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倒した魔物が消えるのは、僕だけのスキルらしいです  作者: 桐山じゃろ
第三章

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45 勇者

 僕と僕の仲間に危害を加えた人には、一般的な傷害罪の他に、世界中の魔物を消滅させるという大規模計画を妨害したという重罪が付け加えられることが、半年かけてウィリディスと周辺国に浸透した。

 この半年の間は、僕たちは何があっても魔物を討伐しないと決められて、原因となったフェリチに手を上げた女性たちは肩身の狭い思いをしていると、本人の親族から直接聞いた。


 女性たちのうち、フェリチに直接手を上げた人の家は大きな商家の一人娘だった。

 女性自身は幼い頃から欲しいものは何でも手に入れてきて、傲慢で我儘な性格は大人になっても変わらず、それでも特に問題なく過ごせるほどに裕福な暮らしをしていたそうだ。

 そんな人物だから、勇者の僕を手に入れようとして暴挙に出た。

 が、僕の黒眼を見て「怖いからやっぱりいらない」となり、あの場を逃げ出した、と。


「はあ。それで何ですか?」


 例の事件から二ヶ月ほど経った頃、僕は応接室で話を聞いていた。

 僕の前には憔悴しきった中年の男女と、老年の男性が一人、勧めたソファにも座らず絨毯の上に正座して僕にこのようなことを語った。

 中年の男女が女性の両親で、老年の男性は女性の家の執事。説明の大半はこの執事がしてくれた。

 とはいえ、僕にそれを聞かせてどうしたいのかが、いまいちよくわからない。


 魔物消滅の仕事を請けない間は以前のように城の文官として働いているから、それほど暇じゃない。

 この三人は僕の家に何度も押しかけてきては、ルルムやドルフに追い返されてきたのに、どうやったのか僕の出勤日を調べ上げて、休みの日に突撃してきたのだ。


 ちなみに、この場に当事者であるフェリチはいない。

 僕がフェリチに、今は部屋から出ないよう言っておいたのだ。


「娘は修道院で深く反省しております。お詫びの品が必要とあらば何でもご用意いたします。どうか……」

「貴方がたはその娘さんが同じ目に遭った時、それで許せますか?」

「……」

 父親の方は黙り込んでしまったが、母親が立ち上がった。真っ赤な顔で怒りを顕にしている。

「これだけ謝っているのよ!? 許しなさいよ!」

 父親と執事が慌てて抑えたが、母親は止まらなかった。

「だいたい、小娘をちょっと叩いたくらいで修道院行きなんて重すぎるわ! うちの娘に気に入られたのだから、有り難く思うべきなのよっ!」

 僕もうこの人たちの相手疲れたよ……。


 父親が母親を羽交い締めにして部屋の外に出ようとした時、外から扉が開いた。

 そこには、お城の兵士さん達十数名と、ナチさんがいた。

 僕がなにか言う前に、兵士さん達が手早く三人を拘束し、とっとと外へ連行してしまった。

 母親だけは最後までなにか喚いていたが、何を言っているのかわからなかった。

「ナチさん、どうしたんですか?」

 部屋に残ったナチさんに声を掛けると、ナチさんはとてもいい笑顔で僕のほうへ振り返った。

「狼藉者が勇者殿を困らせていると通報がありましてね」

 ナチさんの視線の先は、開きっぱなしの部屋の扉の先で、部屋を覗き込んでいるルルムだ。

 ルルムは指を二本立て、片目に当てて舌をぺろりと出している。僕は親指を立てて返した。


「やれやれ、困ったものです。調べたところあの一家は元スルカスの貴族で、先代は貴族籍を放棄してこの国で起業し成功した名士だったのですがねぇ……」

 ルルムがお茶と菓子を運んできてくれたので、僕はそのまま応接室でナチさんと駄弁ることにした。

「あ、ちなみに当のご令嬢は修道院の生活に馴染めず脱走を図って捕まりまして。今は独房で囚人対応されてます」

 修道院では清貧を強いられはするものの、自分のことを自分でしていればそう不便のない生活が送れる。

 しかし囚人対応ということは、人間らしい生活の殆どに厳しい規制がかかり、いくら本人が反省しても期限まで許されることがない。

「ナチさん、あの……」

 僕はもうあの女性たちに全く興味がない。

 家に上げたのは、一度話を聞けばこれ以上ルルムとドルフの手を焼かせずに済むと思ったからだ。

