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身体接触の心理的効果

 午後の授業時間が終わり、ユーリとアーシェラは椅子に座って向かい合っていた。

 フランは二人にしっかりと話し合うようにとだけ言って、早々に帰っていった。

 「それで、ユーリは何に悩んでいるんだい?」

 「それは――」

 何から話せばいいのか整理がつかず、思慮を巡らせる。アーシェラはじっとユーリの答えを待っていた。

 「昨日も話しましたけど、私はこの世界に来るまでは男として生きてきました。だから、さっきのように抱きしめあうのは・・・」

 そこで言葉に詰まってしまう。何と伝えればいいのだろう。

 「嫌だと感じるって事かな?」

 「ち、違います。そうではなくて、アーシェラ様は女の子じゃないですか」

 「ユーリから見て、ボクは女の子なのかい?」

 「当然じゃないですか。何を言っているんですか」

 アーシェラは心底解らないといった様子で、考え込む姿勢をとった。

 「変な話だけど、ボクは自分が女の子だって自覚した事が無いんだよね。確かに身体は女性のものだ。女性的な服装を着ている事が多いけど、それは自分の身体に合っている事と、純粋に可愛いと感じるだけさ。男性が着る服も数多く持っている」

 少し意外に思った。ユーリはアーシェラが男性的な服を着ているところを見たことは無かった。

 「最近の趣向がこういうものだってだけだよ。上半身は王国で、下半身は共和国で流行のスタイルを取り入れてるんだけど、上半身が少しごちゃっとしてるから、下半身をスッキリ見せたくてね」

 言いながら、アーシェラは膝丈の白いタイツに包まれた細い足をブラブラとさせる。

 「でも、ユーリがそう感じるのなら、ボクは女の子なんだろうね。そういえば、最近同僚にも言われたかな」

 「だったら、男の私と抱きしめあうのは、ダメなんじゃないですか?」

 「どうしてだい?ボクは別に問題は無いと思うよ。誰とでもそうしたいとは思わないけど、ユーリとなら嫌とは思わない。ユーリも嫌じゃないなら、それで問題は無いんじゃないかな」

 「でも――」

 本当にそうだろうか。アーシェラはそう思ったとしても――

 「他の人は、そう思わない。と思います・・・」 

 「ユーリは、他の人の目が気になるんだね?」

 「気になります」

 男だったの時も人の目を気にしていたと思う。他人を不快にしないように、傷つけないように。自分の中では細心の注意を払って生きていた。

 「でも、ユーリが言わなければ、誰もキミの事を女の子だと信じて疑わないよ」

 「だから、それはズルいんじゃないかって、思うんです」

 自分の身体が女性になっている事に気付いたときから、ずっと引っかかっていた。男性という自認のある自分が、性別を偽って女性のコミュニティに侵入してしまっているのではないかという疑問。そして、罪悪感。

 今の生活にも慣れて余裕ができた為だろう、頭と心をぐるぐると駆け回るようになっていた。

 アーシェラが自分に対して性的に見ているかも知れない。そう思った時、自分はどうだろうと考えた。この身体では性的な感覚はまだ解らなかったが、触れたいといった欲求は確かに感じてしまった。

 「なるほどね。確かに、そういう考えもあるかも知れないね。でも、ユーリは女の子として生きていくしかない。少なくとも、今は」

 「――――」

 「ボクはなんて、不老不死みたいなものだよ。ユーリは、ボクをズルいと思うかい?」

 「そんな、ことは――」

 「だから、もし、他の人がユーリを責めるような事があったら――」

 アーシェラが立ち上がり、ユーリの手を握る。思わず顔をあげた。今度はアーシェラに見下ろされる形で、青い瞳がユーリを覗き込んでいた。

 「ボクも一緒に責められるよ」

 「あ――」

 穏やかな笑顔と手の温もりに、ユーリの口から意味のない吐息が漏れる。それと同時に、肩から力が抜けた。

 身体接触によるコミュニケーションは、言語によるコミュニケーションよりも原初的なものである。そして、言語化できない感情を伝えるための唯一の手段である。

 だが、言語と理性が発達した現代社会では、身体接触によるコミュニケーションが著しく減ってきている。更にウィルス感染症の流行によって、必要以上の身体接触自体が非推奨とされる事も多かったと思う。

 特に男性社会では通常時に使用される事は少なく、精々握手や酔っぱらって肩を組む程度だった。少なくともユーリの周りでは。

 手を握られているだけで、これ程心が落ち着くものなのだろうか。

 女性が事あるごとにボディタッチをする理由が、わかった気がした。

 「アーシェラ様は――」

 「ん?」

 ユーリはアーシェラの目を見つめ、握ったままの手に少し力を籠めた。

 「私の事を、どう思いますか?」

 「好きだよ。異性としてとか、同性としてとか、そういうのは解らないけど、純粋に人として好きだよ。ちょっと考えすぎなところもね」

 即答で返され、思わず笑ってしまう。

 「私もです」

 ユーリの素直な気持ちだった。恋愛だのといった考えは一旦置いていいだろう。

 「女の子、やっていけそうかい?」

 「それは、まだよくわかりません。可愛いって言われるのが嬉しかったり、お洒落をする事が楽しくなってきたように思います。でも、女の子として女の子と自然に接するのは、まだ難しいのかなって思います」

 男の時にも可愛いと言われた事はあったと思うが、素直に喜べなかったと思う。あれは何故だったのだろう。

 「それなら、ボクと一緒に練習していこうか」

 「え?」

 「ボクも女の子と接する事は少なかったからね。さっきみたいに手を握ったり、ハグしたり、普通はそういう事をするんだろう?」

 「わ、わかりません・・・」

 「・・・」

 「一緒に買い物とかしたり?」

 「たぶん、そうかも?」

 結局、少しずつ慣れていくしかないのだろう。アーシェラと話をした事で何かが解決したり、進展したという事はなかったと思う。

 それでも、ユーリの中で何かが大きく変化した気がした。

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