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倒した魔物が消えるのは、僕だけのスキルらしいです  作者: 桐山じゃろ
第二章

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38 もうひとりの英雄

 受付さんが呼んできたのは、フェリチの予想通りギルド長だった。

「英雄レンファでしたら、先日引退しまして、今はここから馬で半日の山奥で暮らしております。これまでも『是非会いたい』と何名かが訪問しましたが、会えたというものはいません。しかし、英雄殿でしたらきっとお会いくださるでしょう。先触れを出しておきます」

「お願いします」

 たったこれだけのやりとりをするまでに、数十人と握手したり余計な要望を突っぱねたり……ドラゴンと戦うより疲れた。


 先触れは本当にすぐ出してくれたとはいえ、返事が来るまでに最短で一日かかる。

 僕とフェリチはセスリスの町を散策して時間を潰すことにした。

「お店の品揃えはスルカスと似ていますね」

「近所だから差がないのだろうな」

「あっ、限定販売のお菓子だそうですよ」

「お土産に買っていこう」

 こんな感じで、初日は呑気に楽しんでいた。


 ギルドの宿泊施設を英雄権限で使わせてもらっているから宿には困らないのだけど。

 三日経っても先触れが戻ってこなかった。

 流石に心配になってくる。

 セスリスの冒険者ギルドに来てから四日目の朝、僕とフェリチはギルド長に会いに行った。

「このあたりに魔物は」

「五年前に比べたら半分ほどになりました。先触れに出したのは手練ればかりです。途中で魔物に遅れを取るようなことは……いえ、過信は禁物ですね」

「先触れの方を探しつつ、直接訪ねてみます」

「申し訳ないが、是非お願いします」

 ギルド長も心配なのだろう、僕の提案を素直に受け入れてくれた。


「なんだか、嫌な予感がします」

 普段のフェリチは、先が不安になるようなことなど滅多に言わない。

 嫌な予感は僕も同じだ。

 でも、二人して不安がっていては余計に悪い方向へ転がってしまう。

「気を引き締めていこう」

 僕がフェリチの頭をぽんと撫でると、フェリチは無理やり笑顔を作った。

「はい」

 ギルドで借りた馬で、僕達はレンファの住処を目指した。


 道中、やはり魔物は出ず、先触れの痕跡も見つからなかった。


「あれですね」

「……フェリチ、自分に結界魔法を」

「はいっ」

 途中から獣道になった所を進むと、小綺麗な小屋が現れた。

 出入り口の前にある小さな畑は、長い間手入れがされておらず、雑草が生い茂っている。

 そして僕の鼻は、嫌な臭いを嗅いだ。


 剣を抜き放った状態で、小屋の扉を開くと――。


「っ!」

 フェリチが息を飲んだ。


 人が三人、もう息をしていない状態で倒れていた。


「うがああああっ!」


 大声を発したのは、死体の向こう側にいた人間の男性だ。

 髪と髭は伸び放題、服は殆ど千切れていて、かろうじて引っかかっている状態。何日も食べていないことが容易に想像がつく程痩せている。

 よくよく見れば、見覚えのある人相をしている。

「レンファ?」

 僕が名前を呟くと、男は叫び声を上げながら飛びかかってきた。

 速い!

 剣を横にしてどうにか初撃を防いだ。

「ぐっ!」

 相手は素手だというのに、僕の剣がたわむ程の衝撃が来た。

「フェリチ、下がって!」

「お気をつけて!」

 フェリチを下がらせてから、改めて男をよく観察する。


 伸びた髪の奥の左眼は青いのに、右眼が真っ黒で、黒い液体が流れ出ていた。


「レンファっ!」

 再びの攻撃を受け、弾き飛ばし、男の名前を叫ぶ。

「がぅうるるるあああ!」

 しかし返事は言葉にならない叫び声のみ。


 これがレンファ本人だとしたら、どうしてこんなことに。


 ……分かってる。


 もしかしたら、僕が、こうなっていたかもしれないことを。



 レンファは痩せてボロボロな身体に似つかわしくない程、機敏に動き、重い攻撃を幾度も繰り出してきた。

 僕はその攻撃を何度も受けながら、叫んだ。


「グーラドラゴン! 僕は……器はこっちだ!」


 男の動きがぴたりと止まり、その場に崩れ落ちた。

 同時に、僕の右眼が灼熱した。

「ぐっ、ううう……」

 グーラドラゴンはレンファと仲間たちによって倒されたはずだ。


 もう、お前が暴れるのは許されない。

 大人しく、入ってろ!


