#34 ギルドマスタールームでの会談 1
ストラーラの冒険者ギルドの最上階。
ギルドマスタールーム。
普段はギルドマスターであるアネマリエが一人で執務室として使っている部屋だが、この日は来客が多かった。だが、ギルドマスタールームには応接室としての機能も備わっている。人が多くとも十分な余裕を持って迎えられた。
応接ソファの首座にはアネマリエではなく別の人物が座っていた。
このストラーラを領地の一つとしているエベリア伯爵家の当主メザレーゲという人物である。あまり容姿の良くない小男で、自分の偉さを誇示しているのだろう。小さな身体を精一杯ふんぞり返らせていた。
その隣にはギルドマスターであるアネマリエが座っており、こちらも小柄の女性なのだが、姿勢良く座っている姿はどうしたものか少し大きく見える。
相対するは新進気鋭の冒険者クラン〈白い翼〉である。
クランリーダーであるアクアリートが領主メザレーゲと向かい合う場所に座っている。大柄で長身なこの男性は、ただ座っているだけというのに強烈な存在感を放っており、向かいに座るメザレーゲと比べると、もはやどちらが貴族かわかったものではない。
その隣に座っているのはエイムアルという付与魔法使いの若い男性で、交渉は基本的に彼が行うようだ。
さらにこの二人の背後に、クランメンバーが立った状態で控えている。いずれも一癖も二癖もあるような冒険者で、全体的に見て非常に威圧感のある集団であった。
「よう来てくれた。礼を言う」
「お気になさらず。S級クランともなればこのような招集は義務でもありますから」
「そうは言っても急のことであったからな。そなたらが空いていて助かった」
「随分とお急ぎのようでしたが、それほど切迫している状況なのですか?」
「そうだな。さっそくだが現状を説明しよう。アネマリエ、説明を」
メザレーゲがふんぞり返ったままアネマリエに指示したが、ギルドマスターは素直にその指示に従い、ストラーラ周辺で起こっている出来事の説明を始めた。
ストラーラ周辺の異変が確認されたのは半年ほど前からのことになる。その頃からじわじわと魔物の発生頻度が高まっており、冒険者ギルドとしては警戒を強めていた。
こういった場合、そのままじわじわと魔物の発生が治まっていくパターンもあるのだが、今回の場合は収束する兆しは見えなかった。
そんな中、ストラーラで唯一のA級クランである〈鉄狼〉が、街からかなり離れた山中にて新しく大型のダンジョンが複数発生していることを確認した。そして、そのダンジョンの内部には魔物がひしめき合っていたという。彼らの見立てでは、既にスタンピードの発生は時間の問題と思われた。
「なるほど、新しいダンジョンの発見が遅れてスタンピードが発生しかかっているということですね」
「既に影響はダンジョンの外にも出ております。周辺一帯はダンジョンから漏れ出た魔素により魔物の発生頻度が多くなっております。そういった魔物が周辺地域に流出することによって、ストラーラの近くまで魔物が押し出されてきている、というのが現在の状況です」
ギルドマスターであるアネマリエと付与魔法使いのエイムアルという男性の間で、話はどんどん進められていく。
その隣で領主メザレーゲとクランリーダーのアクアリートは黙ったままであった。
「つまり、我々はその複数あるという新しいダンジョンを攻略すれば良いのですね? それで周辺地域の魔物も自然と治まるでしょう。ダンジョン・コアは破壊してしまっても?」
「破壊でお願いします。ストラーラの冒険者ギルドにこれ以上ダンジョンを管理していく余裕はありませんので」
「ですが、ダンジョンが一つではなくて複数ですか。思っていたよりも大事ですね」
「はい。それに、いま見つかっているダンジョンが全てとは限りません。厚かましいお願いで申し訳ないのですが、〈白い翼〉の皆さまには周辺に他の未発見のダンジョンがないかの捜索も併せてお願いしたいのです」
「それは、また……」
このエイムアルという男もある程度は大きな仕事とは認識していたものの、話を聞くうちに相当に大変な仕事を請け負ってしまったと感じたようであった。
エイムアルはちらりとアクアリートのほうに目配せすると、二人で黙って頷き合う。問題ないということであろう。
