#20 青石のダンジョン 4
レンは四度目の〈青石のダンジョン〉に挑もうとしていた。
今回は三日間連続でダンジョンに潜る予定である。一日に五時間ほどのダンジョン探索を行い、あとは入口前にあるキャンプ地で休息する。それを三日間繰り返す。
ちなみに五時間というのはざっくりとしたレンの体感で、正確に測った時間ではない。朝日が昇った頃にダンジョンに入り、出て来た頃にまだ日が完全に昇り切っていなかったのでそのくらいと考えていた。
この世界においても懐中時計という魔道具が存在するのだが、非常に高価なもので現在のレンではとても手が出ない。
〈青石のダンジョン〉に入っていく他の冒険者を見ると、午前中いっぱい潜っているのが一般的なようで、およそ七時間から八時間ほど探索していように見受けられる。
対して、レンは自分の体力と集中力の限界をおよそ五時間程度と感じていた。残りの休息の時間がなんとも勿体ないが、キャンプ地とはいえ魔物から襲われる可能性もある。体力の限界まで探索するわけにはいかなかった。
キャンプ地では近くに流れる小川から水を汲んできて、湯を沸かし、街で買った携行食を食べたりして過ごした。携行食は麦を固めて乾燥させたもので、湯で戻して食す。
理想を言えば、街からの道中で狩ったホーンラビットの肉などを焼いて食べられるなら食費を浮かせられるのだが、未だにレンは魔物の解体方法が良くわかっていない。適当に切り取った肉を焼いただけで食べられるのか自信がなく、というより一回実際に焼いて食べてみようとしたのだが、食中毒の危険性も考えると結局食べることはできなかった。
そういった諸々も早く学ばねばならないとは思っていたが、それよりもレンはレベルアップを最優先としていた。こと戦闘に関しては妥協していないつもりである。
――よし、行くか。
翌朝、現状で考えられる万全の準備の上で、レンはダンジョンへと挑んだ。
◇◇◇◇◇
これで四度目となる〈青石のダンジョン〉でのゴブリン狩りは順調であった。
ダンジョン名の由来となっている青味を帯びた岩が作り出す洞窟の光景にも慣れてきた。壁面全体が仄かに光を放ち、やや薄暗い空間を慎重に警戒しながら進んでいく。
この〈青石のダンジョン〉においてレンは初回に随分と痛い目を見てしまったが、以降は大きなダメージを負っていない。だが、魔物とのレベル差は確実にあって、小さな傷や打撲のようなものは絶えなかった。
そういったダメージを負う度にレンは廉価ポーションを傷口に振りかけて直した。
〈青石のダンジョン〉の一層に出没するゴブリンは3、4匹の群れとなっている。大抵はダンジョン内にところどころある広間のような空間にいることが多く、細い通路にいることは稀である。
ダンジョン一層の広さはかなり広く、一層を一回りするだけでも一時間以上かかる。途中ゴブリンを倒すが、同じ場所に再び戻ってくると死体はなくなっており、また別のゴブリンがいる。ダンジョンという空間では明らかに魔物が突然に成体の形で出現しているようであった。
そして、レンはこのダンジョンにてゴブリンを倒していて気付いたことがあった。
――このダンジョンにいるゴブリンは殆どがゲームの時と同じ動きしかしないな。
ストラーラ近くの森にいたゴブリンはゲームと異なる動きをしてきた。ところが、このダンジョンにおいてはゴブリンはそのような特殊な動きをしない。
もちろん例外はある。だが、その例外が発生する確率が極端に低いと感じられた。草原にいるゴブリンとダンジョンにいるゴブリンでは明確に違いがあるようであった。
――おそらく草原のゴブリンは生きている期間の長い経験豊富なゴブリンが多いのだろう。
――それに対してダンジョンのゴブリンは生まれたばかりで経験の浅いゴブリンが多いということだろうか。
ダンジョンの魔物が弱いということはこの世界においても常識であるらしく、冒険者ギルドの資料室でもそのような記事を確認していた。実際の体感としても同じような印象である。
――得られる経験値ポイントに個体差でそれほど大きな違いはないだろう。
――それなら、なおのことダンジョンに稼いだほうが良いな。
一方でダンジョンでの戦いに慣れてしまうと、いざダンジョンの外で戦った時に不覚を取る可能性がある。そこは難しいところであった。
――だけど、いまはとりあえずレベル2を目指そう。
今回のダンジョン遠征の初日。レンは順調にゴブリンを狩り続け、73匹ものゴブリンを倒すことができた。
◇◇◇◇◇
レンがダンジョンから出てくると、陽はまだ天中には届かず。この後、レンは一日ダンジョン入口前のキャンプ地で休息を取った。
少し休んでその日のうちにもう一回潜ったらとも思うのだが、レンの体力はそこまでではなく、午後はしっかりと身体と精神を休めることに専念する。
――ゲームと違って本当に身体が疲れるからな。
――レベルが上がったら、こういった体力も向上するのだろうか?
