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倒した魔物が消えるのは、僕だけのスキルらしいです  作者: 桐山じゃろ
第三章

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46 セレの本気

 魔物の進撃は、想像以上に速く、手強かった。


 先遣隊のひとつからの定期連絡が途絶えるのとほぼ同時に他の先遣隊から緊急連絡が入り、どこも何名かが死傷し逃げている最中だという悪い報告だった。

 時を置かずして本隊が向かったが、運悪く暴走の途中にあった町や村はことごとく壊滅しており、本隊も予想以上の魔物の多さに苦戦を強いられた。

「まだ行っては駄目ですか」

 堪らず陛下に直接頼み込んだが、陛下は首を横に振った。

「先遣隊や本隊が遭遇しているのは雑魚ばかりだ。まだディール殿の出番ではない」

「しかし……」

 騎士団時代にも冒険者になってからも、魔物相手に人が死ぬという経験はたくさんしてきた。

 でも、今と昔では僕の状況が違う。

 僕が先陣を切っていれば、被害は少なく済んだのではないか。

「死者が出たことに関しては、私も心が痛い。だが、語弊を恐れずに言えば、これは必要なことなのだ」

 陛下の言葉は血を吐くような厳しさで満ちていた。

「もしディール殿が何らかの事情でここにいない場合を想定しよう。先遣隊は後ろを気にして全員が命を惜しまず突撃をするだろうし、本隊も、ここが最後だと皆覚悟を決めてしまう。ディール殿は――結局背負わせてしまって申し訳ないが――皆の希望なのだよ」

 陛下の言いたいことはわかる。

 亡くなった人は気の毒だけど、僕が居ようが居まいが結果はきっと変わらなかっただろう。

 それでもやっぱり……。

「ディールさん」

 ふわっと温かい治癒魔法が僕に降り注いだ。フェリチだ。

「フェリチ?」

 僕はどこも怪我をしていない。拳を握りしめてはいたが、手のひらを傷つけてはいないはずだ。

「あの、セレさんが以前……」

 フェリチがたどたどしく話し始めた。

「私が、ディールさんへ治癒魔法を掛けるときだけ、精神状態を落ち着かせる作用があるかもしれない、と」

 治癒魔法にそんな効果があるなんて初耳だ。

 しかしよくよく自分を顧みれば、先程までのもどかしさや焦りといった感情が穏やかに落ち着いていた。

「セレはどうしてその仮説に至ったんだろうね。ありがとう、効いたよ」

 僕が疑問とお礼を口にすると、フェリチは顔を赤くして下を向いた。

「わ、わかりません。セレさんは頭が良すぎるので……」

 セレの頭は古代魔法から近代機器まで幅広く精通している。

 フェリチが顔を赤くする理由も今度、訊いてみよう。

「あー、落ち着いたところを悪いのだが、ディール殿」

 陛下が気まずそうに頭を掻いている。

 すっかりフェリチと和んでしまっていた。

「失礼しました。何でしょう」

 陛下の隣には、いつの間にか伝令のひとがいた。

「応答が途絶えていた先遣隊から緊急連絡だ。巨大で、見たことのない魔物を発見したそうだ」




 魔物の知識は、冒険者や国の兵士たちなど、魔物と直に戦う者たちが誰にでも惜しみなく与えるものだから、町や村で平穏に暮らしている子供でも、周辺に出る魔物の名前と姿を知っている。

