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やりたい事と、やるべき事

 「冒険者になった理由だっけ?覚えてないなあ・・・マナ覚えてる?」

 「流行ってるし面白そうだからって、アンタがなろうって誘ってきたんでしょ・・・。アタシは安定して暮らせる方が良いって言ったのに」

 街へ戻る馬車の中、生徒組の他に冒険者が乗合いになっていた。最初は『渡り鳥』の常連客であるリサとマナがユーリに話しかけて来たため、いつものように会話をしていたのだが、周りの生徒達から本職の冒険者への質問攻めが始まっていた。

 「アルゼラさん。この人たちはダメ人間なんだから、ちゃんとした答えなんか返ってこないよ」

 「な!?ユーリちゃん、ウチらのことそんな風に思ってたの!?今日私たちの事見てたよね!?カッコよく戦ってたの!」

 「見てませーん。余裕ありませんでしたし」

 多少視界には入っていたが、正直見ている余裕は無かった。

 「まあ、あれくらいのモンスターじゃあねぇ。相手がワイバーンだったら、もうちょっと魅せるところもあったんだろうけどね」

 マナが肩をすくめる。

 「あの人・・・七賢者の人だっけ?なんか凄かったねぇ。なんか私達と歳が変わらないように見えたけど、百年以上生きてるとか聞いた事あるよ」

 「マジ!?どんなアンチエイジングしてんの!?」

 リサが目の色を変えてアルゼラに詰め寄った。

 確かアーシェラ自身が、歳を取らない理由は魔族の呪いという事になっている。と言っていた事をユーリは思い出した。

 「戦争があったとき、魔族の呪いでそうなってしまったらしいですよ。だから、元に戻る方法も解らないとかで・・・」

 「マジ!?全然呪いじゃないじゃん!私も若いままでいたい!」

 確かに若さを保てるだけなら、それはメリットしかないとユーリも思う。

 「でもアンタ、アタシが死んだ後一人で生きていけるの?」

 「それは無理!」

 リサとマナのやり取りに生徒達も笑い声をあげる。その中にアーシェラが一緒ではない事が、ユーリに少し寂しさを感じさせる。

 「呪い、か・・・」

 誰にも聞こえない程度の小さな声でユーリは呟いた。

 この世界での平均年齢は現代よりも低い。アーシェラと同世代の人間はもう生きていないだろう。彼女が人と距離を取る理由はそれだけではないと思うが、一つの原因になっているとは思う。

 もし、その呪いを解くことができれば、アーシェラも一緒にこの中に入って来れるのではないだろうか。彼女がそれを受け入れるかは別として。

 「そういえば、フラン。アンタなかなか凄かったわね。素人の動きじゃなかったよ」

 「え、そうですか?村で色々やってたからかな?私の年代から下は少し年が離れてるので、村の近くでモンスターが出た時、駆り出されてました」

 田舎暮らしの経験が生きているという事か。ユーリは根っからの街育ちのため、動物どころか虫への耐性も低い。

 皆が納得する中、フランの横に座るパティエがフランに身体を寄せる。

 「ね、フランは冒険者に興味ない?卒業したら、一緒に組まない?回復も得意なんでしょ?」

 「ええ?冒険者、ですか?考えた事も無かったけど・・・」

 ヒーラーは大事だと頷くマナと、ナンパは止めるようにとパティエを諭すアルゼラ。

 リサ達からの質問返しが始まり、次第に話題は生徒達の恋愛話などといったガールズトークに移っていった。パティエには思い人が居るらしい。

 あまり興味が乗らないユーリは外を眺める事にした。

 (凄い綺麗だな)