僅か五時間程度のダンジョン探索であったが結構な疲労感があった。
キャンプ地では火を焚き、そこに魔除けの香を放り込み、簡易テントの日陰の下で、じっと座って休む。簡易テントは風避けや雨避けとして使用できるものであるが、幸いなことに〈青石のダンジョン〉に通い始めてから未だに雨には降られていない。
この世界に転生してからあまり気候は気にしていなかったが、今は春から夏になろうという季節で、これからどんどん暑くなるという。
夏の最盛期になるとダンジョンに潜る人が増えるのだとか。夏の暑さを凌げるためダンジョンに入り浸る冒険者が多いらしい。冬も同じような理由で混雑するという。
――しかし、娯楽が全くないのがな。
レンにとってゲームに似ているこの世界そのものが半分娯楽のようなものであるが、やはり現実世界であるからには楽しいことばかりではない。
転生する前であればゲーム〈エレメンタムアビサス〉を一日中やっていても飽きなかった。もちろんお腹は空くし、睡眠も必要なので本当の意味で一日中やっていたわけではない。だが、ほぼほぼ一日中やっていられた。
ところがこの世界ではゲームになかった要素がたくさんある。いまこのようにキャンプ地で身体を休めるなど、ゲームでは不要な要素であった。宿に泊まれば一瞬でHPが回復したし、身体が疲労することなどなかった。
集中力が切れたとしてもゲームを止めれば他に気分転換できるものなどいくらでもあった。ゲームが最大の娯楽であったが、それ以外の娯楽を全く楽しんでいなかったわけではない。なので、こうして休息している時間が暇で仕様がない。
レンは休息の間、焚火を眺めながら、白湯を口に含む。
夕食は麦粥と干した魔物肉である。
こうしてキャンプ地で休んでいると、他の冒険者パーティーがダンジョンから出てきて野営する姿を見かける。このダンジョンに来るのも四回目ともなると、いくつか見覚えのあるパーティーを見かけるようになった。
先方でもレンのことを覚えたようで、軽く会釈をされたりする。だが、それ以上のコミュニケーションに発展することもない。
――文明の利器のない世界というのはなんとも静かなものだ。
――冒険者たちが夜に酒場で盛り上がっている理由が少しわかった気がする。要するに他に娯楽がないのだろう。
夜、他のパーティーが焚火を囲んで賑やかにしている声を聞きながら、レンは一人静かにテントに潜って寝た。
◇◇◇◇◇
〈青石のダンジョン〉に潜ること三日目。
「嘘おぉぉ!?」
レンは手帳を片手に洞窟の中で素っ頓狂な声を上げた。レンの記録によれば獲得した経験値ポイントが計算上、遂に1000を超えたのである。
が、何も起こらなかった。
「これでレベルアップしないのか!?」
冒険者ギルドの受付嬢ミルフィアは確かにレベル1から2に上がるには、経験値ポイントが1000必要と言っていた。
経験値ポイントの計算に誤りがあった可能性は確かにある。だが、獲得する経験値ポイントは魔物毎に微妙な個体差があるにせよ、レンは渋めに計算していたつもりであった。
期待していた出来事が起こらなかったことにレンは動揺を隠せなかった。
「いや、少し落ち着こう。ここでゴブリンに不覚を取ったら馬鹿らしい」
レンは短期間とはいえ相当な数のゴブリンを倒していた。
この世界の住人たちの多くは一般人でもレベル3から4くらいまで上げているという話ではなかったか? 少なくともストラーラの街ではある程度の年齢の人であれば、冒険者として活動していない人でもそのくらいのレベルになっていると聞いたように思う。
――ある程度の年齢ってどれくらい?
