モンスターの討伐
「金髪!後ろだ!」
「はい!」
後ろからの大声に振り向くと、猛った黒色の羊が角でユーリを狙うように突進してきていた。激突まで数秒。時間は十分にある。焦らず剣先に意識を集中して電撃を放つ。この世界の魔法は詠唱が無い分、発動が早い。
「っ!」
放った電撃が対象に直撃。メリノの動きが痺れて止まった。その隙を逃さず、巨体を組み伏せたのはフランだった。身体強化を中心にした修練の結果が十分に出ている。
「――」
フランは真剣な表情でメリノの角を掴んで地面に固定する。そして、右手に持った大きな鉈でその首を両断した。
「運んでくるね」
言って、巨体を担ぎ上げて荷馬車の方に駆けていく。ユーリはフランが左手に持ったままの羊の首から目が離せなかった。
(首が切断されても、少しの間は口が動くんだ・・・)
ぼんやりと周りを見回す。かなりの数のメリノが暴れており、教員と冒険者も対応に追われていた。
貸与されている皮鎧などはそれなりの防御力を誇っているようで、角で突かれたくらいでは死んだりしないとの事であったが、未だに胸の部分は防御が怪しいユーリは攻撃を受けないように逃げ回っていた。
少し情けなくも感じるが、電撃で動きを止めるだけでも役には立っているだろう。自分の出来る事を、できる限りすればいい。
肉体の防御力を上げ、身体強化で回避に専念する。余裕がある時だけ、他人に襲い掛かるメリノに電撃を放つ。それを繰り返す。
「いやあ、今年は大漁だな!」
先ほど危険を知らせてくれた先輩生徒が、戦いながらユーリに向けて笑いかける。普段はこれ程多くは無いようだ。
「そうなん、ですかっ!」
あまり余裕は無かったが声だけ返すと、満足したように離れていった。ユーリを気遣ってくれたのかもしれない。
「なんか動きやすくなってきてる気がする?」
観察していると、各員の役割が分担されてきている事に気付いた。ユーリのようにサポートに回る役の他に、モンスターを倒す役、離れたところで傷の回復をする役、そして倒れたモンスターを運ぶ役だ。
普通に考えればモンスターを倒す役が最も危険だと思っていたが、モンスターの攻撃を躱しながら巨体を運ぶ役が最も危なく見える。動きも制限され、両手が塞がって反撃も難しい。意外にもフランがその役を買って出ている。
戦い方も様々で、指導役の教員のように肉厚のブロードソードで鮮やかに首を落とす者、刺突剣に水の刃を乗せて使う者、強い電撃で気絶させる者などが居る。草木に燃え移ると大変なので、炎の魔法は使用禁止と言われていた。
遠く離れた場所では、リサが炎の壁で逃げ道を塞ぎ、水で出来た大きな刃を水の鎖で振り回しながら暴れている。普段の酔っ払い姿とは似ても似つかないが、その暴れっぷりはリサらしいと感じた。
一方、マナの方は怪我をした生徒の傷を癒している。面倒見が良い性格なのだろうと思ってはいたが、思った通りだった。
(本当に、魔法使いだったんだ・・・)
酒場で酔っぱらう姿は欠片も尊敬できるものではなかったが、今見せているのは確かにプロの顔だった。ユーリは二人の印象を改めた。
「フ――」
息を吐き、気合を入れなおす。まだ、暴れているメリノの数は多い。
瞬間、メリノが動きを止めて一斉に同じ方向を見た。思わずユーリも同じ方向を見てしまう。
「え?」
東の空が少し陰っていた。鳥の群れだろうか。それにしては数は少なく、羽ばたきが大きい。ユーリが疑問に思っている間に高速でそれは近づいてきた。
「ワイヤード様!」
「ああ、わかってる!でも、ワイバーンだなんて、珍しいね」
呼ばれたアーシェラが幻術を解いて姿を現す。全く気付かなかったが、ユーリの真上に居たようだ。
