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#2 錬金術師ユリーシア 2

 ユリーシアから見たその少年の第一印象は「場違い」であった。

 魔物が出るかもしれないこの森で、やたらと真っ白で簡素な服を着ていた。腰には細身の剣を帯いていたが頼りないことこの上ない。小柄で華奢で、全体的に少し風変わりな印象を受けた。


 と、その少年の頭がぐりんと回り、ユリーシアのほうを見た。

 目が合ってしまった。


「第一異世界人発見!」


 謎の言葉が発せられる。

 理解はできない。だが、とりあえず害意は無いように思えた。


「こ、こんにちは」


 ユリーシアは挨拶をしてみた。

 こういった手合いには挨拶をしてみるのが良い。不審人物というものは挨拶をすると勝手に逃げて行ったりすると聞いたことがある。

 ところが、ユリーシアから挨拶された少年は目を白黒させたが、やがてペコリと頭を下げた。


「あ、どうも、こんにちは」


 挨拶の効果は抜群であった。挙動の可笑しかった少年の態度が少し普通になった。

 少々可笑しなところはあるが、いずれにせよ悪人ではなさそうに見える。敵意も無さそうだったので、ユリーシアは多少警戒を解いて話しかけてみた。


「君、こんなところで何をしているの?」

「えーっと、なんでしょう? 迷子でしょうか?」

「迷子!? どういうこと!? どうしたらこんなところで迷子になるの!?」


 ストラーラの街から左程離れてはいないが、それなりに危険な森である。気軽に来て良い場所ではない。

 それなのに、この華奢な少年は頭の後ろに片手をあてて、あはははーっと無邪気に笑っていた。


「で、その迷子がこんなところで何をしていたの?」

「何、ってほどのことではないんですが」

「何もなくてこんなところには来ないでしょう?」


 ユリーシアが問い(ただ)すも、少年の回答は要領を得ない。怪しいこと、この上ない。

 だが、しばらく話を聞いてみると、やがて少年は恥ずかしそうに告げた。


「えーと、すみません。この近くにある街を探しているのですが」

「本当に迷子っぽいわね」


 当然、近くに街はある。

 ユリーシアが住んでいる街がある。


「この近くならストラーラという街があるけど、ここからだと何時間か歩くよ?」

「そこ、それです! すみませんけど、その街に連れて行ってもらえませんか?」

「それは良いけど。ストラーラに行って君はどうするの?」

「とりあえず冒険者になって生活していきたいと考えていました」


 そこまで会話をして、ユリーシアは思い当たるものがあった。


――ひょっとして王都の方からやってきた冒険者志望の人かしら?


 王都とか平和な土地の若者に稀にいる。危険は大きいが当たった時も大きい冒険者という職業に憧れ、身一つでストラーラのような地方都市に飛び込んでくるような若者が。

 そしてこの少年の場合は、ストラーラを目指してやってきたものの道に迷ってしまい、挙げ句目的の街を通り過ぎ、殆ど未開拓領域と言って良いこのような場所まで迷い込んだのであろう。

 実に危なっかしい。


――これは保護してあげたほうが良いのかな?


 ただ、良くいるような勝気で無鉄砲な少年というより、極端に世間知らずなだけの無防備な少年のように感じられた。

 話してみるとなんだか品は良さそうである。こんな森で警戒心の欠片も無いのは不安しかないが、逆に言うとユリーシアの言うことを聞いてくれそうに思えた。


「わかったわ。ストラーラに連れてあげるから、ついて来て」

「ありがとうございます!」




◇◇◇◇◇




 ユリーシアは出会った少年をともないストラーラへの帰路に就いた。

 その途上、少しだけ会話を交わした。


「名前はカナメ・レンです。いえ、今はただのレンですね」


 少年の名はレンというらしい。

 歳は16歳だという。ということは、ユリーシアの4つ下である。見た感じもっと幼いかと思ったが、いずれにせよまだ若い。


――そして家名を名乗れなくなったのね。

――名字が前のほうに来るのはどこの国の様式だったからしら? いずれにしても出身は遠いか。

――うんうん、だんだん事情が見えてきたぞ。


 そのレン少年の話によると、何でもニホンなる国からやってきたとかで、一応冒険者になるべく訓練のようなものを積んできたらしい。それなりに準備をした上で冒険者を目指してきたというのだから、無計画に冒険者都市ストラーラに来たわけでもないようだ。

 ただ、案内してくれた人が雑だったとかで、迷い込むように先程の場所にいたのだとか。


――だからといって、普通あんな森の中に迷い込む?