 集団暴走に混ざっている魔物たちの中には、遠い地域から合流して近隣では馴染みのないものもいるかもしれない。

 冒険者ギルドや国には別の大陸の魔物の情報も入ってくるはずだから、先遣隊に選ばれるような兵士たちが「見たことのない」と評するということは、本気で未知の魔物なのだ。


「それがボス個体なのかどうかは不明だが、明らかに異質で、手に負えないと判断された。ディール殿、出番だ」

 僕たち――僕、フェリチ、リオ、ドルフの四人は一人一頭ずつ足の速い軍馬を与えられていて、早速その背に跨った。

 正体不明の魔物がいる方向からは、確かに得体の知れない気配がする。

「武運を」

 陛下らから直々に言葉をかけられた僕たちは、すぐさま言われた地点へと向かった。


「フェリチ、大丈夫か?」

「はいっ!」

 軍馬は素晴らしく速かった。

 馬は平気だというフェリチだが、この速さについてこれるか不安だったので声をかけてみると、フェリチは真っ直ぐ前を見て、元気のいい返事をくれた。

 先頭をドルフ、続いてリオ、フェリチ、僕の順で馬を走らせること数刻。

「うえっ、なんだぁ、ありゃあ!」

 ドルフが馬を止めて吐き気を催したかのように叫んだ。

 リオとフェリチは何も言わなかったが、ドルフの気持ちはよくわかった。


 そいつのことは、湖に大きな岩を投げ込んだときに上がる水しぶきのような形、と表現すればいいだろうか。

 大きさは、ウィリディス城の数倍はある。

 不定形な魔物といえばスライムが有名どころだが、地上の生物としてあり得ない形をしていて、生物にあるべき部分は感覚器から四肢や胴体に至るまで、何一つ見いだせなかった。

 なのに、その全身の至るところから、光線のような攻撃を的確に放ってくる。


 そいつが通ったあとには、人、魔物問わずに、死体がいくつも折り重なっていた。


「リオ、ドルフ、周辺の雑魚を頼む!」

「承知!」「おう!」

 僕は二人に補助魔法を掛けて露払いを頼み、フェリチに向き直った。

「フェリチは魔溶液を!」

「はい!」

 フェリチには僕が結界魔法を常時掛けてあるから、魔物の毒は効かない。

 人の遺体を回収したくても、魔物の死体があっては手が出せない。

 リオとドルフがこれから倒す魔物にしたって消す役が重要だ。


 三人それぞれに役割を割り振り、僕は軍馬から降りて、正体不明の魔物のところへ走った。







 ディールが正体不明の魔物の元へ向かっている頃、セレとルルムは軽いピンチを迎えていた。


 勇者の称号を授かったディールに対し、スルカスの元貴族たちが「勇者となったからにはスルカス国崩壊の責任を取れ」と難癖をつけて、ディール邸に押し寄せてきたのだ。

「なにあれー、意味わかんないー」

 フェリチに「頭が良すぎる」と評されたセレが思考を放棄し、

「一応通報しましたが、兵士たちは殆ど集団暴走に駆り出されていて、こちらに対処できるかわからないそうです」

 全く動じていないルルムが現状を報告する。

「このタイミングで来るってことはー、なにか関係がー……ないかなー」

 思考を放棄していたセレは気を取り直して原因と対策を考え始め、すぐに答えを出した。

「ルルムさんー、扉あけてー。そんで扉の影に隠れててー」

「よろしいのですか?」

「いいよおー」

「では、開けますよ」

 ルルムが扉を開けると、扉をガンガンと叩き罵詈雑言をあげていた元貴族たちが、後ろから押されるようになだれ込んできた。

 そして丁度良く、手を腰に当てて仁王立ちするセレの前に、ばたばたと倒れ込んだ。

 元貴族たちはディールに嫌がらせをして鬱憤を晴らし、あわよくば金品やそれにまつわる口約束でも取り交わそうとしにきただけの小物たちである。

 扉が開くとは思っていなかったし、眼の前に小柄な女性がいるとは考えてもいなかった。

 ……と、セレは予想し、的中した。

「あ、あの……?」

 ディール邸の綺麗な絨毯に腹ばいになり、顔だけ上げた元貴族その一が、戸惑うようにセレを見上げる。

「はーいー?」

 セレはいつもの間延びした口調で返事しつつ、元貴族その一を見下ろしている。

「こ、ここは、勇者ディールの家、では」

「ちょっとー、ディール()を呼び捨てなんてー、恐れ多いよー」

 間延びした口調であるのに、言い方に棘と凄みがある。元とはいえ貴族その一が喉の奥でヒッと悲鳴を上げるほどの恐ろしさがあった。

「ねー、本気でー、ディール様がスルカスになにかしなきゃだめだと思ってるの?」

 途中からセレの口調が変わり、扉の影に隠れるルルムですらも背筋が凍えた。

「そ、それは、あれだ、でぃ、ディール……様はスルカス国に多大なる被害をもたらし……」

「ドラゴン倒したのは誰?」

「あ……」

「貴族の暴走を止めたのは誰?」

「その……」

「そもそもディールを追い出したのは、どこの誰? ディールがスルカスに、何したって?」

「え、えっと……だから……」

 元貴族その一や他の元貴族たちはようやく立ち上がったところだったが、セレのいつにない気迫に怖気づき、徐々に後退りしていた。

 ディールの呼び方に様を付けなくなっていることにも気がついていない。


 セレはすうう、と息を吸った。


「いい加減にしろやボケどもがっ!」


 セレから物理的に衝撃波が放たれ、貴族たちは再び絨毯の上に倒れ込んだ。

 頭を打って気絶したものまでいる。

 しかしセレは止まらなかった。


「お前らてめぇよりだいぶ年下を捕まえていつまでもイチャモンつけてんじゃねぇよ! 事あるごとに問題解決させておいて今更知らねぇとは言わせねぇからな!? そもそもお前らが人間だから手ぇ出さずにいらっしゃるけどなぁ! ディールが本気だしたらお前らなんぞ一瞬で塵芥だぞ! 私にすら敵わないんだからなぁ!」