「ディールさんっ!」

 遠ざけていたフェリチが駆け寄ってくるのを手で制して、僕は僕の痛みに耐え続けた。


 セレからセニティスドラゴンを受け取ったときのように、暴走させるわけにはいかない。



 ……どのくらいそうしていたのか、気づけば僕は何故かフェリチの膝枕で寝ていた。


「!?」

「お気づきですか、よかった……」

 フェリチが涙目で僕を見下ろしている。

「あの、これはどういう……」

「倒れてしまわれて、でも私の力ではディールさんを運ぶのは難しかったので……そ、その、ご迷惑でしたか」

「とんでもない。って、重いよね、起きる」

「無理は駄目ですよ」

「大丈夫。レンファは?」

「あちらに……」


 起き上がってフェリチが指差す方を見ると、先程まで尋常ならざる力を揮っていた男が両膝を抱えてうずくまっていた。

 右手の親指の爪をがちがちと噛みながら、震えている。


「レンファ、久しぶり」

 僕が声を掛けると、レンファはびくりと肩を震わせた。

「フェリチ、治癒魔法は」

「掛けましたが……」

 フェリチが首を横に振る。

 身体に怪我はないのに、この状態だということは、治癒魔法の届かない精神的な領域の問題なのだろう。

「僕が分かるか?」

 色々と声をかけてみるも、眼は明後日の方向をじっと見たまま、反応がない。

 しかし、踏み込んだことを聞くと、レンファが僕をぎろりと見た。


「彼らはレンファが?」


 レンファは僕を見て、入口前で折り重なっている遺体を見て、また僕を見た。

 そして、こくりと一度頷いた。


「ディールさん、レンファさんを休ませましょう。今の状態では……」

「そうだな。レンファ、立てるか?」

 僕はレンファを担ぎ上げ、フェリチが簡単に整えてくれたベッドへ運んで寝かせた。


 それから僕らは、三名の遺体を小屋の外に出し、出来得る限り丁寧に清めてから埋葬した。

 小屋の中を片付けて汚れ放題のベッドのシーツを洗って乾かし、改めてレンファを寝かせた。

 念の為に持ってきていた携帯食料と、小屋に残っていた食べられるものをフェリチが調理して、簡単に食事を済ませた。

 レンファにも食べさせようと試みたが、レンファは水すら受け付けなかった。



 夜になり、小屋の中の暖炉の前でなんとなく起きていたら、ぬっ、と気配がした。

 フェリチは寝袋にくるまって寝ている。

 気配は、レンファだ。

 剣呑な雰囲気はなく、落ち着いている。


「はな、話が、したい」

 喉が潰れたような声だった。



 フェリチを起こさないようにそっと小屋を出て、レンファの後を追った。

 レンファは小屋の裏手に回り、藪の中に入って進んでいった。


「あの、さ、三人、は、ど、どうした」

 三人というのが、遺体のことだとすぐに分かった。

「弔っておいた」

「あ、あ、ありが、とう」


 会話らしい会話はそのくらいで、数分ほど藪を分け入ったところでぽっかりと開けた場所に出た。

 数メートルの円形の範囲で、意図的に草が抜いてあり、地面が不自然に凸凹している。


「お、おれに、ど、ドラゴン、がが」

 レンファは開けた場所の真ん中に立ち止まり、僕に背を向けたまま語り始めた。



 レンファはパーティの仲間と合わせて五人がかりで、グーラドラゴンを倒した。

 仲間のうち三人はグーラドラゴンにやられ、レンファも重傷を負い、グーラドラゴンに止めを刺したのは、最後に残った仲間だった。

 レンファの傷は深く、手持ちの回復薬をすべて使い切ってようやく歩けるようになるまでに、討伐から二日を要した。


 最後の仲間がおかしくなったのは、帰途の最中。

 真夜中に顔を抑えて痛がり、叫んでいるのを、レンファはどうすることも出来ずに呆然と眺めていた。


 不意に叫び声が止んだとき、レンファは仲間に噛みつかれていた。

 傷を負っていた場所を正確に噛まれ、レンファは痛みに驚き、仲間の顔を見て恐怖した。


「あ、あんな、お、おそろし、恐ろしいものを見たのは、は、はじめて、で……おれ、おれは、おれは……」

 レンファの声が震えて聞き取りづらくなってきた。

 同時に、取り乱し方も激しくなっている。


「おそろしく、て、おれは、な、仲間を……ランディを、こ、ころし……」

