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#11 隻腕のタレス 1

 その日、レンはいつものように冒険者ギルドの相談受付を訪れた。

 この世界に転生して以来、レンはほぼ毎日ここを訪れている。何しろこのストラーラの街のことはおろか、この世界のことすら知らないことだらけである。ここで教わることは多い。

 相談の相手は殆どの場合が受付嬢ミルフィアであった。レンは転生来ずっと彼女を頼りにしている。


 そんないつもの相談であったのだが、この日は様子が違った。


「レン君、君はいったい何してるの!」


 いきなりミルフィア嬢に怒られてしまった。

 どこでどのような魔物と戦っているか、という話になった時である。思い返せばいつも日常生活についての相談ばかりで、戦闘に関する相談はあまりしていなかった。


「良いですか? ゴブリンはレベル5相当の魔物です。つまり、レベル5の冒険者がようやく一対一で戦って倒せる魔物なんです。それなのにどうしてレベル1のレン君がゴブリンと戦っているんですか!」


 どうやらゴブリンと戦っていることが悪かったらしい。

 だが、レンにはゲーム〈エレメンタムアビサス〉においてゴブリン系の魔物を散々倒した経験がある。そのため、多少レベル差があったとしても問題はないと考えていた。


「え、でも、ゴブリン倒せますよ」

「十中八九は倒せたとしても、もしもの事が起こってからでは遅いんです!」


 そこからミルフィア嬢に、冒険者ギルドが各魔物に設定している適正レベルというものについて、懇々と説明されてしまった。

 そして、説明されてしまえば冒険者ギルドで長年蓄積された知識と経験を元に運用されている制度である。レンとしてもそれなりに理解できるものであった。


――なるほど、つまりこの適正レベルってやつは、このレベルで挑めば、まず死なないというレベルなんだな。


 この世界はゲームとは違い、死んでしまえばそれは本当の死である。リスタート地点に戻って再開などというわけにはいかない。そんな世界で魔物と戦うとなれば、慎重に慎重を期すのは当然であろう。

 特にレベル10未満の低レベルの場合、ステータスのDEF値が低いこともあって容易に死ぬ。そのため、冒険者ギルドでは低レベル冒険者が決して無理をしないように、口を酸っぱくして適正レベルの順守を説いているのであった。


「良いですか? ゴブリンは特にATK値が高いことで有名な魔物なんです。レベル1の冒険者が一発でも良いのをもらったら危険なんです。わかりますか? だから、レン君が相手してはいけない魔物なんです!」


 この世界においてゴブリンは「初心者キラー」との別名があるらしい。スライムのような弱い魔物で自信をつけた初心者冒険者が調子に乗って挑み、命を落とすことが多いのだとか。

 そういったことを踏まえればミルフィア嬢の主張は至極真っ当なものであった。


――自分は違うと思うんだけど。


 が、その上でレンは、自分は例外と思っていた。

 自分が培ってきた武道とゲームの経験により、ゴブリンからの攻撃をまず喰らわないだろう自信があった。そして、実際にこの世界に転生して以来、危険な目に会うこともなくゴブリンを倒せている。

 のだが、それをどうミルフィア嬢に納得してもらうか。


 いちおうレンは最初に冒険者ギルドに登録した際に、転生前の自分がどのようなものであったかを説明している。ある程度剣の心得があること、そして仮想現実(VR)ゲームにてこの世界を想定した経験があることを。

 しかしながら、それが正しくギルド側に伝わっているとは思えなかった。特に仮想現実(VR)ゲームに関しては全く伝わっている感じがしない。

 そもそも「転生前の世界では一切の魔法が使えなかった」というレンの発言により、原始人とまでいかなくとも、とても文明レベルの低い世界から来たと思われている節がある。魔法文明に染まったこの世界の人々にとって、非魔法文明というのは想像し難いのだろう。


