47 虚無の向こう
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得体の知れない魔物――とりあえず正体不明とでも呼んでおく――のすぐそばまで来た僕は、ひとまず正体不明の足元(?)を斬りつけた。
鈍い手応えを感じたのと同時に、頭上から光線が降ってくる。
僕自身にも結界を張ってあるから多少の魔法は無効化できるが、嫌な予感がしたので光線を避けると、結界の端が焦げたような音を立てて削られた。
魔法とは違う、かなり拙い攻撃のようだ。
一旦距離を取って、改めて正体不明を観察する。
斬りつけた跡は、ガラスのように欠けていた。
攻撃が通じるのならば、あの光線がこれ以上被害を出す前に倒しきればいい。
と、いつもなら考えるところなのだが……。
「大きすぎるだろ……」
間近で見る正体不明は、信じられないくらい巨大だった。
空気が振動して、四方八方から光線が飛んでくる。
結界はやはり光線に対して防御力が低いようで、故意に受けた光線が僕の左手の甲を焦がした。
治癒魔法を使って傷を治そうとしたが、魔法が上手く発動しない。
ほんの少しでも動きを止めると、すぐに幾本も光線が降ってくる。
傷の治療を一旦諦めて、光線を避け切り、今度は剣を横へ大きく振り抜いた。
だん、と地面が揺れるほどの轟音がして、正体不明は横に真っ二つになった。
それでも光線は降ってくる。
せめて、どこからどうやって光線を出しているのか判れば、そこを重点的に狙うのに。
頭のない奴を相手にするのは厄介だ。
今度は思い切り飛び上がり、剣を縦に振って、正体不明の上半分を縦に割った。
意外なほど手応えがないことに嫌な予感がして、着地と同時に正体不明の方へ振り返ると、切断面から極太の光線がこちらへ向かってきていた。
どこからでも……斬った場所からも撃てるってのは、反則だろう!?
僕が感じたのは、命の危機。
気づいたときには、僕の前に薄い壁が出来ていた。
鏡のように周囲の景色を反射して見せる壁に光線が当たると、光線はキィンと耳障りな音を残して消え去った。
『このような小物相手に梃子摺っているようでは困る』
辺りは明るいのに、金色のドラゴンの声がした。
『そなたには危機感が足りぬ。護るという意思が足りぬ。覚悟が足りぬ。力は足りておるのだから、惜しまず使え。出来ぬことのほうが少ないはずだ』
心当たりを突かれて、一瞬言葉に詰まった。
「お前は一体何なんだ」
それでもようやく、こいつに質問できたというのに。
金色のドラゴンの気配は、もうどこにもなかった。
気を取り直して正体不明に向き合うと、奴は壁に向かってひたすら光線を放っていた。
正体不明には顔など無いから正確なところはわからないが、壁が壊せないのが腹立たしい、というように見える。
治癒魔法で、手の甲の傷を見せつけるように治して見せれば、攻撃はより激しくなった。
何かしらの感情はあるらしい。
壁の魔法は、結界魔法とはまた別物のようだが、結界のように対象を包むことも出来そうだ。
僕の前の壁はそのままに、正体不明を壁の魔法で覆ってやった。
すると、正体不明は光線を発しなくなり、壁に全身でぶつかってきた。
しかし壁はびくともしない。
頑丈な壁は、僕の剣だけ通すこともできる。
でも、切断面からも光線を撃ってくるようなやつだ。
剣で斬っていては倒せない気がする。
魔法で消せなくはないだろうが……思いついたことを実行してみたくなった。
正体不明の周囲にある壁の魔法と僕の右手を連動させて、右手を思い切り握りしめた。
手に軟体生物を這わせたような感触を残して、正体不明は跡形もなく消え去った。
フェリチたちの元へ向かうと、周辺の魔物はもう片付いていた。死骸も綺麗に無くなっている。
フェリチが僕に気づいて、こちらへ駆け寄ってきた。
「ディールさん、お怪我は」
「無いよ。フェリチこそ無事?」
「はい。リオさんとドルフさんのお陰で」
「よかった。二人ともありがとう、こっちもやりやすかったよ」
僕がリオとドルフに声を掛けると、二人はこちらに近づきながら片手を上げた。
「一体どうやったのだ? 俺からしたら、あの魔物が急に縮んで消えたように見えたのだが」
リオが言うと、ドルフも横でうんうんと頷く。