「レンファ、もう分かったから。襲われたのなら仕方ない」

 しかしレンファは止まらなかった。

「そしたら! ら、ランディから何かが……おれ、おれに何かが流れ込んできて!!」

 レンファは自分で自分を抱きしめて、呼吸を整え、こちらに向き直った。

「い、いま、おれの、め、めは、どうなってる」

「両眼とも青だ」

「よ、よか……った。あ、あんたと、あんたの、つ、連れは、襲わずに、済みそうだ……」

 連れ、という言葉に反応しかけたが、フェリチには今のところ危険は迫っていない。


「あ……も、もしかして、あんた、ディールか?」

「そうだ」

「ああ……ああ……思い、出してきた……」

 更に何度か深呼吸のようなことをした後、レンファは正気を取り戻したように見えた。


「すまなかったな、取り乱して。そうだ、グーラドラゴンの後、おれは仲間を殺してすべてを失って、あの日限りで冒険者を止めるつもりだったんだ」

 あの日、というのは僕とレンファが手合わせした日のことだ。

「グーラドラゴンの手柄は全部俺のものになったが、勲章は重すぎた。仲間がいてこそドラゴン討伐が叶ったことと、その仲間を失ったことをギルドに伝えて……それでも、七匹のうちの一匹を倒した事実は覆せないと言われた」


 レンファはギルドから再三に渡り、ドラゴンが出現した際には討伐依頼を受けてもらう、という話をされていたのだという。

「一人では無理なら仲間を、なんて言われても、もう冒険者を辞めるつもりの人間についてくる奴なんていないだろう。でもギルドは頼む、行け、倒せ、だ。そんな時に、ディール、あんたの話を聞いたんだ」

 手合わせのとき、レンファは手加減など少しもしなかった。

 グーラドラゴンを追い詰めた一撃の再現とまではいかなかったが、近い力で僕と相対したそうだ。

「なあ、ディール。信じがたい話だが、仲間から俺に流れ込んできたのは、ドラゴンの力なんだろう? ドラゴンは倒した者の心を狂わせる力を捩じ込むんだ」

 思わず自分の右眼に手をやる。今は特に変化していない。

「それで、今度は俺からあんたに……。あんたは、大丈夫なのか?」

『大丈夫だ』

 頭の中の金色のドラゴンと、声が被った。

 どうしてこいつがしゃしゃり出てくるんだ。

「僕はどうやら、ドラゴンの力とか魔力とかを、右眼にだけ押し込められる。だから心が狂ったりはしていない」

 唐突に理解していた。こんなこと、考えたこともなかったのに。

 きっと金色のドラゴンが何かしたに違いない。

 腹立たしいが、レンファが落ち着いてくれるなら今はこれでいい。

「そうか、よかった……」

 レンファの表情が初めて緩んだ。


「じゃあ、後は俺自身の始末をつけないとな」


 レンファの視線の先には、不自然に凸凹した地面がある。


 ギルド長は「何名かが訪問しましたが、会えたというものはいません」と言っていた。

 ……まさか。


「ここへ籠もり始めた頃には、俺はもう狂ってた。来た奴を片っ端から……」

 盛り上がった地面のうち、まだ土が乾いていない場所をレンファが掘り起こすと、そこには短剣が埋まっていた。

「! レンファ!」

「本当はあんたに斬って欲しいところだが……こんな奴の命で手を汚したくないだろう?」

 眼の前で死なれたら同じことだ。

 僕はレンファが反応できない速度でレンファの短剣を奪い取った。

「なっ!?」

「これだけは駄目だ」

 短剣を背に隠し、他に刃物が落ちていないかを確認した。特に見当たらない。

「僕もレンファに会えなかったことにする。フェリチ……連れにも言い含めておく。もうここにドラゴンはいない」

「でも俺は」

「もし僕がドラゴンの力とやらで狂った時、誰が止めるんだ? 可能性があるのは貴方くらいだ」

 僕が辿ったかも知れない道を、レンファが辿ってしまった。

 全部、ドラゴンが悪い。レンファは生きるのに必死で、抗うのに必死だっただけだ。


 僕は狂わない。ドラゴンの力も何もかも封じ込めたまま、生き抜いてやる。

「だから頼む。生きて、腕を磨いておいてくれ」


 長い沈黙の後、レンファは諦めたように「わかった」と呟いた。

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