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倒した魔物が消えるのは、僕だけのスキルらしいです  作者: 桐山じゃろ
第三章

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42 環境

 次に魔物と遭遇したのは、ゴブリンが出た地点から馬車で半刻も行かないところだった。

「魔物が少なくなってたって、本当?」

 今、大きめのホブゴブリンに対峙しているのは、ドルフひとりだ。

 僕は後方でドルフと魔物に注意を払いつつ、セレに質問を投げた。

「本当ー。ディールがウィリディスに来るずーっと前からー、魔物の被害ほとんどなかったもんー。これはきっとー、ディールが遠ざけてたからー、その反動かなー」

「反動?」

 問い返した時、ドルフが見事ホブゴブリンを討ち取った。

「ディール!」

 呼ばれる前にホブゴブリンの死体に駆け寄り、死体斬りを敢行した。

 すぐに死体から離れてしばらく待ってみたが、死体は消えなかった。

「直接とどめを刺さないと駄目か。……これ、どうやって使うんだ?」

 駄目だった際に使えと渡されていた魔溶液は、不思議な形をした瓶に入っていて、咄嗟に使い方がわからなかった。

「噴射口……その細長い筒を死体に向けて、上の突起を押し込むんだ」

 ドルフに言われたとおりにすると、噴射口から細かい水滴が噴出され、水滴が触れたところから魔物の死体が、まるで水滴にちぎり取られるようにぽつりぽつりと消え始めた。

「へぇ、こうやって消えるんだ……」

「おーい、あんまり居座るなよ」

 ドルフの声が遠いなと振り返ったら、もうドルフとセレは馬車の近くにいた。

 魔物は死んだ瞬間から猛毒になるから離れていたのだろう。

 僕にとって魔物は、斬り倒したら消える存在だったので、危機感が欠けていた。

「一部消え始めたらー、全部消えるから大丈夫よー」

 セレから魔溶液について追加の情報を貰う。これまで魔溶液の話はさんざん聞いてきたが、実際に使うとなるとわからないことが多かった。

「そうだったんだ……使う機会がなかったもんだから」

 己の無知を恥じて頬を掻くと、セレが「そりゃーそーよねー」と僕の肩を軽く叩いた。

「あの、私も使ったことがありません。使い方を教えてくださいませんか?」

 フェリチが小さく挙手して、小さな声で主張した。

「そっかー、フェリちゃんずっとディールと一緒だもんねー。簡単よー。こーして、こうー」

 セレは鞄から魔溶液を取り出すと、フェリチに魔溶液の使い方を教え始めた。

 ドルフの簡単な説明で僕でも使えたのだから、フェリチなら楽勝だろう。

「この瓶もセレさんが?」

「そー。噴霧缶ていうのー。最初は回復薬みたいに瓶に入れてたんだけどー、使いづらかったからねー。あー、蓋あけちゃ駄目よー、圧縮した空気が入ってるからー」

 フェリチは更に噴霧缶の構造についても学んでいた。

 僕とドルフは説明を聞いても「よくわからない」で終わってしまったが。



 この後も目的地に到着するまでに、十回以上は魔物と遭遇した。

 いちいち眼帯を取るのが億劫になった僕は、眼帯をしたまま魔物と相対することにした。

 眼帯には小さな穴がいくつか空いていて全く見えないということはないが、視界がどうしても狭くなるので、万全を期すために外していたのだ。

「全く危なげないけどなぁ。ああ、やっぱり同じように黒くなってんな」

 ドルフは僕に止めを任せるというやりにくい戦い方をし続けつつ、僕の眼の様子を逐一教えてくれる。

 魔物を倒すたびに眼帯をめくってドルフに眼を見せているが、ここ最近ずっとこの調子だ。

「本当に心身に異変はないのか」

「ないよ、大丈夫」

 このやりとりも毎回行われる。

 馬車に戻ればフェリチとセレからも具合を訊かれる。


 心配してくれる仲間に囲まれている。




「ところでセレ、さっき言ってた反動ってどういう意味?」

 何度目かの魔物を退け、近くに臭いがしなくなった時を見計らって、セレに尋ねた。

「んーとね、魔物ってー、人間を襲うのが好きでしょー」

「好きなんだ……」

 魔物は、人や他の動物を見れば襲ってくる。

 本能的な殺戮衝動だと思い込んでいたが、まさか「好き」という感情が乗っていたとは驚いた。

「ディールって、好物の食べ物ってあるー?」

