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フランの行動

 「ふああ、ねむ・・・」

 欠伸をかみしめながら、ユーリは朝の準備をしていた。

 昨晩は結局よく眠る事ができなかった。身体を動かして疲れた筈なのだが。頭が変に冴えてしまったのだ。アーシェラの件もあり、ユーリ自身の性別について改めて考え込んでしまっていた。

 身体は女性で精神は男性。という人は世の中には存在する。しかし、男性の身体で過ごした経験は無い筈だ。

 しかし、ユーリは心も体も男性としての感覚が確かに存在する。その上で、現在は女性の身体で女性として過ごしている。そして、その状況は自分が望んだ事が原因であり、他人に押し付けられたものではない。

 確かに美少女になれば人生が変わるかも知れないと考えはしたが、心の底から望んでいたような願望ではなかった。と思う。

 鏡で自分の顔を見ると、目に少しクマができていた。額にニキビも発見した。

 「マジかぁ。テンション下がる・・・」

 ニキビは前髪で隠せるとして、クマを隠す化粧品は手持ちに無い。今日は諦めてこのまま過ごすしかないだろう。

 しかし、この顔をアーシェラに見られたくないという感情が存在する事に、ユーリは気付いていた。理由はまだハッキリしない。見られたくないというだけであれば、フランにも見られたくないし誰にも見られたくない。

 それでも、アーシェラだけにはどうしても見せたくないと感じている。

 「はあ・・・」

 いっそ今日はズル休みしてしまおうかとも思ったが、学校内での自由に魔法が行使できる時間は無駄にしたくなかった。

 昨日と同じように自由練習にするのがいいかも知れない。しかし、それでは折角アーシェラに会える機会が減ってしまう。

 (これは、どういう感情なんだろう・・・)

 現在、ユーリの一番の興味は魔法にある。その魔法を教えてくれる存在がアーシェラだった。他の教員でも可能だが、教え方や考え方が自分に合っていると思う。

 更にユーリが最も親しい人間もアーシェラであり、信頼できる存在もアーシェラだ。

 一緒に過ごしている時間はフランが最も長いし、テーティスと過ごしている時間の方が長いだろう。しかし、二人と過ごしている時間の殆どは仕事と授業の時間であり、中を深めるような時間は多くない。

 そして、昨日秘密を共有した事により、ユーリの中でアーシェラの存在がより大きいものとなった。

 現状を分析すると、この世界においてユーリを構成する殆どがアーシェラに関係してしまっている。

 他に興味の対象があれば、気持ちを分散させることもできるのだが、元の世界にあったような映画や漫画やゲーム、動画などといったコンテンツや、アイドルや芸能関係といった憧れの存在、そういったものがこの世界には無かった。

 ユーリの知らないところであるのかも知れないが、現状見つかっていない。

 (ひとまず、今日は距離を置こう・・・)

 体調が悪い時、特に睡眠に問題がある時は感情のコントロールに問題が発生する可能性が高い。

 そうしなければ、自分では思ってもいない方向に転がってしまう事がある。

 仕事でも友人関係でも、失敗するときは案外そんな理由が原因だ。


◆ ◆ ◆


 「そういえば、今日はユーリは自習なんだってね。ちょっと伝えたいことがあったんだけど」

 アーシェラの発言に、執務室の椅子に座ろうとしていたフランは動きを止めた。

 「え、そうなんですか?私は聞いてないですけど・・・」

 (やっぱりスライムの事かな・・・?)