金色のドラゴンのことは伏せつつ、壁の魔法について説明した。
「そんな魔法、初めて聞きました。どこで知ったのですか?」
「知ったと言うか思いついたと言うか……ちょっと説明しづらいんだ。ごめん」
金色のドラゴンについては、フェリチが相手でも、どうしても話す気になれなかった。
「ではセレさんには内緒にしたほうが良いですね」
「そうしてくれると助かる。リオとドルフもいい?」
「構わんが、陛下たちにはどう報告するつもりだ?」
「結界魔法を使ったことにする」
「セレさん納得してくれるでしょうか」
「他に答えようがないって言い張る」
「そこまで頑なならセレさんも食い下がりませんね」
フェリチは曖昧に笑った。
「正体不明……確かに、そうとしか表現できぬな」
僕が倒した仮称『正体不明』について陛下たちに報告すると、陛下は苦渋に満ちた表情になった。
見た目から攻撃方法まで、まるっと未知だったのだから、僕も説明するのに苦労した。
それと、今回、正体不明が消えたのは僕の消し方の問題であり、僕の右眼の特性ではないかもしれない件は、伏せておいた。芋づる式に金色のドラゴンについて話さないといけなくなるのを避けたのだ。
「骸の欠片でも残っておればセレブロム殿に……いや、ディール殿が消してくれねば、どんな害があったか分からぬな」
セレは以前一度だけ、危険を冒して魔物の死骸を調べたことがある。
猛毒であることが確実に証明された以外、新たに判明した事実は無かったそうだが。
「残党については確認中だが、もうディール殿たちの出番は無いだろう。ご苦労だった。身体を休めてくれ」
「ありがとうございます。ですが……」
暴走の規模は最低でも十万だったはず。それが、こんな短時間にすべて片付くなんて有り得ない。
現に僕の鼻は久しぶりに、魔物の臭いを嗅ぎ取っている。
僕はまだまだやれる、という意味で陛下をじっと見つめたが、陛下は素晴らしい笑顔で僕を見つめ返してきた。
「何かあればすぐに呼び出す。今は、休んでくれ」
国王陛下にここまで言わせてしまっては、もう何も言い返せなかった。
ゆっくり走る揺れない馬車で城へ戻り、貴賓室へ案内された。
呼び出される可能性を考えて、装備は外さず、帯剣したままで過ごした。
結局呼び出されなかったが。
後で聞いたところによると、僕が正体不明を倒した頃から、魔物の勢いが著しく減退したのだとか。
中には、人間を目の前にして逃げ出す魔物もいたそうだ。
普通の、普段の魔物からしたら、あり得ない。
今回の魔物の集団暴走は、発覚から僅か三日という異例の速さで鎮静化に成功したと発表された。
発表の翌日、自宅に戻っていた僕たちは、セレと一緒に城から呼び出された。
「仮称、正体不明について調べ上げ、再発を予防、または予見せねばならない」
城の作戦室で、陛下は開口一番、こんなことを言い放った。
「今、城にある文献から市井の昔話まで可能な限り全て拾って情報を集めておる」
室内では陛下と僕達、それに城の学者らしき人数名が、神妙に陛下の話を聞いている。
「ディール殿、何度も尋ねて申し訳ないが、どんな細かなことでもよい。なにか気づきはなかったか」
「ええと……」
話せることは全て話したつもりだ。これ以上は脳を絞っても出てこない、と思いこんでいた。
「ディールさん、臭いはどうでしたか?」
「臭い?」
フェリチの質問に聞き返したのは、陛下だ。そういえば陛下に、魔物の臭いのことを話していなかった。
「魔物の存在は臭いで分かるんです。……あれっ?」
よくよく思い出してみると、正体不明は……。
「臭い、しなかった」
大事なことかもしれないのに、滅茶苦茶に抜けていた。
「魔物じゃなかったかもー? でもー、だとしたら何ー? わからないから、対処のしようがないねー」
セレが自分で問いかけておいて、自分で答えを出した。
正体不明がどこからやってきて、何故集団暴走にいたのか。
「となると……」
顎に手を当てて考え込んでいた陛下が、ふと顔を上げた。
そして僕の方を見て、笑みを浮かべる。
なんだろう。
「勇者ディールの功績は、計り知れないということになるな」
全力で「は?」と言いかけて、どうにか止めた。
「そうですねー」
セレが陛下に同意した。何してくれてるの?