――ストラーラで冒険者じゃない人って、殆どが元冒険者っぽかったけど?
などと疑問は多々あったわけだが、どう考えてもレンはそろそろレベルアップしても良い頃合いと思われた。
「くそう! とりあえずお前らは皆殺しだ!」
と、遭遇したゴブリンの群れに勇躍踊り込んだレンは、右に左にと剣を振るいゴブリンを斬殺した。八つ当たりするくらいの元気はあった。
少なくともこのダンジョンの一層においてレンはゴブリンの行動パターンをほぼ把握しており、自信を持って倒すことができている。もちろんそれは剣術の腕前があってのことであるが、レベル1とは思えない活躍振りであった。
だが、その後10匹以上のゴブリンを倒すも、レンがレベルアップする気配はない。
レンは痛く失望した。
――ええぇ!? もう一回このダンジョンに来ないと駄目か?
残りの所持金に不安があった。
この〈青石のダンジョン〉のためにテントなど野営道具を購入しており、また保存食などは普通に割高である。なにより魔除けの香が高価い。最近は使用する数は減っているものの廉価ポーションを買わないという選択もない。
このダンジョン遠征には金がかかっている。
ダンジョンではゴブリンを大量に倒しているとはいえ、ゴブリンの魔石は二束三文にしかならない。数が数なので稼ぎになっていないわけではないが、その稼ぎよりも断然出費のほうが多かった。
――ミルフィアさんにもう一度支援金を無心するか?
転生者であるレンは冒険者ギルドから優遇されている。「異世界転生者 支援金」なるものを支給されており、足りなくなればまた支給されるであろうことは受付嬢ミルフィアより伝えられていた。
だが、レンはストラーラの貧民街を見ている。転生者だからと優遇されていると知っていたが、彼らを見た後、少し恥じ入るような気持ちがあった。欺瞞かもしれないが、不必要に優遇されることに忸怩たる思いがあった。
だが、金銭的な限界はどうしようもない。今回のダンジョン遠征のために食費を削っていたが、もはやそれも限界に近い。小腹を空かせながらの冒険者の活動は、肉体的にも精神的にも辛いものがあった。
「そうかあ。駄目だったかあ。駄目かあ」
そして、この日のダンジョン探索に見切りをつけたレンは、失意と共に〈青石のダンジョン〉を去ることを決めた。
そして、ダンジョンの外に出た時であった。
レンの身体が光に包まれ、何やら身体の奥底から力が沸いてくるような感覚に襲われた。
――あれ?
慌ててレンはこの世界に転生した直後にも使った自分のスキル〈システムウィンドウ〉を使用した。
「ステータスオープン!」
名前:レン(種族:人間、年齢:16歳)
レベル:2(クラス:剣士)
レベルが上がっていた。
「このタイミング!?」
驚きとともにレンはへなへなと地面に崩れ落ちてしまった。
――それにしてもどうしてこんな変なタイミングでレベルが上がったんだ?
その後レンは考察したが、考えられる理由は二つくらいしかない。
一つは、条件を満たしてからレベルが上がるまで微妙に時間差があるというもの。
もう一つは、条件を満たしてもダンジョンの中ではレベルアップせず、ダンジョンの外に出ないとレベルアップしないというもの。
――どちらかと言うと後者かな?
確証はないが、いずれ冒険者ギルドの資料室でも漁れば答えは見つかるだろう。あるいはこの程度のことはミルフィアに聞いても良いだろう。
ともあれ、レンは無事にレベル2に成れたのであった。
「ああ、良かったぁ」
この世界に転生してから約二か月。レベルアップまで実に長い道程であった。今後とも継続してレベルアップしていく必要はあるが、一つの階段を上がったことは確かであった。
レンは心から安堵した。
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名前:レン(種族:人間、年齢:16歳)
レベル:2(クラス:剣士)
VIT:1(F+)
ATK:2(F+)
DEF:1(F+)
INT:0(F)
RES:0(F)
AGI:1(F+)
スキル:異空間収納Ⅰ、システムウィンドウ、異世界言語




