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#27 特製ポーション 3

「はい、これもお願い」

「はい」


 ユリーシアとレンの姿は森にあった。

 ストラーラから三時間ほども歩いた場所にある森で、普段ユリーシアが薬草採取している場所からはかなり遠い。遠いだけに比較的に人の手が入っておらず、貴重な薬草が採取できる森となっていた。


「やっぱりこの辺りは良い薬草がたくさんあるわね」

「そうなんですか?」

「レン君にはわからないでしょうけど、量も質も段違いなのよ。本当は普段からここまで来れると良いんだけどね」


 樹々が生い茂る森である。しかし単調な森ではなく、小川が流れていたり、小さな池があったり。場所によっては樹々が開けている場所もあり、植生はかなり豊かであった。

 そこに冒険者や魔物を作り出した獣道が続いており、二人はそれをたどって採取に励んでいた。


 レンは大きな籠を背負っており、そこにユリーシアが採取した薬草を放り込んでいく。

 ユリーシアが格安でポーションを作成する約束したのは昨日のことであった。その代価としてレンが支払うのは、薬草採取やその他の仕事のお手伝いである。主に肉体労働と、そしてこの危険な森における護衛役であった。


 この辺りの森はユリーシアにとって垂涎の薬草採取地であったが、ゴブリンなどの魔物が多く、行くには相当な覚悟を必要とする場所であった。本来ユリーシアのレベル的には来れないこともない場所なのだが、戦闘を不得手としている彼女が気軽に来れる場所でもない。

 だが、〈青石のダンジョン〉で活動できるレンを護衛として雇えるならば心強い。


 実際、レンが活躍する場面は何度かあった。


「ユリーシアさん、下がって」

「えっ?」


 薬草に夢中になっていたユリーシアに注意を促したかと思うと、レンが森の中を駆けた。

 そして、戻ってきた時にはゴブリンの魔石を持っていた。


「いました。ゴブリン二匹です」


――倒した後に発見の報告をしてくるのは、どうなのかしら?


 多少疑問に思うこともあったのだが、レンの手際は鮮やかなものであった。

 そして、それは有難いことでもある。

 レンが周囲を警戒どころか討伐まで担ってくれるなら、ユリーシアは薬草採取に専念できる。


「この際だからこの夏に使う分まで、できるだけ採取したいわね」

「いくらでもどうぞ」


 大量の薬草が籠に入れられていたが、帰路それを背負うのはレンである。

 思っていたよりも大量の薬草が摘まれていく様子にレンは若干帰路の苦労を想った。




◇◇◇◇◇




 レンの手伝いは街に戻れば終わりというわけではなかった。

 翌日、レンはストラーラの街中をユリーシアの後を付いて歩くこととなった。


「石灰の袋、5キログラムのを二つお願いします」

「はいよ」

「はい、それじゃレン君、お願いね」


 ユリーシアはストラーラの街で錬金アイテムの材料を調達し、レンはその荷物持ちとなっていた。

 といってもそれほど重い物などないのだが、ポーションを格安で作って貰えるというので、レンとしてはできるだけ役に立ちたい。そんなレンの気持ちを汲み取ってか、ユリーシアは遠慮気味ではあったものの、この機会に比較的に重量のある物を大量購入していた。

 また、ユリーシアが買い物をするのは主に露店街でも奥のほうなので、レンとしては普段行かない場所で少し新鮮な感じがした。


「石灰なんてものも売ってるんですね」

「この辺は錬金術師とか鍛冶師とか、生産職の人たちが主な客層だからね。レン君みたいな冒険者だと馴染みがないでしょう?」


 ユリーシアに言われたとおり、レンには馴染みのない商品ばかりの露店が軒を連ねていた。商品というより原材料とでも言うべき物が多く、かつ魔物由来の素材だったり、魔法の触媒だったりと、転生前の世界では見なかったような物ばかりである。

 また、それらの商品を扱っているのは、ドワーフやノームといった種族が多いのだろうか。独特な風貌の者たちが多かった。


 そんな露店街をレンは購入した材料を両手に抱え、ユリーシアに後ろに付いて歩いた。

 珍しい景色に目移りし、キョロキョロしていたらユリーシアを見失いそうになったりしたが、彼女に笑って手を引かれた。


「あとは、魔石が欲しいんだけど。クズ魔石で良いから。レン君持っているでしょう?」

「ゴブリンの魔石で良いなら」


 レンは〈青石のダンジョン〉で大量のゴブリンを倒しているので、その魔石はたくさん持っていた。計り売りなのである程度量が溜まらないと売れないという事情もある。だが、この際手元に大量に残っていたのは幸いであった。

 それでレン用のポーション作成に必要な材料はほぼ揃ったようで、〈東の木漏れ日亭〉のユリーシアの自室には大量の材料が積み上げられた。


「うーんと、これで材料は揃ったんだけど、私の普段の活動もしないといけないから、どうしようかな? ここで待ってる? それともレン君も一緒に行く?」

「あ、はい。お邪魔でなければ」


 昨日は薬草採取だけで一日使ってしまっていたので、ユリーシアの錬金術師としての活動はお休みしていた。二日連続で休みというわけにはいかないようで、それにレンも付き合うこととなった。