 僕が浅はかだった。

 ナチさんは僕の様子を見て察してくれたようで、空になったカップをテーブルに戻しながら頭を掻いた。

「失礼しました、こんな話はどうでもいいですね」

「はい。でも、助かりました」

「こんなこと、なんでもないですよ。むしろ、またしても勇者殿にご迷惑をおかけして申し訳ない」

 ナチさんは座ったまま頭を深く下げた。

「ナチさんが謝ることじゃないですよ」

 僕が顔を上げるように促すと、ナチさんはしばらくしてからようやく顔を上げてくれた。

 ただし、「大変申し訳無い」という表情のままだ。

「まずはあと四ヶ月、近隣国まで全力で周知しますね」

「お願いします」



 ナチさんが帰ったあと、フェリチの部屋の扉をノックした。

「フェリチ、もういいよ」

「はい」

 はっきりした返事があって、扉が開いた。

「ごめん、ナチさんが来てくれてたから伝えるのが遅くなっちゃった」

「構いませんよ。今日は元々、部屋で刺繍してるつもりでしたから」

 フェリチ越しにフェリチの部屋を見ると、テーブルの上に作りかけの刺繍や道具類が置いてあった。

 フェリチは実家や教会で刺繍を嗜んでいた。

 冒険者になってからは、時間があまり取れなかったのと、刺繍の道具類を持ち歩くには嵩張るという現実的な問題でやっていなかったのだ。

 僕自身は刺繍なんて門外漢だからわからないけれど、ルルムに言わせれば「十分売り物になる」そうだ。

「何を刺してたの?」

「お花です」

「見せてもらっていい?」

「まだ途中でよければ」

 部屋に入り、枠がついたままのフェリチの作品を手に取る。

 色とりどりの花が、丁寧な仕事で咲いていた。

「ちょっと、刺してるとこ見せて」

「えっ!? ご、ご興味あるんですか?」

「フェリチのすることなら何でも興味あるよ」

 耳をほんのり赤くして刺繍の続きを刺すフェリチをしばらく眺めた後、僕は一番小さな枠に端切れを張ってもらって、針に糸を通し、刺してみた。

「……なんか、揃わないんだけど……」

 まずは練習と、四角く書いた下書きに沿って針を通してみたのだが、糸の長さがちぐはぐになってしまう。

 糸を引くときの力の入れ方が均一にならず、布が突っ張ったり緩んだりもしている。

「最初はそういうものですよ」

「あと目と肩がすごく痛い」

「慣れないうちは仕方ないですね」

 フェリチが治癒魔法を掛けてくれた。

 それから、フェリチに色々な刺し方を教わっているうちに、かなり時間が経っていた。

「大変だけど、面白いね。またやってもいいかな」

「いつでもどうぞ」

 フェリチが嬉しそうにぱっと笑う。かわいい。




 概ね平和な半年を過ごした後、ウィリディスと周辺国限定で僕の冒険者業を再開するはずだった。

 半年経って更に一週間が経過した時、まだ陽も昇らないうちから、屋敷の扉を叩く音がした。

 部屋を出て窓から外を眺めると、扉の前にいたのはナチさんだ。

「おはようございます、ど……」

 どうしたんですか? と尋ねる前に、ナチさんが喋りだした。

「早朝に申し訳ないのですが、緊急事態です。なるべくお早く支度していただけますか」

 こんなに切羽詰まったナチさんは初めて見る。只事ではない。


 家にいるセレ以外の住人は扉の音で目を覚ましていて、フェリチとドルフとリオはただならぬ気配に、既に旅支度をし始めていた。

 僕も急いで部屋へ戻り、久しぶりにガッチリと装備を着込んだ。


「お待たせしました」

 エントランスホールに集まったのは、僕が最後だった。

 セレは寝巻き姿で、眠たそうに目を擦りながら、僕に「ふぁい、新作」と眼帯を渡してくれた。

 眼帯と言ったが、目の周辺が丸く開いていて、スルカスの一部の貴族が着けていたモノクルにも見える。

「これは?」

「ふあ……封印帯2号ー。効果は前のと一緒ー」

 セレは言うだけ言うと、そのまま後ろへ倒れかけたところを、ルルムとリオに支えられた。

「セレ!?」

 慌てて駆け寄ったが……。

「寝ただけのご様子です」

 ルルムの言う通り、セレはすうすうと寝息を立てていた。

「セレ様はこのところずっと、これを作っていらしたのですね」

 そういえば、深夜に厠へ起きた時、セレの部屋の扉からはいつも光が漏れていた。

 本人が夜型なところもあるだろうが、心臓に悪いからほどほどにしてほしい。

