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#14 隻腕のタレス 4

「レン、お前、飯はどうしてる?」


 タレス等と行動を共にするようになって数日。


 ある日の夕刻、別れ際にそう声をかけられた。

 彼らは街の外にある掘立小屋のようなところで夜を明かしている。いわゆる貧民街と呼ばれる場所である。

 対してレンは街の中で夜を明かしていた。未だ補助金で食い繋いでいる状態だが、貧民街のような場所よりは清潔で安心できる。


「屋台とかで適当に済ませています」

「屋台か。宿はどうしてる?」

「冒険者ギルド宿泊所ってところをギルドに紹介されまして」

「はあ? なんだってそんなとこに」


 レンは普通に答えたつもりだったのだが、タレスに呆れられた。

 冒険者ギルド宿泊所は冒険者ギルドが運営している宿であった。確かに必要最低限のサービスしか提供されないが、価格帯の割には清潔さが保たれているのでレンとしては重宝していた。

 が、こちらの世界では高価たかい割にはイマイチなサービスしか提供されない宿という認識らしい。清潔であることに左程の価値を見出せないのだろう。

 ともあれ、その冒険者ギルド宿泊所は素泊まりで食事が付いていない。


「飯、食ってくか?」


 タレスからそう誘われた。


 レンとしては魅力的な誘いであった。

 転生してよりずっと一人であったレンにとって、他者から食事に誘われるなど初めてのことであった。

 だが、彼らと一緒に食べるとなると貧民街に行くことになるだろう。遠目でしか見ていないがあまり清潔な場所とは言いかねる。しかし、レンの収入で街の中での宿泊を続けていてはジリ貧となるであろうことも確かであった。残り少ない所持金が日々減っていくことに焦りを感じていた。


 レンはさまざまなことを考えてしまったのだが、実は一番気にしていたのは別のことである。

 目の前で目つきの鋭い女性がレッドワームを解体していた。巨大なミミズの肉を切り分け、持って帰ろうとしている。


――嫌な予感しかしない。


 しかし、結局レンはタレスたちに付いていくことにした。金銭的な余裕がないことが最大の決め手であった。

 日が地平線に沈もうかという頃、レンはタレスたちに連れられ貧民街を訪れた。


 そこは街と言うには閑散とした場所であった。街の中で生活するには収入の足りない者たちが自然と集まっているだけの場所であった。

 街の外壁に戸板を立てかけただけの住居とも言えないような場所で雨風を凌いているらしい。稀に住居と呼んでも良いようなものもあるが、それも隙間だらけである。いかにも手作りといった感じの建物ばかりで、いずれも夜を明かせれば十分といったものであった。


 そんな住居とも言えないような建物が点在する中、各所で焚火に人が集まっていた。夕餉の準備をしているのだろう。

 タレスたちも焚火を作って、そこに集まっていた。

 その焚火で彼らが焼いていたのは、果たしてレッドワームの肉であった。


 レッドワームとはミミズの魔物である。蛇のように巨大であるがミミズである。

 その肉を食べるという。

 やがて焼き上がった肉が切り分けられ、レンにもそれが割り当てられた。

 レッドワームの肉を前にレンが固まっていると、目つきの鋭い女性から忌々しそうに文句を言われた。


「嫌なら食べなくたって良いよ。屋台の飯のほうが美味いのなんて私らだって知ってるし」

「いえ、食べます、食べます」


 慌ててレンは肉に齧りついた。

 ゴムのように固い肉であった。同じ魔物肉であっても、屋台のそれは上等なものであったのだと痛感する。




◇◇◇◇◇




 貧民街の野外にて、焚火を囲んでタレス等と共にレッドワームの肉を食べた。

 一緒にいたのはタレスと、いつも一緒にいる目つきの鋭い女性と巨漢の男。それに幾人かの初心者冒険者らしき若者たちであった。

 近くで焚火をしている集団もいくつかあるが、彼らもタレスに世話になっている者たちであろう。


 あまり楽しそうな食事ではない。レッドワームもあまり美味しいものではない。モソモソと生きるために必要な行為と割り切って食べている感じであった。

 それでも今まで一人で屋台での食事を続けていたレンにとっては、他者と一緒に食事を取れることは心温まることであった。

 結局レンは一言も発することなく、レッドワームの肉を食べきった。


――ここは、なんだか落ち着く。


 来るまでは躊躇した場所であった。

 が、来てしまえばレンの心は妙に穏やかなものとなっていた。


 思えば転生する一年前、祖父を亡くしてから自分の居場所を無くしていたように感じていた。転生後も夢中でゲームの世界の攻略に励んでいたつもりだったが、心休まることはなかった。

 だが、ここは悪くない。タレス等と一緒にいると、どうしたものか心が落ち着く。


 月明りがストラーラの街の外壁を照らしていた。この世界でも月は一つ。地球で見たそれと変わりない。

 あの外壁の中では稼ぎの良い冒険者たちが充実した夜を過ごしているのかもしれない。だが、今のレンにとっては遠い世界であった。


 やがて腹も落ち着いた頃、レンは焚火の側から立った。

 それを見たタレスが尋ねる。


「どうした?」

「少し、剣を振ります」


 焚火からはかなり距離を置いた。剣を振るのだからそれなりに離れなければならない。

 深呼吸をひとつ。

 そして、レンはおもむろに剣を振り始めた。 


 かなめ流の型である。

 転生して以後、レンはなるべく毎日どこかでこの型を行うようにしていた。

 やらないと忘れそうになる。日課となっていた。


 かなめ流はかなり古い剣術を元にしている。得物は反りのある湾曲した一般的な日本刀ではなく、大刀(たち)――いわゆる直刀――を使用する剣術であった。

 この世界〈アビサス〉では諸刃の直刀が一般的で、今のレンが使っている剣も同様である。片刃と諸刃の違いはあるが、ゲーム〈エレメンタムアビサス〉での経験もありレンは問題なく扱えていた。


