#23 閃光のミルフィア 3
ストラーラ冒険者ギルドの訓練場にて、受付嬢のミルフィアと駆け出しの冒険者レンが打ち合っている。
展開としては既に一方的なものとなっていた。ミルフィアが追い回し、レンがそれをなんとか凌いでいる。二人のレベル差を考えれば当然であろう。
ところが、ミルフィアの激しい攻撃がレン少年に決まりそうで決まらない。レンは巧みに攻撃を避け、それどころかところどころで逆撃すら決めてしまう有様であった。
二人にはレベル差があるため、レンが攻撃を決めたところでミルフィアにダメージはないのだが、その様は周囲で観戦している者たちを感心させた。
「あの少年、明らかにステータスは低いよな。レベル2ってのは本当っぽいが」
「だけど、どうしてミルフィアさんの攻撃を避けられるんだ? もちろん多少は手加減をしてるだろうけど」
「それどころか男の子のほうがいくらか良い攻撃を当ててるものね」
また、二人の戦いを最初から見ていた錬金術師のユリーシアは感動の面持ちであった。
彼女は戦闘職ではないので、二人の戦いの細かなことはわからない。だが、レベル20以上もあるミルフィアに対し、レベル2しかないレンが互角に立ち回れていることは明白であった。
――やっぱりレン君は凄い。
かつて、目の前でホブ・ゴブリンを圧倒したレン少年である。それと同じようなことが目の前で起こっていた。
また、訓練場の端のほうにはギルドマスターであるアネマリエの姿もあった。
彼女のほうは元A級冒険者であったこともあり、二人の戦いっぷりを正確に分析していた。
――確かに転生者の少年のステータスはレベル2相当なのでしょうけど、これは明らかに訓練された戦士の動きね。
――これは彼の扱いを考え直したほうが良いかしら?
――それにしてもミルフィアのだらしないこと。少し弛んでるのかしら。今度少し稽古でも付けてやらないといけないわね。そのほうが彼女も喜ぶでしょう。
後日ミルフィアはこの訓練場でボコボコにされてしまうわけだが、ともあれ現在のミルフィアはレンに激しく迫っていた。
◇◇◇◇◇
「ふう!」
ミルフィアの強襲を凌いだレンは一息入れた。
レベル20以上あるというミルフィアの攻撃は激しさを増し、もはや躱すだけで精一杯となっていた。
「ミルフィアさん、もうそろそろ良くないですか?」
「まだまだ、もう少しレン君の実力を見たいかな」
もともと今回のミルフィアとの対戦はレンの実力を見るという話であった。だから、レンとしてはもう良いだろうと思うのだが、ミルフィアのほうが収まらない。一本くらい綺麗に決めたいとでも思っているのだろう。
――困ったな。
ミルフィアはある程度手加減してくれているようだが、基本的に荒々しい攻撃をしてくるタイプであった。その攻撃を綺麗に受けるには躊躇があった。ステータス差があるので、場合によっては怪我で済まない可能性がある。
時折ミルフィアが強引に肉薄してくるが、いざピンチとなるとつい古流武術の技を繰り出してしまう。レンとしても攻撃を受けるのは怖いのである。その返し技を初見で見切ってくるミルフィアの勘の鋭さも大したものだが、だがそれではいつまでも決着が付かない。
――だけど、ミルフィアさんの適応力が高い。
――そこは人間だもの。ホブ・ゴブリンなんかより学習スピードが段違いだ。
だが、現在は上手く躱してるレンであったが、ミルフィアは着実にレンの動きに対応してきている。なので、捕まるのは時間の問題となっていた。
しかし、痛い思いはしたくないレン。
ミルフィアが再び接近してくる。
レンは受けると見せかけて横っ飛び。
だが、それにミルフィアは付いてきた。
「その動きは見た」
レンとしてもそれほど動きにバリエーションがあるわけではない。バリエーションがなくとも、その動きのどれかで安定して捌けるなら良いが、何度か動きを見せただけでその悉くがミルフィアに見切られていく。
そうしてレンはどんどんと窮地へと追い込まれていた。
――仕様がない。どうせやられるにしても、せめて一発大きなのを狙ってみるか。
飛び込んでくるミルフィアの攻撃を避けきれなかったようなフリをして、レンは木剣で攻撃を受け止めた。受け止めただけで身体全体が吹き飛ばされそうなほどの衝撃を受ける。やはりまともに受けるのは分が悪過ぎる。
が、レンはそこでふっと上半身の力を抜いた。
上体を泳がせるミルフィア。
と、突然レンの上体がぐるりと回転した。
――要流、打柔術、首刈り!
