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#31 異世界通信

 〈青石のダンジョン〉のボス、レッドサジタリーを倒したレンは、その後5層を探索した。


 ボスを倒されたダンジョンは、ダンジョン・コアを(さら)すという。

 〈青石のダンジョン〉はストラーラの冒険者ギルドに管理されており、初心者冒険者の訓練に丁度良いということで、コアの破壊は禁じられている。

 なので、ダンジョン・コアを見つけたところで何もすることはないのだが、一度くらいは本物のダンジョン・コアを見てみたいという気持ちもあった。ゲームの頃は何度かコアを破壊した経験があったので今更ではあるが、いちおう本物を見てみたい。

 そして、それはいくらも歩かないうちに姿を現した。


 5層からさらに下へと続く階段。

 それを降りていくと、そこには小さな小部屋があり、その中央の台座の上に50センチくらいの青白く仄かに光る球体が鎮座していた。


「これがダンジョン・コアか」


 珍しいものではあるので、レンは少し撫でまわしてみたりしたが、仄かに光り、少し暖かいものの特別に何かあるわけではない。


「それじゃ、ちょっとこの部屋を借りるよ」


 レンはダンジョン・コアにぽんぽんと触れ、その場に腰を下ろした。

 このコアがある部屋には魔物が現れない。いわゆる安全地帯(セーフティーエリア)となっている。


 そして、レンはこの地下深くの安全地帯(セーフティーエリア)にこそ、用があった。




◇◇◇◇◇




 レンが〈アビサス〉の世界へと転生する直前のことである。


 白く何もない空間。

 そこでレンと女神アマテラスが話し合っていた。


「つまり、その〈アビサス〉という世界では普通ではない魔物の発生していると?」

「そうなのよ。魔物は基本的に魔素が濃い場所で発生する。で、その魔素は上の世界から落ちてくるものが殆どだから、上の世界の魔素の濃度を観測していれば、どの場所にどの程度の魔物が発生するか予測がつく筈なんだけど。それが、どうも予測どおりになっていなくってね」

「予測どおりになってくれないと困る?」

「笑って済ませて良い程度の誤差じゃないのよ。稀になんだけど、予測よりも遥かに大量の魔物が発生することがある。予期せず、突発的ね。それで、〈アビサス〉では大勢の人が亡くなることがある」

「それは、確かに嫌ですね」

「しかも、その規模と頻度がここ何百年かで明らかに上がっているように感じられるわけ。場合によっては〈アビサス〉という世界に住む人類が滅亡、なんて事態になり兼ねないと思うほどにね」

「そんなにですか……」


 なんとも物騒な話であった。

 レンとしても、これから転生する先の世界で人類が滅亡してしまうような話は聞きたくなかったのだが。

 ただ、間違いなくレンにとっても重要な話であった。


「我々神々は世界のことは全て見通せるわ。特に自分が管理している世界で起こっていることなら、どこで何が起こっているか、ほぼ全てを把握できる。人々の営みはほぼ見えていると言って良いわね。愛し合っていることも、悪いことをしていることも、神々は全てお見通しよ。まあ、見えているからといって私のように何かしたりしない神々が殆どだけどね」

「それは聞きたくなかったかなあ」


 その話が本当であれば、一人で何かやっていることも神には全てお見通しということになる。あまり気分の良い話ではない。

 だが、そんな神々でも万能ではないらしい。


「でも、〈アビサス〉という世界には私たち神々でも見通せない場所がある。魔素が濃すぎる場所は我々神々でも見通すことはできないの。神々は魔素を通して世界のあらゆる場所を《《観る》》ことができるんだけど、逆に魔素が濃すぎると眩しくて何も観えなくなっちゃうのよね」


 〈アビサス〉には「未開拓領域」と呼ばれる魔物が溢れる地域が存在している。その中心部には強力な魔物が生息していると言われているが、そこが実際どうになっているかは神々でも見通すことはできないという。

