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倒した魔物が消えるのは、僕だけのスキルらしいです  作者: 桐山じゃろ
第二章

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32 戦火の序章

 三ヶ月ぶりの自宅は特に変わったところはなかった。


「おかえりなさいませ! お疲れでしょう、荷物はこちらで預かります」

「久しぶりだな。旅の話が聞きたいところだが、今日は休め。フェリチも、料理はしばらく任せておけ」

 ルルムさんとリオさんも相変わらずだ。

「ありがとうございます。お言葉に甘えて」

 僕達はそれぞれお礼を言い、荷物をお土産とともにルルムさんに預けると、各々部屋に引っ込んだ。


「ふー、体は疲れてないんだけどなぁ」

 気疲れとでもいうのだろうか。三ヶ月ぶりの自分のベッドが、何よりも心地良い。

 仰向けに寝転がり、目を閉じたらそのまま寝てしまいそうになった。

 まだ眠るには早すぎる。

 起きてベッドを離れ、洗面台で顔を洗っていると、部屋の扉を叩かれた。フェリチだ。

「お疲れのところすみません。ちょっとお話が」

 扉を開けると、フェリチが見慣れない格好をしていた。

 見慣れないが、見たことがある。

「それ、アブシットで……」

「はい。着てみました。服も装飾品も、たくさん、ありがとうございました」

 フェリチはアブシットで買い求めた服を着ていた。

 襟の詰まったワンピースのような形をしていて、腰までスリットが入っているが、下に足首がふっくらとしたパンツを履いているので露出はほぼ無い。

 細身のフェリチによく似合っている。

「似合ってるよ。それと、討伐の報酬は、フェリチのものでもあるんだよ」

「ありがとうございます。あと、私は何もしてませんので」

 ドラゴン討伐に関しては、何度言ってもこれだ。

「うーん……。ところで話って?」

「あの、以前ディールさんが、眼について思ったことがあれば何でも言ってほしいと仰っていたので……」

「眼? なにかあった?」

「逆です。何もなさすぎるって、さっき気づいて」

 言われてみれば、インヴィディアドラゴンを倒した直後に黒くなり、数日後に激痛があってから、眼に変化がない。

 これまでは、何もなくても黒くなったりしていたのに。

「私が見た限りでは、インヴィディアドラゴンを倒したときに黒くなってから、一ヶ月以上何も起きていません」

 フェリチが同意見ということは、間違いなくそうなんだろう。

「すみません、こんな細かいことで」

「とんでもない。助かるよ。自分じゃ分からないからさ。フェリチ、よかったら魔力を調べてみてくれないかな」

 魔力を調べるのに消耗するものは無いと、フェリチ本人に加えセレからも聞いている。

 だから僕は気軽に頼んだ。

「はい。では失礼します」

 部屋の中で椅子に腰掛けた僕の眼に、フェリチが手を翳す。

 いつも通り両眼を閉じて……。


 ばちん、と嫌な音がした。


「きゃあっ!」

「フェリチ!?」


 ぱっと眼を開けると、フェリチが右手を抑えて絨毯の上でうずくまっていた。

 フェリチの右手は真っ赤に腫れ上がっている。

「回復薬っ」

 帰ってきてからテーブルの上に置きっぱなしだったいつもの鞄の中から、お守り代わりに入れてある回復薬を取り出した。

 僕は完全に気が動転していた。

 立ったまま回復薬の栓を引き抜いた拍子に、回復薬がフェリチの右手に掛かってしまった。

「熱っ!」

 回復薬が熱いはずがない。熱いと誤認してしまうほど、手の腫れが酷いのだ。

「ご、ごめんっ! 飲んで、飲める?」

「どうしたディール。……フェリチ!?」

 フェリチの口元に回復薬をあてがって少しずつ飲ませている間に、騒ぎを聞きつけたリオさんがやってきた。

「リオさん、セレを呼んできてください!」

 ドラゴン絡みの話を一番研究しているのはセレだ。旅の疲れなんて言ってられない。

「わかった」

 リオさんは落ち着いた声で応えて足早に立ち去り、すぐにセレを抱え上げて連れてきてくれた。

「ふえっ、な、何ー?」

 リオさんに抱えられているセレは寝ていたらしく、口元に涎の跡がついている。

「す、すみま、せん、お騒がせしました……もう、大丈夫です、ディールさん」

 手に持った回復薬はいつの間にかフェリチが飲み干しており、フェリチの右手の腫れもだいぶ引いたように見える。

 僕は安堵のあまり、両膝をついてしまった。




「魔力を調べただけで、そんなに腫れたのー」

「ディールさん大袈裟です」

 フェリチの手の腫れを表現すると、フェリチ本人に修正された。

 僕にはフェリチの小さな手がホオノキの葉のように大きくなったように見えたのに、フェリチはせいぜい僕の手と同じくらいの大きさになった程度だと言うのだ。

