魔法と剣
登校初日、ユーリはセーラー服ではなく紺色のブレザーを着ていた。支給品、学校指定の制服はブレザーだったのだ。ブラウンのベストにチェックのスカート、コートは異世界転移の時に着ていたものをそのまま使った。
セーラー服は今後私服として使う。この街では少なくとも学校の制服ではないようだし、現実世界でもセーラー服をファッションとして使う風潮もあるので良いだろう。
現在は昼休憩の終わった時間で、実技系授業が始まろうとしていた。午前中の座学は自己紹介などとアーシェラの説明された事の復習や補足、後半は自習の時間だった。学びたいことが異なるためか、フランと二人だけだった。
ユーリが実技用の小規模の体育館に入ると、午前に説明され通り若干の息苦しさを感じる。魔力の濃度が異なるという事だった。
まず最初に覚えることが、魔力を認識する事だが通常の空間ではなかなかその感覚を掴むことが難しいため、開発されたのがこの空間ということだ。
体育館の中にはユーリとフランの他にケント教諭、女子生徒が3名立っていた。女子達はミッチ、ジェシー、プリシラと名乗った。ユーリの感覚では、彼女たちはギャルというタイプで、若干苦手意識を感じる。
フランは既に回復の魔法を使えるとのことで、生徒代表として実技を試す方に回っている。
ケント教諭はユーリの腕を掴んでナイフを押し当てる。浅く皮膚が裂かれて血が流れだした。ユーリは事前説明を受けているし、傷が残るようなことは無いとのことだったが、女性に対してこれはないのではないか。アーシェラも言っていたが、ケント教諭はかなりデリカシーのない男性なのかもしれない。
「それでは、試してみてください」
フランがユーリの傷口に手をかざし、魔力を込めると傷口が塞がっていった。同時に、魔力が身体に流れてくるのがわかる。
(なるほど、なんとなくわかった)
鉄棒の逆上がりを、サポートされているような感覚。あとは自分で練習、応用ができそうな自信があった。
本当に、この魔力を認識する部分が難しいのだろう。これを経験するだけでも、魔法学校に来た価値があるとユーリは思う。
「これで魔力の使い方は終わりです。ちょっと疲れたと思いますので、休憩してから次は魔法の基本、身体強化の魔法を試してみましょう」
身体強化魔法、その響きにユーリは胸が高鳴るのを抑えられなかった。
思ったよりも身体強化の魔法は簡単で、明らかに重いものを軽く感じることができた。足を強化して素早く走るようなこともできるようだ。
そして、続けての授業は剣術を選択していた。メンバーは先ほどと同じだが、ギャル3人娘はあまり興味はなさそうな様子だった。フランでさえ熱心な様子はない。
ユーリだけが浮いているような状況だったが、ケント教諭に質問しながら大小様々な剣を振るっていた。
身体強化の魔法を使わなかった場合は、最も細い剣でも振るうことが出来ない程だが、魔法で強化することで細身の刺突剣は片手でもある程度扱う事ができた。それでも重いと感じるが。
(少しは筋トレとかもした方がいいかもしれないな)
「こんな、感じでしょうか?」
「うーん、もう少し肩の力を抜いたほうがいいですね」
「えっと、じゃあこんな感じかな・・・」
ケント教諭自身もそれほど魔法や剣術に精通しているわけではないとのことで、希望があれば別の教諭に教わることもできる。今日は初日なので、担任である彼が対応してくれていた。
剣を扱うような事はユーリも初めてなので、扱いに悪戦苦闘していた。言葉では伝わらず、痺れを切らしたケント教諭がユーリの肩と腕を軽く掴んだ。
(え・・・)
身体強化魔法を使っていない、通常成人男性の力にユーリは驚いてしまい、身体が強張った。
(こんなに、違うものなのか)
確かにケント教諭は比較的体格が大きく、力があるようにも見えるがただの教職であり筋肉質な男性ではない。それでも、自分とこれほどの差があるとは思ってもいなかった。ただ単に、ユーリの筋力が無いだけかもしれないが。
「せんせー!ユーリっちが怖がってるんですけど~」
ギャル3人衆の中で最も制服を着崩した女子、ミッチが非難の声を上げる。別にユーリとしてはさほど気にした訳ではなかったが、先日のアーシェラの言葉もある。
一瞬、現代世界で聞いた言葉が頭に流れる。
『そんなつもりはなかった。指導に熱が入ってしまったことは反省しているが、下心での行為ではない。と供述しており・・・』
(い、今のは別にそういう意図はないような・・・たぶん)
ケント教諭は、即座にユーリから手を放して謝罪の言葉を返した。
「おっと、失礼しました。そんなつもりはなかったのですが、思わず指導に熱が入ってしまいましたね。ユーリさんが熱心に学ぶ姿勢についつい」
そう言って笑うと、他の女生徒4人も非難しながら笑った。少し気にしすぎかもしれないと、強張った肩力を抜く。
それでも、ユーリは笑う事ができなかった。