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のどかな風景

 魔法学校は魔法という専門的な分野を学べる学校ではあるが、職業的に専門知識を得られるものではない。入学前から卒業後を意識している者や、家業を継ぐ為に入学した者はともかく、ユーリのようにハッキリとした目的が無い者は学校生活のなかで目指す場所を見つけていく。

 国としては優秀な人材を公務員として迎え入れたい意図があり、その一環として様々な公益活動に魔法学校の生徒を参加させていた。

 今回ユーリが参加することになったのは羊型のモンスター『カラックメリノ』の群れの討伐だった。

 通常の動物とモンスターの大きな違いは魔力を持つかどうかの一点のみであり、モンスターは身体強化や魔法を使用する事ができる。

 本来であれば狩猟者や冒険者による牝モンスターの捕獲によって対応するのだが、今年は夏に餌が豊作だったために複数の群れで個体が大量に増えてしまった。結果、従来のなわばりで冬場の餌が不足したため群れが南下していき、複数の群れでの衝突が起きてしまった。

 主な目的としては、生態系の維持のためにモンスターを討伐する事である。カラックメリノについては肉、皮、角全てが資源として利用可能である。

 参加しているのは生徒の他に教員、騎士団の兵士、冒険者。思ったよりも大所帯で物々しい雰囲気になっていた。ちなみに七賢者であるアーシェラは公務として参加しているようだった。

 意外にも『渡り鳥』の常連客であるリサとマナも参加していた。昨日酔いつぶれていた筈だが、今朝会った時は笑顔でユーリに挨拶をしてきた。

 複数の群れが広範囲に広がっているため、東西南に部隊を分けて行動するようで、ユーリ達の部隊は東側に配置されている。

 出発前は初めて街の外に出る事に胸を躍らせたが、実際には幌で覆われた馬車の中から外は見えず、ただ激しく揺られて気分が悪くなるだけだった。

 痛んだ尻をさすりながら、サイズの合う着替えを手に取る。血で汚れるため、制服から着替えるようにと教員から渡されたものだ。動きやすいシンプルな皮鎧とスリムなズボン。手袋とブーツは革製だった。軍用品のようで、造りはかなりしっかりしている。

 (可愛くは無いけど)

 馬車内で着替えている他のメンバーに背を向けながら、フランよりもワンサイズ大きいズボンを手に取る。同じサイズで十分だと思っていたが、実際に履いてみると尻が入りきらなかったのだ。その時、ユーリは気付いてしまった。自分の下半身が、太い事に。

 (最初の頃より少し太ったかなとは思ったんだよな。でも、他の女の子と見比べてなかったから、元々太いなんて気付かなかった・・・)

 今では、かなりむっちりとした下半身になってしまっている。このままでは、下着も入らなくなってしまうのではないかと思う。世の中の女子は毎日こんな魔物とも戦っているのだろう。これからは、自分も戦い続ける事になるであろう太ももの無駄肉を睨みつけた。

 全員が着替え終わった気配を感じ、振り向くとフランが外を指さしていた。頷き返し、フランと同時に馬車の外に出たユーリは感嘆の息を漏らした。

 「わあ」

 まず目に入ったのは、遮るものが無い青空だった。視線を下すと、濃い緑色が生い茂るなだらかな丘陵と、朝靄で薄っすらと霞む山々が見える。視界に建造物は一切なく、無機質な岩場の白黒だけが明暗を作り出していた。

 よく見ると、遠くにぽつぽつと黒い影が動いているのが見えた。あれがカラックメリノなのだろう。この距離では姿は良く見えない。

 景色に感動しているのはどうやらユーリだけのようで、他の皆は手を挙げる指導役の教員の方に集まっていっていた。もっと景色を堪能していたかったが、ユーリも後ろに続く。

 指導役の教員は自習の時によく見かける女性で、筋肉質な長身とベリーショートの髪型が相まって逞しい印象を受ける。どうやら騎士団から魔法学校に派遣されているようで、護衛を兼ねた女性兵士達に指示を飛ばしていた。

 アーシェラを探すと、少し離れた位置でこちらに背を向けて立っていた。今日は気軽に話をできるような雰囲気では無い。

 全員が集まった事が確認されると、改めて説明がされる。

 まず、狩猟会のメンバーを主軸に冒険者達で群れを追い立て、分断していく。こちら側に逃げてきた個体を生徒達で処理するという流れだ。通常の羊であれば牧羊犬が使われるのだろうが、モンスターが相手では通常の犬では相手にされないため、全て人間が行う。

 教員は生徒たちと残り、フォローする役割に回る。基本的には生徒達だけで狩るという事に少し驚いた。

 「この中でモンスター討伐が初めての参加の人は、3名だけかな?先輩たちの動きをよく見て、対処してみてね。無理に戦う必要はないから」

 ユーリとフランの他に、初めて見る茶髪の少女が未経験のようだ。フランは何時もの様子だが、少女は少し不安げにしていた。

 もちろんユーリ自身も戦闘どころか普段動物と接する機会も多くなかった。犬や猫以外の動物は、子供の頃に動物園で見た程度だ。モンスターと戦うという事がどのようなものか、イメージはつかなかった。



 狩猟会というのはモンスター討伐を生業とする冒険者達で構成されており、動物の生態や罠の仕組みに精通している人々だ。いわゆるハンターと呼ばれる存在だった。今日、捕獲したモンスターをその場で血抜きして食肉に使えるように処理する役割も担っている。元の世界にも同じものが存在する。

 ただ、モンスターの討伐においては狩る側よりも狩られる側の方が数が多かったり、非常に強大な存在であるケースも多い。当然、自分たちの命を優先するため、他の優先度は下げられる。

 例えば、通常の狩猟であれば、食肉にするために早い段階で血抜きを行う。しかし、戦闘が継続している限りその作業を行う事ができない事が多い。 その場合でも、その肉は動物の餌になったり、他の狩猟での罠に使うなど利用方法は多岐に渡るため、あまり気にしないようにと念を押された。

 教員と代わって、狩猟会に所属する冒険者からの説明を聞いていると、複数の荷馬車が合流してくるのが見えた。よく見ると、『渡り鳥』に肉を卸している精肉屋の店主も見えた。モンスターの肉は家畜のものと比べて加工が難しいため、『渡り鳥』では殆ど扱っていないが。

 仕留めたモンスターは、荷馬車まで持っていけば良いようだ。

 (思ったよりも人数も多いし、この感じだと見学だけになりそうだな)

 そんな事を考えながら、ユーリはぼーっと青空を眺めた。

 段々と日差しが強まってきて、暖かさを感じる。緑色の平原に響く羊の鳴き声を聞きながら、ユーリはのどかな気分に浸っていた。

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