「俺が運んでおこう。すぐに追いつくから先に行っていてくれ」

 リオがセレを抱きかかえて、走っていった。

 僕たちがナチさんに向き直ると、ナチさんはいつになく真面目な顔で頷き「まずは城へ」と目的地を定めた。


 城へ向かうのはいつもの揺れない馬車だが、急いでいるため少々揺れた。

「フェリチ、大丈夫か」

「……後で治癒魔法をお願いできますか」

「勿論」

 半年の間、僕は突然使えるようになった魔法とも向き合ってきた。

 得意なのは攻撃魔法と結界魔法。治癒魔法はやや苦手の部類に入る。

 それでも、フェリチの馬車酔いを治すくらいなら、なんとかなるだろう。


 城へ到着すると、兵士や騎士たちがずらりと並び、どこかへ戦争でも仕掛けるのではという様相を呈していた。

 ウィリディスがそんな事をするはずがないことは重々承知だが、そのくらいの迫力はあった。

「ナチさん、一体何事なんですか?」

 肝心なことがまだ聞けていなかったのでナチさんに問うと、ナチさんは一言で窮地を言い表した。

「魔物の集団暴走です」



 僕が知る限り、魔物の集団暴走が最後に起きたのは、およそ百年ほど前。

 ウィリディスがあるこの大陸や、アブシットがある大陸でもない、別の大陸で起きたと、冒険者になる前の講習で教わった。

 その被害は甚大で、大陸の殆どの国が崩壊し、ここ十数年でようやく人がまともに生活できる状況まで回復したところだ。

 集団暴走が起きる原因は不明。決まった周期もなく、自然災害のようなものだ。


 自然災害に対して僕は無力だが、相手が魔物であれば、僕がどうにかできる。


「規模や進行方向は?」

「規模は最低でも十万。方向は、ここウィリディスから北へ十キロメートルほど離れた地点から東へ向かっています」

「その方向に人里は」

「あります」

「わかりました、行きます」

「お待ち下さい!?」

 やる気を出した僕をナチさんが止める。

 既に作戦が決まっていて、僕もそれに組み込まれているのだとか。

「どんな作戦ですか?」

「既に先遣隊が向かっています。先遣隊にはボス個体もしくは厄介そうな魔物は相手にするなと厳命してあります。そのような魔物を見つけ次第伝令を飛ばし、ディール殿にお願いしようと」

「ボスだけでいいんですか? 僕なら……」

「ディール殿、お気持ちはわかりますが、これは国の……いえ、大陸の命運を掛けた戦です。もしここで、ディール殿一人に背負わせたならば、成功しても失敗しても、ウィリディスは国として失格でしょう」

 確かに、僕一人で片付けてしまうと、他の戦える人たちの面子を潰してしまうことになりかねない。

 ウィリディスとしても、何かあったら……その、勇者一人に全部任せっきりという前例を作ってしまうのは問題がある。

「わかりました」

 僕が頷くと、ナチさんは一瞬だけ安堵の表情を浮かべ、すぐに引き締めた。

「国の事を持ち出しましたが、私は……いえ、きっと陛下も、ディール殿の御身を心配しているのです。お強すぎるばかりに、つい頼ってしまう。急な事態ですからここまで急かしてしまいましたが、今は準備だけを怠らぬよう、お願いします」

「はい」


 話が済むと、僕は騎士団の団長に呼ばれたのでついて行った。


 そして、一万の騎士、兵士たちの前に立たされた。


「勇者ディール殿、是非我が騎士たちにお言葉を」


 喉まで出かかった「無理です!」という言葉をやっとの思いで飲み込んで、台の上に登る。

 こういうのは慣れていない、というか経験がない。

 だからなんと言っていいかわからない。

 言い訳ばかりが頭の中をよぎるが、そんな言葉を僕が口にしていいはずがない。

 顔を上げて、改めて騎士たちを見渡すと、みんな期待に満ちた目をしている。

 ……遠くにフェリチたちがいる。リオも合流した様子だ。

 フェリチが小さく手を振ってくれて、ちょっと落ち着いた。


「僕が殿(しんがり)を務めます。僕のところへ来た魔物は全て僕が討ち果たします。だからどうか皆さん、命だけは大事に。でも存分に戦ってください」


 結局上手いことは言えなかったが、「勇者」がなにかした、という効果だろうか。


 大気が揺れたのかと錯覚するほどの歓声が上がった。

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