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#3 錬金術師ユリーシア 3

――昨日は随分と珍しい出来事を経験した。


 〈東の木漏れ日亭〉にて朝食を取るユリーシアは、昨日の出来事を思い出していた。

 異世界からやってきた転生勇者が活躍するような話は、この世界で生まれ育った者であれば誰もが幼少期に御伽噺(おとぎばなし)として聞かされる。現在この世界で活躍しているS級冒険者と呼ばれる人たちの半数くらいは、そういった異世界から来た転生者だとも聞く。


――もっとも、あの子はそういった有名冒険者にはならないという話だったけど。


 そんなことを考えながら、ぼんやりと朝食を取った。

 朝食は香ばしいトーストと、カリカリに焼いたベーコンである。〈東の木漏れ日亭〉は料理が美味しいことで有名である。ただし、量が少な目である所為か、宿泊客には比較的にユリーシアのような女性が多い。


「どうしたの、ニコニコして。何か良いことでもあった?」


 と、女将のエリザに話しかけられた。

 自覚は無かったが表情が緩んでいたらしい。異世界からの転生者などという珍しいものを見たのだから、多少表情が緩むくらいは致し方ないだろう。

 だが、冒険者ギルドから口止めされていたので、うっかり話すわけにもいかない。


「言いません」

「あらー、怪しいわね。シアちゃんにも春が来たのかしら?」

「ないですよ。そんなのあったら、もう少し浮かれています」


 多少珍しい出来事に遭遇したが、それで何かユリーシアの生活が変わったわけではない。

 ユリーシアのいつもの日常が始まった。




◇◇◇◇◇




 午前中は日課の薬草作り。そこから露店を回ってポーションを卸し、代金を受け取る。昼近くになって冒険者ギルドに顔を出す。

 この世界では一日二食が普通で、昼食など取れるのはある程度裕福な者だけだ。


――あれ、魔物の発生情報が増えた?


 冒険者ギルドの魔物発生状況の掲示板を確認したユリーシアは、昨日から少し変わった掲示内容に気付いた。

 だが、自分が薬草採取に赴く森周辺は以前と変わりないことを確認し、昨日と同じ森へと向かうことにした。


 ユリーシアが向かう森はストラーラの街から数時間ほど歩く。

 街の周辺には初心者冒険者がたむろしていた。魔物を狩るにしてもスライムのように弱い魔物に彼らは殺到するし、薬草など売れるようなものは根こそぎ採取してしまう。安全である街の周辺から離れられないため、初心者冒険者の活動は必然的にそうなってしまうのだろう。

 それに対し、ユリーシアはこう見えてレベル14もある。レベル的には初心者の域を完全に脱しており、ゴブリンくらいなら遭遇したとしても十分に倒せる実力があった。

 もっとも本分は錬金術師だと思っているので、極力魔物は避けるようにしている。


――ゴブリンくらい倒せるようになるとある程度街から離れられるし、それくらいになると冒険者としても餓えないくらいには稼げるようになるんだけど。


 街の周辺にいる初心者冒険者たちを尻目に、ユリーシアは街から離れていった。

 しばらく歩くとそうした初心者の姿も消え、誰もいない草原となる。

 冒険者もいないが魔物もいない。平和なものであった。


 と、そんな平和な草原に、ぽつんと人影が見えた。


「あれっ?」


 その人影はなんだか最近見た姿であった。


「レン君?」

「あ、どうも。昨日振りです」


 草原にいたのは、昨日遭遇した異世界からやってきた少年であった。

 小柄な少年である。女性としては標準的な体格のユリーシアと比しても同じか、少し小さいくらい。確か16歳だった筈なので、将来的にも余り大きくなることはないだろう。

 そんな頼りなさそうな外見の少年が、このような場所で何をしているのか?


