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#29 対レッドサジタリー戦 1

――すべての準備は整った。


 レンは〈青石のダンジョン〉へとやってきた。

 新しく鉢金(はちがね)と胸甲を装備し、そこに身代わりの石を装着。ポケットにはユリーシアに調合してもらった下級ポーション。食料も十分用意した。

 考えられる限りの準備が整い、レンは最下層のボス、レッドサジタリーに挑もうとしていた。


――ただ、レベル違いなのは確かだからな。


 レッドサジタリー単体の適正レベルは7とされている。

 ボスの割には強さはそれほどでもないが、常に四、五匹のゴブリンを引き連れているため、四人パーティーでも平均レベル7、8は欲しいとされている。

 レンのレベルは4。しかも一人。普通の感覚であれば全くもって無茶な挑戦であった。


――無茶をするつもりはない。じっくり行く。


 だが、レンもそのあたりは十分に承知している。

 攻略には慎重に慎重を重ねるつもりでいた。


 まずは、いつもどおり〈青石のダンジョン〉に入り、地下4層まで下りていく。

 途中何度かゴブリンと遭遇するが、順調に処理していく。

 稀に他の冒険者パーティーと出会うこともあったが、レンがパーティーも組まずに一人なことに驚かれた。確かにレンは装備も整っておらず、全く強そうな外見ではない。

 だが、冒険者同士で過度な詮索はしないのが暗黙のルールである。軽く挨拶を交わす程度ですれ違っていった。


――いよいよ、五層か。


 そして、レッドサジタリーのいるボス階層へとレンは足を踏み入れた。




◇◇◇◇◇




 〈青石のダンジョン〉5層。


 レンはこの5層について、事前にしっかりと調べてきている。

 そこは階層すべてがボスの出没エリアとなっており、これまでの階層と同じくゴブリンの群れが各所に潜んでいる。そして、その群れに稀にボスであるレッドサジタリーが混ざっているという。

 ボスを倒すまではいくら歩き回ってもダンジョンコアを見つけることはできないが、ボスを倒すとダンジョンコアのある最下層6層への階段が出現する。6層といっても本当にダンジョンコアがあるだけの何もない部屋だという。


 そういった事前情報の下、レンは5層の探索を始めた。

 まず遭遇したのはゴブリン5匹の群れであった。

 ダンジョンの階層が変わっても特段ゴブリンの強さが変わることはない。ただし、下の階層に行くほど群れの数が多くなる傾向があり、この5層で現れるゴブリンはほぼ4匹か5匹である。


 すでにレベル4となってるレンにとってゴブリンは敵ではない。

 一匹ずつ丁寧に処理していく。


――5層だからってゴブリンはゴブリン。今までと変わりないか。


 といっても本来は一対一でも安心できないレベル帯なので、気を抜くことはできない。

 そうして、二回ほどゴブリンの群れに対処した。


 そして、三回目のゴブリンの群れを遭遇した時である。

 5匹のゴブリン。その奥に一際目立つ真っ赤なゴブリンがいた。


――いた。

――あれがレッドサジタリーか。


 体格は他のゴブリンとそれほどの違いはない。だが、目立つ色のそのゴブリンは弓を手にしていた。

 そんなレッドサジタリーの姿を観察していると、緑色のゴブリンたちがレンのほうに殺到してきた。


「グギャ! グギャ!」

「ギャ! ボギャ!」


 口うるさく喚くゴブリンたちに対し、レッドサジタリーは一言も発さずレンを見つめていた。だが、弓を引く様子はない。

 しかたなくレンは普通のゴブリンに対処する。

 右に左とゴブリンたちを斬り伏せていくが、視線はレッドサジタリーから離さない。

 と、最後のゴブリンを倒した時である。


 ひゅん!


 わずかに視線を逸らした瞬間、矢が飛んできた。

 それほど早い矢ではない。

 レンは目視してから頭を振ってそれを回避した。

 外れた矢が岩壁にはじかれて地面に落ちる。おそらく威力もそれほど高いものではない。落ちた矢を見れば鏃は石製であった。余程当たりどころが悪くなければ即死はないように思える。


――行ける!