それよりも――
「ワイ、バーン・・・?」
ファンタジー世界には本当に存在するのだ、という感動などではなく、その巨体と獰猛な姿に恐怖を覚えた。メリノも体調は二メートル近くあるが、ワイバーンはそれを超えている。鰐のような巨大な咢、脚は太くメリノを捕まえて飛ぶ事すらできそうだ。
スライムと対峙したとき、メリノと対峙した時とは全く異なる感覚だった。身体が強張り、脚が竦む。本能的に勝てない相手だと認識しまっているようだった。
「メリノを狩りに来たんでしょう。群れが南下しすぎてなくて良かったです」
「そうだね。放置してたら街に被害が出ていたかも知れない。狩猟会の情報に感謝だね」
遠くで戦っていたマナとリサがアーシェラ達に手を振っている。しかし、アーシェラは首と手を横に振って答えた。
「ちょっと追い払って来るよ」
言ってからアーシェラはユーリを一瞥して、余裕のある微笑を見せた。
ワイバーンの群れの方にアーシェラが杖を向ける。次の瞬間、大量の炎、水流、電撃、岩つぶて、氷柱が群れを襲う。上手くワイバーンには当たらないように調整しているようで、特に被害は無さそうだった。
しかし、圧倒的な魔法を見せつけられ、群れの進軍はそこで止まる。その隙をついてアーシェラは立て続けに魔法を連射しながら近づいていく。
「何あれ・・・」
先輩生徒達が呆然とアーシェラを見つめていた。メリノの群れも、微動だにしない。
「すご・・・」
同時に複数の魔法を大量に連発するという、別次元の技を見せつけられ、ユーリもアーシェラから目が離せなかった。
「ほら、あっちいって」
先頭のワイバーンまでたどり着いたアーシェラがワイバーンの顎を蹴りつけると、ワイバーンは大きく仰け反った。続けて他の個体にも蹴りを入れて吹き飛ばしていく。
「ほーら!今のうちにこっちも片付けるよ!」
教員の声に我に戻る。メリノは未だに呆けている。
自分は自分の仕事をしなければならない。ユーリは気持ちを切り替えて、剣を握りなおした。
「はぁ、はぁ・・・」
息を切らしながら、ユーリは改めて周りを見回した。メリノの数はかなり少なくなっており、教員や冒険者は荷馬車の方で精肉屋の補助に回っている。他の生徒も散らばっており、個別に残ったメリノと対峙したり、運んだりしていた。
(まさか、精肉屋のおじさんがあんなに強いなんて)
荷馬車の方に抜けてきた多数のメリノを、苦しまないように電撃で意識を失わせてから、肉切り包丁で鮮やかに捌く姿は美しとすら感じた。肉に人生を掛けた男の技だった。
視線を正面に戻す。一匹のメリノと対しする茶髪の少女が立っていた。ユーリと同じくモンスター討伐初心者の少女だ。ショートソードと丸盾を構えている。
ユーリも少女も、途中避け切れずに何回かメリノの突進を受けてしまっており、防具はボロボロになっていた。ユーリの方はやはり胸部分の防御が弱く、角に引っかかった際に服の部分が破れてしまっていた。皮の胸当て部分は無事だが、隙間からスポーツ用の下着がむき出しになっていた。
このグループには男性は居ないため、周りも気にする様子は無かったが、ユーリ自身は可愛くない下着を身に着けている事を他の女の子に見られる事が少し恥ずかしかった。機能優先でコレを買ったのだが、他の子はもっと可愛いものを着けているのではないだろうか。
全く関係ない事に意識を取られてしまった瞬間、メリノが少女に向かって動いた。頭を下げて角を突き出す、突進の構えだ。
「止まれっ!」
メリノが動き出すと同時にユーリ構えた剣先から電撃が走る。直撃。しかし、メリノの動きは止まらなかった。
(全力なのに効かなかった!?個体差がある?)
