#13 隻腕のタレス 3
翌日。
レンが同じ場所に行くと、果たしてタレスはいた。
この日は初日にいた目つきの鋭い女性と、巨漢の男性を連れていた。三人揃うと威圧感が増す。
「今日はそこでの狩りは良い。俺について来い」
が、とくに何か脅されるようなことはなく、タレスはレンにそう告げた。すっかり子分のような扱いである。
そして、レンも加わった四人でストラーラの西側一帯を歩いた。
周囲には相変わらず多くの低レベル冒険者たちが活動していた。時折彼らが戦っている姿を見るが、相手はスライムやレッドワームといった弱い魔物ばかりであった。
そんな様子を眺めながら歩いていると、何やらこちらの駆けてくる人が。いかにも駆け出しの冒険者という感じの若者であった。
「すみません、タレスさん! なんかやたら強いレッドワームが出てきて!」
「どこだ?」
彼はタレスに助けを求めてきたらしい。
四人が彼に案内されて行くと、そこにはレッドワームと戦っている男がいた。レンが見たところ、そう普通のレッドワームと違いは感じない。「通常よりも少し大きいか?」程度のものであった。
が、確かに戦ってる男は苦戦しているようであった。
そんな様子を見て、タレスがレンの声をかける。
「レン、倒せるか?」
「たぶん倒せます」
「じゃ、倒せ」
「良いんですか?」
そう確認したのは、既に戦っている男から「横取りされた」と文句を言われないか心配だったからである。
「あれだと倒せないだろ。さっさと倒してやって、別の魔物と戦わせたほうが良い」
「そういうことなら」
「あと、あの男。レベル3だ」
レッドワームの適正レベルは2でしかない。
だが、男はレベル3だという。
そして、助けに入るレンはレベル1である。
いろいろと可笑しいのだが、この際気にしないことにする。
レンはレッドワームへとゆっくりと近づいた。
ただならぬ雰囲気を感じたか、魔物がレンのほうを向く。
自然、戦っていた男は戦線を離脱した。
レッドワームは巨大なミミズのような魔物である。
表面は意外とヌメヌメとはしておらず、タイルのように固そうな表皮となっている。ただ、先端の口腔の部分からは消化液が溢れており、そこだけヌルっとしていた。その消化液は凶悪なことに触れると人体のみならず装備品まで溶かしてしまう。目や鼻や耳はなく、手足すらない異形の魔物。小さいミミズならばそこまで気持ち悪くないのだが、巨大になると異形の生物感が増す。
そんなレッドワームが鎌首をもたげ、レンと相対した。大きく引かれた魔物の口腔がいかにも恐ろしい。
――気持ち悪いなあ。
だが、レンは恐ろしい以上にそう感じた。このレッドワームとは転生後、既に何度か戦っている。この不気味な姿にも慣れてきていた。
幸いにしてレッドワームはそう動きの速い魔物ではない。固い表皮による防御力こそ高いものの、鈍重なため気を付けていればそう攻撃を喰らうことはない。
レンは剣を上段に構えると、後ろ足を蹴って、一気にレッドワームの間合いへと飛び込んだ。
レンが射程に入ったことにより、レッドワームはもたげた鎌首に体重を乗せ、振り下ろしてくる。だが、それに構わずレンは剣を振り下ろした。
結果、レンの速度が勝った。レッドワームは縦に両断され、竹を割ったように左右に崩れ落ちた。
レッドワームの固い体表をものともせず斬り捨ててしまったことに、見守っていたタレスたちも驚いたようであった。
そのタレスが寄ってきてレンの声をかけた。
「よく斬ったな」
「ええ、まあ、このくらいは」
レンにとっては据物斬りとそう違わない。なので、謙遜というほどでもない。
が、タレスは倒したレッドワームを足で蹴って中を確認すると、レンに向かって冷たく言い放った。
「次から倒し方、考えろ」
見ればレッドワームの体内に割れた魔石があった。ちょうど正面から真っ二つに斬ったところに魔石があったらしい。割れた魔石の価値は半減する。
格好良く倒せたと思っていたレンは項垂れた。
「行くぞ」
そして、タレスがそう言うと、目つきの鋭い女性と、大柄な男性。そしてレンの四人はその場を去った。
戦っていた男や、助けを求めてきた男は感謝していたが、タレスは鷹揚に感謝を受け取っていた。
◇◇◇◇◇
どうやらタレスはストラーラの街の西側一帯を周回するように歩いているらしい。彼の縄張りというほどでもないが、その辺りにいる初心者冒険者たちの面倒を見ているのだろう。
そこをタレスは子分のような者たちを引き連れ、各所で発生している問題を解決して廻っていた。