ゲーム時代にレンが対人戦で多用していた技である。
やっていることは要するに至近距離での後ろ回し蹴りなのだが、やや浴びせ蹴り気味に繰り出すこの技が、ゲーム時代の対人戦においては面白いように決まった。股関節の柔らかいレンが得意とする奇襲戦法である。
ちなみにこれは要流の技ではあるが、古くから受け継がれてきた伝統の技ではなく、レンの祖父の代に現代格闘技から取り入れた新しい技であった。名称も祖父が付けたものである。
一方でミルフィアにとっては突然の出来事であった。木剣を合わせていた筈のレンの上半身が突然消えると、後頭部に目がけてレンの踵が降ってきた。
ごっ!
なまじ反射神経の良いミルフィアが少し避けたことにより、レンの踵はミルフィアの後頭部ではなく頬に当たった。
――あ、ヤバっ!
レンが一瞬そう思ったのはあまりにも綺麗にミルフィアの顔面に踵が入ってしまったからである。ブーツの厚い靴底がミルフィアの顔面にめり込む。前世であれば間違いなく大怪我であった。
だが、この世界の物理法則は前世とは違う。ミルフィアの高いDEF値は、レンの全体重が乗った踵を物ともせず、耐えきってしまった。
それどころか、その足をミルフィアが掴む。
「やっと捕まえたわ!」
そして片足を掴まれたレンはミルフィアに片腕で吊り下げられてしまった。
こうなってしまうとレンとしてもどうしようもない。
「だいぶちょこまかと避けられたけど、捕まえてしまえばどうとでもできそうね」
ミルフィアの表情が妖しく光る。
なまじレンから良いのを一発入れられてしまっただけに、やや怒りも交じっていたに違いない。
片足を捕まれ逆さまになったレンが冷や汗を浮かべた。
「あはは、お手柔らかに」
「レベル24の実力を思い知りなさい!」
と、ミルフィアはレンの片足を掴んだまま、その腕をぐるぐると回し始めた。当然レンの身体は大きく振り回される。
長身とは言え細身のミルフィアが片腕でジャイアントスイングをしているようなものである。見た目のバランスが凄く変なのだが、この世界ではステータスによって筋力が強化されるため、このような芸当ができてしまう。
「あ、ヤバいって……、あっ……」
振り回されているレンは堪らない。遠心力が身体全体にかかり大変な負担がレンを襲った。
「あはははは! ギルド職員の力を思い知っ……、あれ!?」
と、ミルフィアがぐるぐる回していた腕を見ると、そこにはレンのブーツのみが残っていた。
振り回し過ぎてレンの本体がすっぽ抜けてしまったらしい。
見れば本体は訓練場の壁面に突き刺さっていた。
「ああっ!! 大丈夫!?」
レベル24の中級冒険者に思いっきり壁に投げつけられたようなものである。ようなものである、というより完全に思いっきり壁に投げつけられたのである。
大丈夫なわけがない。
「レン君!!」
「おいおい、あれは駄目だろう!」
傍で見ていたユリーシアや他の冒険者たちが慌ててレンのもとへと駆け寄った。
案の定無事ではなくて、脳震盪やら出血やらで結構な状態となっていた。
「回復魔法使える人いる!?」
「誰か、受付からポーション貰ってきて!」
周囲が騒然とする中、ミルフィアは一緒になってあわあわしていた。
――反省文の提出も追加しましょう。
それを少し離れたところから見ていたギルドマスターのアネマリエが心の中でそのように決定していた。
ともあれ、ポーションにより大事に至ることはなく、レンはその場ですぐに回復することができた。後遺症なども全くなかったので、よほど高級なポーションが使われたらしい。
◇◇◇◇◇
「もう、レン君の実力は証明されたものと思いますけど?」
レンが回復したところで、ユリーシアがそうミルフィアに尋ねた。
最終的にはミルフィアの圧勝だったわけだが、それはレベル差があってのこと。当然である。
