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ボクとデートをしないかい?

 「それで、二人はパティエの冒険者同好会に入る事にしたのかい?」

 「わたしは入部しようと思うんですが、ユーリちゃんはまだ迷ってるみたいでした」

 フランは農村の出身で、村を護るためにはモンスターの討伐技術を身に着ける必要がある。元々どこかに入部しようと考えていたのだが、魔法学校に複数の同好会が存在したため、決めかねていたらしい。

 パティエの所属している冒険者同好会は対モンスター戦闘の研究を中心とした活動をしており、通称『モン専』と呼ばれていた。先日のような討伐任務に参加することも多い。

 「ふむ。なんでだろうね」

 ユーリの迷いの理由が分からず、アーシェラは思案した。

 「そうだ。モンスターの討伐報酬の事は、ユーリは知っているのかい?」

 「あ、もしかしたら知らないかもしれません。私も同好会について調べているときに知りましたし」

 同好会や学業の一環であっても、モンスターの討伐には必ず報酬が発生する。もちろん戦闘の貢献度によって報酬は上下するが、参加する事だけでもある程度の報酬が支払われることが決められている。命の危険や怪我の可能性が付きまとうためだ。

 先日の討伐においてもユーリはメリノを仕留めた数こそ1匹ではあるが、囮や電撃魔法による足止めなどでそれなりの結果を残している。それは上空から見ていたアーシェラにはよくわかった。

