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#12 隻腕のタレス 2

「貴様、見ない顔だな」


 レンの目の前には隻腕の男がいた。歳は30前後だろうか。ゆったりとした衣服に身を包んでいたが、その雰囲気は強者のそれである。

 そんな彼が不機嫌そうにレンに声をかけてきた。

 問われたレンは状況から素早く事態を推察する。なるべく事を穏便に済まそうと、必死に思考を回転させた。


「えっと、もしかして縄張りみたいのがあったりしました? あったのなら謝ります。ただ、冒険者ギルドのほうからこちらのほうで活動するように言われたもので」


 そうレンが早口で釈明すると、男は片眉を上げた。


「馬鹿ではなさそうだな」


 レンの推察は正解であったらしい。

 ただ、ギルドからこの場所を指定されて活動を始めたのだから、レンとしては不可抗力と思う。


「安心しろ。俺たちもギルドに逆らうつもりはない。が、お前が察したとおり、ここらにいる連中にはある程度縄張りを決めて魔物を狩らせている。部外者に勝手されると迷惑なんだよ」


 隻腕の男は不機嫌そうなままではあったが、主張していることは理解し易いものであった。

 縄張りを決めていたのならレンはそれを荒らしたことになるだろう。


「ギルドに言われて来た、って言ったか?」

「はい、先日冒険者ギルドに登録したばかりで。レベル1なのもので」

「はあ? お前、レベル1か? その装備でか?」


 と、ここで隻腕の男のレンを見る目から、かなり厳しさが消えた。

 レンは装備が充実している。少なくともこの周辺にいる初心者冒険者たちに比べればしっかりとした装備となっている。冒険者ギルドから受給した「異世界転生者 支援金」を元にミルフィア嬢のアドバイスに従って装備を整えたお陰であった。

 というより、この街の西側にいる冒険者たちの装備のほうが極端に不足しているとも言える。


「その装備があるなら……。いや、レベル1なら確かにここで活動するべきか」


 隻腕の男が少し考えていたようだが、それもほんの少しのこと。


「いずれにせよ、ここで活動されちゃ迷惑だ。今日のところは帰れ」


 敵意こそ消えたものの、彼は不機嫌そうに言い捨てるときびすを返してしまった。付き従っている女性と大男もそれに従う。


「ここで魔物を狩りたいなら、明日またここに来い」


 戸惑うレンに男は背中を向けたままそう言い残して去っていった。




◇◇◇◇◇




 翌日、レンが再び同じ場所へと来ると、果たして隻腕の男はいた。

 昨日彼に付き従っていた目つきの鋭い女性と、巨漢の男はいない。一人であった。

 が、一人でも十分に威圧感はある。


「先日冒険者になったばかりのレンです。ここで活動させていただきたいと思っています。よろしくお願いします」


 逃げ出したいほどに威圧感のある相手だったが、ここで逃げ出すわけにはいかない。

 レンは震える声ながらも、大きな声ではっきりと、綺麗に腰を折って礼をした。幼少期より道場で育ったレンは礼儀作法を仕込まれている。この世界にも()()()の習慣があるか知らないが、雰囲気は伝わっただろう。

 実際、その姿をタレスは評価した。


「口はちゃんと利けるタイプか」


 初心者冒険者の中には彼を前に口が利けなくなってしまう者が少なくないのだろう。その理由の大半は彼の放つ威圧感であろうが、臆せず挨拶をしてきたレンの印象は悪くないようだ。


「タレスだ。この辺の冒険者たちの面倒をみている」

「レンです。レベル1です。剣を使います」


 改めて自己紹介すると、タレスはレンの腰にある剣を見つめる。

 この世界に転生してきたときに最初から持っていた剣である。そう価値が高い物ではないが、初心者が持つにしては良い剣である。

 タレスは何か言いたそうにしたが、すぐに視線を外した。


「ついて来い」


 そして、タレスはそう告げると、後ろを見ることもなく歩き出してしまった。

 レンは慌てて付いていった。


 二人で緩やかな丘陵地帯を歩く。どうやら街の西というよりは北のほうに向かっているらしい。

 歩くことしばし。

 途中タレスは半分独り言のようにレンに向かって話してくれた。


「ここらで魔物を狩っているような冒険者は、はっきり言って上手くいっていない連中だ。魔物を倒したことも碌にないような奴ばかりだ。村から考えなしに飛び出してきたは良いが、生活もままならんような馬鹿が多い」


 暗に「お前のその一人だ」と言われているようでレンとしては居心地が悪い。


「だが、そういうのを放っておくと治安が悪くなるからな。ギルドのほうも考えていて、スライムやレッドワームの魔石は普通の魔物より少し高価(たか)く買い取っている。ここらで狩り尽くさないと魔物が王国領に侵入してしまうという事情もある。そういった諸々があって、ここらで狩りをするだけでも、死なない程度には食っていけるようになっている。まあ、それでまともな生活ができるかと言えば、そんなことはないんだが」


 そういった話を聞きながら、レンは丘陵地帯を歩いた。

 遠くにストラーラの街が見える。

 その外壁の下には、あばら家ともつかない不格好な建物が多くあった。いわゆる貧民街と呼ばれるものである。この辺りで活動しているような冒険者は街の中で宿を取らず、そういった場所で夜を過ごしているという。