――その案内人に悪意があったとしか思えないけど?


 ともあれ、詳しい事情はわからないが冒険者志望者であることは間違いない。

 それであればストラーラにある冒険者ギルドまでこの少年を連れて行けば、後は万事ギルドのほうで計らってくれるだろう。それでユリーシアの役割は終わりとなる。

 およその見通しが立ちユリーシアが安心し始めた頃であった。衝撃的な事実が少年の口から発せられる。


「僕はレベル1ですね。実際に本物の魔物を倒したことは、まだないので」

「えええっ!? レベル1なの? それでさっきの場所にいたの!? すっごい危なかったよ! 魔物に遭っていたら下手すれば死んでたよ!?」


 なんとレン少年はレベル1であるという。

 この世界には「レベル」というものが存在している。魔物を倒すと上がっていくもので、それにより「VIT」や「INT」といった各種ステータス値が上がる。

 それらステータス値を上げると魔物との戦闘において役に立つだけでなく、健康となり病気にもかかり難くなり、日常生活においても何かと役に立つ。そのため、ストラーラの街では冒険者として活動していない一般人でもレベル4くらいまでは上げるのが普通となっていた。

 冒険者を志すような者であれば、たとえ駆け出しの初心者であってもレベル5を超えていることは珍しくない。

 それなのに、少年はレベル1であるという。つまり魔物を倒した経験が全くないということであった。


――これはまた、余程の箱入り息子だったのか。いや、箱入りならむしろパワーレベリングでレベルだけは上げさせるか。

――ということは、この子の出身地は本当に魔物が居ない土地だったということ?


 広い世界にはそのような土地があるということはユリーシアも知っている。魔物がいないということは理不尽に命を落とす恐れがないということで羨ましい話である。

 しかし、今回のような場合は全くの不利で、そのような環境に育った少年に同情してしまった。


――平和な土地で育ったなら素直にそこで暮らしていたら良いと思うけどな。

――まあ、この子にはこの子なりの事情があるのでしょうけど。


 ストラーラは冒険者都市である。英雄譚に憧れる少年がフラリとやって来ることは珍しくない。

 もっとも、その大半はすぐに身の程を知って故郷へと戻っていく。戻るような故郷がない者はストラーラの貧民街でずっと燻ぶり続けたりもする。可哀そうとは思うが、どうにもならない。