動きも速い。少女は避け切れないと判断したのか、盾を構えて土の魔法で何層かの壁を作る。だが、メリノは壁を角で粉砕して少女に激突した。
「――!」
この個体は今まで相手をしたものよりも強い可能性が高い。すぐ近くには二人の他に誰も居ない。ユーリと少女だけで戦えるだろうか。助けを呼ぶべきか、一瞬迷ってしまった。
「くぅっ――!」
なんとか突進を踏みとどまった少女が、メリノに押されている。振り回す角を盾で防ぎ、巨体の動きを剣で牽制する。しかし、剣によって傷つけられる度にメリノは興奮を高めていく。
(まずい――)
少女が体制を崩して後ろに倒れる。このままでは、巨体に踏みつけられてしまう。ユーリ自身は羊の体重などわからなかったが、成人男性一人二人分では全く足りないだろう。魔力を纏った装備を身に着けているとしても、それに踏みつけられでもしたら、ただでは済まないだろう。
「この!」
メリノが踏み込む前に身体強化で速度を上げ、横から押し倒そうと試みた。多少ぐらついたが、ユーリのパワーではフランのように押し倒すような事はできなかった。平均的に能力を上げているため、モンスターに通用するまでの能力に達していないのだ。
だが、組み付いたユーリを鬱陶しく感じたのか、メリノの意識はユーリの方に向けられた。振りほどこうと激しく身体を揺らす。
ユーリはしがみ付いたまま、考えを巡らせた。電撃も効かず、力でも押し切れない。自分に残っている攻撃方法は剣と水。刺突剣では致命傷を与えるような攻撃はできない。
「だったら!」
剣に水圧の刃を走らせる。イメージはチェーンソーが近い。刃は短いが高速で動かすため制御が難しいのが難点だが、剣全体ではなく剣先だけれあらば問題なく制御できる。
身体強化を右手に集中させ、メリノの首を目掛けて剣を振り下ろした。肉を割く確かな感触。
(よし――)
更に力を入れた次の瞬間、ガリッと硬い音を立てて剣が止まった。
裂かれた場所から噴水のように赤い血液が噴き出る。勢いよく噴き出た血液はユーリの頭から降りかかり、金髪を赤く濡らす。それだけではなく、チェーンソーのように高速で動く水の刃が血液を掬ってしまい、身体まで血塗れにしていった。
「――――!」
大量の出血、血液の熱、匂いにユーリの身体が強張る。先ほどから血を見ていたため腰を抜かすような事はなかったが、身体を伝うぬるりとした感覚は不快感を感じさせるに十分だった。
痛みを感じてか、メリノの動きがより激しくなる。
「まずッ!」
身体強化を右手に集中させているため、ユーリは吹き飛ばされないようにする事で精一杯になる。攻撃を止めて強化のバランスを元に戻そうとした瞬間、メリノがバランスを崩して倒れこんだ。
「今だよ!」
倒れていた少女が叫んだ。足元を見ると、メリノの四つの足に泥が絡んでいる。水と土の魔法を混ぜ合わせたものだろう。
両手で刺突剣を持ち、強く押し当てる。しかし、骨を切断する程のパワーが出ていない。
変わらず血は噴き出ているが、量は多くないためかメリノはまだ暴れるように動いている。暴れているとはいっても、ジタバタとしているだけでユーリの動きを阻害するようなことは無い。羊の顔は無感情だが、血で染まったそれは苦しんでいるように見えた。このままでも、おそらく出血で倒れてしまうだろう。
「ごめん――!」
無駄に苦しめてしまっている。そう感じてしまったユーリは、思わず謝っていた。
魔法のイメージを切り替える。刃を動かすのを止め、水圧を強く。鋸状に。早く、終わらせなければ。
体重を掛けながら剣を前後に動かす。握りを持つ手、腕、肩全てに全力を振り絞った。動かす度に、硬いものを削る感覚が伝わってくる。
「――!――!」
「ユーリちゃん。もう大丈夫だよ」
一心不乱に動かす両手を、誰かの手がやさしく包んだ。
「え?」
声に振り向くと、フランと目が合った。
「うん。もう苦しんでないよ」
視線をメリノに戻す。先ほどまで激しく動いていた身体は、微動だにしていなかった。命を失っている。
下半身力が抜け、ユーリはペタリと地面に座り込んでしまった。腕からは力が抜けず、剣のグリップを握った手が離せなかった。
視線を少し上げると、空が見えた。朝と変わらず、遮るものが無い青空だった。深い緑色の緩やかな丘陵から、のどかな空気が流れていた。