「良いでしょう。我々〈白い翼〉が今回の対応に当たります。ただし、いくつか条件があります。これだけの仕事となるとクランメンバー全員をストラーラに呼び寄せたほうが良いでしょう。我々のクランは現在総勢51名いるのですが、可能であればその全員が泊まれるような宿の手配を。それに装備や消耗品のアイテムの調達も必要ですので、それなりの活動資金は必要となります」
と、資金の話となったところで、いままで黙っていた領主メザレーゲが反応した。
ふんぞり返っていた姿勢から前のめりに変わり、それでも彼なりに精一杯威厳のある態度で言い放つ。
「活動資金として4億2000万ディラを前金として払おう。成功報酬は同額のものを後払いする。これでどうだ?」
メザレーゲの発言に、アクアリートとエイムアルを除く〈白い翼〉の面々が息を飲んだ。8億4000万ディラといえば金貨にして840枚に相当する。この世界においては相当な大金であり、S級クランと呼ばれる彼らをして驚かせるに十分な金額であった。
交渉役のエイムアルも表情にこそ出さなかったものの、それなりに驚いたようであった。
「結構な額を出されるのですね?」
「スタンピードを発生させたら被害額はこの比ではないからな。ここでケチって損をするような馬鹿な真似はせん。だが、これだけの額を払うのだから、そなたらにはしっかりとスタンピードを抑え込んでもらわんと困るからな!」
「今回の件は時間との勝負となりそうですので、ここで確約は難しいですが……」
と、エイムアルが算段を思案しながら話そうとすると、それを今まで黙っていたクランリーダーのアクアリートが遮った。
そして、自信に溢れた口調でこう言い放った。
「この仕事、我ら〈白い翼〉が承った。スタンピードは発生させない。大船に乗った気分でお待ちいただこう」
これで話はまとまった。
◇◇◇◇◇
冒険者ギルドの中央ホールにて、レンはユリーシアから少し怒られていた。
「あんな悪目立ちして」
「いえ、その、悪口とかを言ったつもりでは全然なかったんですけど」
「ちょっと睨まれていたけど、まあ、顔を覚えられるほどではなかったかしらね。ほんとうにもう」
不必要な発言で少々悪目立ちしてしまったレンであったが、実際のところ彼を覚えているような冒険者は皆無で、現在こうして中央ホールにて叱られているレンを気にする者はいない。
それよりも他の冒険者たちはS級クランの〈白い翼〉を間近で見れたことの興奮が冷めやらぬようであった。
「やっぱりS級クランともなると風格が違うよな」
「パーティーメンバー全員が強そうだったもんな。〈白翼の守護者〉なんて威圧感半端なかったもん」
「あのエルフの魔法使いが〈翠玉の水法師〉だろう。美人だったもんな」
「まったく男どもは顔ばっかり見て。それよりもアクアリート様のご尊顔は素敵だったわあ」
「お前もなあ」
などと周囲が盛り上がっている中、再びギルド職員のミルフィアが姿を見せた。
そして、彼女はレンの姿を確認すると笑顔で近寄ってきた。
「良かった。レン君、まだいたのね」
「え、なんでしょうか?」
一瞬ぎくりとするレン。
まだ、〈白い翼〉の人に睨まれた記憶が新しい。それについて何か文句を言われるかと思ったのである。
だが、レンの心配は杞憂で、違う話であった。
「いま、ギルドマスタールームにご領主のメザレーゲ様が来ています。レン君は転生者だし、それに『異世界転生者 支援金』の拠出元はご領主様ですから、一度顔を見せて挨拶してほしいの。これから少し良いかしら?」
良いかしら、などと言われたところでレンに拒否権などないだろう。
戸惑いはあったものの、大人しく首肯した。
「少し顔を見せるくらいよ。すぐに終わるはずだから」
「ご領主様に挨拶って、どうすれば良いんですか?」
「よろしくお願いします、くらい言っておけば十分よ。あとは質問とかされたら受け答えするくらい。大丈夫よ。たまに理不尽に激高したりするけど、基本的には良いご領主様ですから」
「それのどこに大丈夫な要素があるんですか?」
ともあれ、レンは緊張しつつミルフィアに付き添われてギルドマスタールームへと向かうこととなった。
ユリーシアは行かないのでここでお別れである。
「レン君、頑張ってねー」
自分は部外者だと思ってか、ユリーシアは無責任な笑顔で手を振り見送ってくれた。