「ですから、ある程度レベルアップするまでの間は、決してゴブリンなんてものとは戦いわないこと! 良いですか!? わかりましたか!!」

「あ、はい、わかりました!」


 そういった諸々があって、ミルフィア嬢の剣幕にレンは押し切られてしまった。


 当然のことながらレンとしては納得し難い気持ちはあったのだが、すぐに気持ちを切り替えた。

 この冒険者ギルドで設定している魔物毎の適正レベルは、この世界では相応の理由があって普及している制度である。それに従うことは一概に無意味ではないだろう。


――死の可能性があるのだから、慎重に行動するのは悪いことじゃない。


 そう簡単にゴブリンから攻撃を喰らうことはないとは思っていたが、一撃でもクリーンヒットを貰ったら死が待っているのもまた事実である。

 そういったこともあって、レンはミルフィア嬢の意見に従うことにした。


「そういうことなので、レン君が活動して良い地域はこの辺りからこの辺りまでです」

「こっちですか?」

「街の東側は危険が大きいからね」


 そして、ミルフィア嬢からレンが活動するべき場所として提示されたのは、ストラーラの街の西側であった。




◇◇◇◇◇




 ストラーラの街は通称「始まりの街」と呼ばれている。

 エルファード王国の東端に位置し、ここから東に向かうと魔物が徘徊する未開拓領域が広がっており、西に向かうと魔物のいない王国領が広がっている。つまり、この街が魔物の発生する地域とそうでない地域の境界となっている。

 エルファード王国の東部国境線上には、このような「始まりの街」がいくつも存在している。


 そして、これら「始まりの街」を起点とし、未開拓領域へと繰り出していく人々を「冒険者」と呼ぶ。

 彼らは未開拓領域を探索し、魔物を倒してその死体の一部を素材として持ち帰ったり、あるいは未開拓領域にある資源を採取して持ち帰る。

 だが、彼らの最終的な目標は「未開拓領域を開拓し、そこを人の住める土地へと変えること」であろう。

 そうした彼らの活動の結果、未開拓領域にはいくつもの開拓村や防衛都市が築かれている。そうして開拓された都市が上手く軌道に乗ると、やがてそこが新たな「始まりの街」となり、以前の「始まりの街」は王国内の一都市へと組み込まれていく。

 この世界では何百年もそのようにして東方への開拓が進んでいるのだという。


 もっとも、必ずしも開拓は順調に進んでいるわけではない。魔物の発生を抑えきれずに国境線が後退することもある。過去には大規模なスタンピードにより滅亡した国もあるということで、この世界の厳しさが伺い知れる。


――ゲームの時も古代都市の奪還とか、開拓村の防衛とかのレイド戦があったもんな。


 そういった事情はゲーム〈エレメンタムアビサス〉でも再現されていたので、レンも何となく理解していた。もっとも目の前の魔物と戦うことにばかりに夢中だった彼にとっては、「そんな設定もあったような気がする」程度の記憶であったのだが。

 ともあれ、東へ東へと進んでいく、という世界観は認識していた。


――スタート地点よりさらに西側に行くのか?


 そうした前提知識のもと、ミルフィアより活動すべき地域として、ストラーラの西側を提示されたことにレンは戸惑った。が、ギルドの方針に従うと決めたのだから、疑問を飲み込んで街の西側へと向かうことにした。

 街の中を横断し、東門よりも遥かに小さくて古めかしい西門より街の外へと出る。


 西門を抜けると、そこにはゆるやかな丘陵地帯が広がっていた。

 街の東側と同じく田畑が点在し、農夫の姿がちらほら見える。時折、牛に似た家畜が「もー」と鳴いており、東側よりさらに長閑(のどか)な印象を受けた。

 そんな風景の中、レンが気づいたことがあった。


――初心者冒険者みたいのが結構いるな。


 西門から周囲を見渡すと、幾人かの若い冒険者の姿が見えた。その殆どが碌な装備もないような貧相な者ばかりである。

 街の東側にも低レベルであろう冒険者たちがいたが、それよりも更に装備に不安のありそうな者ばかりあった。


――なるほど、確かに完全初心者は街の西側から活動を始めるべきなのかもしれない。


 そんなことを肌で感じながら、レンは丘陵地帯に向かって歩き出した。

 ミルフィア嬢からの事前情報によると、この辺りに発生する魔物の殆どはスライム。いたとしてもレッドワームとのことであった。適正レベルは1か2程度の魔物で、レベル1の冒険者であったとしても余程のことがない限り負けることはない。


 それはともあれ、周囲の様子にレンは別の疑問を抱き始めていた。


――ちょっと冒険者の数が多過ぎやしませんか?


