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#15 レベル上げ 1

 レンはストラーラの西側で活動しているタレス等から放逐された。それなりに仲を深めたかという時期だったこともあり、別れた直後は数日ほど落ち込んだりした。

 だが、そこでの経験から得るものはあった。


――おそらく自分はこの世界において、それなりに強い。


 レンは自信を持ってそう言えるようになった。

 強く感じたのは、この世界における他の冒険者たちのつたなさであろう。

 高ランクの冒険者たちはどうか知らないが、少なくとも一般的な低ランク冒険者たちは殆ど攻略情報もなく、戦闘訓練を受けることもなく、ただ漫然と魔物と戦っているらしい。それはあの街の西側にいる冒険者たちに限らず、ストラーラの冒険者全体に言えるらしいことがわかってきた。


――それであれば冒険者ギルドの対応がそうなってしまうのは仕方ない。


 冒険者ギルドは冒険者たちに極端な安全志向を呼びかけている。そのような事情を考えれば合理的な方針なのであろう。


――だけど、僕は違う。


 レンは幼少の頃より武道を嗜んでいるし、ゲーム〈エレメンタムアビサス〉の経験によりこの世界の魔物に対する知識も十分にあった。

 もちろん実際にこの世界に転生し、ゲームとの違いが多々あることは確認している。スライムにせよゴブリンにせよ、この世界の魔物はゲームの頃より遥かに複雑な行動をする。だが、それはレンが十分に対応できる範囲であった。

 レンの知識と経験はこの世界で十分に通用している。


 そうしたことを踏まえ、今後どのように活動していくべきか。


――まずはレベルを上げなければどうにもならない。


 レンがこの世界で強いといっても、それは「同レベル帯の冒険者と比して強い」ということでしかない。

 この世界の常識としては当然のことだが、多少の戦闘技術があったとしてもレベルが上の冒険者のほうが全然強い。


――ステータスとは、要するに身体能力フィジカルだ。


 レンはそのように解釈している。

 この世界におけるステータス値は六種類。VIT、ATK、DEF、INT、RES、AGIとあるが、これらの数値が高いとあらゆる面で有利である。多少の武道の経験など、ステータス値の高さが簡単に覆してしまう。それほどまでにステータス値というものの影響は大きい。

 多少のレベル差であれば戦闘技術によって補えることもあるが、レベルが10も違うとそう簡単には覆らない。身体の基礎能力が大人と子供ほどに違ってしまうのである。


 これは「ステータス値とは身体能力フィジカルのようなもの」と考えると、とても理解し易い。身体能力はレンの前世においても、とても重要な要素であった。

 例えばレンのような小柄な者が、慎重180センチを超える大男と戦って勝つのは容易ではないだろう。相手が余程の素人であったとしても苦労するし、相手がスポーツ経験者ともなれば絶望的である。それを武術のような戦闘技術で覆すとなると、達人と呼ばれる領域が求められる。

 それほどまでに身体能力フィジカルとは重要である。


 そして、この世界における身体能力フィジカルはステータスによって大きく補正を受ける。それこそ素の肉体の身体能力よりも、ステータスによる補正のほうが何倍も大きな影響を与える。

 そのため、レンの前世では身体能力フィジカルにおける重要な要素であった「体格」が、この世界はあまり求められない。ステータスによる補正のほうが圧倒的に重要だからである。その結果、外見は小柄な女性が大柄な男性を力で圧倒するといったことが起こり得る。

 ある意味では小柄なレンにとっては有利な世界であろう。


――だけどその恩恵も、実際にレベルアップしてステータス値を上げていかないと意味がない。


 レンは未だにレベル1であった。

 この世界で活躍するにはレベル上げが必須である。


 レンが未だレベル1に留まっていたのは、この世界〈アビサス〉がゲームの世界とどのように違うのか見極めていたということもある。

 だが、レンが転生して既に一ヶ月余。その見極めも十分と思われた。


――レベル上げをしよう。

――何はなくともそれが最優先だ。


 貧民街を追い出されて数日。

 レンはようやく気を取り直しつつあった。




◇◇◇◇◇




――そもそも、この世界ではどれくらい魔物を倒せばレベルが上がるのだろうか?


