#28 特製ポーション 4
――ユリーシアさんって凄いな。
ストラーラの街中を巡るユリーシアの後ろを付いて歩きながら、レンは目の前の女性のことを考えていた。
この二日ほどレンは荷物持ちとして彼女と同行し、今まで知らなかったこの街の景色に軽い驚きがあった。
レンがこの世界に転生してきてから行動している範囲は限られていた。ストラーラの街で言えば冒険者ギルドと宿、それにその周辺の露店街くらいなものであった。街の外ではストラーラ近郊の草原や森、それに〈青石のダンジョン〉くらいであろうか。本当にそれくらいでしかなかった。
同じようにレンが今まで接してきた人々も限られている。冒険者ギルドのミルフィアやユリーシア、それに同じ宿に泊まる極一部の人たち、あとは既に別れてしまったが貧民街の者たち。それくらいの人たちとしか交流はなかった。
そんなこともあり、レンは未だこの世界をゲームに酷似した世界という印象で過ごしていた。
だが、この日の出来事はそんなレンのこの世界に対する印象を大きく変えた。
――この世界の人たちにも生活があって、普通に生きているんだな。
聞く人によっては何を今更という話であろう。
そして、この世界に対する印象と同じく、レンの印象が大きく変わった人物がいた。
ユリーシアのことである。
――ユリーシアさんは大人だ。
ユリーシア自身には自分について思うところはあるようだったが、レンから見ればユリーシアはこの世界で確固たる自分の地位を築いている立派な女性に見えた。
レン自身には自分の立場を築けていないという忸怩たる思いがある。前世では一介の高校生でしかなかった。しかも、叔父一家の下で扶養されている不安定な立場であった。この世界に転生して以後も転生者支援金を冒険者ギルドから融資してもらっている。とても自立できているとは言い難い。
そんなレンから見れば、ユリーシアは既にこのストラーラの街において自分の居場所を築いている立派な人物に見えた。
そして、レンはそんなユリーシアの好意により格安でポーションを作って貰おうとしていた。
とても有難いことであるのだが、レンはどこかもどかしい気持ちが拭えなかった。
◇◇◇◇◇
ドア鈴が鳴り、ユリーシアとレンは〈東の木漏れ日亭〉へと帰ってきた。
「戻って来たわ。男の子を連れて戻ってきたわ」
「もう、そういうの良いですから!」
亭主夫妻が楽しそうに噂話をするのを尻目に、二人は早々にユリーシアの自室へと向かった。
「では、早速ポーションを作りましょう」
「お願いします」
と言っても、もはやレンが手伝えることなど何もない。
ユリーシアが作業するのを見守るだけであった。
「ま、下級ポーションだからね。大したことはしないんだけど」
ユリーシアは壁にたくさん吊るされている薬草をいくつか取り外す。それらの薬草には完全に乾燥しているものもあるし、まだ生気を保っているものもある。いずれにせよレンにはどれが何の薬草であるか知る由もない。
「保存を考えなくて良いのは楽よね。だから、これで良いかな」
そして、いくつかの薬草を薬研に放り込み丁寧に磨り潰し、透明な液体へと注ぐ。
一方で別の乾燥している薬草は手で崩し、バラバラと同じ液体へと降り注がれた。
大量の薬草片が混ぜられた液体に、これまた大量の石灰を混ぜ、カチャカチャと音を立ててかき混ぜる。
「これは何をしているんですか?」
しばしポーション作成を見学していたレンであったが、あまり長く続く沈黙に耐えかねたように問いかけた。
「あ、ああ。ごめんね、少し集中してた」
問われてユリーシアも黙って作業しているのも悪いと思ったのだろう。
作業の手を止めることなく、いま行っているポーション作成について説明してくれた。
「ポーションって、要するに回復効果のある薬草を磨り潰して、その成分を抽出したものなんだけど。廉価ポーションみたいにただ絞っただけでも薬効はあるのよ」
「そうなんですね」
「薬草ってのは植物が魔物化したという説もあるのだけど、元々魔力を持っているし薬効もある存在なの。だから絞ってそのエキスを抽出しただけでも薬にはなるんだけど、それだと不要な成分も混じっているわけ。それが、回復効果を阻害したり、あの嫌な味の元だったりするのよね。だから、そうした要らない成分を取り除く必要がある。今やっているのは、そういった精製作業の一環になるわね」
そして、ユリーシアは液体を布で越すと、薄い青色がかった透明な液体が抽出された。
レンの目から見て、今まで飲んできた廉価ポーションと比して見るからに美しい液体であった。
「これが下級ポーションですか」
「まだまだ、全然よ」
勢い込むレンにユリーシアが少し笑う。
そんな彼女が続いて取り出したのは、レンから大量に提供されたゴブリンの魔石であった。
「干した薬草は魔力がほとんど抜けちゃうから、魔法薬としての効果がほとんど無くなっているの。その効果を取り戻すために、あとから魔力を供給してあげないといけない」
ゴブリンの魔石も薬研で粉末にしたが、それ布で包んで液体へと浸す。こうしてしばらく漬けておくと魔力が液体へと移っていくという。