 そして、タレスもまたその貧民街の住人の一人なのだとか。


 やがて丘陵地帯だったはずの土地が、いつの間にか平坦な荒野に変わった頃、ようやく隻腕の男は歩みを止めた。既にストラーラの街は豆粒のように小さくなっていた。


「ここらで良いだろう。この辺で魔物を狩ってみろ。こっから先ならいくら狩っても誰も文句は言わん」


 タレスがレンにそう告げた。

 街の西側というよりは北側に近い。あまり西に行くと本当に魔物がいなくなってしまうからだろう。

 そして、周囲に他の冒険者の姿はない。


――ここまで街から離れれば、さすがに人はいないのか。


 少しだけ安心しつつ、言われたとおりにレンは魔物を探し始めた。

 隻腕の男はその場から去るでもなく、そんなレンの様子を眺めていた。


「あの、いつまでいるので?」

「しばらく見ててやる」


 という。

 少々嫌だったが断る勇気などとてもない。タレスの視線を受けつつ、レンは魔物を探した。

 やがて、小さな岩陰にスライムを発見した。この世界に転生してから既に幾度も倒している魔物である。恐れも戸惑いもない。

 レンは剣を振りかぶり、四股を踏むように剣を振り下ろした。それで、スライムはすっぱりと両断され、溶けるように地面へと消えて行った。

 剣術という程でもない。戦うというより駆除に近い作業であった。


 そんなレンの姿を見ていたタレスが口を開いた。


「素人の動きじゃないな。剣はいつから使っている?」

「幼少の頃から」

「それなのにレベル1か。魔物を相手にしたことは?」

「本物の魔物を倒したのはこの街に来てからです」

「偽物の魔物なんているのか?」


 レンの返答にタレスは疑問を感じたようだが、深く追求することはなかった。

 だが、それだけでレンの事情は何となく理解したようで、もう用はないとでも言わんばかりにきびすを返した。


「今日はそこでやってろ」


 去り際、タレスはそう言い残した。


――明日は違うの?


 残されたレンは疑問に思ったが、その日は日が暮れるまで、言われたとおりその場所でスライムを相手に戦った。




◇◇◇◇◇




 ストラーラの街の東門は巨大である。五階建てくらいの建物に匹敵する巨大な門で、大型の魔物の素材でも搬入できるようになっている。

 ほんの数年前までは開拓村の一つでしかなかったストラーラが「始まりの街」へと昇格し、大きな街と変わった象徴のような存在であった。


――この門をくぐるのは久しぶりだな。


 隻腕の男タレスは肩袖を揺らしながらストラーラの市街へと入った。

 ストラーラが冒険者都市として拡張される以前からタレスはこの街にいた。その頃の街の面影は既に殆どなくなっていたが、探せば僅かながら懐かしい景色が残っている。真新しい建物たちに挟まれた妙に古い宿。周囲の景色は変わっても同じ場所にいる古参の露天商の顔。

 そういったものに目を細めながら、タレスは目的の場所へと向かった。


――ギルドも大きくなったもんだ。


 その目的地である冒険者ギルドへとタレスは躊躇なく入っていった。

 巨大な柱が林立するホールから受付のほうを眺める。ギルド職員も知らない顔が増えた。だが、知っている顔もいくらかは残っている。

 そして、一番話の通じそうな職員を見繕い、タレスは近づいていった。


「久しぶりだな」

「タレスさん」


 タレスが話かけた相手は受付嬢のミルフィアであった。ストラーラの受付嬢の中では古参である。タレスが現役だったころは下っ端であったが、その頃から既に信頼できる受付嬢であった。

 そんなミルフィア嬢は隻腕の男の姿に驚いたようであった。

 が、そんな彼女に構わずタレスは要件を告げた。


「少し聞きたいことがある」


 ここに来たのはレンという名の少年のことであった。


「レン君のことですか」


 そして、ミルフィアのほうでも凡その事情は理解した。

 しばし二人で会話を交わす。互いに冒険者として、受付嬢として長い。必要な情報を必要なだけ交わしていく。


「だいたい事情はわかった。邪魔したな」


 やがてそれを終えると、タレスはすぐに帰ろうとした。

 そんなタレスをミルフィアが引き留めた。


「タレスさん、またギルドの依頼を受けていただけないでしょうか? タレスさんなら片腕を失ったとしても全然活躍できると思います。パーティーを組む相手もギルドのほうで斡旋できますので」

「俺が街の外で何やってるか、だいたい知ってんだろう? 俺がいなくなったら誰が奴らの面倒を見るんだ?」


 だが、それでミルフィアは何も言えなくなってしまった。

 タレスも彼女を問い詰めたいわけではない。


「またな」


 そして、タレスはその場から去った。

 彼としてもミルフィアが善意から言ってくれたことは理解している。が、どうにも気に入らない。つい言葉を荒くしてしまった。悪いとは思ったが後悔もなかった。


 ともあれ、タレスは本題である少年のことに思考を戻す。


――しっかし、異世界転生者とはね。

――道理で。


 ミルフィア嬢より引き出した情報はタレスとしても驚きであった。

 妙な少年とは感じていた。異様なほどの剣の腕とは裏腹にレベルは1でしかない。礼儀はしっかりと叩き込まれているようだが、その内面はおどおどとした世間知らずの少年のようであった。どうにも背景の見えない少年と思った。

 そして、その正体を知れば、なるほどと納得のできるものであった。得体の知れない訳である。


――さて、どう扱ったものか。


 タレスはそうして冒険者ギルドを後にした。


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