 その剣をレンが振る。

 夜の草原に風切り音が響く。


 レンはかなめ流の型を丁寧に行った。

 体の向き、足さばき、剣の向き、そういった細かなところ全てに意味がある。


 基本型(表太刀)、九箇条。

 裏太刀、二十七箇条。

 打柔術、五法定三十一本。

 組太刀、十七条。

 外法、陰陽九箇四条。


 本来のかなめ流にはもっとたくさんの型があったのだが、生前の祖父よりレンが教わった型はこれだけであった。祖父が厳選して教えてくれた型でもある。

 だからこそ、これらの型だけは自分の体に染み込ませるように日々繰り返した。


 そんなレンの様子を焚火の近くにいる者たちは眺めていた。

 彼らは当然(かなめ)流などというものは知らない。だが、何か特別なことをしているということだけは伝わった。

 タレスが目つきの鋭い女性に問う。


「シル、どう思う?」

「わかんない。意味わかんない」

「そうか」


 剣術などというものを知らない者が見ればそのようなものであろう。

 ただ、タレスのみは興味深そうに眺めた。


 やがて、レンは型を終えた。

 小一時間くらいかかったであろうか。

 型を終えたレンは身体を上気させ、月を見上げていた。


 そんなレンのもとに、タレスが静かに歩み寄った。


「いまのは?」

「うちの家に伝わっていた武術の型です」

「異世界の型か?」


 タレスの言葉にレンが目を見張る。

 自分が転生者であるとタレスが知っていることを、レンは知らなかった。

 が、レンの口から出て来たのは別のことであった。


「この型を繰り返すと、祖父のことを思い出します」

「祖父か。この世界に来てしまえばもう会えないか」

「いえ、僕が転生する前に亡くなったので」

「そうか」


 夜空を見上げるレンは月に祖父の面影を重ねていたのかもしれない。

 そんなレンにタレスは改めて尋ねる。


「お前は転生者だそうだな?」


 レンは黙って頷いて肯定した。


「この世界では、転生者ってのは将来S級とか立派な冒険者になるって言われてる」


 タレスの言葉にレンは慌てた。


「僕はそんな立派な者じゃないです」

「どうして?」

「そんな立派な決意をもって転生してきたんじゃなくて。いや、でもこの世界でも活躍できるだろうって言われてきたのは確かなんですけど。でも、そういうのじゃなくて……」


 慌てて言い訳のようなものをする少年に、タレスは鷹揚に応える。


「わかるよ」


 そして、レンの目を真っ直ぐと見つめ、こう言い放った。


「逃げて来たんだろう?」


 少し厳しい言葉であったかもしれない。

 だが、レンはそのとおりだと思った。

 逃げてきたのだ。迷惑をかけていた叔父や、そういったものから逃げ来てきたのだ。そうして転生してきた。

 そんな少年に向かってタレスは言葉を重ねる。


「志高くしてやってきた転生者が貧民街に落ち着くわけねえからな」


 これも図星であった。

 レンはこの街とも言えないような貧民街という空間を「心地良い」と感じ始めていた。

 だが、そんなレンに向かってタレスは非情な言葉を投げかけるのだった。


「お前はここに馴染めそうだ。だが、お前はここに馴染んじゃいけない。何日か見ていてそう思った。お前、もうここに来るな」


 レンがはっとした。


「で、でも」

「お前はここが居心地良いかもしらんが、お前以外の奴の居心地が悪くなる」


 と、レンが周囲を見る。

 焚火のほうからは幾つかの視線がレンのほうに向けられていた。何をしているのだろう、という視線が多かったが、あまり好意的なものではない。

 そのうちの一つ、目つきの鋭い女性が相変わらずレンのほうを睨んでいた。他の者たちも似たようなものである。

 レンは異物であった。


 そんな異物に向かってタレスは諭す。


「お前の転生前がどうだったかは知らん。だがな、お前は貧民街ここにいて良いような奴じゃない」


 タレスの顔を月明りが照らしていた。

 相変わらずの不機嫌そうな表情。だが、その瞳はとても深い色を(たた)えていた。


――こんな目をした人だったのか。


 レンはそう思った。

 思えばこの隻腕の男と出会って以来、彼の目を見て話したことなど殆どなかった。怖くてタレスの顔などまともに見たことが何度あっただろうか。

 だが、それも束の間。


「もう行け。二度と来るな」


 タレスはそう言うと背中を向けてしまった。


 突き放されたレンは呆然と立ち尽くした。

 どうしたら良いかわからない。

 だが、タレスが振り返ることはない。


 しばし立ち尽くした後、やがてレンはタレスの背中に向かって深々と礼をした。

 そして、ストラーラの街のほうへと歩き出した。

 途中、何度か振り返った。


――タレスさんの顔を、あの目をもう一度だけ見せて欲しい。


 が、レンの願いが叶うことはなく、タレスは二度と振り向いてくれることはなかった。




――――――――――――――――――――




名前:タレス(種族:人間、年齢:33歳)

レベル:30(クラス:弓士)

VIT:26(D)

ATK:60(B-)

DEF:8(E-)

INT:21(D+)

RES:19(D-)

AGI:41(C-)

スキル:精密射撃Ⅰ、強弓Ⅱ、遠視、察知、毒耐性


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