「この状態でようやく錬金術の出番になる」
机の上に魔法陣が描かれた敷布を広げ、その上に液体を入れた瓶を置く。
そして、ユリーシアはそれを包み込むように両手を広げ、ごにょごにょと呪文を唱えた。
ふわりと仄かに光ったであろうか。
レンには全くわからないことであったが、これでポーションとしての錬成と魔力保存の魔術がかけられたのだった。
「結構手間がかかっているんですね。錬金魔法でパッと出来るのかと思ってました」
「そうね。下級ポーションだからこれでも楽なほうなんだけど。錬金術師はなんでも錬金魔法で簡単に作っているイメージがあるのは確かね。むしろポーションの品質的にはこういった下準備のほうが大切なんだけど、そういう苦労はなかなか理解されないから」
「あ、すみません」
「ううん、謝る必要はないよ。レン君に限らず世間の錬金術師のイメージってそうからだから。でも、ちゃんと手間をかけていることを知ってくれるのは嬉しいかな」
そして、ユリーシアは完成した下級ポーションを瓶へと注ぎ込んだ。
全部で6本。
廉価ポーションと比べれば本数は少ないが、この1本1本が廉価ポーション数本分の効果を発揮する。
「はい、こっちが細かい傷用でゆっくり効いてくる下級ポーション。そして、こっちが大きな傷用に即効性の強い下級ポーション。どちらも今までの廉価ポーションに比べれば効果は全然高いから。ただ、あまり連続して飲むと魔力欠乏症になるから、レン君くらいのレベルなら一日一本までに留めたほうが良いわ。あとは、ダメージを受けるリスクが高いようなら事前に飲んでおくのも手だよ。こっちのポーションなら1時間くらい持続的に回復するから」
「そんな使い方が」
「専用のリジェネポーションに比べれば効果は薄いけどね」
ユリーシアから下級ポーションを受け取りつつ、レンはゲームの頃にはなかったポーションの使い方に感心していた。
そして、これで〈青石のダンジョン〉に挑む準備がすべて整ったと思った。
「それにしても、良かったんですか?」
「なにが?」
「わざわざ成分を調整してまでポーションを安く売って貰って。あの露天商のオジさんもそうでしたけど、利益を下げるようなことをしてもらって迷惑をかけているように思えて」
「そういうことはあまり気にしなくて良いと思うよ」
どうも居心地悪そうにしているレン少年に、ユリーシアは微笑んでみせた。
少年の様子にユリーシアは少し考えると、優しく告げた。
「感謝してくれるなら、レン君が〈青石のダンジョン〉をクリアしたら、その話を真っ先に聞かせて欲しいかな」
ユリーシアがそう言ったのは別に本気で話を聞きたかったわけではなく、レンがただ施しを受けているだけのような気持ちになって心苦しそうにしていたからである。あまり意味のある発言ではない。
だが、それを聞いたレンは生真面目な表情となり、真剣に答えた。
「はい、一番に報告に来ます! 必ず!」
「うん、期待しているよ」
そんな少年の姿は、ユリーシアにはとても微笑ましく思えた。
◇◇◇◇◇
レンが自室飛び出していったあと、ユリーシアは窓から外の様子を伺っていると、少年が走り去っていく姿が見えた。
――喜んでくれて良かった。
草莽派の錬金術師として活動しているユリーシアが得るものは少ない。大抵は収入の少ない者を相手にするので、多くの対価は期待できない。
今回相手にしたレンという少年も収入の少なさに四苦八苦していた。
だが、この少年は今まで相手にしてきた人たちとは違う、とユリーシアは思っていた。
――レン君は将来S級冒険者になような逸材だと思うんだけどな。
今はまだレベル4の少年冒険者でしかない。
だが、その実力の片鱗は既に見せている。
遠くない将来、彼は立派な冒険者へと駆け上がっていくことだろう。
――レン君はすぐに冒険者ランクを上げていって、そのうち私の手の届かない存在になるだろう。
――だけど、話をすると意外と普通の男の子なのよね。
ユリーシアはレンという少年と出会えたことを少し不思議に思った。
こうして街の片隅で活動しているだけの一介の錬金術師に、彼のような将来有望なS級冒険者になるような転生者と関わる機会を得たことは望外の幸運であっただろう。
実際にそのような人物と出会うことのできたユリーシアは、レンの態度に少し不思議なものを感じていた。彼女のイメージとしてはS級冒険者のような才能の塊の人たちというのは、ユリーシアのように才能のない者たちのことなど歯牙にもかけないような者ばかりと思っていた。
同じような存在であるこの街にいる錬金術師ミセッティなど、ユリーシアのことはその存在すら知らないだろう。
そして、レンもまたいずれ彼女のような存在になるであろうことは疑いない。
にも関わらず、レン少年はユリーシアに元気よく返事をして、破顔してくれる。なんとも嬉しいことであった。
――今まで雲の上の存在と思っていたような人たちも、レン君みたいに話してみたら案外普通の人だったりするのかしら?
ユリーシアはそんなことを思ったりした。