 ちなみに、僕の部屋にはルルムさんもやってきて、事情を一通り聞いた後でみんなにお茶を持ってきてくれた。

 セレはお茶請けのクッキーをぼりぼり齧りながら、フェリチの手をしげしげと観察している。

「これ、折れた痕だねー」

「折れた!?」

 思わず立ち上がると、勢いで椅子が倒れ、テーブルの上の食器がカチャカチャと音を立てた。

「ディール落ち着いてー。もう治ってるー。フェリちゃん、まだ痛むー?」

「いいえ」

「ほらー、処置が早かったから平気よー」

 フェリチの口元を見れば、フェリチが無理をしていないことがわかる。

「ごめん」

「ディールさんのせいじゃないですよ」

「でも僕が安易に……」

「普通は魔力調べたくらいでこうはならないよー。ドラゴンのせいー。ディール悪くないー、フェリちゃんは運が悪かったー。ね?」

 僕は「納得できない」という顔をしていたのだろう。

 リオさんが僕の肩をぽんぽんと叩いた。

「セレ殿の言う通りだ。それよりもフェリチ、ディールの魔力は調べられたのか?」

「それが、いつもなら調べたらすぐに分かるのですが、今回は先にその……」

 手が折れてしまい、それどころではなかったのだ。

「災難だったな」

「災難で済む話じゃ……」

「ドラゴンは災難だろう」

 僕が何も言い返せないでいると、再び肩を叩かれた。今度はセレだ。

「リオさんの言う通りー。どうしてこうなったかは私がちゃーんと調べとくからー、一旦休もー?」

「……」

「ディールさん、私本当にもう大丈夫ですから」

「……わかった」

 腑に落ちなかったが、当事者であるフェリチにここまで言わせてまで、話を長引かせることはできなかった。




 帰宅の二日後、家にナチさんがやってきて、アブシットでの出来事を話した。

「毒を盛られたあ!?」

 この話こそ、もう終わったことだからいっそ言わずにおきたかったのに、フェリチが全部喋ってしまった。

「ご無事で何よりでした……ドラゴンより厄介な人間がいるとは……」

 喋りきってお茶を飲んでいたフェリチが、カップから口を離してうんうんと頷いている。

 僕は苦笑いしかできなかった。

「向こうで既に刑に処されているようですが、我が国の宝であるディール殿を亡き者にしようとしたわけです。国としても抗議をしておきましょう」

「そこまでしなくても……」

「お願いします」

 フェリチはどうも、僕のことになると押しが強くなる。自分のことでもそのくらい強気でいてほしいものだ。

「あとは、報酬ですね」

「はい。えっと……頂戴します」

 僕が素直に頷くと、ナチさんはほんの僅かに驚きを表し、そして笑顔になった。


 帰ってきてすぐこそフェリチの手の件でバタバタしてしまって聞きそびれたが、僕はリオさんとルルムさんから「豪勢な暮らし」について聞き取り調査を行った。

「そういうことなら、観劇も含めて、市井の催しに積極的に参加するべきだな」

「ディール様とフェリチ様はもっと着飾りましょう」

 等など、様々な提案をしてくれたのだ。

 それを元にルルムさんが試算してみれば、金貨の数百枚くらいは一年で消費してしまう。

 だから今の僕は、報酬の減額を望んだりしない。

 今後も仕事は請けるし、貰えるものは全て頂戴することにする。


 ――という話をナチさんにも話した。

「大変結構なことです。もし、上質な品を扱う店の一覧が必要であれば、ご用意できますが」

「お願いします」


 こうして僕の生活は豪勢になり、しばらくは特にこれと言ったことも起こらず、平和に、平穏に暮らしていた。


 僕に厄介事を持ってくるのは、いつもドラゴンか、過去だ。



「ディール、まだ帰るな。家には連絡してある」

 城で文官の仕事を終えた後、帰ろうとした僕をリオさんが呼び止めた。

 リオさんは騎士団での指導中のときの装備のまま、走ってきたらしく髪の毛が乱れている。

「どうしたんですか?」

 リオさんの表情は渋い。一瞬だけ考えをまとめるかのように両眼を閉じ、それから一息に僕を呼び止めた理由を語った。


「スルカスが大変なことになっている」


 僕のこれまでの経験はリオさんも重々承知のはずだ。

 それでも僕をスルカスのことで引き止めるのだから、只事ではない。


 僕はリオさんに促されるまま、ナチさんのところへ向かった。


「ああ、よかった。今から探しに行くところでした」

 ナチさんの方も僕を探そうとしていたらしい。先に見かけたリオさんに話をした上で、待機しようか自分も探しに行こうか迷っていたところだった。

「まだ詳しく聞いていません。何があったんですか?」

 ナチさんは間を置かずに答えた。

「貴族が反乱を起こしました。元スルカス国王は崩御されたらしいとのことです。そしてどういうわけか、冒険者ギルドをも攻撃している様子で……冒険者たちは皆逃げ延びるか返り討ちにするかして無事なのですが、聖女たちが」