 本格的にレベル上げをすると決めたレンであったが、未だそれを知らなかった。もちろんゲームの頃の知識はあるが、それがこの世界でも同じとは限らない。

 わからないことがあれば知っている人に聞けば良い。幸いなことにレンには相談する先がある。

 レンはいつものように冒険者ギルドの相談受付を訪れた。


「ミルフィアさん、全然レベルが上がらないんですけど?」


 いつものように笑顔で応対してくれるミルフィア嬢に尋ねてみた。

 そんなレンの質問であったが、応えてくれたこの長身の受付嬢は「何を当然のことを」という表情であった。


「レン君はまだ冒険者になって一ヵ月とかそこらでしょう? そう簡単にレベルが上がるものではないと思うけど?」

「それはそうかもしれないんですが、普通どれくらいでレベルアップするか知りたかったもので」

「普通ねえ。普通って言われてもねえ」


 レンが重ねて問うと、ミルフィア嬢は答えに悩んでしまった。

 というのも、レベルアップなど個人差が非常に大きいので一概には言えないらしい。早い者は数カ月毎にどんどんレベルアップしていくし、遅い者だと数年かけてレベルを一つずつ上げていくという。


「それであれば、レベル1からレベル2に上がるのに必要な経験値ポイントがどれくらい必要かってわかりますか?」

「経験値ポイントなんて良く知ってるわね」


 レンの質問にミルフィアは少し驚いたようであった。

 この世界でも「経験値ポイント」の存在は知られていたが、それを計るには高価なステータス鑑定の魔道具が必要となっている。それは王都にある冒険者ギルドのような特別な場所にしかない希少な魔道具で、一般の冒険者が「自分の経験値ポイントはどれくらいかな?」などと気軽に計測できるようなものではなかった。

 だが、計測する術があるからには、この世界でもどれくらいでレベルアップするかについての知見はある。


「レベルが上がるのに必要な経験値ポイントは1000って言われているわね。それはどのレベルであっても一緒よ」


――なるほど。そこはゲームと同じなんだ。


 それだけでレンは大よそのことを理解してしまった。

 ゲーム〈エレメンタムアビサス〉においてもレベルアップに必要な経験値ポイントは1000であった。それはレベル1から2に上がる時も、レベル10から11に上がる時でも、どのレベル帯であって一緒であった。

 ただし、自分のレベルに応じて魔物を倒した時に得られる経験値ポイントが変動する。例えばレベル1の時にスライムを倒せば1ポイントの経験値を得られるが、レベル2になると0.5しか得られない、といった感じである。


「レベル1でスライムを倒したら得られる経験値は1という理解であっています?」

「それは合ってるわ。レベル1でスライムは1ポイントってのは有名な話だからね」


――おそらく、この世界の魔物を倒した時に得られる経験値ポイントもゲームの頃と同じ。

――それであれば話は早い。


 レンはこのミルフィア嬢との僅かな会話で、この世界におけるレベルアップの仕組みをほぼ理解できたと思った。


 だが、解せないことが一つあった。

 レンはこの世界に転生してきた直後にホブ・ゴブリンを倒している。適正レベルが15というレベル違いの強敵であった。倒した魔物から得られる経験値ポイントは、魔物が強くなると指数関数的に大きくなる。それこそホブ・ゴブリンを倒したならば、それだけれレベルアップしても可笑しくない筈であった。

 だが、実際のところレンはレベルアップしていない。


「例えばの話ですけど、仮に僕がホブ・ゴブリンみたいな強敵を倒したりしたら、一気にレベルアップできたりしますか?」


 レンが仮の話を装ったのは、ホブ・ゴブリンを倒したことをミルフィアに告げていなかったからである。日頃から適正レベルの順守を説く彼女にそのようなことを言ったら、何を言われるかわかったものではない。

 実際、仮の話としてもミルフィアの反応は良くなかった。


「ははあ、前にレン君が危険を冒してゴブリンと戦っていた理由はそれなのね。レン君は転生する前にこちらの世界のことを勉強してきたって言ってたけど、情報が少し古いかもしれない」

「え、情報が古い?」

「レベル1のレン君がホブ・ゴブリンを倒したとしても得られる経験値ポイントはおそらく2よ。仮にドラゴンを倒したとしても2ポイント。そこはレベル制限があってね」

「レベル制限?」


 ミルフィア嬢の口からレンの知らない情報が出てきた。


「この『レベル制限』については、結構有名な逸話があってね」


 そして、驚くレンにミルフィア嬢はその逸話を丁寧に教えてくれた。


 この世界において魔物を倒すと経験値ポイントが得られ、それがある一定数溜まるとレベルが上がる。

 獲得できる経験値ポイントは自分と魔物とのレベル差に応じて大きく変動する。自分よりレベルが低い魔物を倒してもポイントは殆ど得られないが、逆に強い魔物を倒すとより多くのポイントを得ることができる。

 これが基本である。


 この〈アビサス〉の世界でも当初は「レベル制限」は導入されておらず、そのためこの経験値ポイントの獲得ルールを利用した強引なレベルアップが横行したのだという。

 つまり、レベルの高い者がレベルの低い者を引率し、高レベルの魔物を瀕死の状態にして、低レベル者にトドメだけを刺させる。すると、レベル差から低レベル者が簡単にレベルアップすることができた。そして、それを繰り返すことで、容易に高レベルに達する者が続出したという。

