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魔法都市

 建物の中は壁、床、天井、テーブル、机すべてが木造だった。

 喫茶店というよりはレストラン、酒場といった雰囲気で、壁に地図らしきものが掛けられていた。

奥のカウンターテーブルに置かれたランプがうっすらと明かりを灯しているため、まだ薄暗かった外よりも明るく感じられた。

 入ってすぐの脇に二つ折りの看板らしきものが置かれていたが、内容はよく見えない。

 女将に促されて奥のカウンターテーブルの椅子に座ろうとした。普段のように。

 (冷たっ)

 「・・・」

 尻に直接伝わる冷たさに思わず上がりそうになる声をこらえ、今度はスカートの布を抑えながら座る。

 言い知れぬ気恥ずかしさに俯く。

 「ほら、まだ温めたばっかりだから熱いかもしれないけど」

 女将が差し出してきたのは厚めのマグカップに注がれたスープ。

 「あ・・・」

 外の空気で冷えた身体にはありがたいものであったが、無料で受け取る訳にはいかないと思い財布をさがそうとした。

 (財布なんか持っているのか?)

 無かったらどうする、という不安を考えないようにしてポケット、学生鞄の中を探っていくと財布が見つかった。

 ボタンで留めるタイプの革財布に猫のキャラクターが描かれた、かわいらしい財布。中には、見たことのない形の銀貨と銅貨が数枚入っていた。

 おそらく価値が低いであろうと思われる銅貨を一枚取り出す。

 「これ・・・」

 「アンタね、スープ1杯に銅貨1枚払ってたんじゃいくら稼いでもたりないよ」

 女将は笑い、これはサービスだと付け加える。

 「でも、お・・・私は・・・」

 思わず俺はと言いそうになり一瞬言葉に詰まったが、言い直す。だが、自分の事を何と説明すればいいか迷ってしまった。

 「この街はさ、アンタみたいな娘も結構流れてくるんだ。アンタも訳アリなんだろ。言いにくい事は言わなくていいよ」

 何か勘違いをされているようだ。

 「あ、ありがとうございます・・・」

 右手でマグカップを持ち上げると、思ったよりも重さを感じた。この身体の力が弱いのか指が細いせいなのかはわからなかったが、補助として左手を添えながらカップを口に当てる。

 温められたミルクと香ばしい豆の香りが鼻腔をくすぐる。豆のスープのようだ。

 息を吹きかけて表面を冷ましながらスープを一口啜って飲み込むと、ほどよい甘味とアクセント程度の塩気が口に広がったあと、じんわりとした温かさが胃の中から身体へ伝わっていく。

 そういえば、朝に温かいものを口にしたのはいつぶりだろう。

 子供のころに好んで飲んでいたポタージュスープを思い出し、さっきまで感じていた焦りや混乱が少し落ち着いた。

 「・・・おいしい」

 悠里がそう呟くと、女将は得意げな顔をした後に話し始めた。

 「この街は気候もいいし治安もいい。だから冒険者や流れ者も多いけど、入ってくる人間が生きていけるように補助する制度が整ってる。冒険者ならギルド仕事だけじゃなく、政府公式の仕事から転職の斡旋。若者や子どもなら学校や住居の手配なんかもね」

 正直現代社会に身を置いていた者からすると驚きというものはなかった。どのような世界であれ、人間は結局同じような社会を構築するのだろう。

 「ほかの国、街だとここまではいかない。だからさ、アンタみたいな若い娘はそんなに珍しくないんだよ・・・」

 (なるほど、家出娘と勘違いされているということか)

 異世界でも現実世界でも世の中に発生する問題というものは大差がないのかもしれない。

 「でもさ」

 マグカップを置き、何か迷うように頭をかく女将の目を見返す。小言、忠告のようなものを言うか悩んでいるのだろう。

 「はい」

 「・・・ん、若い娘が、さ。そんな・・・太ももを晒すような恰好をするのは、ちょっと危ないよ」

 「!?」

 思わず立ち上がり、スカートの丈を確認する。短い。言い知れぬ不安感が身体を駆け回る。

 膝上何センチかはわからないが太ももの7割近くを露出しており、これではどういう重心で動けば下着が見えないように歩けるのかがわからない。

 実際に世の中の女子高生がこんな状態で過ごしているのだとしたら、その胆力はどこからくるものなのか。

 悠里は羞恥心で顔が赤くなっていることを自覚しながら、スカートのウエスト部分を触って折り目になっていることを確認した後、折り目を戻しながら長さを調節していった。

 「こ、これは、ちょっとした手違いなんです。あ、ありがとうございました」

 「あれ、そうなのかい。てっきり・・・いや、それなら安心だよ」

 本当に安心したようで、女将の顔が今まで以上に緩んだのがわかった。この女性は優しい人なのだろう。

 丈を調整してから座り直したが、気恥ずかしさに女将の顔を見れずに辺りを見回すと、二つの地図が目に入った。一つは大陸地図、もう一つは街の地図だ。

 「あの地図って、この街のものなんですか?」

 「そうだよ。あれはこの街、モーリアスの地図だよ」

 目を細めて見ると、円形のような街が書かれた地図の上部に魔法都市モーリアスと書かれてあることが分かった。

 (え?)