 ここまで聞いて、僕の頭に思い浮かんだのは唯一人、アニスさんのことだ。

「……多くは逃げられたようですが、何名かが貴族に捕らえられているとのことです。ディール殿にお伝えしたかったのは……」

「アニスさんのことですか?」

「! はい、その通りです」


 突っ込んだ話をまとめると、こうだ。

 スルカスでは国王陛下が「王政と貴族制の廃止」を宣言し、王政院と貴族院に解散命令を出した。

 貴族たちが真っ先に考えたのが、僕のことだとか。


「あの黒眼のドラゴン殺しのせいだ」

「黒眼が貴族を疎むから、王が考えを変えてしまった」

「王はもう老いていて判断力が鈍くなっている」

「王を玉座から降ろそう」

「この国を貴族のものにしよう」

「私は黒眼の弱みを知っている。アニスという名の聖女だ」

「見せしめに捕らえて殺してしまえ」

「いや、殺す前に利用しよう。黒眼をおびき寄せて黒眼もろとも殺そう」


 ……という話になったらしい。

 王は、廃止撤回を迫られて拒否した際、貴族のひとりに討たれてしまったのだとか。


「……」

 いつの間にか隣にフェリチが来ていて、僕の右手に治癒魔法をくれた。

「ディールさん、落ち着いてください。血が滲んでました」

 無意識のうちに拳を強く握り込んでいたようだ。

「……ありがとう、フェリチ。ちょっと、スルカス行ってきます」

「待て待て。アニスという聖女の居場所は分かるのか? どの貴族がどう匿っているのかわからんのだぞ」

 リオさんに諭されて、僕は起動しかけた転移魔道具を止めた。

 そうだ、アニスさんの居場所がわからなければ、行っても無駄だ。

「でも早く行かなくちゃ……この情報はどこから?」

 ここはスルカスから遠く離れたウィリディスだ。しかもスルカスは他国の魔道具などを置くことを嫌うから、通信手段は冒険者ギルドにしかない。

 その冒険者ギルドもスルカスでは攻撃を受け、魔物がほぼ居なくなったウィリディス側ではほとんど機能していない。連絡を取り合うのは難しいだろう。

「実は極秘裏に、スルカスに密偵を放っています。何度言ってもどれだけ有用性を話して聞かせても魔溶液の使用を頑なに拒否する国ですからね。魔物対策の一環として置いていた密偵が情報を齎してくれました」

 それなら信用に値する情報だ。つまり、アニスさんが囚われていて、僕をおびき出そうとしているという話も全て真実だということだ。

「騎士団の話が出てこないが、連中はどうしている」

 リオさんがナチさんに問うと、ナチさんは首を横に振った。

「貴方が出ていった後の騎士団は、団長に貴族主義の方が就きました。密偵によれば、全面的に貴族たちの支援に回っているそうです」

「あいつら……。副団長はどうなった?」

「貴方の後を追うように辞任した後のことはわかっておりません。目立った動きが無いか、スルカス国外へ出たと考えられます」

「そうか」

 リオさんの顔に少しの安堵が浮かぶ。

 せめてアディさんは逃げ切ってくれているといいのだけど。


「やっぱりスルカスへ行きます。じっとしていられない」

 僕が宣言すると、ナチさんが「そう仰ると予想していました」と言いながら、僕に通信魔道具を見せてくれた。

 僕の持っているものより小型だ。

「我が国の最新機種です。お手持ちの通信魔道具をこちらへ」

 言われるがまま僕が持っていた通信魔道具を渡すと、ナチさんはふたつの魔道具を近づけて、何やら操作した。

「……よし、これで良いでしょう。情報を引き継ぎましたので、再設定は不要です」

「そんなことまでできるんですか」

「スルカス製のものから引き継ぐのは初めてでしたがね、あの国に何を言われても技術を伝えおいた甲斐がありました」

 ナチさんはこの話を始めてから、はじめてニッと笑ってみせた。

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