 十分に戦える相手と踏んだレンはレッドサジタリーに挑もうとしたが、その時既にレッドサジタリーの姿はダンジョン奥の通路へと消えるところだった。

 逃げ足が速いという情報は本当であるらしい。


――今から追うのは危険が大きいか。


 通路は広間より暗い。慌てて追えば待ち伏せされる可能性もある。

 いったん、レンは倒したゴブリンから魔石を取る作業に取り掛かった。




◇◇◇◇◇




 その後もレンは5層の探索を続け、何度かレッドサジタリーと遭遇した。だが、いずれも群れのゴブリン四、五匹を倒すと逃げ出してしまった。

 一度良い位置関係で倒せるチャンスと思ったこともあったが、接近しようとしたタイミングで矢を放たれ、その隙に奥の通路へと逃げられてしまった。


――さすがにボスというだけあって簡単ではないか。


 簡単には倒せないようであったが、レンは失望したりはしない。

 確かにレッドサジタリーはボスとしては変則的で、圧倒的な強者感は薄い。だが、5層全体がボス部屋と思えばそれなりの難易度のボスと考えて良いだろう。むしろ倒し甲斐すら感じられる。


――今日はこのくらいにしておこう。


 5層はボス部屋のようなものと言いつつ、閉じ込められるわけではない。いつでも撤退は可能である。

 ゴブリンの群れと遭遇すること十数回。うちレッドサジタリーが含まれていたのは5回あったが、そのいずれも逃げられた。レンの集中力にも限界はあるし、帰路4層から1層まで走破する必要もある。そう考えればいつまでもボス撃破に拘っていはいられず、撤退を決断した。

 もとより事前に「レッドサジタリーは倒すことよりも逃がさないほうが難しい」という情報を得ている。


――ま、明日以降もある。

――食料は五日分持っている。五日で駄目だったとしても、また来れば良い。


 そういった考えのもと、レンはいったんは5層を後にした。


 〈青石のダンジョン〉前のキャンプ場にてテントを張って休憩する。

 最近は一日に二回ダンジョンへの探索を行っていたが、今回のボス攻略は一日一回とする。それだけ集中力が必要と判断した。




◇◇◇◇◇




 翌日、翌々日とレンは〈青石のダンジョン〉5層へと挑んだが、レッドサジタリーを攻略できずにいた。


――もう少しのところでどうしても逃げられる。

――ソロだと相性が悪いな。


 何より困っていたのはレッドサジタリーに簡単に逃げられることだった。

 もともと四人パーティーでも逃げられることが多いという、逃げ足には定評のある魔物である。それを一人で追いかけるとなれば、無理があるのは当然である。

 レッドサジタリーが混じっている群れと遭遇した時、レンは最初にレッドサジタリーを狙えないか突入する位置やタイミングを工夫していたのだが、すぐに他のゴブリンが盾に入ってくる。

 むしろ、レッドサジタリーのほうがゴブリンの攻撃に合わせて弓矢と放ってくるようになり、より厄介になっている始末であった。


――むしろ、学習してきたのか逃げ方が上手くなっているような……。

――あまり時間をかけるのは良くないか。


 この世界の魔物は戦闘経験により学習してくる。

 ダンジョンの魔物はあまり学習しないようだが、それは人間が頻繁に訪れて倒してしまうからで、今回のようにレンとの戦闘を何度も重ねればダンジョンの魔物とて多少の工夫はしてくるだろう。


――多少強引な手を使わないといけないか。


 四日目、レンは一つの決意をもって5層へと向かった。


 数回通常のゴブリンの群れと遭遇する。それについては問題なく処理しつつ、レンは薄暗いダンジョンの探索を続ける。

 そして、再びゴブリンの群れと遭遇した。

 その中に赤い肌のゴブリンがいた。


――行くぞ!


