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第七話 肉体分離編 その五 左右の世界で暴れ狂う魔物

「落ち着きなさい! モンヴァーンはどうしました?」


 メイドはパニックになっているとは言え、最高戦力であるモンヴァーンの居場所が重要になる。

 右郎の着替えを持ってきた時点でモンヴァーンとこのメイドが会っていたのは確実だとクァワウィーは考え、聞いたのだ。


「だ、だから……は、やく。はやく、逃げ……逃げ逃げにげ……にげ…………」


 クァワウィーの質問に答えようという意思が一切なかった。

 モンヴァーンの居場所よりも、逃げるということだけを考えている。完全に逃げるという考えだけが、思考を埋め尽くしているのだ。


「分かりました」


 ひたすらに逃げることしか考えられなくなっているメイドを見て、クァワウィーは言われた通り逃げることに決めた。

 こうまでに逃げることしか考えられなくなるなど、状況は本当に危険ということなのだろう。


 城に勤務しているメイドは、もしもの事態に備え、状況の判断力に卓越した者を選出し、採用することにしている。そのため、メイドがこれほどまでに恐怖し、逃げることしか考えられなくなる事態は本当に異常なのである。


 クァワウィーは、メイドの恐怖心を信じることに決めた。


「クァワウィー。おれはどうすれば良い?」


 右半身しかない右郎はまともに歩くこともできない。

 魔物のイメージは持てないものの、逃げるのが厳しいことは間違いない。


「土の《龍霊術(りゅうれいじゅつ)》でゴーレムというものを作り、左半身になってもらいます」


 龍霊術とは、龍脈に流れる霊力を人為的に利用する行為であり、龍脈とは主に地中を流れる霊力の川のようなもの。そして霊力とは、三次元の物質ではなく四次元に存在する、基本的に目に見えないエネルギーのことである。


 その龍霊術の中でも細かく種類に分けることができるのだが、今回クァワウィーが使用しようとしている土の龍霊術とは、土から察せられるように、土を霊力から生成するというものである。


 そして、ゴーレムとは現代の創作物などでよく見かけるが、元々はとある伝承に登場する自分で動く泥人形のことで、ヘブライ語だそうだ。


 この異世界におけるゴーレムは似ている部分もあるが、少し異なる部分もある。



 土の龍霊術ではそのゴーレムを意図的且つ自由な形にすることが可能だ。


 つまり、左半身の形のゴーレムを作り出し、右郎と合体させるつもりなのだ。


「それでは……」


 そう言ってクァワウィーは精神をリラックスし始める。

 龍霊術の使用には脳波をシータ波にする必要がある。


 シータ波とは、四ヘルツから八ヘルツの周波数のことを指している。


 そのシータ波にするには、深いリラックス状態になる必要がある。ただリラックスするだけではなく、深い瞑想状態となることが必要だ。


 慣れるまでは難しいが、睡眠に入る直前のような、まどろみの状態。シータ波になるだけならこの段階で成功だが、龍霊術を使うとなると、このまどろみの状態を維持しながら意識を霊力に集中するという、感覚的なコツを掴む必要がある。



 まどろみを発生させるため、リラックスから始める。

 リラックスする方法は色々あるが、クァワウィーは深呼吸をすることで、リラックスをするつもりだ。


「すぅううう」


 大きく息を、ゆっくりと……一〇秒以上かけて吸い。


「ふぅううう」


 口を細くし、ゆっくりと……一〇秒以上かけて息を吐く。

 肺の中の空気を全て出し切るつもりで。


 これを右郎の右半身が左右反転した姿をイメージしながら数度繰り返す。


 回りくどいイメージ方法ではない。()()()()の左半身をクァワウィーは知らないのだ。


 見たことのない左半身をイメージするよりも、右半身を反転した姿をイメージする方が確実なのである。


「うわお!」


 突然右郎の体中に温かい感触がする。


 クァワウィーはまどろみの状態で右郎の右半身が反転した姿をイメージしている。

 このイメージが、霊力に集中している状態と言える。

 霊力は物理的な力でなく、概念的なものに近い。


 右郎が左半身のあるべき場所を見てみると、白く光り輝く土が付着している。


「まさかこれが……」


 その土がゴーレムである。


 まだ(いびつ)な形をしているが、そのゴーレムは徐々に人間の左半身の形をしていく。


 そして、ゴーレムの顔は右郎そっくりになり、筋肉の付き具合までもが精密に再現されていく。


 ゴーレムの形は具体的且つ強いイメージで決まる。

 つまりこれほどまで精密に再現されるということは、クァワウィーが右郎の顔や筋肉の付き方をよく観察し、たくさん触っており、その記憶を元に精密なイメージをした。今まさにしている最中ということである。


