私と友達になってくれないかな?
翌日からは学校も酒場も休みだった。外は新年祭の準備で賑わっており、張り上げた声が聞こえてくる。
ユーリは何をするでもなく、ベッドに横たわっていた。こんな風に過ごすのは、この世界に来てから初めてだった。純然たる無駄な時間。それは理解できているが、何をする気にもなれなかった。
「ユーリちゃん、朝ごはんできたけど・・・」
「ごめん、今日もいらない」
空腹感はある。しかし食欲がなかった。身体が怠いようにも感じる。
部屋の角に転がった紙袋を眺め、ただぼーっとする。
アーシェラの事を考える。彼女は時間が止まっている。解っていた事だ。
だが、何か解決策はある筈で、それを探せばいい。世界中を冒険して。
――それは一体何年後になる?十年、二十年、三十年。アーシェラ自身が百年間見つけられなかったものを、自分が見つけられるのか。
それでも、探すべきだという感情はある。だが、同時に自分の人生が無駄になる結果となったとき、アーシェラを恨むような事にならないか。そう考えてしまった。
他人の為に生きるという事は、そういう事だ。綾瀬悠里は、それが怖かった。だから、一人で生きる事を選んでいたのだ。
「私の・・・バカ」
力なく呟いた瞬間、部屋の扉が大きな音を立てて開く。
「なに!?」
驚いて空いた扉の方を見ると、口をへの字に曲げたフランがスープとパン、牛乳をトレイに乗せて近づいてくる。
「フラン?どうしたの?」
無言でトレイをユーリに突き付ける。その迫力に、思わず上体を起き上がらせて受け取る。
「食べて。着替えて。外に遊びにいって。大掃除するから。ユーリちゃんの部屋も」
『突発性お姉ちゃん行動』は止められない。ただ、その言葉に従うしかなかった。
ベッドに座ったまま、マグカップに入ったスープを手に取る。
温められたミルクと香ばしい豆の香りが鼻腔をくすぐる。
豆のスープのようだ。この世界に飛ばされた直後、テーティスに差し出されたものと同じ。
息を吹きかけて表面を冷ましながらスープを一口啜って飲み込むと、ほどよい甘味とアクセント程度の塩気が口に広がったあと、じんわりとした温かさが胃の中から身体へ伝わっていく。
懐かしいものを感じる。
焼きたてのパンをかじり、ミルクを飲み干す頃には最低限のエネルギーは回復していた。
「ありがとう。フラン」
未だ無言で見つめてくるフランに苦笑いをする。『突発性お姉ちゃん行動』はまだ終わってはいない。当然だった。
紙袋を開けて服を着替える。下着も脱いで昨日買ったものに変えた。フランがユーリを見ていたが、もう気にならなかった。
化粧台に座ると、無言のままフランが髪を櫛でとかしてきた。目を閉じて身を預ける。頭を撫でられているようで、心地よかった。
手が止まったのを感じ、目を開けるとフランと目が合った。
「いってくるね、お姉ちゃん」
「いってらっしゃい、ユーリちゃん」
二人とも、笑っていた。
アーシェラの屋敷の扉は開いていなかった。呼び出しベルは壊れていて鳴らない。大声で呼ぶ事も考えたが、ユーリは裏口へ回っていた。
城の方をみると、青く澄んだ空に大きな月が浮かんでいた。
「確かこの上だったよね」
前に泊まった際、アーシェラの部屋の位置は教えられている。記憶を頼りにバルコニーを見上げる。窓が開いている部屋は一つだけだった。
迷わず身体強化。柱にしがみ付いてよじ登る。湖側の歩道から見えるかもしれないが、ショートパンツで下着は見えないのでいいだろう。
「ふっ」
息を吐き、柵を乗り越えたところで部屋の中から物音が聞こえた。
「・・・誰だい」
いつもの特徴的な声だが、低く気だるそうだった。寝起きなのか、声がカサついているようにも聞こえる。
返事は返さずに部屋に乗り込むと、先日と同じ服のままのアーシェラがこちらに右手を突き出していた。いつでも魔法を放てるようにだろう。
白を基調に青でアクセントを加えた服装、少し厚底のブーツだけが黒い。膝上までのタイツにショートパンツから覗く太ももは細くパンツがスカートのようにも見える。足先まである外套と水色の長髪が窓からの風に揺れていた。
服も髪も乱れている。着替えた様子は無く、先日会った時のままなのだろう。
「ユーリ?――何があったんだい!?」
ユーリを認識した瞬間、何かトラブルがあったと思ったのか、アーシェラは声を張り上げて近づいてきた。
トラブルなどない。いや、あったと言うべきか。原因はアーシェラ自身によるものだが。
先ほどの様子からみるに、彼女もユーリと同じように落ち込んでいたのだろう。そう考えると何やら腹が立ってきた。自分を押し込めて、距離を空ける姿が過去のユーリ自身と重なったからだ。
「アーシェラ!」
叱る様に呼び捨てる。
「私は、アーシェラと一緒に居たい。仲良くしたいと思ってる!」
青い瞳が揺れ、ユーリの緑色の瞳から逸らされる。
「ボクは・・・」
「アーシェラは、私の事を好きって言ってくれたよね。あれは嘘だったの?」
「違うよ!ボクもユーリの事は大好きだよ。でも・・・」
手を握る。触れるたびに思う、小さい手を。
「元に戻る方法を一緒に探そうよ。もし、アーシェラが嫌だって言うなら、私一人で探す。私は、そのために冒険者になるから」
「ユーリ・・・ボクは・・・」
何かを言いかけ、言い淀む。
「ねえ、アーシェラ」
優しく声を掛ける。ようやく、アーシェラの青い瞳と目が合った。不安がっていた表情が和らいでいる。
「私は、アーシェラの事が好き。世界で一番好き」
おそらく伝わるのは半分だけの「好き」だろう。だから――
「だから、私と友達になってくれないかな?」
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
お読みいただいた事、ブックマークを付けていただいた事、評価を付けていただいた事が励みになり、ここまで書くことが出来たと思います。
初めて小説を書き、その難しさを改めて実感しました。
拙い部分も多かったかと思います。
創作に身を置いていないため、基本の事もわからずに書きなぐってしまいました。
書きながら小説の書き方やWeb小説について調べてみたりもしましたが、時すでに遅し。読み手側から見るとNGな事を連発してしまったかと思います。
打ち切りENDのような形となってしまいましたが、キャラクター達にも助けられ、本当に楽しく執筆する事ができたと思います。
リビルドしたいという気持ちもありますし、他の作品を書いてみたいという気持ちも湧き上がっています。
また癖が合う機会がありましたら、どこかでお会いできればと思います。
改めて、最後まで読んでいただき、ありがとうございました!