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最弱のモンスター

 「んー。ロックハート教諭の説明とそんなに違いはないかな」

 先日の疑問、科学の発展によって魔法の衰退があるのか、という質問は午前中にケント教諭にも投げかけてみていた。

 科学よって生み出される発明品は身体状況に作用されにくいため、一般的にはそっちの方が広まっているという事実はある。この街のように一般人までもに魔法が普及している事は珍しいようだった。

 但し、魔法は一度覚えてしまえば道具のメンテナンスや資源が不要であるというメリットがある。自分1人の為にお湯を作ったり、野営で炎を作ったりするのであれば魔法の方に一日の長がある。

 つまりケースバイケースでどちらも利用されている。というのが、この世界においての魔法と科学の立ち位置だった。

 「魔法を行使するための魔力は人間の身体と世界を循環するものだけど、身体に蓄積できる魔力の量は個人の力量によって左右されるからね。好きなだけ大量にって訳にはいかない。科学の発明品は資源さえあれば、どれほど大きな事象でも継続的に発生させられるからね」

 (魔法はエコってことなのかな)

 人間が自身の身体を使って畑を耕す事と、機械を使って耕す事の違いのようなものだろうか。効率を考えると人間が発生させるCO2排出量と機械が発生させる排出量がどれくらい違うのかは、ユーリにはわからなかったが。

 「それに、人間は基本的に怠惰な生き物だからね。勉強や修練が必要な魔法なんてものより、買えば使えるような物を好むものだよ」

 とアーシェラは嘆息していた。ユーリも頭や身体を使うよりも楽をする方を選んできたと思う。

 そんな会話をしながら、ユーリは今日も熱心に魔法を使い、剣を振り回していた。

 綾瀬悠里の人生で、体操服が汗まみれになるような事はただの一度も無かったのだが、ユーリ・アヤセはその事を覚えていなかった。



 「二人は世界で最弱のモンスターは何だと思う?」

 実技授業が終わりブレザーの制服に着替え終わったユーリとフランがお茶を飲みながら雑談をしていると、アーシェラが質問を投げかけてきた。

 (最弱と言ったらスライムってイメージがあるけど)

 この世界でのモンスターというのがわからない。そもそもスライムが存在するのかどうか。

 「えっと、物語で読んだものだと一角うさぎでしょうか。村の周りは鹿や猪みたいな動物は多くいたんですが、モンスターはあまり見たことがなかったです」

 (動物と、モンスターが別の概念なんだ・・・)

 回答の難易度が一気に跳ね上がりそうだったが、フランも実物を見たわけではないと言っているので同じように答えていいだろう。アーシェラがユーリを見つめていた。

 「私も実物を見た訳じゃないんですが、弱そうと言ったらスライムかな?」

 「スライム?」

  不思議そうにフランが呟く。まさか、スライムは物語上でも存在しないのだろうか?

 「・・・なるほど。フランは王国との国境辺りの出身なのかな。あの辺りは王国も魔法国家も警備を厳しくしてるからね。モンスターも少ないんだよ。もちろん、この街の周りもね」

 この国と王国は隣接しているようだ。関係性などは気になったが、話がずれるためユーリは黙っておく事にした。

 「一角うさぎは、北の方に居るモンスターだね。角が生えてはいるけど、それ程鋭利な角って訳じゃないから普通の兎と変わらないとも言える。モンスターとしては弱いと言える。ユーリの言ったスライムは魔法生物の一種で、粘質の身体で脳の役割をするコアが守られてる性質上弱いとは言いにくいかな。でも普通の冒険者なら簡単に倒す事はできるから、ある意味一角うさぎの方が厄介かもしれないね」

 スライムは存在する様だ。それもそれほど強くない。ユーリの不安は解消された。

 「それで、最弱のモンスターって何なんですか?」

 気になる。ユーリはアーシェラに尋ねた。

 「最弱のモンスターなんて居ないよ。何を得意とするか、苦手とするかは人それぞれだからね。でも、色々な生物やモンスター事を知っておくと、いずれどこかで身を助けてくれる。備えあれば、憂いなしってヤツさ」

 (まあ確かに、そういうものか)

 背を向けながら笑うアーシェラに、ユーリはなんとなく納得した。

 比較的弱めで遭遇しやすいモンスターについて、アーシェラが説明を続ける。黒板に絵を描いているが、子供の落書きのようでどんな生物かわからなかった。


◆ ◆ ◆

 

 『魔族による魔法都市侵略の可能性考察と、その防衛手段に関する報告書』

 「はあ・・・」

 執務室を出た後、ユーリとフラン別れたアーシェラは城の中の自身の研修室に移動していた。思わずため息が漏れる。

 手に取った書類を机に置く。

 「どうしてユーリはあんなに怪しいんだ・・・」

 性格はいたって真面目で明るく素直。勉強も実技も熱心な優等生と言っていい。何かを企んでいる可能性は皆無だろう。だが、それはアーシェラがユーリと接して感じた主観でしかない。それを、七賢者も元老院も納得はしない。ましてや何かあった場合にユーリの事を知らない民衆が納得する訳がない。

 昨日の身体強化の件を適当に屁理屈で報告しようと考えていた矢先、スライムである。魔法生物であるスライムは戦争直後であれば野生化したものが沢山生息していたが、100年が経過した今では殆どが討伐されている。物語としてスライムが出てくるのは戦時中や戦後直後の伝記が多く、弱いモンスターとしての記述は無い。

 「知識が偏っている上に、何かずれてるんだよなあ・・・」

 何とか誤魔化していこうと考えていたが、このペースで粗を出されては困る。他の七賢者に横槍を入れられては、ユーリと仲良くなる計画が破綻してしまうからだ。そんな事は断じて阻止する。

 何かを隠している雰囲気もある。ただ、別に彼女が魔族だったとしてもさして問題はないのだ。正体を公開して無害であることを証明できればいい。一般人に伝える必要もない。現に自らが魔族であることを公表している者が、貴族の中にもいるのだから。

 ただ、戦後も魔族の国である帝国は他国との交流をほぼ拒絶しているため、一応の形で魔族を監視しているのだった。

 例えばユーリが怪しまれて捕まったとしても、拷問を受けたりするようなことは決してない。

 「とりあえず、早いところ先手を打っておくかな・・・」

 鍵のかかった引き出しの中から白い球体を取り出す。黒い斑点が汚れのようにも見える。

 直接ユーリに聞く事も考えたが、とぼけられた後に逃げ出してしまう可能性がある。それでは、ユーリと離れる事になってしまう。現段階では秘密を共有しあう程の関係はまだ築けていないと思う。

 「身体を痛めつける訳でもないし。少し気持ち悪いかもしれないけど・・・」

 スライムの事を知っているのだから、力を隠しているようであれば難なく対処するだろう。こちらが上空で待機しておけば、逃げられる事はない。その間に話を聞いて、なんとか説得すればいい。ただ、アーシェラとしてはその可能性は限りなく低いと考えている。

 「どうしようかな。汗とかは気持ち悪いし、やっぱり涙かなあ」

 明日、玉ねぎでも買ってこよう。

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