「勇者ディールがいれば、未知の存在であろうと恐るるに足らず、ということですね」
リオ? ドルフも頷かないで?
「なるほど」
なるほどじゃないんだよフェリチ。
僕一人が混乱している中、話し合いは「もういいか」という空気になり、切り上げられてしまった。
「正体突き止めようよ。放置していい問題じゃないでしょ」
何をどう反論したらいいか考えている間に、家へ帰り装備を外してお茶を飲んでいた。
「どうしたんですかディールさん」
空のカップにお茶を追加してくれているのはフェリチだ。
というか、ここは僕の部屋で、僕とフェリチしかいない。
「どうしたんですかじゃないんだよフェリチ。何だったのあの話し合い。何一つ解決してなかったじゃん」
やっと突っ込めるようになってきた。
「セレさんが仰るとおり、正体不明が何なのかわからないから対処できないですし、陛下の仰るとおり、正体不明を倒したディールさんは讃えられるべき、ということがわかったじゃないですか」
突っ込む隙が大きすぎても突っ込みきれないのだなあ。
「僕のことは……はあ、もう、フェリチがそう言うならいいか……。正体不明に関しては確かにセレの言う通りだし……」
魔物は数年に一回くらいの頻度で、既知ではないものが見つかる。
今回の場合は魔物ですらないわけだけど、新種の魔物だって最初は弱点や効果的な対処方法がわからないまま相手をするものだ。
それと全く同じ、と考えるのは乱暴すぎるが、近いものはある。
……いや、やっぱり、気になる。
「フェリチは納得したの? もう全然気にならない?」
僕が問うと、フェリチは首を横に振った。
「いいえ、気にはなります。また出たら、ディールさんがお一人で倒しに行ってしまうのでしょうし」
フェリチが気にするのはいつも自分自身以外のことだ。
フェリチの良いところであり、悪いところでもある。
「でも、考えすぎるのも良くないかと。あんなのが何体もいるのなら、もうとっくに人の前に出てきていて、大変なことになってますから」
あれが何体もいるなんて考えたくもないが、フェリチの言うことは一理ある。
「いまは大変なことになってない、ってことか」
「はい」
僕がここでちまちまと考え込まなくても、もっと頭の良い人たちが頑張って考えてくれている。
僕は僕にできることを、やれるだけやるしかないか。
「ところがねー、ディールはこれ以上、魔物倒しちゃいけない気がするんだー」
僕のやる気に水をさしたのは、セレだ。
「眼帯貸してみてー」
言われるままに眼帯を外してセレに手渡すと、セレは眼帯の両端を持って、軽く引っ張った。
すると、眼帯の表面が朽ちたようにぼろぼろと剥がれた。
布の中身は細い銅線のようなものが何本も走っている。その導線も、ところどころ焼け切れたように途切れていた。
「うーん見事なキャパオーバー。結構頑丈に作ったのになー」
セレが真面目な顔をしている。
「ドラゴンの魔力が抑えきれなくなってる?」
僕の予想に対し、セレは曖昧な表情を浮かべた。
「ちょっと違うー。ディール、最近ドラゴン倒してないでしょー」
「そんな日常茶飯事みたいに倒すもんじゃないよね」
「まーそうなんだけどー。ドラゴン倒してないのに魔力だけ増えてるー。おかしくないー? ってことはー、ディールの右眼はー、ドラゴン以外の魔物を倒してもー、魔力を吸収しちゃってる可能性があるー」
僕は思わず、右眼にびたりと右手を当てた。