 セレの頭上にはいつの間にか、巨大な光る玉が浮かんでいた。玉はバヂバヂと音を立てており、愚鈍な元貴族たちすらも、それが放たれれば屋敷ほど吹き飛ぶ大魔法ではないかと推察できた。


「これ」

 セレは頭上の玉に人差し指を向けた。


「これ食らうのと、もうじき来る兵士に拘束されるの、どっちがいい?」


 元貴族たちが声にならない声を上げながら立ち上がって逃げ出そうとする頃には、ディール邸の前に、町中からかき集めた兵士たちが立ちふさがっていた。




「あの……セレ……様……?」

「はあー、しんどいー。もう二度とやらないー」

 元貴族と兵士たちが立ち去り、その背中も見えなくなると、ルルムは恐る恐るセレに声をかけ、セレはその場にべしゃりと座り込んだ。

「ルルムさんごめんねー、説明してる暇なかったからー」

「いいえ、助かりました。ありがとうございます。……魔法、使えたのですね」

「あー、まぁー、うん。あ、大丈夫ー。これ、見掛け倒しだからー」

 未だにセレの頭上に浮かんでいた玉は、セレが人差し指を開きっぱなしの扉の向こうへ向けると、へろへろと移動し、何も傷つけずにパッと消えた。

「魔力はそこそこあるのー。でないとー、魔法の知識があってもー、実験なんてできないしねー。でも疲れるからー、普段やらないだけー」

 セレがその場に寝転がろうとしたので、ルルムは慌ててセレを立たせ、肩を貸して手近な客間へ向かった。

「なぜ、あのようなことを?」

 ルルムはセレをベッドへ寝かせると、曖昧な物言いで尋ねた。

「んー、所詮は烏合の衆だしー。このタイミングで来たのはー、ウィリディスに密偵でも放っててー、ウィリディスに異変ありな時を狙ってたってとこかなー。それとー、いい加減あいつらに腹立ってたからー、本心さらけ出したらああなっちゃったー」

 セレは所謂てへぺろの表情をしてみせた。

「それにしても、効果覿面でしたね」

「そりゃーそーよー。どうせあいつら腰抜けだしー。こーんな小娘に脅されて尻尾巻いて逃げちゃったからー、もう来ないでしょー。多分」

 こーんな小娘、のところで、セレは両腕をぱっと広げ、すぐにぱたりと落とした。

「ルルムさんー、なにか食べ物もってきてもらっていいー?」

 ルルムはいつも通りになったセレを数秒じっと見つめて、ふっと口元に笑みを浮かべた。

「何がいいですか? 作れるものなら作りますよ」

「本当ー!? フレンチトースト、仕込んであるー?」

「ありますよ。何枚食べますか?」

「さん……5枚!」

 セレは結局、フレンチトーストを7枚食べた。



「ルルムさんー、今日のことはー、ディールには内緒にしてね」

「何故ですか?」

「私のキャラじゃないー。気恥ずかしいー。ルルムさんもー、なるべく早く忘れてー」

 ルルムは吹き出しそうになるのをこらえた。

「良いことをしたのですから、恥ずかしがることなどありませんよ。ここにスルカスの人達が来て一悶着あったことはきっと、ディール様の知るところになると思いますが、その時どうご説明するおつもりで?」

「ん、んー……なんか、上手いこと誤魔化すー」

 ルルムは今度こそ笑った。




 スルカスの元貴族たちは今後二度とディールに絡むことはなかった。

 セレの思惑通りにいったのが理由の半分で、もう半分はセレ同様いい加減堪忍袋の緒が切れたウィリディスの重役たちがスルカスに人を送り込み、貴族制廃止賛成派と反対派に分かれていた国を無理やりまとめあげ、中央の舵取り役に本格的に政治実権を握らせたためである。

 元貴族は元貴族と名乗ることも許されず平等に平民となった。

 スルカス国はようやく、平穏な国になったのである。

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