「ふぅ~。こんなところですね……どうですか右郎くん! そっくりにできましたよね?」


 クァワウィーは物凄く満足げにする。

 とても褒めてもらいたそうな顔だ。


「いやクァワウィー! どれだけおれのことよく見てくれてるんだよ! 可愛いかよ!」


 クァワウィーの可愛さに思わず抱きしめたくなった右郎が、目の前のクァワウィーに抱き着こうとするが。


「おぁ! う、動かないぞ」


 新たに左半身となったゴーレムは右郎の意思で動いてくれず、右半身のみが動くが全く歩けない。


「ごめんなさい右郎くん。そのゴーレムわたしの命令のみを聞くので、わたしと想いを一つにしないと歩けないんですよ」


 少し申し訳なさそうに言う。


 自分で動かないというこの点が、伝承のゴーレムとは異なっている。


「クァワウィーと、想いを一つに……」


 右郎は、クァワウィーと四六時中一緒に居なければ日常生活を送ることができないのである。


 右郎とクァワウィー。二人とも照れるのだった。


「ヒダリー。クァワウィーさんと想いを一つにってどういうこと?」


 緊急速報に怯えていた逆瑠だったが、泣きながら問い(ただ)してくる。


「クァワウィーの龍霊術――簡単に言えば、魔法みたいなので代わりの左半身を作ってもらったんだけど、龍霊術で作った左半身は作ったクァワウィーの意思でしか動かないみたいで……ええと、つまり普通に動く右半身を動かすおれと、作った左半身を動かせるクァワウィーとタイミングを合わせないと歩くことができない。想いを一つにするっていうのはそういうことだ」


 逆瑠にそう説明する右郎はやけに楽しそうであった。


「ヒダリー。クァワウィーさんと嫌でも一緒に居ないといけないって状況に嬉しいんだね~ねぇ?」


 頬を膨らませ不満そうにする。

 嫉妬しているのである。


 そして、左右二つの世界で微笑ましくイチャイチャしている時間は唐突に破壊されることとなる。


 同時だった。


「「来ました!」」


 メイドと零がそう言ったのだ。


 二人の声を同時に聞いた右郎、メイドの声を聞いたクァワウィー、零の声を聞いた逆瑠と消防士たち。

 全員、何が来たのかが分からなかった。






 緊急速報メールに書いてあった未確認生物が、地球の右郎の左半身たちと、異世界の右郎の右半身たちの前に、ドアを破壊して現れた。


 右郎とクァワウィーの居る部屋に入ってきた人型の異形な怪物がメイドを襲う。

 メイドはスカートの中に隠し持っていた小型ナイフで怪物の首を切りつける。


「――フンッ!」


 怪物の首から赤黒い血が噴き出す。


『ゴブッ!』


 怪物とはいえ首は致命傷だったようで、動きが止まる。


「あ、ああ……」


 メイドは震えている。

 勇気を振り絞って怪物を殺めたのである。


 怖かった。それでも後ろにいる王女と異世界から来た者を守らねばならないと思ったのだ。


「……ありがとうございます!」


 クァワウィーはメイドの勇気に感謝し、それを伝えた。


「クァワウィー王女殿下。ご無事でなによりで――」


 やり切ったと思った。


 そう――メイドは思ってしまったのだ。


「ふっ! ぐ……ああ……で……ん…………か……」


 後ろから似たような怪物が現れ、メイドの首を切りつけた。

 メイドは声を絞り出すように「殿下」と言った。それが最期に発した言葉だった。


 切られた首から真っ赤な血が噴き出ている。

 メイドが殺めた怪物と全く同じ死因であった。




「……あ」


 クァワウィーは声が出なかった。


 そして、思った。


 ――こんな簡単に……人は、死ぬのですか……。


「クァワウィー。人間は、あっさりと死ぬものだ……」


 右郎は、クァワウィーがあまりにも同様していたため、思わずそんなことを呟いてしまった。

 過去に、目の前で人が死ぬということを既に経験していたのだ。


 そして、地球でも――怪物はすでに来ていた。


 クァワウィーの居る部屋へ侵入してきたのと同時に救急車の入り口を殴り壊し、ぞろぞろとメイドを殺した怪物とほぼ同じ見た目の者たちが乗り込んできた。


「先輩と逆瑠のとこには絶対意思を以てして行かせない!」


 覚悟を決めた零が怪物へ立ち向かって行ってしまった。

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