 何故という疑問より先に、その地図に書いてある他の文字に読めるものと読めないものが混じっているという事実が頭に飛び込んでくる。どういう事かはわからなかったが、南側に港、北と東に門と書かれている。

 「そうだね。地図の南側にあるのが港で、その北西がだいたいこの店の辺りになるんだけど・・・」

 城と呼ばれる行政区画を中心にいくつかの区画に分かれており、店舗や雰囲気が異なるとのことだった。女将が説明を続けていくなかで、7割程度は読むことができた。

 ただし、不思議と筆記ができるという感覚はイマイチなかったが。

 「・・・って訳さ」

 女将の説明が終わる。

 「あれ、魔法学校は・・・」

 「ああ、そうだったね。魔法学校は、お城に併設されてるんだよ。まあお城って言ってもこの国は王様ってのはいないんだけどね」

 君主制ではないということだろうが、区画の説明の中に貴族というものがあったため、身分の違いというものは残っているということだろう。

 若者や冒険者への制度が充実していることや、女将の話し方からも圧政を強いるような統治はされていないことが推測されるが。

 「まあ、魔法学校や行政の窓口はまだまだ日が高くならないと開かないから、それまでゆっくりしていきな」

 そう言って、女将はカウンターの裏にあるキッチンで料理の仕込みを始めた。説明はこれで終わりということだろう。

 話を聞いているうちにスープを飲み干したため、身体は十分に温まっていた。気持ちも落ち着いたため、これからについて考える。

 (まず、魔法学校に行って入学手続きをして、そこで学生雇用の斡旋を受ける)

 つまり、勤労学生になるという事だ。

 (まずは、この世界の魔法がどんなものか。だな)

 特別な才能があるかもしれないし、規格外の魔力を扱えるかもしれない。逆に全く才能がなく、最弱の能力と認定されるかもしれない。

 それでも、魔法という言葉に気分は高揚してきていた。

 (元の世界に戻る方法や、男に戻る方法はおいおい考えよう)

 どちらにしても今の状況からはどうすることもできない。すぐに元の世界に戻りたいとも思えなかった。性別は戻りたいと思うが。

 まずは、魔法の事、街の事、この世界の事を少しずつ学んでいけばいい。

 (別に、少しは楽しんでもいいだろ)

 そんなことを考えていると、奥の扉が開いて女性と少女が姿を現した。

 「女将さん、おはようございます」

 「おかあさん、おはよう」

 女性は赤かかった茶髪の落ち着いた女性で、年は今の悠里より少し上くらいだろうか。スタイルが良い。

 少女は女将と同じ焦げ茶色の髪、おかあさんと呼んでいる事から女将さんの娘なのだろう。

 女将は作業の手を止めずに返事を返す。

 二人を見ていると少女と目が合った。目をパチクリとさせている。

 「あれ、お客さんですか?」

 赤髪の女性がロングヘアーを束ねながら、女将に尋ねた。

 「んー、旅行者さんでね。朝早くに船から降りてきちゃったみたいで、世間話をしてたのさ」

 「あ・・・お邪魔してます。でも、もうそろそろお暇しようかなと思ってるので」

 店の準備などもあるだろう、あまり長居をして邪魔をする訳にもいかない。

 「いいんだよ、別にいつまでいても」

 外を見ると、いつの間にか日が昇ってずいぶんと明るくなってきている。

 「いやー、これ以上ご厚意にあまえちゃうと、ここに住みたくなっちゃいそうですし!」

 そう笑って見せると、女将も歯をむき出しにして笑い返してきた。

 「そうかい。でもこの街に住むんならいつでも顔を出しなよ」

 「はい。絶対に」

 立ち上がり、店の入り口まで歩いてから振り返ると女将の娘が手を振っていた。

 「おねえちゃん!いってらっしゃい!」

 「ありがと!いってきます!」

 扉を開けて外に出ると、朝特有の人々の喧騒と先ほどより幾分か温かい空気が広がっていた。

 「よし、まずは」

 魔法都市を観光しながら、魔法学校を目指すとしよう。

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