 思い返せば、昨日は少し不自然な反応があった。

 だが、それも仕方ない。時間が解決するのを待つしかないだろう。

 「そういえば、ユーリちゃんも何か考え事をしていたようでしたけど、なにかあったんですか?」

 顔に出てしまったのだろうか、フランが不思議そうに尋ねてきた。

 「うーん、少しね。・・・いや、少しじゃないのかな」

 ユーリは基本的にいい子だ。本心ではショックを受けていたとしても、表には出さないようにしてくれただけかも知れない。

 「でも、一方的にボクが悪いだけなんだ。だから、ユーリの気持ちが収まるまで待つしかないかなって思って・・・」

 「わかりました。ユーリちゃんを呼んできます」

 「え!?どうしてそうなるんだい!?」

 聞き返し終わる頃には、執務室の扉はバタンと閉じられてしまっていた。

 アーシェラからのフランの印象は、芯は強いが大人しい女性というイメージしかない。授業中も真面目で、ユーリのように必要以上に質問をしてこないし雑談も多くは無かった。

 今の会話において、彼女の中で一体何が起きたのか、付き合いの短いアーシェラには全く分からなかった。


◆ ◆ ◆


 体操服に着替えたところで、突然現れたフランに腕を引っ張られ、ユーリはアーシェラ前に立たされていた。

 自習はフランが勝手にキャンセルした。女性教員は特に質問もなくキャンセルを了承していた。

 「え、えっと・・・」

 行動の意図をフランに聞こうとしたが、何と質問すればいいか思いつかずにユーリは言い淀んだ。

 アーシェラは目をパチクリとさせており、状況を飲み込めていないようだ。何があったのかは分からないが、フランが唐突に行動をしたと推測される。ユーリはこのフランの行動を『突発性お姉ちゃん行動』と呼ぶ事にしていた。

 この『突発性お姉ちゃん行動』は、フラン自身が姉としてやるべき事を認識した瞬間、何よりも優先度の高い事として処理される。それは仕事中であっても発生するもので、例えばラケシスが転んだ時、即座に持っていた料理を関係のない客に持たせてラケシスに怪我がないか確認し、痛むようであれば部屋まで連れていく。その間に発する言葉が極端に不足するため、周りは戸惑ってしまうのだ。

 今のところ、対象としてはラケシスとユーリのみであることが確認されており、詳細な発動条件は不明だった。フランに理由を聞いても「お姉ちゃんなので」という答えしか返ってこなかった。

 フランはユーリとアーシェラを交互に見つめている。まだ『突発性お姉ちゃん行動』は終わっていない。

 このゴールはどこにあるのか、ユーリには考えが付かなかった。

 「えっと、フラン?」

 痺れを切らしたアーシェラが、フランの名前を呼んだ。そうすると、二人の解らないという表情にフランは不満気な声をあげた。

 「仲直り」

 フランは両の腕を広げた。毎日のようにラケシスとしている、ハグのポーズだ。

 仲直り、という事はユーリとアーシェラの雰囲気から喧嘩をしたと勘違いしているのだろう。

 「別に喧嘩をしたって訳じゃないんだよ。フラン」

 「でも、二人とも変な感じだから。ちゃんと話さなきゃ、ダメ」

 「・・・そうだね」

 アーシェラがユーリに近づき、少し困ったような表情で見上げる。

 「いいかな?」

 「――はい」

 仲直りにハグが必要なのかユーリには解らなかったが、拒否するべき空気ではなかったため提案を受け入れる。

 更に半歩近づいたアーシェラの細腕がユーリの背中に回り、軽い力で抱きしめられた。服の上からでもアーシェラの温かさと柔らかさが伝わってくる。アーシェラが頭をユーリの肩に預けたため、前髪が頬に触れる。少し甘いような香りが鼻腔をくすぐる。

 ユーリは自分の体温が上昇していくのが余計に恥ずかしく感じられ、抱きしめ返す力は弱々しいものになってしまった。

 「本当に申し訳ないと思ってる。スライムの事でキミに嫌な思いをさせてしまった」

 「スライム?確かにアレは驚きましたけど、そんなに気にしてないですよ・・・」

 実際、スライムの事は全く気にしていない。次に出会った時はどう戦えば倒せるか、を考えている程度だった。

 「そうなのかい?」

 アーシェラがユーリの顔を下からのぞき込んできた。青い瞳が至近距離からユーリを見つめている。

 心臓が跳ねる。

 「ユーリ、クマが出来ているじゃないか」

 「えっと、昨日は少し眠れなくて」

 アーシェラの腕の力が強まった。

 「何か別の悩み事があるのかい?もしかして、ボクに関係がある事なのかな?」

 大いに関係はあるし、現在進行形で困っている。

 心臓の鼓動が止まらない。

 「あとで!後でちゃんと話しますから!」

 とにかく、今は一度落ち着かせて欲しい。話をするにしても、自分の中でも上手くまとまっていないし、アーシェラやフランに話すような事なのかもわからない。心の整理をする時間が必要だ。

 顔を真っ赤にしたユーリと、首を傾げるアーシェラを横目に、フランは満足気に頷いていた。

 『突発性お姉ちゃん行動』が終了した合図だった。

 当然だが、その後のアーシェラの話は全く頭に入ってこなかった。そのうえ、集中できないため魔法も使えず、睡眠不足のせいで身体も上手く動かなかった。

 そのため、学校の授業だけで考えれば、休んだ事と大差はなかった。

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