 辺りに光源が全くないため、夜空の星が無数に見えていた。空気が冷たく乾燥しているため、星の一つ一つが輝いて見える。

 過去に田舎の温泉宿に宿泊する機会はあったが、観光地には街灯も多くこれ程の夜空が見える事は無かった。

 「冒険者、か」

 古代から現代に至るまで、人々から憧れ続けられている称号。

 見た事のない光景。未開の地。現代社会でも秘境、深海、地底、宇宙といった未開の領域は存在するが、個人単独で自由に探索することは不可能である。

 だが、この世界ではそれが職業として存在する。安定した職業ではないし、リサ達が選んだ頃と違って現在は流行という訳では無さそうでもある。

 それでも、ユーリは心惹かれてしまう。安定を選び、自分を抑圧した人生の反動なのだろうか。限界まで抱えたストレスが未だ心の底にこびり付いているのか。

 自分の欲求、欲望。それは我慢すべきもので、忌避されるものだと考えていた。誰に言われた訳でもなく、いつの間にか自分自身と向き合う事をどこか諦めていたと思う。

 『ボクも一緒に責められるよ』

 アーシェラの言葉を思い出す。救われた気がしたのだ。それは、女性になってしまった事だけではない。彼女自身はその意図は無かっただろうが、ユーリの心には響いてしまった。

 だから、ほんの少しだけでも。

 (前を向いて、これからを選びたいんだ)


 

 討伐したメリノの肉料理が提供されるということで、学食は生徒達で賑わっていた。冒険者達には別途報酬が与えられているため、既に解散となっている。

 最後までリサは学食料理を食べたいと我儘を言っていたが、学食にはアルコールが無い事を思い出すと軽やかに酒場へ向かって行った。

 「うう・・・」

 サラダセットをトレイに乗せてメインをシチューにするかステーキにするか悩んでいた筈だったが、ユーリのトレイには両方が乗せられていた。理由は二つ。今回の討伐参加者は料理が無料であること。給仕のおばさんが「育ち盛りなんだから」と両方を勧めてきた為だった。実際、今日の空腹感であれば、余裕で平らげる事ができるだろう。

 モンスター料理を食べられる機会も今のところ多くは無い。何事も経験だと自分を納得させる。

 「うん、ダイエットは明日からにしよう」

 一度でも口にすると永遠に解除することが出来ない呪いの言葉を吐きながら、空いている席を探した。入り口側の角席が空いているようだ。

 「あれ、アーシェラ様?」

 よく見ると、制服姿で生徒に擬態したアーシェラが一人で席に座っていた。迷わずユーリはアーシェラの元へ向かって行った。

 制服も良く似合っており、長い髪の毛をリボンで結んでいるのが可愛らしい。

 「隣、いいですか?」

 「あれ、ユーリ?もちろんだよ」

 トレイを置いて椅子に座る。最近は座る前にスカートの裾を押さえる動きも無意識にできるようになってきた。

 「フラン達は一緒じゃないのかい?」

 「はい。みんなシャワーを浴びるみたいで」

 「なるほど」

 納得したアーシェラは冷えない内にと料理に手を付け始める。同じようにユーリもステーキを切っていく。自分たちの手で奪った命。そう考えると、しっかり味わって食べるべきだと思える。

 ミディアムレアのひと欠片を、ゆっくりと口に入れて咀嚼する。最初に感じたのは驚くほどの柔らかさだった。新鮮な肉というのはこれ程柔らかいのか、野菜を噛み切る程度の力を加えるだけで身が溶けていく。臭みはなく、油と香辛料の香ばしい匂いが口内から鼻腔に広がっていく。味付けはあっさりとしたものだったが、肉汁の甘味を引き立てて舌を満足させた。

 それだけではなく、何かが満たされるような感覚もある。

 「すごくおいしい!」

 飲み込んだ後、ユーリが出せた感想はそれだけだった。だが、余計な言葉は不要と思える。

 「そうだね。みんな頑張ってたから、余計に美味しく感じるよ」

 「ですね。でも、美味しいだけじゃなくて、なんか不思議な感じがあります」

 「ああ、それは魔力が補充されてるからじゃないかな。モンスターは魔力を持ってるからね。残った魔力が身体に吸収されるんだよ」

 「モンスターを食べながら戦えば、無限に魔法が使えるって事ですか?」

 「それだけ消化できればね。まあ、魔力効率のいいモンスターの素材を使った、魔力を回復する薬なんかもあるけど」

 「なるほど」

 授業ではまだ習っていなかった。確かに流通量を考えると優先して教える話でもない。

 「そういえば、アーシェラ様は幻影魔法で姿を消してましたよね。でも、見えませんでした」

 「そうなのかい?ふむ。何か見える条件とかあるのかもね」

 そんな風に会話をしていると、あっという間に料理を平らげてしまった。成人男性の一日の摂取カロリー程度を。

 (まだ食べたい・・・)

