ゼリー男の噂
魔法学校には基本的にクラスの概念がない。一部、春に一度に入学する者たちだけ一纏めにされるが、その10割が貴族だった。それ以外は各々が自由にカリキュラムを選択しているため、授業が重ならないことも多い。
例外的に、学校行事などや各種通知の連携のために担任の教諭が割り当てられている。ケント教諭であれば、10名程度らしい。
なので初日から話をするような相手はおらず、放課後にユーリは一人で食堂へ来ていた。フランは店の買い物があると先に帰ってしまった。
ユーリも手伝おうとしたが、それほど荷物はないので一人でよいとやんわりと断れた。魔法の勉強に熱心に取り組むユーリに、自己学習の時間に当てれば良いとも言っていた。
図書室で魔法の本を借り、ユーリは食堂で購入したコーヒーゼリーと対峙していた。学食にはゼリーのようなものも一般的に売られているようで、この世界の生活水準の高さが伺えた。
(昼飯を食べたのに、もう腹が減っている。これが、若さ・・・)
酒場の給料で学費を十分にまかなえるため、これくらいの贅沢は許される。
「あれ、ユーリっちじゃんー」
声に振り向くと、ミッチがケーキとシュークリーム、甘そうな飲み物を乗せた皿を持って近づいてきていた。かなり気安い性格のようで、既にユーリをあだ名で呼んできていた。
「コーヒーゼリー?あー、いいね!それも買えばよかったなー」
言いながらユーリの横に座った。
3つ品物があるという事は、あとの3人も一緒なのだろう。
「ジェシーとプリシラは?」
ユーリも既に3人を呼び捨てにしていた。さん付けをするまえに、呼び捨てしてねと言われたからだ。これが、コミュニケーション強者というものなのかもしれない。
「えー?ふたりは図書室に行ったよ。文字とかの勉強しないといけないしねー」
つまり、この甘味3つは全部ミッチが一人で食べるためのものということだ。流石に考えただけで胸焼けがする。食欲は若さだけでなく、個人差も大きいということか。
「魔法じゃ、ないんだ」
魔法に興味を持った仲間が沢山できると思っていたユーリは、少し残念に思った。
「まーね。アタシらは今後生活できれば何でもって感じなんだよね。だから生活に直結する事とか、仕事に役立ちそうな事が中心かな。魔法が使えるのは便利だけど、ものすごい魔法が使える必要はないしねー」
確かに、身体強化の魔法などをある程度使えるようになれば便利ではあるが、素手で岩を砕くような程突き詰めるよりも道具を使う方が遥かに効率的だ。
(そう考えると、魔法って何のためにあるんだろ)
冒険者が身を守るために使ったり、家でお湯を沸かすことにも使うことはわかる。しかし、それも別に科学の力で問題ない。それなのになぜ自分自身は魔法に惹かれているのか。
「それ、魔法の本?ユーリっちって魔法好きなんだねー。冒険者とか、宮廷魔法使いとかそういうの目指してるの?あ、貴族として家を復権させなきゃとかそういうヤツ?」
魔法を学んで、その後自分は何をしたいのだろう。ユーリは自分が先の事を考えられてない事に気付いた。
(アーシェラは何で魔法を学んだんだろう)
そして、何故100年以上の間も研究を続けられているのだろう。
「べつに、そういう訳じゃなないんだけど。ただ単に興味があるっていうか」
「そーなんだ?ま、別にいいんじゃない?これから探していこうよ!アタシも先の事なんてなんも考えてないし」
ミッチの笑顔にユーリもつられて笑った。
「あ、そいえばコーヒーゼリーで思い出したけど、ゼリー男の噂知ってる?」
知らなかった。ゼリーを配る男性だろうか。
「なんかね、夜とか暗い時間に出てくる痴漢らしいんだけど。女の子に抱き着いてくるんだって」
「え、抱き着いてくるだけ?」
「そー。でもなんか、すごいぶよぶよしてて、ゼリーみたいな感じなんだって」
痴漢というのはどこにでも存在し、世の中に迷惑をかけているようだ。
「それは怖いね。誰か、被害にあったひともいるんだよね・・・」
正直ユーリは怖いとはあまり感じていなかったが、被害に遭った人は怖い思いをしただろう。
「んー。どうなんだろ。実際に見たって人は聞いたことないんだよねー」
ただの怪談かも知れない。心配して損をした。
「そっか、でも気を付けないとだね」
気持ちの籠っていない返事をしながら、ユーリはコーヒーゼリーにスプーンを差し込んだ。