実際、タレスが見廻っていると、彼らはよく問題を起こしていた。
自分が担当する縄張りの境界にいる魔物の取り合いや、取り合いなどなくとも普通に喧嘩をしている場合もあった。自分の場所がわからなくなって迷子になっている者すらいた。
だが、一番多い問題は、魔物を倒せないということであろう。少し大きいだけの個体や、ちょっとした変異種というだけで彼らは魔物を持て余してしまう。
そういった魔物を代わりに倒してやるのが、タレスたちにとって大きな仕事であるようだ。
「シル、行け」
「次、ダン」
「レン、倒せるか?」
目つきの鋭い女性と、巨漢の男性、そして今回新たにレンが加わり、順番に魔物を倒していった。
倒すのはスライムやレッドワーム。稀にビッグラットといった魔物であった。適正レベルは1から3相当の魔物である。
そんな魔物であってもレンはレベル1にも関わらず簡単に倒してしまう。
その様子にタレスが目つきの鋭い女性に尋ねた。
「シル、あれの剣はどう思う?」
「まあまあじゃない?」
対抗意識を燃やされてしまっただろうか。もしくは元々目つきが悪いだけかもしれない。レンは彼女に酷く睨まれた。
ちょっと怖かった。
そして、夕刻までそうしたことを続ける。日が暮れる頃、冒険者たちは自然と狩りを止めるらしい。
周囲から人が消えた頃、タレスはレンにいくつかの魔石を投げた。
「今日の駄賃だ」
この日、レンが倒した魔物は全部で5匹ほど。この世界は遭遇率が良くない。自力で魔物を探しても同じ程度のものだろう。
稼ぎとしては悪くなかった。
◇◇◇◇◇
その後数日、似たような日々を過ごした。
タレスに続き、目つきの鋭い女性、それに巨漢の男性、そしてレンの四人で緩やかな丘陵地帯を練り歩くのが習慣となった。
レンが見たところ、タレスに付き従っている中で一番強いのは目つきの鋭い女性である。名をシルというらしい。剣で魔物を力任せに斬っている。剣術というほどのことはないが、おそらくステータスが高いのだろう。レンが見たところレベル10くらいであろうか。
対して巨漢の男性は素手で魔物を殴っていた。彼はダンと呼ばれていた。スライムだろうとレッドワームだろうと、軟体生物が相手でも構わず殴っている。おそらくレベルは6、7前後。
そして、レンはレベル1である。低いステータスを剣術で補い、彼らと同等の結果を出していた。転生時に持たされていた剣がそれなりの品であったことも幸いしている。
だが、この四人の中で誰が最も強いかと問われれば、間違いなくタレスであろう。
レンは一度だけ彼が戦っている姿を見た。ビッグラットというこの周辺では比較的に強い魔物が出た時であった。タレスは懐から短剣を取り出すと、それを投擲し一発で仕留めてしまった。まるで格が違う。間違いなくレベル20を超えた元中級冒険者であろう。
そんな彼は相変わらずゆったりとした衣服で肩袖を揺らし、不機嫌そうに歩いていた。実際に不機嫌なのではなく、もうそういう顔なのだろう。
そんな四人で荒地を歩いていると、周囲の低ランク冒険者たちが畏怖とも尊敬ともつかない視線を投げかけてくるのを感じた。
と、その日もまた新たな問題が発生していた。
「知らない奴が勝手に魔物と戦っていて」
「こないだのレンみたいのがいたか」
と、タレスがレンを見る。
恐縮するしかない。
「どこだ?」
「こっちです」
知らせてきた若者に案内させ四人が向かうと、果たしてそこには新顔の初心者冒険者がいた。
おそらく地元ではさぞ威勢が良かったであろう若者であった。碌な装備も身に着けていないが、根拠のない自信というか、柄の悪さのようなものが滲み出ていた。
が、柄の悪さならば隻腕のタレスは数段上である。
それに付き従う目つきの鋭い女性が若者を酷く睨みつける。巨漢の男性が腕を組んで背後に立つ。レンは少々居心地が悪かったので、そっぽを向いて剣の柄を撫でていた。
公平に見て大変に威圧感のある集団であっただろう。
そして、その集団の先頭にいる隻腕の男が不機嫌そうに尋ねるのである。
「貴様、見ない顔だな」
威勢の良さそうだった若者が蛇に睨まれた蛙のように固まっていた。
――可哀そう。
つい数日前に自身が体験したことである。レンは心から同情した。
が、いまのレンは脅しているほうの集団に属している。
――あ、僕はいま、このマフィアみたいな集団の一員になっているのか。
今更ながらレンはようやくそのことに気づいた。