 初心者冒険者がいるのは良いのだが、あまりにもその数が多過ぎると感じられた。

 この街の西側の地域全体でどれくらいの冒険者がいるのかはわからないが、レンから見える範囲だけでも数十人もの冒険者の姿があった。

 レンが歩いていると、彼らからの視線がジロジロと集まってくる。あまり居心地が良くないので、他の冒険者が少なくなるまで街から離れることにした。


 しばし歩くとそんな冒険者たちの姿も(まば)らとなる。

 ストラーラの街もかなり小さくなった。


――だけど、もうちょっと人が少なくなるまで歩いたほうが良いか?


 レンがそう悩んでいた時であった。

 目の前、足元にスライムがいた。

 寒天状の魔物である。半透明な身体で内臓器官が蠢いているのが見えた。ゲームの頃に比べると妙に生々しく、あまり気持ちの良いものではない。

 そんな魔物が目と鼻の先の距離にいた。


――これは倒して良いのか?


 レンが悩んだのは周囲の冒険者たちからの視線が気になったからである。彼らから「俺の獲物」とで言いたげな視線を感じた。

 が、スライムは目の前にいる。


――これで倒して駄目ということはないだろう。


 周囲からの物欲しげな視線は気になったが、魔物など早い者勝ちである。

 レンは決断した。


 ゆっくりと剣を振り上げ、素早く剣を振り下ろす。

 スライムはすっぱりと両断され、その斬り口からドロドロと内容物を吐き出した。そして内臓と思しき内容物と、一粒の魔石を残し、スライムは溶けるように地面へと消えていった。




◇◇◇◇◇




 その後もレンはストラーラの西側の地域を徘徊した。

 だが、魔物は容易に見つからない。

 街から離れて少なくなったとはいえ、いまだ周囲には多くの冒険者の姿がある。彼らも魔物を探しているのだから、そう簡単に獲物にありつけるわけがない。


――困ったな。これじゃ全然魔物を狩れそうにない。


 レンはスライムを探すべく草をかき分けたりしていたが、周囲の冒険者たちからの視線を感じる。競合相手と見做されたのだろう。

 だが、レンとしてもこの世界で冒険者として活動していかなければならない。そうした視線に耐えつつ魔物を探した。


 そうしてしばし探索を続けたが、成果は芳しくない。

 どうしたものか、とレンが悩んでいた時である。

 ざわり、と周囲にいる初心者冒険者たちの空気が変わった。


――なんだ?


 疑問に思っていると、その原因と思しきものが見えた。

 レンのほうに向かってゆっくりと歩いてくる者たちの姿である。


 歩んできているのは三人ほど。とても迫力のある者たちであった。

 先頭を歩くのはゆったりとした衣服をまとった男性である。衣服からわかりにくいが、肩袖が風に揺れていた。おそらく片腕がない。だが、その雰囲気は周囲にいる低レベル冒険者たちなどと比較にならない。明らかに強者のそれであった。

 そんな男の左右には、同じく強者の雰囲気をまとった者が。やたらと目つきの鋭い女性と、巨漢の男性である。


 そんな三人がゆっくりとレンのほうに近づいてきていた。

 

――めちゃくちゃ怖い!


 逃げ出したい衝動に駆られたが、明らかに彼らはレンのほうに向かってきていた。逃げても追い駆けられそうに思う。

 致し方なくレンがその場で待っていると、やがて彼らはレンのもとへとやってきた。

 隻腕の男がレンの顔を凝視する。そして、低い声で言い放った。


「貴様、見ない顔だな」


 レンは大いにビビった。


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