか?」
「確かに何かあったわ。ちょっとね」
問われた双剣士の女性は不快感を隠すことなく、ギルドホールでの出来事を説明した。
「あの子、転生者だったんだね。生意気なこと言う奴だと思ったわ。ギルドホールでさ、あの子、私たちのことを見て『火力が足りない』って言ったんだよ。なんか頭に来ちゃってさ」
「それは、また」
エイムアルは双剣士の女性の発言に少し驚きつつも、笑みを絶やさなかった。
彼女が怒っている理由は容易に想像できる。
S級クラン〈白い翼〉は防御力に定評のあるクランである。そもそもクランリーダーのアクアリートが守備的な職業〈守護者〉であり、他のメンバーも守備的な職業や補助的な職業が多い。現在このクランにおいて一番の攻撃力を誇るエルフの女性も水魔法使いで、本来的には補助魔法や回復魔法も扱える器用なタイプの魔法使いであった。
〈白い翼〉の攻撃力不足は彼らが以前から抱えている悩みで、つまり少年の指摘は的を得たものだったのである。
「さっきの話だと、あの子レベル4なんだって。ああ、もう!」
双剣士の女性が腹を立てたのは果たして誰に対してであったか。このクランにおける物理攻撃の主軸を担っているのが外ならぬ彼女であった。
そんな彼女をエイムアルが宥めるように諭した。
「頑張るしかないでしょう。まずは、今回のスタンピードを無事に防ぐこと。実績を積んで誰からも文句を言わせないようにしましょう」
「わかってるわよ!」
翌日、〈白い翼〉は早速、スタンピードを防ぐべく活動を開始した。