 レンは間髪入れずに駆け出した。


「ギャ! ギャ!」

「ギギッ!」


 ゴブリンたちが驚いているようであったが構わずにレンは突撃する。

 レッドサジタリーが弓を構える間もない。


 バッ!


 一匹のゴブリンがレンの前に立ちはだかる。

 が、レンは一刀の下に斬り捨てる。

 いつもであればそのゴブリンが戦闘不能になったことを確認するが、レンは構わずその横を駆け抜けた。

 続いて二匹目、三匹目のゴブリンも斬り捨てた。


――逃がさない!


 猛然と駆け寄ってくるレンの姿はレッドサジタリーにとっては災厄に見えたであろう。

 どうにか矢を番えると、四匹目、最後の盾となるゴブリンを斬り捨てたレンへと放った。


 ガン!


 レンは矢を避けなかった。

 落ち着いて矢の軌道を見て、正確に額の鉢金(はちがね)へと当てる。

 その衝撃は決して小さくなく、後になってレンは身代わりの石が砕けていることを確認することとなる。

 だが、レンはノーダメージでレッドサジタリーに接近することに成功した。


 走り込んできた勢いそのままにレンは剣を振った。

 が、レッドサジタリーは転がってその必殺の一撃を避ける。

 なおも追うレン。


 レッドサジタリーが地面の石を投げた。

 至近距離から投げられた石は本来それほどの威力ではないが、低レベルのレンにとっては十分に脅威であった。

 投石を受けた腕に鈍い痛みが走る。それを我慢して剣を振る。


 と、レンが踏み込もうとして後ろ足を引かれた。

 振り返れば瀕死のゴブリンがレンの足にしがみついていた。


「邪魔するな!」


 足にしがみついていた緑色のゴブリンの脳天に剣を突き立てる。

 ゴブリンは即死したが、振り返ればレッドサジタリーが通路の奥へと姿を消すところだった。

 レンの強襲は失敗してしまった。




◇◇◇◇◇




 強襲に失敗してしまったレンであったが、そう悲観したものでもない。

 一回でレッドサジタリーを打ち取ることこそ叶わなかったが、手応えは十分にあった。

 これを何度か繰り返せば打ち取れるだろうと期待できる。


――また、見つけることから始めるのは手間だけど。


 そう思いつつ、レンは意気揚々とダンジョンの探索を再開した。

 もちろん、壊れてしまった身代わりの石は交換し、投石を受けて負傷した腕はユリーシア特製のポーションで回復した。


 三回ほどハズレのゴブリンの群れと遭遇したレンであったが、四回目のゴブリンの群れに違和感を感じた。


――レッドサジタリーはいない。

――だけど、なんだ? なんか変だな?


 広間の空間にゴブリンが溜まっていた。それ自体はいつもと変わりない。

 だが、いつもは広間の中でバラバラに散在しているゴブリンが一箇所に集まっていた。

 今まで〈青石のダンジョン〉にて数多のゴブリンを倒してきたが、このようなことは初めてであった。


――なんだ?


 レンはゲームの頃の経験を加味して考えるが、ゲームであれば種族によっては固まっている魔物もいたように思う。

 だが、それにしてはゴブリンがこのような行動をする理由がわからない。


 と、強烈に嫌な予感がして背後を振り返った。


 びゅん!


 と、空気を切り裂く音と共に、弓矢が飛んできた。

 慌てて避けるレン。

 その視線の先には弓を構えた赤いゴブリンの姿が。

 だが、レンが追う間もなく、レッドサジタリーはすぐに通路の奥へと姿を消してしまった。


 残されたレンはレッドサジタリーの行動の意味を考える。

 今までレッドサジタリーがこのような攻撃をしてくることはなかった。冒険者ギルドの資料においてもこのような行動をするという記録はない。

 となれば、考えられる得られる可能性は限られる。


――ひょっとして変な学習をさせちゃったかな。


 先ほどの強襲失敗が、今更ながら悔やまれた。


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