「こんなところで何してるの?」

「レベル上げを少々」

「レベル上げ? こんなところで?」


 少年の返答にユリーシアは少し戸惑った。

 ここはストラーラの街から歩いて1時間以上はあるだろうか。スライムやホーンラビットのような弱い魔物が多いが、ゴブリンのようにやや強い魔物が出ないこともない地域である。凄く危険ではないが、全く危険がないわけでもない。

 実際、街の周辺に群れているような初心者冒険者の姿はここにはない。


「レン君はまだレベル1だったよね?」

「はい、レベル1です」

「ここ、危ないよ?」

「あはは、まあ、大丈夫ですよ。危なくなったら逃げるので」


 レンが曖昧に笑っていた。危機意識があるようには見えない。


――うーん、大丈夫かしら?


 異世界から来たというこの少年はひょっとすると特別な何かを持っているのかもしれない。

 しかし、それにしてもまだレベル1である。危険なことに変わりないだろう。


「この辺はスライムが多いからレベル1でも基本は大丈夫だけど、ホーンラビットだって気を付けないと下手したら命を落とすこともあるよ?」

「そこは、対応できると思います」

「あと、稀にゴブリンも出るから? 危なくなったら逃げるのよ?」

「はい!」


 レンは元気良く返事した。


――本当にわかっているのかしら?

――でも、できる助言はした。


 冒険者というものは基本的に自己責任である。大きくリスクを取るのも、命を落とすのも自己責任。互いに助け合うことはあっても、最終的な決断は自分でするものだ。

 ユリーシアはできることはした。


 それでユリーシアはレンと別れ、いつもの森へと向かった。




◇◇◇◇◇




 薬草採取はいつも通り順調であった。

 ポーションの原料となる赤月草を籠いっぱいに詰め込み、この日のノルマも終わろうとしていた頃である。


 がさり。


 音がした。


――また?


 昨日レン少年と遭遇したことを思い出した。

 その少年は先程草原で会ったので、ここにいることはないだろう。


――さすがに二度も転生者と遭遇ということはないでしょう?


 そのような出来事などそうそう無いだろうと内心で思いつつ、定石どおり身を低くし、息を潜めた。

 すると、しばらくしてガサガサと乱雑に草木をかき分けて、森の中を歩いてくる者の姿が見えた。

 緑色の肌に、人間の子供くらいの体躯の魔物。

 所謂ゴブリンである。


――だよね。ハズレだ。

――それにしてもゴブリンなんて、どれくらいぶりくらいかしら?


 ゴブリンはそれなりに強い魔物である。強さとしてはレベル5の冒険者相当と言われ、初心者冒険者の多くが最初に対処に苦しむ魔物であった。

 だが、ユリーシアはレベル14なので当然倒せる。焦るような相手では全くない。


――師匠から鍛えられたからなあ。

――草莽派の錬金術師たるもの、魔物に後れを取ってはならない、ってね。


 久々に魔物と遭遇したことで昔のことを思い出したユリーシアであったが、必要な行動も思い出していた。

 静かに短剣を鞘から抜き、ゴブリンの様子を伺う。


 ガサガサ。


 大きな音を立てて森を歩くゴブリン。

 ゴブリンはそこまで強い魔物ではない上に、警戒心も余りない。といっても、同じゴブリンという種でも長寿の個体は驚くほど慎重で狡猾だったりするのだが、この個体は若いのだろう。


 不用意に近づいてくるゴブリン。

 息を潜めるユリーシア。

 そして、ゴブリンがユリーシアのすぐ近くまでやってくる。


――今だ!