 また、ダンジョンの奥深くなども魔素が濃く、そこも神々の認知外である。


「それでも〈アビサス〉の神々ならそうした場所に直接行ってみて、調べることはできるけれども、私はこの世界から離れることができないからね」

「そういったことを僕に調べて欲しい、ということですか?」

「そういうこと。貴方は理解が早くて助かるわ」


 そこまで説明され、レンは今まで聞いた内容を自分なりに頭の中で整理した。

 まず、アマテラスたち神々というのは唯一絶対の存在ではないようだ。明らかに人類とは次元の異なる存在だし、人類のことを想ってくれる存在でもあるらしい。

 だが、そんな神々でもわからないことがある。

 それをレンを使って調べようというのだろう。


「おそらく〈アビサス〉では魔素が濃い場所で何かが起こっている。それで魔物が不自然に発生しているのだと思うわ。それを調べて欲しい」


 という。

 アマテラスからの依頼は重要なものであった。


「そういうことであれば協力させていただきます。でもそれだと、なんだかスパイというよりか調査員みたいな感じですかね?」

「いいえ、貴方にやってもらうことは確かにスパイよ」


 レンはそのように快諾するとともに、冗談のように言ったのだが、それに対するアマテラスの反応は真剣なものであった。


「その魔素の濃い場所で起こっていることを私にだけ伝えて欲しいの。〈アビサス〉の神々には悟られないように」


 その発言にレンは目をしばたたかせた。


「それはつまり、〈アビサス〉の神々を疑っている、ということですか?」

「そうね。一番怪しいと思っている。だって、あの世界で一番力を持っている存在ですもの。あの世界には主神プラウレティーネを長として八柱の神々で世界を司っているけど、彼女たちが何か良からぬことをしている可能性がある」

「その神様たちが管理している世界ですよね? わざわざ自分たちの世界の住人を痛めつけるようなことをしますか?」

「それがわからないから調べたいのよ。彼女たち全員が悪いとは限らないし、悪気があってやっているとも限らない。でも、一番怪しい存在だと思う」


 それは、レンがこれから転生する先の世界の神々を疑え、と言っているに等しい発言であった。


「それは、スパイっぽいですねえ」

「そうでしょう?」


 アマテラスは楽しそうに笑っていたが、レンとしては笑えない。神々を相手にスパイ活動など、なんとも大変な話であった。

 だが、もはやレンに反論する猶予はないようであった。


「さあ、話はここまで。もう時間よ。私と連絡できるようなスキルは付与しておくわ。私と連絡を取る時はあちらの神々に悟られないように魔素の濃いところで。頼んだわよ!」


 そして、レンの〈アビサス〉へと転生したのだった。




◇◇◇◇◇




 そして、現在のレンは〈青石のダンジョン〉の最下層、ダンジョンコアの間にあった。


 レンはおもむろに懐から手帳とペンを取り出した。転生して間もない頃に買って、その後ずっと日々の活動を記録している手帳とペンである。

 日課となっているので、先ほどのレッドサジタリー戦の記録を迷うことなく書き込んでいく。紙もインクも貴重なので凄く小さな文字である。

 だが、それは本題ではない。


 レンは手帳のページを一枚切り取ると、そこに簡単な一文を書いた。


――これで良いか?


 それだけを書き込んだ紙を二つ折り、四つ折り、八つ折りと繰り返し、硬貨ほどに小さく折りたたむと、レンは久々に転生時に自分に与えられた特異なスキルを発動した。


「異空間収納!」


 すると、小さく折りたたまれた紙片が消えてなくなった。

 そのスキルこそ、アマテラスとの連絡手段としてレンに与えられたスキルであった。これでアマテラスと連絡が取れるであろうことは転生直後にすぐ理解したレンであったが、試すわけにはいかなかった。何しろそれを隠す相手はこの世界の神々である。街のどこに隠れていようとも、神々は人々の営みを全て見通すことができるという。

 そして、このダンジョンの最下層、おそらく魔素が濃いであろう場所に来て、レンはようやくそれを試すことができたのだった。

 転生してより実に三カ月もの月日が過ぎてのことである。


 異空間収納にて手紙を別次元の世界へと送り、待つことしばし。

 レンはある感覚を受け取ると、異空間より紙片を元に戻した。その紙片を開くと、そこにはこのような文字が増えていた。


――はいはい、こちらアマテラスちゃんよ。やっと連絡してきてくれたわね。忘れら去られたかと心配したわ。


 その文章を見たレンが眉をひそめたが、その下に文を書き加える。


――言われたとおり地下深く、地下6層から連絡している。ここなら問題ないか? こちらの世界の神には気づかれない?

――てか、お前そんなキャラだったっけ?


 それを再び異空間収納で送る。

 と、しばらくで元に戻した。


――そんなに深く潜らなくても良かったのだけれども、慎重なのは良いことよ。そのダンジョンだと1層は薄っすら見えてるけど、2層だと殆ど見えなくなって、3層より下になると魔素が濃すぎて私たち神々には全然見れないわね。6層ならまず心配ないわ。

――文章だけだと昔から軽いって言われるのよね。私って容姿とか後光とかビジュアルの演出で神々しさを保っているタイプだからさ。


 戻ってきた紙片を開いたレンが微妙な表情となっていた。


「とりあえず、連絡を取ることには成功か。もっと落ち着いたキャラだったように思っていたんだけどな。いや、転生直前の慌てようは既にこんな感じだったっけか?」


 レンが首を傾げたのは、女神アマテラスからの返信の文章が妙に軽い調子であったからである。

 転生直前に話した印象としては、もっと神らしく威厳があったように思うのだが、実際のところそれほど多く会話したわけでもない。


――まあ、このくらいのほうが連絡は取り易いか。


 ともあれ、アマテラスと連絡を取ることに成功した。

 そして、彼女と連絡が取れるならば、レンには言いたいこと、聞きたいことが山ほどあった。幸い気軽に意見をぶつけても良いような雰囲気である。


 以下、レンとアマテラスの手紙によるやり取りである。


――これで連絡ができるようになった。今後スパイ活動していくけど、何か探って欲しいこととかあるのか?