 「それじゃあ、今晩少し話をしにいくよ。仕事のついでにね」

 ユーリに仲の良い友人が出来る事はいい事だ。その結果、例え自分との距離が離れたとしても。


◆ ◆ ◆


 「ご注文、承りました!」

 本日何十回目かの注文を受け終わったユーリは、酒場が賑わい始めた事に気付いた。客の酔いが回って来たようだ。そんな時、

 「おねえちゃん可愛いね。名前は何て言うんだい?」

 三人組の客の内の一人が、そう声を掛けてきた。名前を聞かれることは特別珍しい訳では無いが、どうにも苦手な感じのする男だった。

 「えーっと、ユーリです」

 営業スマイルを返しておく。

 「ユーリちゃんかあ。彼氏はいるの?俺、コイツに誘われてこの街に来たばっかりでさ。寂しいんだよねぇ」

 指さされた男は先日から来ているイケメンの冒険者だ。諭すような口調でナンパ男を窘めようとする。

 「あんだよ。お前はこの前の討伐で合った女と良い感じになってんだろ。邪魔すんなって。あ、もしかしてお前もユーリちゃん狙ってんのかあ?」

 かなり酔っぱらっている様子で、こちらの事はお構いなしに話し続ける。

 「注文いいかしら?」

 対処に迷っていると、男性の声で呼ばれた。ベナスだ。助け舟を出してくれたのだろう。

 三人組のテーブルから離れようとしたその時、ナンパ男に腕を掴まれる。魔力での身体強化がないため、疲れれた箇所が痛い。

 「ちょっと待ってって。彼氏居るかだけでも教えてよ!」

 「い、いませんけど」

 そもそも男に興味はない。ハッキリそう感じる。

 「じゃあさあ――」

 まだ話を続けようとするナンパ男の腕を振り切ろうとしたその時、ベナスが立ち上がった。

 「そういう下品な誘いは止めなさい。男の価値が下がるわよ」

 ピシャリと言い放ち、物腰柔らかな動きで男に近づいていく。ベナスの身長はナンパ男よりも高いため、威圧感を与える。

 「な、なんだてめえ!あーん、そうか。てめえも『相手』して欲しいってのか!」

 下卑た表情を浮かべてナンパ男が大声を上げた。その言葉にユーリの頭に血が上る。

 ナンパ男に手をかざし、手のひらに意識を集中しようとした瞬間、ベナスに目で制された。

 無言でナンパ男を睨みつけるベナスと、今にも殴りかかりそうな男。一触即発の空気が流れる。

 静まり返った空気にテーティスが気付き、何事かと振り向いたその時、酒場の入り口から一人の女性が入って来た。憲兵の姿をしている。

 「おや、何かもめ事かな?」

 身長が低いためかフードが顔半分を隠しており表情を窺う事はできないが、ユーリ達に話しかけているのは明らかだった。

 三人組の残った一人がナンパ男の腕を叩くと、掴んでいたユーリの腕から手が離された。

 「くそっ、酔いが醒めちまった。俺は他で飲みなおすぜ」

 捨て台詞を放ってナンパ男は外へ出て行く。残された二人は申し訳ないと他の客に謝っていた。

 「あ、ありがとうございます」

 ベナスにそう伝えると、ニコリと笑って席に戻っていった。

 「なーにが酔いがさめちまったよ!それはこっちだあっつーの!ユーリちゃん、麦酒樽ジョッキで五杯!」

 何故か顔の右側を赤く腫らしたリサが大声で注文をすると、次第に酒場の空気は戻っていった。

 憲兵の女性が近づいてくる。

 「ユーリ、大丈夫かい?」

 「え?」

 フードの下から姿を現したのは、アーシェラだった。

 「年末はトラブルが増えるからね。見回りの仕事を押し付けられたんだ。魔法以外の事に興味を持たなすぎだって、自分の目でちゃんと見るようにってさ」

 肩をすくめて苦笑する。しかし、どこか嬉しそうに見えた。

 「でも、『渡り鳥』に足を運んだのは、ユーリに個人的に用事があったからなんだ」

 「個人的な用事ですか?」

 異世界や性別変換の件だろうか。手がかりがそれ程早く見つかるとも思えないが。

 「うん。明日、ボクとデートをしないかい?」

 予想外の誘いに、ユーリはただ目を丸くするだけだった。



 昼も過ぎ日差しが温かくなってきた頃、ユーリは『渡り鳥』の前でアーシェラを待っていた。

 デート、と言っても女性同士の話、買い物をして街を歩くというものだ。特別な事ではない。

 少し残念に思いながら、辺りを見回す。初めてこの世界に来た時と同じ景色の筈が、全く違う街のように見える。あれからまだ二週間程度しか経過していないと思うと驚きを感じる。

 (そういえば、初めて会ったのはリサさんとマナさんだったっけ。あの時二人に話しかけられなかったり、女将さんが声を掛けてくれなかったらどうなっていたんだろ)

 思い出に浸っていると、遠くにアーシェラが見えた。一瞬小走りのようにも見えたが、ゆっくりと歩いている。さらに近づきこちらに気付くと、軽く手を振って、

 「おはよう、ユーリ。その服は初めて会った時以来だね」

 「おはようございます、アーシェラ様。制服はまだ乾いてなかったので・・・。まだ他の服は持ってないですし」

 「うん。だから、今日はうんと可愛い服を探そう」

 「はい」

 頷いて、アーシェラの横についた。商店街の通りに向けて歩き出す。

 自分自身が着る、女の子としての服を選ぶために。



 女の子の服といっても、ズボンも種類は多い。今着ているセーラー服もスカートであれば、違う種類が欲しいとユーリは考えていた。動き回ったときにパンツが見える事を意識してしまうと、激しく動くことに抵抗が出来てしまうからだ。先日のモンスター討伐でズボン型の服を着た際、思った以上に動けていた理由がその一つだろう。

 だが、ユーリの下半身――特に臀部が大きく、当初の想定は大幅に崩れていた。

 スラックスではシルエットが崩れる。スキニータイプでは太ももの太さが目立つ。ワイドパンツやプリーツパンツは激しい動きに向いていない。腰から太もも部分が太いものもあったが、個人的に好みではなかった。

 (こんなに選択肢が無いなんて・・・)

 ショックを受ていると、アーシェラが一度全体をコーディネートすると提案してくれた。今は選んでいる最中で、ユーリは隣を歩きながらその姿を眺めていた。

 幾つかの服を並べ、真剣な表情で吟味している。時々、ユーリに好みを訪ねてくる。

 「こっちの方が似合うかな?ユーリはどっちが好みだい?」

 「この、青い方が好きですね」

 などと会話をしながら、選んでいく。ただそれだけだったが、何故かユーリは先ほどから心臓の鼓動が少し早くなっている事に気付いた。一瞬、過労による不整脈かとも考えたが、今の身体ではそのような筈はない。