 ユリーシアは茂みから飛び出し、短剣をゴブリンの腹に突き刺した。


「ギャ!」


 ゴブリンが短く叫んだ。

 そんなゴブリンの様子には構わず、ユリーシアは腹から刺した短剣を心臓に向かって押し込む。そして、すぐにゴブリンから離れた。

 どさっ、とゴブリンは倒れ、もはや動くことはなかった。


――うへえ。


 ゴブリンを倒したユリーシアであったが、嬉しいという感情よりも気持ち悪いという感情のほうが勝ってしまった。

 ストラーラに移住してからというもの、基本的に森では薬草採取のみで、魔物と戦うことなど殆どなかった。あったとしてもスライムとかホーンラビットとか弱い魔物ばかりだったのである。

 修行時代にはゴブリンのような強い魔物とも散々戦わされたので戸惑うことはなかったが、久々に魔物と戦ったのでそれなりに緊張感はあった。


――今日はもう帰ろうか。


 薬草を詰めた籠は既に満杯である。目的は既に済んでいる。


――それにしても、ミルフィアさんの話だと当分この辺で魔物は出ない筈だったけど?


 少し不思議に思いつつも、あまり深く考えることもなくユリーシアは籠を持って歩き出した。

 と、再び音がした。


 ガサガサ。


――え!?


 再び身を潜めると、やがて別のゴブリンが姿を見せた。それも二体も。


――これは変だ。


 一体程度であれば()()()の個体であろうと想像できる。

 遭遇したのは不幸であったが、一匹程度であれば対処は難しくない。実際、ユリーシアは難なく対処できた。

 だが二匹も居たとなると面倒である。対処できなくはないが、更に増える可能性もある。もしこれがゴブリンの群れであったならば大変なことになる。


――これは早く戻って、ギルドに報告だ。


 ユリーシアはゴブリンに見つからないように、身を低くして音を立てないように森の中を移動した。


――ここまで来れば大丈夫でしょう。


 森の端まで来たところでユリーシアは安堵した。

 森の中は自分の身を隠すことができる反面、魔物が身を潜めている可能性もある。それなりに緊張を強いられる。

 草原に出てしまえば魔物は遠くからでも視認できる。居たとしても背の低い草むらに隠れられるスライムとかホーンラビットとかであろう。つまり、ユリーシアにとって安全地帯であった。


――森を抜けた!


 そんな安堵からユリーシアに油断があったのだろう。

 森を抜けた先、草原にそれが身を潜めていることを見落としていた。


 緑色の肌でありながら、ゴブリンなどより遥かに巨大な体躯。

 それが草むらから、むくりと起き上がった。


――ホブ・ゴブリン!


 そのホブ・ゴブリンがユリーシアのほうを見た。

 ユリーシアは失態を悟った。




◇◇◇◇◇




――ヤバい! ヤバい! ヤバい!


 ユリーシアは草原を走っていた。

 少し遅れてホブ・ゴブリンがそれを追う。

 必死で逃げるが、振り切れそうで振り切れない。


 ホブ・ゴブリンはゴブリンの上位種で、冒険者ギルドで単独討伐はレベル15以上が推奨されている。個体によってはもっと強い可能性もある。

 対してユリーシアのレベルは14。つまり、格上の魔物であった。

 さらにユリーシアは生粋の冒険者ではなく錬金術師を生業としている。同レベル帯の冒険者に比べて戦闘には不慣れであった。

 つまり、ユリーシアがホブ・ゴブリンと戦って勝てる見込みは非常に薄い。


 だから全力で逃げている。


――ストラーラまで走ればあと1時間くらい? それくらいなら走り続けられる。

――門の近くまで行けば衛兵に助けてもらえる。そこまで行かなくても近くに誰か冒険者がいれば。


 そう思考を巡らせつつも、全力でユリーシアは駆けた。

 ホブ・ゴブリンは一見鈍足のように見えるが、その巨体による歩幅の長さからか案外足が速い。

 ユリーシアの逃げ足に追いつける程ではないが、しっかりと付いて来ていた。手にしている巨大なこん棒がいかにも恐ろしい。


 と、ユリーシアが走っている先に、それが見えた。

 やたらと簡素な服の華奢な少年。

 それは先日出会ったばかりの異世界からきた少年、レンであった。


「逃げて!!」


 ユリーシアは全力で叫んだ。


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