「フェリチの料理なら何でも」

「即答かぁー」

 セレがにまりと笑みを浮かべてフェリチの方を見た。つられて僕もフェリチを見ると、フェリチは顔を真赤にして俯いていた。

「どうしたのフェリチ」

「なんでもありませんっ! それより、お話の続きを。私も気になります」

 顔を片手で隠したフェリチに続きを促されると、セレは「うふふん」と不気味な笑い声をあげた。

「わかったー。でねー、ディールがもしフェリちゃんの手料理をー、何ヶ月もお預け食らったあとでー、眼の前に出されたらー、どうするー?」

「思いっきり食べる……なるほど、そういうことか」

 セレは、好きなものが得られないという我慢を強いられたら、その反動で常よりも欲する、と言いたいのだろう。

「絶対数が減ってるのは確かだからー、人里近くでこんなに出てくるのは今だけだと思うー。まー、ディールたちなら何の心配もいらなさそーだけどねー」

 セレは存外に真面目な顔で言い切った。

「油断しないように気をつけるよ」

 僕は辺りに臭いがないかをもう一度確認してから、馬車へと戻った。




 件の洞窟の魔物はあっさりと掃討し、帰還してから二週間後。

 今度はウィリディスと他国の国境近くの魔物を討伐せよという命令が下った。

 ウィリディスを出立してから半月ほどして、今回の旅の目的地でもある国境近くの大きな町に辿り着いた。

 途中いくつか立ち寄った村や町では、国に手配された宿で普通に寝泊まりして通り過ぎるだけだったのだが……。


「勇者様だ」

「黒髪の勇者様!」

「ディール様!」


 馬車で通りを進んでいるときから、盛大な歓迎を受けた。


「ドユコト?」

 歓声が耳に痛い。ユウシャサマって誰の話だ、と言いたかったのに、片言になってしまった。

「いやー、ここまでとは想定外ー。本当だってばー」

 セレが片耳に指を突っ込みながら、僕の問いかけに応える。

「ここじゃ落ち着かないしー、宿でゆっくり説明するよー」


 と言われて大人しくついて行った宿だったが、今までの宿と規模が違った。

 案内された建物は城にしか見えないほど巨大で豪華。使用人は皆王城に仕えているかのような気品があり、宿泊客も裕福そうな人ばかりだ。

 これまで国が手配してくれていた宿も上等なところばかりだったが、これは規格外というか、最早やり過ぎだ。

「ここで落ち着けって?」

 貴賓室のような部屋に通され、恐ろしく座り心地の良いソファに座ると、使用人たちが一瞬でテーブルにお茶と菓子を並べて退室していった。

「壁が厚いからー、外の音あんまり気にならないでしょー。これ美味しいー」

 セレは僕の向かいの一人がけのソファを占領して、早速菓子を摘んでいる。

 フェリチは僕の隣に座ってはいるが、居心地が悪そうだし、ドルフに至っては突っ立ったままオロオロしている。

「ドルフ、適当に座りなよ。気持ちはわかるけど」

「あ、ああ……。こんな宿……宿でいいのか? ここは……。こんな場所がある事自体、想像もつかなくてな……」

 ドルフはもうひとしきりオロオロした後、意を決したように顔を引き締めて、空いていたソファに腰掛けた。


「で、これはどういうことだ?」

 唯一事情を知っていそうなセレに問うと、セレは手に持った菓子を全て口の中に消してから、話し始めた。

「ディールはさー、ウィリディスでの扱われ方で満足してたでしょー」

「するよそりゃ」

 ドラゴンを討伐した報酬として、僕は働かなくても衣食住を保証してもらっている。

 多すぎる報酬を「経済を回すため」という理由で贅沢品に回し、豪勢な暮らしというやつをぼちぼちやれている。

 これ以上何を望めというのだ。

「力はディールが自力で手に入れてー、富はウィリディスが受け持ってるー。でもー、名声はまだなかったでしょー?」

「名声!? 要らないよ、そんなの」

 思わず立ち上がって叫ぶと、セレも立ち上がって「まーまー落ち着いて」といつもの口調で僕をたしなめた。

「ディール、このまえ殺されかけたでしょー?」

 セレが真面目な顔で言うことに、僕は大いに心当たりがある。

 アブシットという国にドラゴン討伐を依頼されて行ったとき、オーラムという元王族が、私怨のために僕を毒殺しようとしたのだ。

「それと名声と、どういう関係が?」

 立ち上がったままだった僕が首をひねると、セレは僕に座るよう促した。

