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#25 特製ポーション 1

 〈青石のダンジョン〉を探索すること早二ヶ月。

 レンはレベル4となっていた。


「レベルアップには5と10の壁があるから。さすがのレン君もここでの滞留は覚悟したほうが良いわね」


 受付嬢ミルフィアからそう忠告されたとおり、レンのレベルアップは停滞していた。

 この世界ではレベル5、10、15と5刻みで明確にレベルアップが難しくなるタイミングが存在している。


 レベルアップに必要な経験値はどのレベルであっても1000ポイント。だが、魔物とのレベル差に応じて得られる経験値は大きく変動する。

 そして、5と10のタイミングで魔物討伐時に得られる経験値が極端に少なくなってしまう。しかも、ある程度以上レベル差のある魔物からは得られるポイントが完全に0となる。

 このタイミングから一定以上強い魔物との戦闘が強いられるわけで、この5と10の壁でレベルアップを諦める冒険者は少なくない。


――でも、まだゴブリンから経験値ポイントは得られるみたいだし、多少時間がかかっても問題ないだろう。


 しかし、レンはそのような壁の存在など気にすることもなく、ひたすらに〈青石のダンジョン〉の攻略に勤しんでいた。

 というより、未だレンはこのダンジョンの推奨レベルにすら到達しておらず、ようやくレベルアップの速度が普通の冒険者に近くなっただけのことであった。


 そして、目下レンが目標としていたのは〈青石のダンジョン〉の最下層、5層目にいるダンジョンボスであるレッドサジタリーの攻略であった。




◇◇◇◇◇




 赤い弓兵(レッドサジタリー)は〈青石のダンジョン〉のボスである。


 各地にあるダンジョンには必ずボスと呼ばれる存在がいる。これを倒すとダンジョン・コアと呼ばれるものが姿を現し、それを破壊するとダンジョンそのものが崩壊する。なので、ボスはダンジョンにとって最後の砦のような存在である。


 因みに、仮にボスを倒せたとしてもダンジョン・コアは無暗に破壊して良いものではない。

 〈青石のダンジョン〉のような冒険者ギルドが管理しているダンジョンの場合、低レベルの冒険者に経験を積ませるのに都合が良いとの理由で生かされている。他にも有用な魔物素材を輩出するダンジョンなどは破壊されず、このように人間と共生関係にあるダンジョンは少なくない。


 そして、この〈青石のダンジョン〉のボスであるレッドサジタリーは、これを倒せば初心者卒業という、いわば初心者冒険者にとって登竜門的な存在となっていた。

 レッドサジタリーという名は通称であり、正確にはゴブリン弓兵(アーチャー)である。その名のとおり真っ赤な肌をしたゴブリンである。これが普通の緑色のゴブリンの群れに混じって現れるので、と大変に目立つ。

 だが、ボスだけに強さはそれなりにある。必ず普通のゴブリン数匹を引き連れて出現し、そのゴブリンたちを盾として遠距離から弓による狙撃を繰り返す。不利と見ればすぐに逃走を図る習性があり、盾となるゴブリンに手間取っていると簡単に逃げられてしまう。

 初心者にとってはかなり厄介な魔物となっていた。


――レベル4になって防御力もそれなりに上がった。

――そろそろレッドサジタリーに挑んでみようか。


 本来レッドサジタリーの推奨レベルは8前後なのだが、レンは臆せず挑もうと考えていた。

 しかし以前の反省の下、勝手に5層に突撃することはしない。事前に受付嬢ミルフィアに相談することは忘れなかった。


「レン君ならそろそろ言い出すとは思っていたけど……」


 案の定ミルフィアは良い顔をしなかったが否定することもなかった。

 レベル4となったレンは、ゴブリンの投石程度ならそこまでダメージを負わなくなっている。また、近接戦においてレンは無類の強さを誇っているので、〈青石のダンジョン〉4層までは問題なく攻略していた。

 となれば、ボスのいる5層に挑むのは時間の問題と思われていたのだろう。


「でも、パーティーメンバーが見つかるまでは待って欲しかったわ」

「でも、見つからないんですよね?」

「うーん、条件がね」


 実はレンの実力が高いことが発覚してからミルフィアは、レンとパーティーを組んでもらえそうな冒険者を探していた。だが、その状況は芳しくない。レンが希望する〈青石のダンジョン〉での活動と、彼のレベル4というチグハグさから、条件に合うい冒険者が見つからないというのが実情であった。