 ということで、ユリーシアが露店の各所を巡るのを、レンは付いて歩いて回った。


「こんにちは、売れてますか?」

「やあ、ユリーシアさん。今日はちょっと売れてないかな」

「そうですか。薬効期限は?」

「えーっと、これとこれが期限切れになったかな」

「交換しますね」


 ユリーシアは露店の各所でそのように廉価ポーションを卸して回っていた。

 そして、印象的だったのは取引をしている露天商たちが皆笑顔だったことであろうか。またユリーシアも彼らと同じく笑顔で交流していた。


 そして、街の表通りを巡り終えると、ユリーシアは裏路地へと向かった。

 ユリーシアが向かったのは表通りから離れた、少し寂れた区画であった。寂れているといっても街の外にある貧困街ほどではない。だが、街の中にしてはやや困窮気味の者たちが集まっているような路地であった。

 当然治安もあまり良くない。


「この辺りはミルフィアさんから近づかないようにって言われていたんですけど」

「普段は近づかないほうが良いよ。慣れないと危ない場所とそうでない場所の見分けが付かないだろうから」

「そうですよね」


 この世界に転生して半年ほど。レンはこの世界の街をまだストラーラしか知らない。

 未開拓領域と接しているこのストラーラという冒険者都市は、周囲を高い外壁に囲まれており、全部合わせても1キロ四方程度しかない。それほど大きな街とは思わないが、それでもこの街を殆どをレンは歩いたことがない。

 レンが知っているのは冒険者ギルド周辺くらいなものであった。


――こんな場所があるんだな。


 街は外壁に囲まれ安全が確保されているが、当然土地は狭くなってしまう。そのため、ストラーラの街は縦に伸びる傾向があった。このように裏路地であっても、四、五階建ての建物がひしめき合っている。

 だが、表通りのそれとは違い、石造りではなく木造のいびつな建物が多かった。そこに住む人々の表情もどこか暗い。


 そのような裏路地であっても露店を開いている者はいる。ただし、売っている物は表通りのそれに比べれば格段に品質が悪い。

 知識がある者であればこのような場所で掘り出し物を見つけることもあるのだろうが、知識のないレンには縁のない場所であった。


「あ、ユリーシアさんか。来てくれたんだ?」

「どう? 必要な物とかある?」


 そんな裏路地にあるいくつかの露店のうちの一つにユリーシアが声をかける。露店の主はやや生意気そうな少年であった。

 露店というには広げている商品が少ない。だが、その少年は堂々と露店の店主として振る舞っていた。

 胡散臭そうにユリーシアについてきたレンを見る。


「そいつは?」

「私のお客さん。あとでポーションを作ってあげる予定だから、少し付き合ってもらっているの」

「ふーん」


 少年はレンの装備を上から下まで眺めたが、それで興味を失ったらしい。あとはレンは居ない者として扱われた。


「防具修理のベッグが最近具合悪いみたいなんだ。いくつか薬草を与えたんだけど良くならなくって。ユリーシアさんに見てもらいたいんだけど」

「良いわ。行きましょう。レン君も良いかな?」

「はい、全然」


 少年に連れられ裏路地からさらに細い道へと入っていく。もはやレンはここがどこかもわからないような路地であった。

 そこでとある扉の前で立ち止まると、少年が扉をノックした。

 弱々しい返事を聞くと、少年は躊躇なく扉を開いた。

 中の狭い部屋には寝台が一つ。いかにも具合の悪そうな男が一人寝ていた。


「ああ、これは薬草じゃ良くならないわ」


 と、ユリーシアは寝台に横たわるその男を一目見て、そう言い放った。


「これは身体の具合が悪いのではないわ。悪い魔力が滞留している。ベッグさん、最近何か魔法薬をたくさん服用しませんでした?」

「魔法薬なんて、そんな高価なものそうそう飲めるわけないですよ」

「彼に薬草とか廉価ポーションを与えたりは?」

「具合が悪そうだったから紫水葉を磨り潰したものを飲ませたりしたけど。二回くらいかな」

「それだけでこうなるとは思えないけど……。他に何か魔力に関わるようなこと、していませんか?」


 寝台に横たわる男は問われて黙っていたが、しばらくして思い当たったらしい。


「半年くらい前に付与魔法の付いた籠手の修理依頼を受けたことがあった。滅多に触れないような物だったから抱いて寝てたりしたんだが。言われてみれば、具合が悪くなってきたのもそのくらいの時期からだったような……」