 純粋に、自分のためにアーシェラが服を選んでくれているという事に胸がときめいているのだろう。

 「こんな感じかな。これなら予算内に収まる筈だよ」

 と言って渡された服を手に取り、試着室に向かう。

 渡される際、自然と手が触れた事を意識しすぎたため、感謝の言葉を伝える事も忘れていた。



 アーシェラが選んだのは自身が履いているのと同じようなショートパンツだった。但し、単体だけではユーリの太ももはむき出しのままだ。そこで白いワンピースで膝上までを隠した。結果、パンツが見えない事、太ももを隠す事、シルエットを崩さない事、可愛らしさを全てクリアしたのだ。

 更に上着をアレンジする事でワンピースの清楚さを残しつつ、幼さを打ち消している。見事な采配だった。

 「ありがとうございます、アーシェラ様!凄い可愛いです!」

 「うん。ただ、ワンピースが白だから下着の腰部分が見えてしまうかもしれないね。ユーリはローライズの下着は持ってるかな?」

 下着の事はまだよくわからないが、持ってはいない。

 「ないですね。どんなものなんですか?」

 「んー、ボクが今履いてるんだけど、見るのはユーリが恥ずかしいかな」

 「さ、流石に・・・。じゃあ、この後お店で見てみましょう」

 「うん。そうしようか」

 一緒に下着を買いに行くというのは非常に恥ずかしさを感じるが、今のユーリには断る理由がなかった。



 一通り買い物を終えて喫茶店で紅茶とケーキを楽しみ、少し街を歩いただけで既に辺りは暗くなっていた。

 「今日購入した素材なら魔力も込められるから、冒険者用の装備としても使えるよ」

 購入した服の入った紙袋を抱え、アーシェラはユーリを見上げながら言った。

 「え、そうなんですか?」

 「うん、そういった素材を選んだからね」

 ユーリ自身、冒険者の道を選ぶべきか悩んでいる。護身用程度に魔法を覚え、今のまま酒場で働くのもいいのではないだろうか、と。

 テーティスには昨晩相談した。自身も部活動をしていたし、ユーリがしたい事があれば休みを多くする事も構わないと言ってくれている。

 元の世界の事も忘れ、自分が男だった事も忘れてしまえばいいのではないか。実際に少しずつ今の状態に慣れてきている。たまに嫌な相手とも出会うが、親切な人の方が多い。そして何より、アーシェラという存在が居れば充足した人生を歩めるのではないだろうか。

 そう、今のように。

 憧れの気持ちなど抑え込み、危険な道を選ぶ事はないと自分に言い聞かせればいいのだ。

 「ボクは、ユーリに冒険者になって欲しいと思ってる」

 ドキリとした。

 「自分で進みたい道を選んで、色々な人と関わって」

 自分の心を読まれているようで。

 「後悔しないように、進んで欲しいんだ」

 青い瞳がユーリを見つめていた。

 背中を押された気がして、身体が熱くなる。選んでいい。進んでいい。そんな風に言われたことはなかった。

 いつも全力から少し下の力で抜けられる道を選び、安定を得た。冒険はギャンブルだと言い聞かせた。

 その結果、自分からも現実からも背を向けた。この世界に来てから、その自責の念があった。それを、この青い瞳が肯定してくれた。

 (私は、アーシェラ様が好きなんだ)

 自覚する。人間的に、異性として、といった言葉では言い表せない感情だった。

 「ありがとう、ございます。アーシェラ様」

 「うん。どういたしまして」

 「私、冒険者を目指してみようと思います。どんな風になれるかはわからないけど。だから――」

 心からの笑顔を向ける。

 「これからもよろしくお願いしますね、アーシェラ様!」

 「――」

 間があった。一瞬だけのものだが、何故かユーリにはひどく長い時間に感じられた。何故ならば――

 アーシェラの表情が。

 「それはできないよ」

 「そんな。どうして――」

 「ボクは、ユーリと同じ時間は歩けないから」

 とても悲しそうなものだったから。

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