 そして、やはり一定数の若者が命を落とすのである。


――この子はどうなるのかしらね。


 呑気に話すレンという少年と共に歩きながら、ユリーシアはもどかしい気持ちにさせられた。




◇◇◇◇◇




「ここがストラーラの街の冒険者ギルドよ」

「デカいですね! 思っていたより全然デカいですね!」

「それは、このストラーラにいる冒険者の仕事を全部ここで取り仕切っているわけだから」


 ストラーラは冒険者都市と呼ばれるほど冒険者が多い街であった。

 人口は一万人程度。うち約半数が冒険者という街なので、冒険者ギルドは当然巨大である。受付カウンターだけでも数十もある。

 確かに知らない人が見たら壮観と感じるだろう。


「冒険者登録の受付はあっちね」


 そんな冒険者ギルドでお上りさんよろしくキョロキョロと周囲を見渡すレン少年を連れ、ユリーシアは登録受付のカウンターへと向かった。


「あれ、ミルフィアさん」


 と、その受付カウンターにいたのは、ユリーシアが良く知る受付嬢ミルフィアであった。

 考えてみれば冒険者を最初に受け入れる登録業務は重要な仕事である。ミルフィアのような優秀な者が割り当てられているのは当然のことかもしれない。


「シアちゃん、どうしたの?」

「この子が冒険者になりたいと言っていたので連れてきました」

「それはありがとう。貴方が冒険者ギルドに登録したいのね。さあ、こちらへどうぞ」


 レン少年はミルフィア嬢に促されるまま、受付カウンターの椅子に座った。

 あとは放っておいてもミルフィアが万事上手くやってくれるだろう。森でレン少年と出会った時はどうなることかと思ったが、ユリーシアとしては肩の荷が下りた気分であった。

 それでも関わってしまった手前、多少はこの少年の先行きが気になる。それとなくレン少年の背後に立ち、臨時の保護者のように一緒にミルフィアの話を聞いた。


「それではですね。説明することは沢山あるのですが、まず最初にこれに手で触れてください」

「これは?」

「ステータスを読み取る魔道具です」

「おお、いかにもファンタジーな」

「ファンタジー?」

「あ、いえ、こちらの話で。気にしないでください」


 相変わらずレン少年は訳のわからない発言が多い。

 しかし、素直なことは素直で、ミルフィアに促されるままステータスを読み取る魔道具に手を触れた。

 水晶球のような魔道具が淡く輝く。


 と、それを見たミルフィアの表情が変わった。


「レン、16歳。って、……レベル1? レベル1なの!?」


 ミルフィアが二回言った。

 どうやら本当にレベル1であったらしい。

 そして、水晶球を覗き込むミルフィアの表情が驚きに染まった。


「スキル〈異世界言語〉? ひょっとしてレンさん、貴方って異世界人!?」

「あ、はい」

「レベル1って。まさか、異世界からきたばかり?」

「そうですね。つい、さっき来たばかりで。2、3時間くらい前ですかね」


 そのレン少年の発言に、ミルフィアだけでなく背後で聞いていたユリーシアも驚いた。レンの事情についていろいろと想像していたものが全て覆されてしまったからである。


 そこからは、てんやわんやの大騒ぎとなった。ミルフィアがギルドマスターを呼び出したり、過去の転生者の資料をひっくり返したりと、かなり大変なことになっていた。

 もっとも大騒ぎと感じたのは当事者だけで、このレンという少年が異世界人であるということは、冒険者ギルド内でも極めて限られた者だけに知らされたようだ。

 ユリーシアにもミルフィアから緘口令が厳重に言い渡された。


「シアちゃんならわかってくれると思うけど、レン君が異世界人ということは決して口外しないようにね」

「異世界人って、召喚勇者の物語とか英雄譚に出て来るような人ですよね? S級冒険者で有名な人も確か異世界からの転生者だったと思いますけど」

「そうそう。レン君はその異世界人よ。でも、異世界人って知られてないだけで案外いるのよ。それで活躍しない人も結構多いの。特にレン君はレベル1だったから、そんなに活躍するタイプじゃないと思う」

「はあ、そういう異世界人もいるんですね」

「だから、変に異世界人って広まって変な期待がレン君にかかるといけないから」

「わかりました。決して口外しないようにします」

「レン君を見つけたのがシアちゃんみたいなでよかったわ」


 冒険者など行き当たりばったりで生きていて、口の軽い者など珍しくない。そういった意味でミルフィアが安堵したのは当然であったかもしれない。


「あとはこっちでやっておくから。シアちゃんはもう帰ったほうが良いわ。付き合っているといつまでも帰れなくなるから」

「そうですね。では、私はそろそろ」


 ギルドマスターまで登場して大事となっているようだったので、ユリーシアはミルフィアの言葉に甘えて〈東の木漏れ日亭〉へと帰ることにした。

 帰り際、レンと少し話した。


「それじゃ、私はそろそろ行くから」

「いろいろと有難うございました。お陰でこの世界でもやっていけそうです? やっていけそうかな? まだ、わかんないですけど」


 「世界」というスケールの大きな言葉が普通に出て来るのが可笑しかった。そもそもユリーシアから見て可笑しいことの多過ぎる少年ではあったのだが。


「私はこのストラーラで錬金術師をやっているから、また会うこともあるかも知れないわね。ギルドを出てすぐの露店で売っている廉価ポーションは私が作っているものだから、良かったら買ってね」

「あ、はい。また、お会いしたらよろしくお願いします」


 いろいろと可笑しなことの多いレン少年であったが、こうして話してみると素直で礼儀正しい少年でもあった。

 自然ユリーシアとしては好感が持てた。


「それにしてもレン君は異世界の人だったのねえ」

「あ、はい。異世界からやってきました」


 ユリーシアは「異世界」という極めて非日常的な言葉に身構えしてしまったが、その割にはこのレンという少年は思ったより普通の少年であった。


――異世界といっても案外こっちの世界とあまり変わりないのかな?


 ユリーシアは今まで異世界のことなど考えたこともなかったのだが、レン少年を見てそんなことを思った。


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