――急いで何か調べて欲しいってことはまだないわ。まず当面は生き残ることを優先して欲しいかな。

――しばらくはレベルアップに専念してもらって、ある程度準備が整ってから未開拓領域を調べて欲しい。


――当面の任務はないんだな? それなら文句がある。なんで異空間収納はこんなに容量が少ないんだ? 異世界に行ったらユニークスキルでチートしたいだろ?


――そんなスキルを持っていることを知られたら、貴方この世界で荷物持ちで駆けずり回るだけの存在になりかねないわよ? それに目立って欲しくなかったからレベル1なの。でも、ゲームでの体験が活きているでしょ? さすが私の作ったゲームだわ。


――自画自賛してんじゃないよ。


――チャットじゃないんだからさ。短文で送ってこないでよ。手紙のやり取りって面倒なんだから言いたいことは全部書いてきてよ。


――レベル1から始めるの結構厳しかった。この世界だと普通の人でもレベル4くらいあるみたじゃないか。チートスキルもない。クレームだ。クーリングオフ制度はないのか?

――だいたい何で律儀にレベル1から始めなきゃいけなかったんだよ。

――せめて今から何かしらユニークスキルなり貰えないか? 異空間収納の拡張か、鑑定スキルが欲しい。自分のステータスを確認できないのが地味に辛い。

――あと、叔父さんの記憶はちゃんと消えているのか?


――わあ、いっぱい書いてきた。

――クーリングオフ制度はありません。追加のスキル付与もありません。ゲームでの体験が大きなアドバンテージになっているでしょう? それが貴方のチートスキルのようなものです。だいたい貴方、武道の家育ちで放っておいても強いじゃないのよ。

――レベル1からなのは目立たなくさせるためです。レベル1でも貴方十分強いじゃないのよ(大事なことなので二回書きました)

――貴方と一緒に暮らしていた一家については、ちゃんと記憶を消しているわ。少し不自然には感じているようだけど、穏やかに生活しているからそこは安心して。


 と、そこまで文章を交換したところでレンの筆が止まった。

 文句を言いたかったことは全て伝えたが、返答としては()()()()()()だった。だが、そんな気はしていたし、不満をぶつけるだけぶつけたので、これで満足と言えば満足である。

 そして、特にアマテラスのほうからも指示がないということであれば、これ以上書くことを特には思い浮かばない。


――わかった。

――今日は連絡手段が確保できたということで終わりで良いか?

――当面はレベル上げに専念する。


――連絡ありがとね。

――レベルは上げておいて損はないから。死なないように気をつけなさい。あと、貴方がいる地域の魔物の動きが少しおかしいから本当に気をつけなさい。

――それと、数ヶ月に一回くらいは連絡してくれると嬉しいわ。レベル5になったらスキルを貰うのにプラウレティーネに会いに行くでしょ? タイミングが合えば私も行くから。おめかしして行くから期待していてね。


 返ってきたアマテラスからの文章に、レンは静かに驚いた。


「会えるの?」


 レンはアマテラスのことを転生して以後は二度と会えない存在と思っていた。だが、会いに来るという。

 神なので何でもありなのかもしれないが、わからないことが多い。


――こちらから伝えたいことは伝えた。

――他に何もなければ通信終わる。


 最後に異空間収納に送った紙片は、いくらも待たずに帰ってきた。


――こちらも特にないわ。

――お願いしたいこともすぐにはないから、とにかく死なないように気を付けなさい。


 これでアマテラスとの交信は終わった。


 小さな文字で長々とやり取りした紙片は全部で三枚にも及んでいた。

 その紙片をレンは地面に置くと、着火の魔道具で火をつけた。すると、紙片は瞬く間に灰へと還った。

 これでレンがアマテラスと交信した痕跡はこの世界から完全に消滅した。


「さて、これで地上まで戻らないと」


 そして、レンは背嚢を背負い、意識を再びダンジョンへと戻した。

 レンはレベル4である。かなり〈青石のダンジョン〉の適正レベルに近づいてきているが、それでも本来はソロで来て良いレベルではない。

 先ほど死なないように忠告されたばかりである。気を抜いてはいけない。


「お邪魔しました」


 レンはダンジョン・コアを撫でまわすと、部屋を後にした。




――――――――――――――――――――




名前:レン(種族:人間、年齢:16歳)

レベル:4(クラス:剣士)

VIT:3(F+)

ATK:6(E-)

DEF:4(F+)

INT:0(F)

RES:0(F)

AGI:5(F+)

スキル:異空間収納Ⅰ、システムウィンドウ、異世界言語


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