 転生者という事情を明かせば話が変わるのだろうが、その場合逆に有象無象が寄って(たか)ってくる怖れもある。


「そもそもレッドサジタリーは遠距離攻撃をしてくるわ。レン君は近接戦専門だから相性は悪い。どうするつもりなの?」

「そこは、対策をするので」

「対策ってどんな?」

「基本的には避けます」


 レンの発言にミルフィアが難しい表情となったので、さすがにレンとしてももう少し説明の必要を感じ、詳しくその対策について述べた。


 レンはゲーム〈エレメンタムアビサス〉において、レッドサジタリーのような弓攻撃を放ってくる魔物との対戦経験は当然のことながら豊富にある。

 一口に弓と言っても、レッドサジタリー程度の魔物が持っている弓はリカーブ・ボウやコンパウンド・ボウのような現代的な弓とは違う。ゴブリンが手作りしたような原始的な弓――実際は弓ごとダンジョンからポップしていると思われるが――なので、そこまで威力もスピードもない。

 なので、矢を放つ瞬間さえ見逃さなければ十分に避けられるだろう、とレンは考えていた。


 一方で、その矢が放たれる瞬間を見逃したならば、さすがに避けるのは難しいだろう、とも思っていた。レンとしては見逃すつもりは全くないのだが、他のゴブリンが構わずに襲ってくるのだから意識が外れる可能性がゼロとは言い難い。

 理由の如何に関わらず矢を避けられなかった場合、彼我のレベル差から大ダメージを負うことは必至で、最悪頭部に直撃したならば死の可能性すらある。失敗した時のリスクが余りにも高い。

 そのため万が一、矢が当たっても大丈夫なように防具の購入を検討していた。


鉢金(はちがね)と身代わりの石の組み合わせで行こうかと思います。身代わりの石は小粒で構いませんので」

「随分と乱暴な対策ね」


 レンの説明にミルフィアはやや呆れ気味であったが、一方で理に適っているとも思った。


 鉢金(はちがね)とは金属の板を張り付けたハチマキのようなもので、額部分のみを強固に防御する防具である。

 また、身代わりの石は攻撃を受けた際にダメージを肩代わりして砕け散る性質のある石で、大きさによってはそれなりに安価である。小粒のものではそれほど大きなダメージを肩代わりできないし、守ってくれる範囲も小さい。

 それでも、これを鉢金(はちがね)に装着したならば、首から上くらいは防御してくれるはずであった。


 レッドサジタリーの弓攻撃はそれほど強いものではない。ヘッドショットさえ回避できるならば、いきなり即死というような事態は考え難い。即死さえしなければ、それ以外の場所に矢が刺さったとしてもポーションによる回復で間に合うだろう。

 そのような考えをレンは述べたのだが、やはりというべきかミルフィアは良い顔をしなかった。


「ちょっとその案は乱暴過ぎるかな。もう少し安全な対策をしたほうが良いわ」

「何か他に良い方法がありますか?」

「頭部は魔法のかかった防具の方が良い。身体のほうもローブとかで全身を覆いましょう。それが弓対策の定番だからね」

「いやいや、そんなの高価な防具、とても手が出ないですよ。僕もそれは調べましたけど金貨1枚でも足りないくらい必要じゃないですか?」

「そこは冒険者ギルドのほうで融資するから。少し時間はかかるけど私からギルドマスターに話を通せば、レン君なら特別に許可は下りるはずよ」


 ミルフィアのほうからそのような提案をされると、レンはそんなことを考えたこともなかったようで、目を瞬かせていた。

 だが、その後見せた反応は前向きなものではなかった。


「借金ですか?」

「そうとも言います。ですが、ギルドとしても有望な冒険者への融資は積極的に行っています。ギルドにとってもレン君にとっても、どちらにとっても良いことのはずよ」


 そう言ってミルフィアは苦笑いした。レンのように借金を嫌がる人はちゃんと返済をしてくれる人である。

 冒険者など宵越しの金など持たないような者は少なくなく、金を借りれるならいくらでも、というタイプは少なくない。冒険者ギルドとしては返済してくれそうな人ほど金を借りたがらないのが困ったものなのだが、それは冒険者ギルドに限らず人の世の常であろう。


 ともあれ、今回の場合で言えば、レン少年は非常に頑な性格であった。


「ですけど、借金はちょっと」

「確かに融資を受けるのは負担かもしれないけど、利率はそれほど高くないから! 利息の上限もあるのよ! レン君なら先に装備を固めてから稼ぐほうが絶対に効率良いから!」

「でも、そこまでやって頂くのも心苦しいですし……」


 ミルフィアが慌てて説得するも、レンの意思は変わらないようであった。

 そんなレンの様子にミルフィアは表情にこそ出さなかったが、とても寂しい気持ちにさせられてしまった。


――やっぱり、まだレン君には心の壁がある。


 受付嬢としてはとても悲しいことであった。

 だが、受付嬢ができることには限界がある。冒険者にアドバイスはできるが、行動を指示できる立場にはない。


――それでも、できることをやってあげないと。


 致し方なく、ミルフィアはレッドサジタリーの攻略情報をレンに事細かに伝えることにした。

 それくらいしか彼女にできることはなかった。


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