「あの頃のディールはー、『ドラゴンを討伐した実績のある冒険者』っていう評価しかー、宣伝してなかったのよー」

「合ってるじゃないか」

「そーなんだけどねー。でもー、ドラゴンを討伐するだけならー、例えばドルフでもよかったわけでしょー。つまりー、代わりがいるかもしれない人物だったわけー」

 唐突に名前を出されたドルフが、ようやく手を付けたお茶を吹き出しそうになって咳き込んだ。

「ごほっ、ごほっ」

「大丈夫ですか?」

「問題ない」

 セレはドルフがフェリチの治癒魔法を断り、改めてお茶を飲むまで待ってから、続きを話しだした。

「代わりがきくからー、オーラムって野郎(やろー)もー、簡単に殺そうとしたわけよー。そこでー、ディールは勇者、救世主、ドラゴンを討伐できる唯一の人物ーってことにしたのー」

「うわぁ……勘弁してよ」

 僕は思わず頭を抱えて俯いた。

「要はー、ディールを守るためー、ひいては、仲間であるフェリちゃん達を守るための方便なのよー」

「……そっか」

 僕だけなら、毒を盛られても死ななかったし、魔物に遅れを取るとは思えない。ぶっちゃけ、僕自身が傷つくだけならなんとも思わない。

 でも、ドルフやリオ、ルルム、セレ、そして何よりフェリチにまで影響がでるというなら……。

「仕方ないか……」

 僕は諦めて、お茶を飲み、菓子をふたつみっつ頬張った。

 菓子の見た目はシンプルなクッキーだが、セレが褒めるだけあって、美味しい。

「一応聞くけど、他に方法なかったかなぁ。例えば、僕の存在を徹底的に隠すとか……」

「そんなことしたらー、自分はドラゴン討伐したーって嘘つく奴が出てくるでしょー。ディールっていう人がー、ドラゴン討伐の英雄だーって、広める必要があるのよー」

「ぐぬぅ」

 他に案は浮かばなかった。

「でも、この騒ぎと宿はさすがにやりすぎでは?」

 僕が少し聴覚に集中すれば、まだ外の喧騒が聞こえてくる。

「宿はここのー、名物みたいなものなのよー。元々王城に仕えてた人がー、引退したあとでー、この宿屋建てたって聞いたよー」

「ということは、観光できるのでしょうか」

 フェリチがぱっと顔を上げた。

「どーだろー、ディールが頼めばー、いけるかもー?」

 セレがにまりと笑みを浮かべて僕を見るが、僕は首を横に振った。

「状況は理解したけど、自分から濫用はしないよ」

 僕が言い切ると、フェリチが少ししょぼんとした。

 フェリチの頼みなら何でも聞いてあげたいところだが、ここで緩めてしまったら、取り返しがつかなくなる気がするのだ。

「頭固いなぁー。でも、それがディールのいいところでもあるよねー。フェリちゃん、聞くだけ聞きに行ってみようかー、どうせ食事の時間まで暇だしー」

 セレの提案に、フェリチは何かに気づいたような顔をした。

「そうですね、自分で聞けばいいものを、ついディールさんを頼ってしまうところでした。すみません、ディールさん」

「謝ることじゃないよ」

「ありがとうございます。では、セレさん、一緒に行ってもいいですか?」

「もちろんー。ディール、フェリちゃん借りるよー」

 僕が手をふらりと振ると、女性二名は連れ立って部屋を出ていった。

「はあ……」

 ドルフが大きくため息をついた。

「どうした?」

「いやあ、改めてとんでもねぇのに付いてきちまったなと」

 ドルフは頭を掻きながら立ち上がり、自分の荷物のところへ行くと剣を手に取り、手入れを始めた。

 武器の手入れは日常だが、ドルフは手持ち無沙汰になると武器を触るところがある。

 とはいえ僕も暇だから、剣を手にしようとしたときだった。


 無意識のうちに聴覚に入れていたフェリチの心音の速さが、跳ね上がった気がした。


「ディール、オイル余ってないか? うっかり切らして……お、おい、どうした」


 後で聞いたら、僕はこのとき既に右目が真っ黒になっていたらしい。


 気がついたときには、僕は部屋を出てフェリチたちの前に立っていた。

 後ろでは頬を腫らしたフェリチを、セレが庇うように抱きしめている。


「ひっ!?」


 僕の前には女性が三人――使用人や宿泊客には見えない――、醜悪な顔で僕を見て怯えている。


「でぃ、ディールさん、どうして……」

「こ、こいつがディール……様!?」


 一体何があったっていうんだ。

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