その圧勝をするまでに10分以上もの時間がかかったことは、十分に称賛に値する出来事であった。
「ま、そ、そうね。レン君が只者ではないことは理解しました」
そう言ったミルフィアは少し考えた。
レンが低レベルにも関わらず高い戦闘能力を持っていることは理解した。だが、低レベルであることに違いはなく、魔物から強い攻撃を一、二発でも食らえば惨事となるであろう。
立ち周りが非常に巧みであるが、その立ち周りが通用しない相手が現れた時に大変なことになるかもしれない。冒険者は常に最悪の事態を想定して行動するべきである。
そう考えるとレンの存在は難しい。というより、受付嬢として多くの冒険者を見てきたミルフィアから見ても特殊な存在過ぎて、どうのように取り扱って良いか判断しかねた。
「〈青石のダンジョン〉には引き続き潜って良いですよね?」
レンが畳みかけるように言ってきたが、ミルフィアは難しい表情のままであった。
実際に立ち会ってみた感覚として、あれほど動けるのであれば〈青石のダンジョン〉のゴブリンを相手にそう大事に至るとは思えない。
むしろ人型の魔物であるゴブリンは対人戦の訓練を積んでいるレンと相性が良いわけで、一方的に蹂躙する姿すら想像できた。また実際にそうしているであろうことは買取カウンターの買取履歴からも確認できている。
だが、懸念が全くないわけではない。
「〈青石のダンジョン〉の5層、ボスにゴブリンアーチャーがいることは知っている?」
「あ、はい、資料で見ました」
「レン君の立ち周りは大したものだけど、飛び道具には対応できる?」
その問いは的確にレンの弱点を突いたものだった。
ダンジョンにおける近接戦闘においてレンの武術は無類の強さを誇っていたが、一方で遠距離戦については苦手としていた。思えば〈青石のダンジョン〉でピンチに陥った時も切っ掛けはゴブリンによる投石であった。
遠距離から意識外の攻撃を受けること。それが紙装甲であるレンが最も恐れていることであった。
「5層にはまだ向かいません。飛び道具に対処するにはせめてレベルか防具か、一定の防御力を確保してからでないといけないので」
「そこがわかっているなら良いかしらね」
ミルフィアとしても納得できる回答であった。
やはりミルフィア相手にこれほどの立ち周りを演じられたのだから、他の事態に対しても対処法を持っているのであろう。
転生前の世界で訓練を積んできたと言っていたが、その訓練とは相当なものであったに違いない、とミルフィアは得心した。
「では、〈青石のダンジョン〉に潜っても?」
「ま、良いでしょう」
ミルフィアの回答にレンは満面の笑みを浮かべた。まるで子供のような笑みであった。
取り上げられたゲームを返してもらったかのようなレンの笑顔に、ミルフィアもユリーシアもこの少年の本質を垣間見たような気がした。
「それにしてもレン君の実力がそうならそうと早く言ってくれれば良かったのに」
「すみませんでした!」
「それだったらパーティーを組んでくれる冒険者だって居たかもしれないし、お勧めの講習とか、色んなことができたのよ」
ミルフィアとしては不満の一つも言いたくなろうもの。
受付嬢は冒険者に的確にアドバイスをするのが仕事である。数多の冒険者と接する機会のある受付嬢たちは、少なくない数の冒険者が悲惨な末路を迎えてきたことを知っている。そうした事態にならないように上手く誘導するのが彼女たちの仕事であった。
だが、冒険者のほうから正直に相談に来てくれないと彼女たちの仕事はお手上げとなってしまう。
「〈青石のダンジョン〉に潜るなら潜るで伝えたいことは沢山あります。あとでレン君の現状と、今後の対策についてしっかりと話し合いましょう」
特にレンは極端に低レベルを訓練された立ち周りで補うという変則的な冒険者であった。
ミルフィアが助言できる余地は沢山あるだろうと思われた。