 男の時なら気にせずにおかわりをしていただろう。しかし、今の自分にはそれをする訳にはいかない。よく考えれば、基本消費カロリーも低いのだ。今日の罪がどれ程の罰を与えてくるのか、ユーリには想像がつかなかった。

 「アーシェラ様。今日は誘っていただいてありがとうございます。本当にいい経験になりました」

 「それは良かった。朝から話もできなかったし、少し心配していたんだ。想定よりメリノの数も多かったしね。大変だっただろう?」

 「んー。確かに大変でしたけど、やっぱり百聞は一見に如かずって感じですね」

 「ひゃくぶん・・・?」

 諺は伝わらないのだろうか。伝わるものと、伝わらないものがあるのかも知れない。

 「あー、あっちの世界の諺です。百回聞くより、一回見る方が理解できるといった意味で」

 「へぇ」

 「アーシェラ様の魔法も凄かったですし、あんなのは街の中じゃ見れませんしね。私も頑張って強くならないとなって思いました」

 「やっぱり、冒険者になりたいと思うかい?」

 「そうですね。ぼんやりと憧れみたいなものはあります。絶対的な理由はないんですけど・・・」

 「うん。今はそれでいいんじゃないかな。ここにいる間に、理由を見つけられれば」

 「あれ、いいですか?てっきり反対されるのかなと思ってたんですけど」

 意外に思って聞き返す。

 「それは、キミが危なっかしいからだよ。ちゃんと身を守れるなら、反対なんてしないさ」

 アーシェラの言葉にユーリは反論できなかった。だから、力を付けなければならない。

 「でも、目標ができたなら、実践的な事も学んでいくのもいいかもね。ボクの方でも考えておくよ」

 「ありがとうございます」

 今日の経験で、戦闘で不足している能力がハッキリした。魔法にも身体を動かす事にも慣れてきたため、修練をハードなものにしても問題ないだろう。若干酒場での仕事が心配だが。

 「でもなんだか、私ばっかり申し訳ないです。何かアーシェラ様に返せるものがあればいいんですが・・・」

 「何を言ってるんだい。これはボクの仕事でもあるんだから、ユーリが気にする事じゃないよ」

 そう言われると少し寂しいが、言い返す事ができない。アーシェラが出来ない事で、ユーリが出来る事があるのか想像もつかない。

 (それでも、何か・・・)

 「よっ、ユーリ!」

 思考を巡らせていると、ユーリの肩が叩かれる。声からパティエだとわかった。

 「アーシェラ様、こんばんは」

 「こんばんは、フラン」

 フラン、パティエ、アルゼラの三人がユーリ達の向かいに座った。

 「アーシェラ様って・・・」

 アルゼラが少し畏まった声をあげる。そこから、初対面の三人が「はじめまして」と挨拶をした。周りの喧騒に押され、空気が静まる。

 「アーシェラ様、制服も似合ってますね。リボンも可愛いです」

 何か話さなければ。そうユーリが思った瞬間、フランがすかさずアーシェラのコーディネートを褒める。

 「ありがとう。このリボンは結構お気に入りなんだ。ちょっと幼く見える気がするから、普段は付けてないんだけど」

 「お洒落、好きなんですか?」

 料理に手も付けず、アルゼラが目を輝かせる。

 「うん。王国や共和国の流行もチェックしてるよ」

 「ええ!じゃあ、フェアレ・ティムとかも!」

 「フェアレ・ティムは少し可愛らしすぎる感じがあって、持ってないかな」

 「えー。絶対に合いますよー!」

 料理にも手を付けず、アルゼラは前のめりになって会話を続ける。

 (これが女子・・・俺はまだ女子として弱い・・・)