「それかもしれませんね。その付与魔法に当てられたのかも」


 珍しいからといって防具を抱いて寝るという奇行の是非はともあれ、どうやら原因はそれであるらしい。

 ユリーシアは荷物からいくつかの粉末を包んだ紙包を取り出した。


「これをしばらく朝晩の食事後に少しずつ水に溶かして飲んでみてください。むしろ、魔力を含んだ薬の類は摂取しないように気を付けて」

「それで治るんですか?」

「すぐには治らないわ。時間がかかるから、たぶん一、二週間くらいはかかると思う」

「それで治るなら早いほうでさあ」


 男は少し安心したのか、具合悪いなりに笑顔を見せた。

 その後、ユリーシアは薬を男に飲ませると、いくつかの注意事項をしっかりと言い聞かせた。

 それで安心したのか眠ってしまった男を残し、ユリーシアとレン、それに露店の少年は部屋を出た。


 部屋を出たところで、それまで黙っていた少年がユリーシアに深々と頭を下げた。


「ユリーシアさん、ありがとうございました」

「いえいえ。すぐにわかる症状で良かったわ」

「それで、お代なんですが。いま、これしかなくって」


 と、少年が広げた手の上には、大小いくつかの銅貨が乗っているだけだった。


「良いよ。あとでまとまったお金が用意できたらで良いから」

「本当に、いつもすんません!」


 生意気そうな少年が再び深々と頭を下げていたのが、レンにはとても印象的だった。


 それで、ユリーシアの裏路地での用は終わった。


「ごめんね。長々と付き合わせちゃって」

「いえ」


 裏路地を出て、陽の当たる明るい表通り(メインストリート)に戻ってから、そのように謝ってきたユリーシアに、とんでもないとレンは慌てて頭を振った。




◇◇◇◇◇




 表通りは賑やかである。往来を行く人たちの表情もどこか明るい。

 そんな道すがら、レンは裏路地での出来事についてユリーシアに尋ねた。


「あんな医者みたいな活動をしているんですね」

「イシャ?」

「あ、僕のいた世界で病気を治したりする職業の人のことをそう呼んでいたんですが」

「そうね。仕事ってほどのことでもないんだけれど。草莽(そうもう)派の錬金術師の活動の一つだと思っているから。そうか、レン君は草莽(そうもう)派って言ってもわからないよね」


 そして、レンはユリーシアから草莽(そうもう)派錬金術師というものについて聞かせてもらった。


草莽(そうもう)派って、要するに市井に昔からいるような古い錬金術師の総称なの。だから、派閥というほどではないんだけれども。昔から街に一人や二人、錬金術師がいたりしたでしょう? そういう人が今でもこうやって街の人を診て回ったりしているの」

「大変じゃないですか?」

「大変は大変かな。さっき見たとおり、あまりお金にもならないしね」

「ほとんど無償でやっているんですか? 割に合わなくないですか?」

「でも、誰かが診てあげないと困る人がいるでしょう? 草莽(そうもう)派の錬金術師の存在意義ってそういうところにあると思っているから」


 実際のところ、そのような活動がユリーシアの収入に寄与することは殆どない。

 だが、街で必要とされる存在であることも確かであった。

 冒険者ギルドはユリーシアの拙い下級ポーションを毎日三本だけ買い上げてくれている。それはそのような活動に対する対価という側面がある。ギルドとしても市井の人々に回復薬を配って回るユリーシアのような存在は有意義なものと認識しているのである。

 だが、そのような活動をしている当人には思うところもあるらしい。


草莽(そうもう)派の活動は時代遅れ、っていう人もいるけどね」

「え、そうなんですか?」

「いまの時代は、才能のある人は王都にある魔術学校に通ってしっかりと錬金術を体系的に学んで、それで錬金術師と名乗っているから」


 と、二人は裏路地を抜けて表通りへと出た。

 そして、ユリーシアは立ち止まった。

 表通りに出たところにあったのは、綺麗なガラスのショーケースにいくつものカラフルな薬瓶を飾っている店舗であった。


「このお店、素敵なのよね」


 ユリーシアが溜息のようなものを吐きながら、それでいて憧れの眼差しでショーケースの中をのぞき込む。

 レンがその店の入口のほうを見ると「錬金術師ミセッティの薬屋」と書かれていた。

 そんな錬金術師の店を見ると、そこに飾られているアイテムは中級ポーションや上級ポーション、それに解毒剤や果ては万能薬といった様々なアイテムであった。いずれも今のレンにはとても手の届かない高価なアイテムであった。

 奥には整った容姿の店員が数人、何やら客と会話したり、商品を出し入れしたりしていた。


「このお店の錬金術師のミセッティさんって、王都の魔術学校で優秀だった人らしくて、卒業してすぐにストラーラに来て自分の店を開いたんですって。優秀だと出資してくれる人も困らないらしくて。凄いよね」


 同じ錬金術師として憧れがあるのだろう。

 少し興奮したようなユリーシアの話振りであった。


「ユリーシアさんもいずれはこういう店を?」

「ううん、私にはとてもとても」


 レンの質問にユリーシアは慌てて頭を振った。


「実は、私も王都の魔術学校を受けたことがあるの。でも、落ちちゃった。才能がなかったんだよね」


 そう呟いたユリーシアは一瞬だけ悲しそうな表情を見せたが、すぐに元気な笑顔に戻した。


「ごめん、ごめん、もう行きましょう。こんなところで立ち止まっていても仕様がないものね。早く戻ってレン君のポーションを作らないと」


 ユリーシアは何事もなかったかのように軽快な足取りで歩き始めた。

 それに、レンも慌てて付いて行った。


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