 所謂「パワーレベリング」という行為である。


 だが、これにより実際の戦闘経験が殆どないにも関わらず高レベルとなる冒険者が大量発生した。彼らは当然経験が少ないので実際のレベルで期待されるような活躍はできず、それどころか不用意に高レベルの魔物に挑み命を落とすような事態が頻発した。

 これを嘆いたこの世界〈アビサス〉の主神プラウレティーネは、簡単にパワーレベリングができないように、ある程度以上のレベル差のある魔物を倒しても獲得ポイントが増えないようにシステムを変更してしまったのだという。


「という事が、300年前くらいにあったと言われているわ。この世界で冒険者をやっている人なら知らない人はいない逸話なんだけどね」


 それを聞いたレンは、この逸話からいくつかのことを思った。

 一つはこのような経験値キャップ制によるレベルアップの困難さであろう。レベルを上げるにはとにかく沢山の魔物を倒す必要があるらしい。実に面倒な話であった。

 いま一つレンが思ったのは、この世界においてレベルというシステムを司る神という存在についてである。


――本当にこの世界では神が実在しているんだな。

――そして、神が現状を見てシステム変更を行う。なんというか、本当にゲームみたいな世界だ。

――自分が転生したのもアマテラスとか名乗る女神様の仕業だから、今更のことなんだけども。


 ミルフィアとの相談で何とも言えない表情となったレンであった。




◇◇◇◇◇




 ミルフィアとの相談を終えたレンは得られた情報を頭の中で整理した。


――いろいろと、腑に落ちた。


 ホブ・ゴブリンを倒した時にレベルアップしなかったことで、レンは「この世界は余程レベルが上がり難い世界だ」と勘違いしていた。

 実際のところそうゲームの頃と違いはなく、取得経験値に制限が付いていただけであった。もっとも、それなりに影響の大きな違いではある。


――確かに、そういう制限をかけられるとレベル上げは難しいな。


 強敵を倒して経験値ポイントを一気に稼ぐのはゲームの頃では常套手段であった。ただ、それは強敵に挑んで負けても復活できるというゲームの特性があったからこのその技であったかもしれない。そういった手段が封じられたのは、死の恐怖があるこの世界においては必然であっただろう。

 だが、それができないとなると、レベルアップを目指すにはひたすら弱い魔物――レンにとっては弱いが適正レベルである――をチマチマと倒していく必要がある。この世界の神様が狙ってそう仕向けているのだから致し方ないのだが、なんとも面倒な話であった。


――改めてそう考えると、この世界の冒険者ギルドが適正レベルの順守を呼びかけるのは当然のことだったかもしれない。

――ゴブリン1匹倒すより、スライム2匹倒すほうが楽だもんな。


 この世界に対する理解をまた一つ深めたわけだが、自分の今後については悩んでしまった。


 レンはギルドの中央ホールに林立する柱の陰に隠れ、手帳を開いた。「異世界転生者 支援金」を受給したあと、レンはすぐにこの手帳とペンを買っていた。

 そして自分の記憶力を信用していないレンは、そこにゲームの攻略情報を記憶する限り全て書き出していた。その情報は膨大なもので、それだけで手帳一冊が埋まるほどであった。

 すぐさま二冊目を買ったレンは、そこにこの世界における自分の行動を記録していた。なので、そこにはレンがこれまで倒してきた魔物が正確に記録されている。


――つまり、いままで僕が獲得した経験値ポイントは218ポイントになるかな?


 記録を元にざっくりと計算してみた。魔物には個体差があるのでどこまで正確に計算できたかは定かでないが、そう大きく間違ってはいだろう。

 この世界に来てから一ヵ月余。この調子で行くならレベルアップにはあと四ヶ月ほど必要な計算となる。だが、それでは余りにも時間がかかり過ぎに感じられた。


――やっぱり問題は遭遇率エンカウントだな。


 戦闘に関する不安はない。

 となれば、とにかく大量の魔物を倒すのがレベルアップへの近道である。


――ゴブリンを相手にするのは不必要にリスクが高いだけで意味がない。

――おそらく適正レベルが3のビッグラットあたりを倒すだけでも経験値ポイント2は得られるだろう。

――ビッグラットを大量に倒せる場所があれば最良なのだけれど。


 そう考えるが、その肝心のビッグラットと大量に遭遇エンカウントできる場所をレンは知らない。


――どうにかしないと。


 レンは一人、思い悩んだ。


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