 会話に入れず、力量の違いを見せつけられているようで、ユーリはダメージを負った。フランも相槌を打ちながら、時に質問を投げかけている。

 一人、ムシャムシャと料理を平らげるパティエと目が合った。

 「ん?まだ食べ足りないのか?わたしも全然足りないし、一緒におかわり取りにいく?」

 無言で頷く。罪はいつか償えばいい。



 罪悪感をねじ伏せ、ユーリが三枚目のステーキを平らげたところで、話題は冒険者に移っていた。

 冒険者と一括りに呼ぶが、モンスター討伐、トレジャーハンター、傭兵、様々な業務があり、専業している者も居れば兼業の者も居る。基本的には定住していないため、ギルドによって逗留場所を管理される。自由に行動はできるものの、提出が遅れたりするとトラブルの元となるなど制約も多い。

 戦闘能力が高い人間も多く、その管理は当然とも考えられる。

 「ユーリも冒険者に興味があるんだ。だったら卒業したら一緒に冒険しない?フランも誘ってさー」

 ユーリ、フラン、パティエ、アルゼラで四人にはなる。多すぎず少なすぎず、活動しやすいとは思う。

 「でもパティエ先輩、私たちの成長を待ってたら時間かかっちゃいますよ」

 パティエは十分に戦える。自分たちを待つのは勿体ないとユーリは思う。

 「うちのクラス、冒険者志望が全然いないんだよ」

 「えー、男子はいるんじゃないですか?」

 アルゼラがニヤニヤしながら、手持ちのフォークで少し離れたところに居る男子たちを指す。即座にフランがやんわりと行儀を指摘していた。

 「おっ、男ぉ?女子だけの方が、気楽でいいだろ!」

 顔を赤くして、パティエが否定する。男勝りといった性格のように思うが、異性は苦手のようだ。馬車の中でのガールズトークでもずっと揶揄われていた。そういった面でも、冒険者パーティというのは難しいのだろう。

 その点、ユーリは男と一緒でも気にはならない。そこは一種のアドバンテージだ。

 「それに、アーシェラ様の呪いを解く方法だって、見つかるかも知れないですし、ね?」

 ユーリもフランも乗り気を見せないためか、パティエはアーシェラに助けを求めた。

 「ん?確かに、そういう事もあるかも知れないね。もし見つかったら、高く買うよ」

 あくまで信じてはない様子で、アーシェラは軽く笑った。

 (アーシェラ様の、呪い・・・)

 実際には魔王の秘宝による影響だ。そして、自分の身体が変わった事とも関係があるかも知れない。

 (そっか)

 自分には冒険をする理由があった。それはアーシェラへの恩返しにもなる。確実性は無いが、人任せには出来ない事だ。

 「それも、いいかも知れないですね」

 やりたい事と、やるべき事。今の自分の中では、それが一致している。

 真剣な表情で、ユーリは頷いた。パティエもアーシェラも、少し意外そうな顔をしていた。


◆ ◆ ◆


 「まずい――!」

 屋敷に戻り、冷静になるために就寝までのルーティンを開始したものの、湯船に浸かりながらアーシェラは未だに焦っていた。

 ユーリは元々冒険者に興味を持っていたし、今日の経験がプラスになれば、より早い成長を求める考えていた。会話の中でも、軽く誘導した。そして、その目論見は成功した。

 だが、アーシェラの下心が空回ってしまったのかも知れない。純粋でないアドバイスは、得てして失敗を招くものだ。

 「まさか、ボク以外と組む可能性があるなんて」

 愚かにもその可能性を考えていなかった。

 ユーリの社交性は低くない。少し人と距離を置くようにも感じるが、それは社会人男性として適切な距離だろう。必要以上に他者を拒むような事はしないし、何なら少し人に対しての警戒心が薄いくらいだ。

 自分の考慮が浅かった。この世界に来てから日の浅いユーリに対して、最も親しいのは自分だと自惚れていたかも知れない。

 早急にユーリの好感度を稼がなければならない。

 「でも、どうやって?」

 今でも最大限、ユーリと接する時間は作っている。これ以上何をすればいいのだろうか。

 『それなら、ボクと一緒に練習していこうか』

 そう言ったのはアーシェラ自身だ。まずは一緒に買い物だろうか。としても何を。ユーリは何か欲しいものがあるのだろうか。

 顔の下半分を湯船に沈める。

 「ぶーびぼ、ばば」

 意味を失った汚い音が浴室に響き、安定感の無い波紋が水面を広がっていった。

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